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第3話 改めて状況を整理しましょう。

____お菓子事件の日の夜。


「もぬもぬもぬもぬ…」

「アンタ、よく食べるわね…昼間にもお菓子たくさん食べたじゃない…」

「えっと……アディと違って、若いからかな?」

「はっ倒すぞ」


あらやだ、お口が悪くなっちゃいましたわ。

これにはアタシの心のお嬢様もご立腹ですわね。ほほほ。


いや別に?アタシだって別におじさんって訳じゃないし?

いや、そりゃ10歳以下の若い子からしてみればアタシはおじさんかもしれないわよ?


あれ?こんなこと気にしている時点でおじさんなのでは?



…それはさておき。


「改めて状況を確認させてちょうだい。同じようなこと何回も言うかもしれないけど、そこは大目に見て。」

「もぐもぐもぐ………許可しましょう。」


こ・い・つ!

何だその間は!何だその面倒そうな目は!居候の自覚を持て!

ダメだ、居候としての自覚より聖女としての自覚のほうが大きすぎるんだわ。



一部同じことの繰り返しになるけど、付き合っていただくわよ。


まず目の前でライスとスープとステーキを同時に頬張っているこの女について。


聖女リディア・アッシュクロフト。

この国で生きる者ならこの名前を知らない者はいない。

大昔にこの世界を作り、国と人々をまとめ上げた神の末裔の少女と言われているのがこの彼女。


国王を始めとする極一部の人間しか会うことができない存在で、神の末裔らしく、過去と未来を見通す力と最上級魔導士としての力を備えている。


そんな彼女の真の姿は、この国の王族が住む城の中心より更に奥にあるお城、聖神殿の城にあるご神体の金剛石。この金剛石に宿るとされている神様の化身が彼女、リディアなの。


聖女リディア・アッシュクロフトはこの国の象徴として君臨し、この国の行く末を守るために、国王、時には国民たちに神託を授けるという。この国の政治、ひいては存続に欠かせない存在なのよ。


「聖神殿の金剛石がアンタの本体っていうのは本当?」

「あんふんおんとうで、あんふんひはいます。」

「咀嚼しきってから喋りなさい。」

「もぐもぐもぐ…」


もぐもぐもぐ…

もぐもぐもぐもぐ…


この子どんだけ口の中に食べ物詰め込んでいるのよ…ハムスターみたいになっているじゃないの…。


「ごくっ。半分正解、半分違います。」

「…へえ。詳しく説明してくれるのよね?」

「そうね。私がこの国の象徴として初めて人の姿を得たあの日、確かに私の精神と金剛石は深く結びついていました。それこそ、魔法がかけられた鉄の鎖のように。」


リディアが言うにはこうらしい。


_____。


大昔、この世界を作り、国王に国を任せた神様は、初代ローゼシア国王にある金剛石を渡した。

それは、神様の化身が宿るご神体だった。この金剛石に宿っていたのが、聖女リディアの正体である。



聖女リディアの精神と金剛石は一心同体だった。金剛石から少しでも離れると姿が消え、彼女と金剛石の管理を任されていた王族と神官たちは大騒ぎしていた。


数千年の時を経て、彼女と金剛石の繋がりが希薄になった。リディアと金剛石が、それぞれを別の存在として認識するようになったのだ。しかし、金剛石はリディアのご神体。この石に何かあれば、リディアは消えることになるのは変わらないはずだと。


最初の数百年はお姫様より丁寧に扱われ、大事にされていた。

リディア自身がそんな扱いを自重するように言ったため、過剰なもてはやしはされなくなったが、相変わらず至れり尽くせりな生活が続いた。

当時はリディアも年に数回、人前に現れることがあった。国民にご神託を授ける機会があったのだ。


しかし、今から2500年ほど前。時の王様がリディアと金剛石を聖神殿の奥深くにある部屋に軟禁するようになった。

そこは小窓が1つだけある小さく質素な部屋。寒さを凌げるだけましな硬いベッドとボロボロの毛布。毎日の食事は薄い味の野菜の切れ端のスープにドロドロでほとんど水のお粥、ぱさぱさになって所々欠けている硬くて丸いパンになった。だけどリディアは待遇の変化に文句を言わなかった。

神官たちにこう言われたのだ、「聖女たるもの、豪勢な生活と食事は国民に示しが付かない。」と。今までが丁重に扱われすぎたのだと、リディアは自分に言い聞かせた。


かの王様がなぜそんなことをするようになったか。

それは、自分の政策に、聖女リディアの存在と神託が邪魔だったからだ。


それからリディアが表に出ることはほとんどなくなった。彼女が国民に与えていたご神託を告げる機会もなくなり、聖女リディアのご神託は国王と一部の神官にのみ伝えられるようになったと、国民たちには説明された。これが、『国王を始めとする極一部の人間しか会うことができない超VIP』と言われる所以なのだと。


_____。


「何それ…?アタシたちが知っている話と違うじゃない。」

「今の時代の国民たちは、聖女リディアに関する最低限の知識しかないと思うの。あなたもそうでしょ。アディ?」

「…そうね。ごめんなさい、話を遮って。続けて?」



_____。


しかし、仮にも国民からは生きる神として崇め奉られている聖女。かの王様は以下のことだけを国民に伝えていくように、歴史を誘導した。


1,聖女リディアのご神託は国王と一部の神官にのみ伝えられるようになった

2,聖女リディアは聖神殿から国と人々を見守ってくださる存在である

3,この世界を作り、国と人々をまとめ上げ、この国の象徴として君臨する神の末裔の少女以上の伝承は残さない


こうして、国民にも神託を慈悲をくださる聖女リディア様は、いつしか国民にとっては手の届かない存在となっていった。


かの王様たちはずる賢かった。自分たちの私腹は肥やしたい。しかし国民の反感を買うわけにはいかない。圧政にならないギリギリを攻め続け、政体が崩れそうになったらリディアに泣きつき、魔法と神託で国を建て直せばいいと気が付いた。


2500年の間にリディアの扱いはどんどん雑になっていき、最後のほうは自由に逃げ出せるくらい管理が浅くなっていた。

何にも繋がれていないはずなのに、まるでその責は雁字搦めの鎖のような_。

だけどリディアは逃げようとしなかった。自分は国のためにいる存在。だからこの責を放棄するわけにはいかないと。



あの日までは。



リディアが屋敷の前に倒れていた日より1か月前。

現国王が突然こんなことを言い出した。


『第7夫人が欲しい!聖女リディアの召喚術で現れた女こそ、私の妻にふさわしい!』


そんな理由でリディアは謁見の間に呼ばれた。

聖女リディアは最上級魔導士と呼ばれるほど強大な力を持つ魔導士でもある。それくらいは朝飯前だ。


言われた通り、リディアは魔法陣を描き、詠唱を唱えた。



かくして召喚は成功した。

目の前に現れたのは、見たことのない顔立ちの13歳くらいの少女だった。

王様と神官たちは大喜びして、聖女リディアを褒め称えた。


しかし、少女の様子がおかしいことにリディアは気が付いた。

言語は分からないが、全身でジェスチャーをして何かを叫んでいるようだった。


『何ここ!?なんかめっちゃ異世界あるんだけど!?帰れるの!?私帰れるの!?』


ただならぬ雰囲気を感じたリディアは即座に詠唱を再開。少女を元の場所に戻した。

それに対して王様が激怒し、リディアを牢に入れよと命令した。

捕まりたくないリディアは、普段から持ち歩いているご神体を抱え、魔法を駆使して逃亡。



_____。


「……そして今に至ると。」

「支離滅裂でごめんね。でも大体は伝わったと思う。なんかね、もうあの日もういいやってなって逃げ出したくなったの。もしゃもしゃ。あ、ジャネス、ライスおかわり。」

「か…」

「か?」

「可哀そう~!!アンタ大変な人生を歩んできたのね~!!てかこの国の王族碌じゃないわね!?出るとこ出てやるわ!!」

「もぐもぐもぐ…今更聖女の歴史は変えられないし、王族を敵に回すとアディの立場も危うくなるよ。」

「そ…れはそうだけど!おおおおおん!!」


何だかアタシがあれこれ言っていたのが間違いだったのかもってなるくらいぞんざいに扱われていたのね…。

思わず紙ナプキンで鼻をかんでしまいそうなくらい涙も鼻水も出るわ出るわ…。


「私が逃げ出したことは王族と神官たちくらいは把握していると思うの。」

「そうね…目の前で逃げ出したんだものね…ズビッ…」

「まあ、私は曲がりなりにも聖女だから、このことが国民に知れ渡ったら大問題になるでしょうね。」

「…ん?」

「ばれないようにしないと、アディの命も危なかったりして。あ、そこのメイドさん、ライスとスープおかわり。スープに入っているセロリは除けてね、あと食後のおやつはバニラアイスがいいな。」

「…んん?」


何か今めちゃくちゃ不穏なセリフが聞こえた気がするんだけど?

それより鼻水やばい。誰かティッシュ、ティッシュをアタシに!


「でもね、ちょっと細工をしたんだよね。ここ数千年くらい国王以外の前に姿を現したことがなかったから、代替わりするたびに変身魔法を使って別人の姿で国王に会ってたの。」

「?それが何になるの?ビズビズ…」

「分からない?『誰も聖女リディアの本当の姿を知らない』の。この屋敷にいる人たち以外が見たことあるのは、変身魔法で別人になった見た目の聖女リディア。早々バレないだろうから、安心して良いと思うよ。」


執事のジャネスが、リディアが話し終わるまでスープとライスが盛られたお皿を片手に彼女の背後で待機している。

ごめんなさいね、手が熱いわよね。もう少し待ってあげてね。


「私の見た目に関する文献も、かの国王が捨てちゃって残ってないし。」

「今アタシの目の前にいる、少し黄色が強いブロンドの髪と、夜空のような暗い青色の目をしている少女は、本当のリディアなの?」

「ふふふ、たぶんね。」


背後にいるジャネスの存在に気が付いたリディアが、彼からスープとライスを受け取る。

目の前にいるリディアは本当の姿のリディアだと解釈していいのかしらね。


「…てかアンタ、ご神体の金剛石持ち歩いてるって言ったわよね?今どこにあるの?」

「ここに来た時の服のポケットに入っていたよ。あれから見かけないけど。」

「……………。」




全使用人に告ぐっっっ!!!急いでその石を探しなさいっっっ!!!

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