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第24話 リディア誘拐編⑧

アタシは移動車を飛ばして、ウッドヴィル邸のあるウェステト領まで来たわ。

門番に名前と用件を言って、確認を待つ。ウッドヴィル侯爵が既に連絡してくれていたのか、確認はすぐに終わって門を通されたわ。


指定された場所に移動車を停め、施錠をする。綺麗に塗装された敷地の道の両端には、ピンク色と白色の花が咲き乱れていた。ウッドヴィル侯爵のイメージとはかけ離れた小さくて可愛いお花だったから、こんな状況にも関わらず微笑みが出てしまった。


(お花を見て和んでいる場合じゃないわね。玄関に向かわなきゃ。)


そう思って足を踏み出そうとしたとき、自分以外の誰かの足音が聞こえた。

びっくりしてその方角を見てみると、燕尾服を着た1人の老齢の男性がお辞儀をしていた。


「お久しぶりです、レッドフォード伯爵。改めましてわたくし、執事のピーターズと申します。」

「ピーターズ…モーリス・ピーターズ!覚えているわよ、久しぶりね!」


モーリス・ピーターズは、ウッドヴィル侯爵に仕えているベテラン執事なの。アタシが昔両親と共にウッドヴィル侯爵にお世話になったのが初めての出会い。

あの時はアタシより随分背の高いおじいちゃんだと思ったけど、いつの間にかアタシのほうが大きくなってしまったわね。久しぶりの再会で抱擁を交わしたけど、頭1個分くらい身長差があるんじゃないかしら。


「ウッドヴィル侯爵はどちらに?」

「中庭で日課のトレーニングをされています。どうそこちらに、案内いたします。」




________。



「ふんっ…!…ふんっ!…はあああっっっ!!」


筋骨隆々な男性が1人、エレガントな雰囲気の中庭で懸垂をしていたわ。

白を基調とした鉄製のガーデニングベンチ、手入れの行き届いた植物のアーチ、お花の香りが漂う澄んだ空気、そして筋肉と鉄棒_。


「旦那様、レッドフォード伯爵がお見えになりました。」


ピーターズさんの声に反応し、大きな体が宙に浮いたまま止まる。動かなくなったと思ったら、ゆっくりと腕を動かし、ドカーン!と地響きがしそうな勢いで地面に着地した。


「よお、アドルディ少年。久方ぶりだな。」

「光栄ですわ、ウッドヴィル侯爵。」


アタシは深くお辞儀をし、挨拶をする。ウッドヴィル侯爵の『頭を上げろ』という低い声が響き、アタシはそっと顔を上げる。


「いつのまにか結婚して子供までいたんだな。連絡の1つでもよこさんか。」

「いえ、実は娘といっても養子でして…」

「ふっ。知っておる。冗談だ、真に受けるな。」


ウッドヴィル侯爵はピーターズさんからタオルを受け取り、滴る汗を拭いていく。


「シャワーを浴びさせろ。5分で戻る。ピーターズ、アドルディ少年を部屋に案内しろ。」

「かしこまりました。」


それだけを言い残すと、侯爵は足早に屋敷に戻っていく。小さくて可憐な花々を背景に去っていく侯爵はやはりシュールね。



数分後、アタシはピーターズさんに案内され屋敷の一室に通されたわ。


ウッドヴィル邸には小さい頃に来た記憶がうっすらとあるだけで、実は覚えていることがほとんどなかったりする。

部屋の雰囲気を見るに、ここはウッドヴィル侯爵の私室のようね。豪華な家具に紛れて、いくつもの小さくてかわいい調度品が目に入る。デフォルメされたユニコーンのガラス細工、野兎のキャラクターの顔が描かれた陶器、小さな花が咲いているアンティーク調のオルゴール…などなど。


あまりジロジロ見るのは失礼だと思って、早々に椅子に座らせていただく。ティーセットを持ってきたピーターズさんが、手際よくお茶とお茶請けを用意していく。お茶を注がれたカップからは紅茶の甘やかな香りが漂い、背中に入っていた力が少し抜ける気がした。


ピーターズさんにお礼を言うと、小さく会釈が帰ってきた。

うちに仕えてくれているジャネスも、レッドフォード邸に来てからそこそこの年数が経っているけど、ピーターズさんはやはり年季が違うわね。周りの空気を的確に察し、主人が今何を求めているのかを一瞬で見極めているのが分かるの。


「レッドフォード伯爵、旦那様を呼んできますので、今しばらくお待ちください。」

「ええ、ありがとう。」

「我々使用人は廊下に待機しております。何かありましたら、お呼び付けください。」


そう言い残すと、ピーターズさんは部屋を去っていった。足音が遠ざかるのを確認してから、出されたお茶に口をつける。一口飲むと、胃がキュッと締まる感覚がした。無意識のうちに体に力を入れて、緊張していたのでしょうね。そっと背筋を伸ばすと、バキッと骨が鳴る音がしたわ。


もう一口お茶をいただいて、アタシは今回の目的を整理する。


1つ目は、おそらくリディアがいるであろうウェステト領北部の森への侵入許可を貰う事。ただ行くだけならこんな畏まったことはしなくても良いんだけど、今回の目的は犯罪組織1つを相手にする行為でもある。アタシの領地であるセントサザール領ならまだしも、人様が統治する領地で好き勝手はできないわ。


2つ目は、ウェステト領の自警団を通さずにアタシ自身が対応できるようにお願いすること。多分これは通ると思うの、ウッドヴィル侯爵は自警団嫌いで有名だから、むしろ自分も行くと言い出す可能性が高いわ。それに今回対峙する敵は、彼が殲滅を目的にしている人身売買組織ですから。

それに、リディア…レティシア・レッドフォードの正体が、聖女リディア・アッシュクロフトであるとバレる可能性も潰したい。自警団とは最低限の関わりだけで済ませたいの。


頭の中で思考をぐるぐるさせていると、部屋のドアが開く音がした。


「いやーすまんな。シャンプーが空になって、ボトルに補充していたら遅くなった。」


先ほどのラフな格好とは違い、ウッドヴィル侯爵はきちんとしたフォーマルな服を着ていた。いくつかボタンを開けている胸元から、鍛えられた胸筋が覗いている。

アタシは急いで椅子から立ち上がり、侯爵にお辞儀をする。顔を上げると、何故か不思議そうな顔をした侯爵と目が合っちゃった。アタシ、何かやらかしたかしら…?


「アドルディ少年か…。一瞬、先代のレッドフォード伯爵に見えてびっくりしたんだ。…いや失礼、座りなさい。」


どうやら侯爵はアタシをアタシの父親と見間違えたらしい。確かにアタシ、昔から父親に似てるって言われていたのよね。

侯爵がアタシをはっきり見たのは、おそらくアタシがまだ1桁歳だった頃の話。成人してからは会う機会が無くて、手紙でのやりとりくらいしかしていなかったのよね。


アタシは『やだもう侯爵ったら~!ではお言葉に甘えて~!』と軽口を叩きながら着席する。アタシの気に障ったのではと気にしていたらしい侯爵だけど、アタシの様子を見て安心したみたい。


_アタシ、みんなが思うほど両親のこと引きずっていないからね?本当よ?

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