第30話 リディア誘拐編⑭
「…!!」
アタシを取り囲む部下の男たちは、アタシの胸元を強く蹴り上げた。蹴られたアタシは地面に転がり、強く咽る。
「伯爵様は抵抗してもいいけどさ…この娘がどうなっても知らないよ~?」
「アディ…!アディ…!!」
「へへっ…俺一度、お貴族様を痛めつけてやりたいと思っていたんだよね…!!」
「ぐっ…!!」
倒れたところを思いっきり蹴られて、咄嗟に受け身の姿勢になる。部下の男たちは一斉にアタシに足を向け、蹴ったり踏んだり好き勝手に扱い始めた。
「ははは!!良い様だな!!綺麗なお洋服が台無しだぜ?伯爵様!!」
「オラオラ、靴を舐めて許しを乞いな?ぎゃはは!」
1人の男が、アタシの顔に靴の裏を擦りつけるように踏みつけてきた。アタシはさっき落としたナイフを左手で拾い、その男の脛を盛大に切りつける。
「があああっ!?てめえ!!」
脛を切られた男が痛みに悶え、勢いに任せてアタシの顔を蹴る。顎からゴキッという音がして、脳が揺れる。額と鼻から生暖かい液体が流れてくる感覚があり、切れて血が出たのだと分かった。
右腕の蔦が動き、右腕全体を締め上げる。傷口からは肉が千切れる音が聞こえ、大量の血が流れる。こんな大層な怪我をしているわりに、神経は無事なのか指先は普通に動かすことができた。
しばらくアタシは腕の痛みに耐えることしかできず、殴られ蹴られ放題好き勝手にされていた。常にリディアの悲痛な悲鳴が聞こえているけど、今のアタシには突破口が見えていない。変に動いて、リディアに手をあげられるのも避けたい。タイミングを見計らって、会心の一撃を与える隙を見つけたいわね。
「いえ~いレティシアちゃん見てる?大好きなパパのサンドバッグショーが始まるよ!」
アタシは膝立ちの状態で羽交い絞めにされ、真っすぐリディアと対峙させられた。視界の先にはリディアにずっと何かを呟いているジャッドと、耳を塞いで首を振ったりアタシのほうに駆け寄ろうとして襟を掴まれて連れ戻されているリディアが見える。
「今からこのレッドフォード伯爵の綺麗なお顔を、ボッコボコにして腫らしてあげたいと
思いま~す!」
________。
Side:リディア
「やだ!!やめて!!」
「おっとっと。どこに行くのレティシアちゃ~ん。ちゃんとお父さんの雄姿を見てあげないと。」
ジャッドを振り切ろうとするも、体格差と力量差には勝てず、襟首を掴まれて拘束される。アディは私に危害が加わらないようにと、されるがまま暴力を受け入れている。私のせいで、私のせいでアディが…!!
「レティシアちゃん、君は抵抗する術を持っているよね?そう、その君の持つ力だよ。」
「アディ!」
「ほらほら、大好きなアディがどんどん弱っていくよ?」
「ジャッドやめて!私なら好きにしていいから、アディに手を出さないで!」
アディの腕から、頭から、口から大量の血が流れていく。
「君を組織に引き入れるのはもちろん確定事項だよ?でも、正式なメンバーになる前に、実力を見ておきたいじゃん?いわばこれは、面接…かな。」
ジャッドが呪いのように、私の耳元で囁く。私が耳を塞げないようにと、両手を拘束されて身動きが取れなくなる。
「ほら、見たいな~レティシアちゃんの真の力!」
_やめて、アディを助けて。
「あああっ!あんなに血だまりが…!大丈夫かな~レッドフォード伯爵ぅ?」
_アディ、アディ!
「伯爵の周りにいる僕の部下を蹴散らせる力、持ってるよね?」
_やだやだやだやだ。
_____。
「強情だねえ。まだ足りないのかな。じゃあもう一発、レッドフォード伯爵には魔法弾を撃ってあげるね。」
もう嫌だ
もうやめて
アディ
アディ!!
「やめてええええええ!!!!!」
「………え?」
Side:アドルディ
痛みと貧血で意識が朦朧とするけど、意外とアタシは頑丈みたいで。
気を失うことは許されず、ジャッドの部下たちにされるがまま殴られている。目の奥がチカチカし、耳鳴りがする。
「オラッ!!どでかい拳い一発ドカーンっと………?」
男が振り上げた腕はアタシに届くことはなかった。
いや、届くことなく地面に落ちた。
「があああああ!?腕が、腕があああ!!」
「何だ、何が起きてやがる!?ぎゃああああ!!」
「うわああああ!!やめろやめろ!!」
アタシの周りにいた男たちが、蜘蛛の子を散らすように離れていく。
ある男は四肢が絞られ雑巾のように骨ごと歪められた。
ある男は両腕が爆発し、四散した。
ある男は腰の骨が折れる音がし、その場に崩れ落ちた。
「よくも…!!よくもアディを!!!」
リディアを拘束していたはずのジャッドは、右の眼球が潰れ、右腕が爆散し、両足が絞られて雑巾のようになっていた。
床に倒れて痛みで悶絶している姿が見えるけど、そんな彼を冷たい目でリディアは見ていた。両目から涙をこぼし、拭くこともしないでただただ見つめている。
「あ”ああっ…!!これが…、君の力…ごふっ…!!」
「許さない、許さない、許さない!」
いつの間にか、リディアの手首に着けられていた対魔法適性持ち用の手錠は粉々に砕け散っていた。リディアの周りに強大な力が集まり始めているのが分かる。
巨大な竜巻のように集まる力によって、ダンスホールの窓ガラスが割れ、カーテンは千切れ、床に倒れていたジャッドの部下たちをも巻き込んでいく。魔法の渦に巻き込まれたジャッドの部下たちが、風に巻きこまれた埃のように舞って壁に激突していった。
ジャッドは自分が敵に回した存在に怖気づいたのか、地面を這うように逃げようとしている。あの怪我では遠くには逃げられないだろうし、リディアから離れるのが精一杯でしょうね。
それにしてもまずい、このままだとリディアが人を殺してしまう。止めないと!
「レティシア!レティシア!!」
アタシは力を振り絞り、リディアの元に駆け寄る。動くたびに棘のある蔦の呪いが肌に突き刺さるけど、それどころではない。ジャッドに止めを刺そうとするリディアを静止し、ぎゅっと抱きしめる。
「リディア、聞こえる?アタシよアタシ。」
アタシはリディアにだけ聞こえる声量で話しかける。
リディアは一瞬びくっとし、正気を取り戻したのかか細く声を上げる。
「あ…ああああ…!!アディ、アディーーー!!!」
リディアは顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流しながら泣きじゃくった。アタシはそんなリディアを抱きしめながら、血の付いた手で頭を撫でる。綺麗なリディアのブロンドの髪が、アタシの血で汚れてしまった。
「ごめんなさいアディ!もっと早くこうしていれば…!!うわーん!!」
「仕方ないじゃない、アンタ人前で好き勝手できる状況じゃないんだから。」
正直、今回のリディアの暴走もアタシ的にはヒヤヒヤ案件だったりするの。
おそらくジャッドは上級魔法適性を持っている。リディアはそんなジャッドの魔法を無効化するだけでなく、反撃してしまった。助けてもらって嬉しい反面、リディアの正体がバレるのではないかと焦りもあるのよ。
アタシはリディアを離し、舞台の隅に這って逃げたジャッドに声をかける。
「アンタみたいな小物が相手にできる子じゃないのよ、アタシの娘はね!」
「っ…ははは、はあはあ…。調子に乗って、見誤った、かな。」
ジャッドは力なくその場に項垂れた。リディアは手を前に突き出し追撃しようとしているけど、アタシが静かにその手を止めた。




