第19話 リディア誘拐編③
_おかしい。
時刻は午後3時過ぎ。
クリスティとリディアが帰らない。屋敷から町までは歩いて十数分で着くから、遅くても、往復30分以内には着くはず。出発したのが朝の10時前だったはずだから、あれからもう5時間以上が経過している。
リディアが駄々をこねている?いや、こねたとしてもここまで長引かせるほどあの子は子供じゃない。いや、子供だけど。
大人であるクリスティがいるから大丈夫だとは思うけど_。
クリスティにも何か起きた?
何が起きた?
分からない。
何かあって帰れないなら、公衆電話なりなんなり利用して屋敷に連絡を入れるはず。公衆電話は珍しいものではないため、少し歩けばどこにでもあるはず。
クリスティはリディアが聖女だと知っている人物だから、リディアがクリスティの前で魔法を使い、連絡をしてきてもおかしくはない。でも、連絡らしいものは一切ない。
一気に背筋がぞくっとする。何か嫌な予感がする。ジャネスを始め、使用人たちもクリスティとリディアが帰らないことを不信に思い始めている。早く対応しないと。
自警団には連絡するけど、あいつらの行動を待っている場合じゃないわね。
アタシはアタシで行動しましょう。鉢合わせたり、捜査をかく乱することだけは避けながら行動しないと。
(はあ、憂鬱ね。自警団を頼るのは。)
両親の件で自警団にはお世話になったことがある。あまり良い思い出ではないし、アタシもできれば関わり合いたくないのよね。
昔を思い出して、思わず大きなため息が出る。
こんなところで手をこまねいていても何も進展しないわね。ちゃっちゃと連絡だけして、アタシはアタシで行動しましょう。
________。
(…そうだ。)
自警団に連絡して、会話が終わったので受話器を元の場所に戻す。自警団と会話をしているときに、アタシはあることを思いついた。
リディアから貸してもらった魔法の力を活用できないかしら、と。
素のアタシは魔法適性が全くなくて魔法を使えないんだけど、今はリディアの力が多少なりあるはず。
(えっと、こうかしら。)
ポンッ ポンポンッ
軽快な音を立てて、アタシの手の中から何羽かの鳥が出てきた。この鳥は実物の鳥ではなく、魔法によって具現化している鳥なの。
「アンタたち、レティシア…じゃない。リディアとクリスティの痕跡を辿ってらっしゃい。」
アタシは窓を大きく開け、魔法の鳥を外に放つ。魔法適性はないけど、一応勉強しておいて良かったと今日ほど思ったことはない。
…鳥はちょっと歪な形をしているけど、魔法適性がないアタシが初めて作ったにしては上出来よ。
状況次第では、会社にしばらく休むと連絡を入れる必要がありそうね。それぞれの支部に連絡を入れておくことも視野に入れなくちゃ。連絡事項と書類はどこにあったかしら。
「…?」
会社への対応を考えていたら、ふと頭の隅に謎の違和感が生まれた。痛みとも不快感とも違う、形容しがたい感覚に苛まれる。何かしら。風邪の兆候?
(__アディ!)
「!?」
思わず大きな声を出しそうになり、咄嗟に口元を抑える。周りを見渡して使用人がいないことを確認し、アタシは頭に響く謎の声に対応する。
「リディア…?」
(そう。アディ、口に出さなくても脳内で喋ってくれれば良いよ。)
どうやら、頭に響く声の主はリディア本人で間違いないらしい。姿は全く見えないけど、リディアの無事が分かって少しホッとしたわ。
(リディア!今どこにいるの!?アンタは大丈夫?クリスティは?)
(落ち着いてアディ、順番に説明するから。)
焦りすぎて、一気に思ったことをぶつけてしまった。脳内で会話するって初めての感覚だから、時々間違えて声も出しちゃう時があるわね。
使用人に見られたら不審がられるだろうから、アタシは近くの空室に移動することにした。
(町に向かう途中に雑木林あるでしょ?行く途中、あそこで人攫いに襲われたの。)
(あの雑木林ね…!やはり伐採してしまうべきだったわね…!)
あの雑木林は数十年ほど前に、緑化運動の一環で木が植えられたエリアなの。現在に至るまで、セントサザール領の領主の間でも意見が分かれ、別の場所に植え替える、伐採する、そのままにすると揉まれに揉まれて、結局道だけ整備されて放置されていた場所なの。
人目につかない場所だから早めに対処しないといけないとは思っていたけど、こんなところで実害が出るとは。
(私とクリスティを襲ったのは3人組の東洋人らしき見た目の男性。みんなローゼシア語も堪能だけど、他国語も話していた。)
(待ってね、メモするから。)
リディアの証言をメモするために、紙とペンを探す。棚の中に入っているのを確認し、雑に取り出し机に向かう。拍子に棚の中のものが床に散乱したけど、今はそれどころではない。
(クリスティは生きてるはず。雑木林で後頭部を殴打されたけど、息はしていた。)
(分かった、すぐ向かって医療車を呼ぶわ。)
(クリスティが気絶した後、すぐに私は捕まってぐるぐる巻きにされて、移動車に放り込まれた。)
良かった、クリスティもリディアも無事みたい。
クリスティはまだ本人を見つけられていないから安心はできないけど、現場にいたリディアの証言があるだけでも心強かった。
(1人魔法適性持ちの人がいてね、私に催眠魔法をかけてきたからかかって寝たふりしたの。)
(…アンタ、度胸あるわね。)
(えへへ。でね、3人組はランホア、イーミン、ジュンハンって呼ばれてるみたい。)
気の抜けた笑い方をしながら、リディアが話を続ける。
ランホア、イーミン、ジュンハン。名前の響きだけで判断するなら、東洋人の可能性が高いわね。
(向かった先は多分北の方角。心眼を使えば今どこにいるのか細かい位置が分かりそうだけど、今はちょっと使えそうな状況じゃない。)
(北の位置ね、分かったわ。こちらはアンタが貸してくれた魔法を使って、追跡をしてみてるの。)
(知ってる。アディが魔法を使うと、感覚で私にも伝わるの。)
あら、あの魔法の貸出ってそんな仕様なのね。何となくだけど気恥ずかしい感じがするわ。
(あ、人が来た。またタイミングを見て探ってみるね。)
(無茶はしないでちょうだいね。死んだら許さないわよ!)
(死なないよ、アディが助けてくれるもん。)
あ、あとね、とリディアが取り急ぐように口走る。
(あの雑木林にユニコーンの子供が迷い込んでいるみたいなの。役所に言っておいて。)
そう言い残すと、頭に漠然と靄がかかっていたような感覚がなくなり、いつものクリアな視界が広がる気がした。リディアとの通信が途切れたのだと瞬時に理解できたわ。
さてと、できることから片付けていきましょう。まずはクリスティの安否の確認からよ!
「ジャネス!ジャネス!いる?」
アタシは執事のジャネスを呼び、急いで例の雑木林に向かった。
クリスティが誰かに見つけてもらって手当てを受けているならそれでいい。自力で起きて、誰かに助けを求めていてもいい。とにかく無事でいてほしいそれだけを願った。




