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第38話 リディアの労り

Side:アドルディ


_数時間前。


「…旦那様、失礼します。」


先ほどクリスティに呼ばれて退室したジャネスが戻ってきたわ。誰かがジャネスに用があって呼んだらしい。クリスティは今日休みを申請していた気がするけど、使用人の誰かにパシられたのかしら。


「おかえりなさい。手が空いたらで良いんだけど、こっちの棚の整頓してくれる?」

「承知しました。…ところで旦那様。」


ドアを閉じたジャネスが、足音を最小限に留めたままこちらに近づいてきた。アタシは視線を手元の書類に向けたまま、話を促す。


「はいはい。」

「本日、厨房にミックスベリータルトがあるそうです。何時頃お食べになりますか?」


ジャネスの言葉を聞いて、少し心が躍った気がした。ミックスベリータルト、今ちょっと食べたい気分だったのよね。というより、酸味のあるものが食べたい気分だったの。


「じゃあ、15時のおやつにいただこうかしら。できる?」

「かしこまりました、後ほどお伝えしていきますね。」


それだけを伝えると、ジャネスは自分の仕事の位置に付いた。部屋の左のほうからガタガタと聞こえる棚の音をBGMに、アタシは書類作業に戻る。


(お昼ご飯は軽めに食べて、おやつを楽しもうかしら。)


アタシは自分が想像しているより”それ”を楽しみにしているみたいだけど、自分にはそんな自覚がないまま時が過ぎたわ。



________。


Side:リディア


「すう、はあ。すう…。」


私はサービングカートを両手で押しながら、深呼吸をする。アディの部屋まであと少しのところで緊張が一気に出てきたのか、心臓が大きな音を立てている。


(喜んでもらえるかな。食べてもらえるかな。美味しくなかったらどうしよう。)


期待と不安で手に汗を握り、足が震える。クリスティが手伝ってくれたんだから、きっと味は大丈夫。そうは思っていても、やっぱり不安なものは不安で。

カートを押していた手を離し、ぶんぶんと振って手の内の汗を乾かす。ぺちぺちと軽く頬を叩き、自分を叱咤する。



アディの仕事部屋がある廊下の通りまで来た。途中何人か使用人とすれ違ったけど、みんな不思議そうな顔をしていたような気がする。事情を知らない人が見たら、主人の娘がサービングをしているようにしか見えないから、それは確かに不思議な光景なのかも。


アディの仕事部屋のドアを前に、私は少し強めにドアをノックする。すると中から『リディア?どうしたの?』という声が聞こえた。私はびっくりして、思わず辺りを見回す。


私が今日のおやつを持ってくるとは一言も言っていない。時間的にアディはジャネスがおやつを持って来たんだと判断するはずなのに、どうしてノックしたのが私であると分かったのだろうか。私はそっとドアを開け、隙間から半分顔を覗かせる。仕事中のアディと目が合って、『何してるのよ、入りなさい』と入室を促された。


「…なんで私って分かったの?」

「ドアのノックの位置よ。」

「ノックの位置?」

「自覚ないかもしれないけどね、アンタ小さいからノックの位置がめちゃくちゃ低いのよ。だから分かるの。」


言われて自分の身長とドアの大きさを見比べる。確かに、ジャネスならもっと高い位置でノックをするはずだ。女性使用人だったとしても、私より背が高いからノックする位置はドアのもっと高い位置になるはず。不覚だった。


「おやつの時間だから何か期待して来たんでしょう?良かったわね、今日はもうすぐジャネスが運んできてくれる予定よ。」


アディは仕事が一区切りついたのか、机の上を整頓し始めた。私はその様子を見計らって、廊下に置いてあるサービングカートをアディの仕事部屋に通した。


「…?」


アディが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。私はアディの視線を直に受けながらも、カートを部屋の手前にある長椅子と机の横に着けた。


「なんでアンタがサービングしてるの?」


アディは恐る恐る立ち上がると、部屋の手前の長椅子に着席した。何故か背筋を伸ばして、両手を膝の上に置き、礼儀正しい姿勢をしている。


「きょ、うは。」


私は緊張のあまり、どもってしまった。それが恥ずかしくて、手を組んでみたり背中に回してみたりと誤魔化すような動作をしてしまった。アディはそんな私を笑うことなく、真剣な眼差しで見守ってくれている。これはこれで余計に緊張するかも。


「今日は、アディを労うために、私がおやつを用意しました…。」

「えっ!?」


思わず言葉が尻すぼみになってしまった。

そんな私の様子を気に留めることもなく、アディは目を見開いて驚いている。


私はディッシュカバーを持ち上げ、カートの下の段に置いた。お皿に乗った切り分けられたミックスベリータルトをアディの前に置き、紅茶用のカップにお茶を注ぐ。クリスティが持ちやすいようにと小さめのポットを選んでくれたから、両手でなら難なく持てる重さだった。


「もしかしてこれ、アンタの手作り!?」


アディの驚きの声に、私は無言でコクコクと頷く。タルト用のフォークも並べて、準備は整った。


「リディア・アッシュクロフトのミックスベリータルトです。…アディ、いつもありがとう。あと、例の誘拐犯から助けてくれて、ありがとう。」


私はそう告げると、アディに向かって頭を下げる。アディの方からは『わぁ…』とか『はわ…』という吐息交じりの声しか聞こえない。

そんな中でゆっくり顔を上げると、アディは口元を手で押さえながら震えていた。


「うううっ…!!こんなの嬉しくて泣くに決まってるじゃない…!!」

「アディ?」


アディはおよおよと涙を流し、机の上にあったティッシュの箱を手繰り寄せた。数枚ティッシュを取ると涙を拭き、ずびーっと鼻をかむ。


「ありがとうリディア!最高の贈り物よ!」


アディは長椅子から飛び上がる勢いで立ち上がり、私をむぎゅむぎゅこね回すように抱き締めてきた。くるしい。

だけどそんなアディの様子をうけて、私は緊張が一気に吹き飛び、照れで顔が赤くなるのを感じた。

離してもらえたかと思ったら、アディの大きな手で乱暴気味に頭を撫でられ、勢いに釣られて少し傾く。泣きながら笑うアディを見ていたら、私まで嬉しくなってきたのだった。

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