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第32話 リディア誘拐編⑯ 完

バノックハウスから帰った後も、やることは山積みだったわ。

近衛兵の治療、犯罪組織メンバーたちの治療、ウェステト領の自警団との連携、事情聴取などなど。自警団嫌いのウッドヴィル侯爵は渋い顔をしていたけど、悪者を捕まえた以上自警団との連携は必須になってしまうから仕方ないわね。


でも、侯爵の計らいにより、アタシは表向きには今回の襲撃に参加していなかったことにしていただけたわ。事情聴取はされたから、内部機密扱いにしていただけるそう。

流石にリディアはいなかったことにできないわね。今回の犯罪組織による誘拐事件の被害者なんだもの。


諸々の手続きや作業があり、結局アタシとリディアがセントサザール領のレッドフォード邸に戻って来られたのは、1週間ほど経過してからだったわ。


_______。


「お嬢様!お嬢様ー!!ご無事で良かったですー!!」

「えへへ、クリスティただいま。殴られたところ大丈夫だった?」


ジャッド率いる犯罪組織襲撃から1週間後の昼過ぎ。帰宅したアタシとリディアは、使用人たちに盛大に歓迎されたわ。

クリスティは真っ先にリディアを抱きしめ、周りの目を気にすることなく号泣していた。

2人のやりとりを、使用人たちは微笑みながら眺めていたわ。中にはもらい泣きしている人もいたわね。


「旦那様、お帰りなさいませ。」

「ジャネス、アタシが留守の間、屋敷をありがとう。」


使用人たちがリディアとクリスティを取り囲んでいるのを見守っていたら、ジャネスがそっと隣にやってきた。他の使用人たちはアタシのことは囲ってくれないみたい。あら?遠慮しているのかしら?


「本日の昼食は、お嬢様の大好きなステーキと白パン、コーンスープですよ!」

「本当!?で、デザートは…?」

「苺のタルトでございます!」


リディアは目をキラキラさせて、飛び跳ねて喜んでいる。この子、ウッドヴィル邸では猫を被って1人前しか食べていなかったものね。


家に着いたアタシは、ご飯も食べずに早々にお風呂に入って、ベッドに入ったわ。昼食を用意してくれていたコックには申し訳ないけど、食欲が全くなかったの。



_アタシは緊張の糸が切れたのか、そこから3日ほど目を覚まさなかったそうよ。

自分が思っているよりアタシって貧弱だったのかもしれないわね。

…決して年齢のせいではないと思うわよ!


________。



夢を見たわ。遠い昔の夢。


レッドフォード邸の裏庭で、父と母とアタシが一緒に歩いている夢。

裏庭の庭園には、大きくて白い薔薇の花が植えられていたわ。母の好きだった花の品種ね。

そんな庭園を飾るのは、父が輸入までして入手したアイアンウッドテーブルとベンチ。中央に佇むのは石造りの噴水と、これまた海外から輸入した石造の飾り。

2人は時間を見つけてここに来て、お茶を飲んだりお喋りしたり、夫婦の時間を楽しんでいたそうよ。


_アタシにも、そんな心許せる相手が見つかるのかしらね。



________。


「…はっ!」


いきなり意識がはっきり浮上し、アタシはベッドから飛び起きた。部屋の時計を見てみると、朝の7時前だったわ。健康的な早起きね。


「…?」


何かしら、アタシの布団の上に、謎の物体がある気がする。程よい重さの毛布に包まれたそれは小さく上下し、主人のベッドを奪って寝ている猫がいるような感覚に陥る。


「…ちょっとリディア、何してるのよ。」


探るまでもなく、謎の物体の正体はリディアだった。アタシに揺すられたリディアは目を覚ましたのか、むにゃむにゃ言いながら起き上がる。毛布から顔を出せていないのか、シーツおばけのような見た目になって毛布の端を探している。


「…アディ起きた。…生きてる。」

「勝手に殺さないでくれる?」

「うわーーーん!!」

「ぐぇ!」


リディアは目を開けて動いているアタシを確認すると、いきなり涙をポロポロこぼして泣き始めた。泣き始めるだけならまだしも、勢いよくアタシに突進してきて胸に抱き着いてきた。気管のところにリディアの頭が当たり、アタシは盛大に咽る。


「げほげほ…うう…ちょっと何よ!」


アタシはリディアを引き剥がし、布団の上に座らせた。涙と鼻水でぺしょぺしょになっているこの子を見るのはジャッドの件以来ね、なんて呑気に過去を振り返る。


「帰ってきてからアディ動かなくなっちゃったし、ずび…、死んじゃったらどうしようって、寝てる間に息しなくなったらと思うと怖くて、ううう…うわーん!!」


えーっと?泣いて支離滅裂なことを言っているリディアの言葉を整理すると?

ウッドヴィル邸から帰宅したアタシはご飯も食べないで早々に寝てしまい、寝ている間も死体のように身動き一つ取らなかったそうよ。息はしているから死んではいないけど、寝ている間にアタシが死んでしまったらと考えたら怖くて、アタシの呼吸と体温を感じていないと不安で仕方がなくて眠れなくなってしまった、と。


「アンタって意外と心配性なのね。はい、鼻水チーンってしなさい。」

「ずびびびび…」


アタシはリディアにティッシュを渡し、鼻をかませる。よく見るとリディアの目は赤く腫れて、頬の肌まで真っ赤になっていた。定期的に泣いては落ち着いてを繰り返していたのだと察したわ。


「アディ、ぎゅってして。」

「はいはい。」


アタシはリディアに言われるがまま、彼女を膝の上に乗せて抱きしめる。背中をポンポンと優しく叩いてあげていたら、段々とリディアの呼吸が落ち着いていくのが分かった。


「アタシは簡単に死なないから安心しなさい。何ならアンタより後に死ぬつもりだから。」

「…えへへ。じゃあアディも数千年生きられるんだね。」

「ええ、数万年だって生きてやろうじゃないの。アンタのお墓に真っ赤な薔薇を供えてあげるわ。」

「えへへ。やったね、楽しみ。」


アタシはリディアを安心させるために、軽口を叩く。

リディアはいつも通りのアタシに安心したのか、目を閉じてアタシの心臓の音に耳を傾けていた。

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