第11話 レティシア・レッドフォードの朝①
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Side:リディア
今日のメニューは焼きたての白いパン。手作りの苺ジャム、ブルーベリージャム、オレンジジャムの中から好きに選んでいいって。
スープは暖かい南瓜のポタージュで、パセリを散らしてクルトンを乗せて。
サラダは瑞々しいレタスとトマトと茹でた卵が半分乗せられている。
みんなうまうま。
「私がアディの会社に行くの?」
いつものようにアディと2人で朝ごはんを食べていると、突然そんなことを言い出した。
「ええ、モニターってやつね。子供の視点から、新商品の評価をしていただきたくてね。どうかしら?」
数週間後に新商品の社内お披露目と会議があるとか。私は会社の仕組みについて詳しく知らないから、名前と言葉の響きだけで何となく想像を広げる。
服飾と玩具はさておき、お菓子の会社は新しいお菓子を食べられたりするのかな。それなら行きたいかも。
「アディの会社、私も行きたい。」
「そう!良かった、詳しい日程は今日明日中に伝えるわね!」
アディは笑顔でニコニコしながら私の方を見つめた。私はそんなアディに頷き返し、パンを一口頬張る。
お菓子が食べられるかもという打算ももちろんあるけど、何より社長として働いているアディの姿を見てみたいというのが本音だった。
私は基本的に屋敷の敷地の中で過ごしている。普段は屋敷内を散歩したり、庭で日向ぼっこをしたり、本を読んで知見を深めたり、キッチンで摘まみ食いしたり。
聖女として聖神殿にいた頃も、外に出ることはなかった。たまに透視や魔法で外の世界を見つめたりしていたけど、外出の経験は全くない。
あの頃は聖神殿の一室だけが、私の世界の全てだった。外の世界に憧れがないわけではない。だけど、部屋に閉じこもっている生活が長かったから、好奇心や探求心より漠然とした不安のほうが大きかったりする。逃亡生活中は、外の世界を楽しむ余裕なんてなく、無我夢中で隠れて逃げての生活だった。
逃亡中も変身はしていたから、ストリートチルドレンにも見えただろうから見た目でバレることはなく逃げられたけど、掴まるかもしれないという不安と気疲れには抗えなかったのが記憶にある。
「でも、私が行っても大丈夫なの?めちゃくちゃ部外者だけど。」
「大丈夫!アタシが許可した場所だけは出入りできるようにしておくわよ。」
そういう問題じゃない気がするけど…。
私はこの国の会社のルールとか詳しくないけど、アディが良いって言うなら良いと思うことにしよう。
(セントサザール領の、町の様子も見れる。)
新聞や本など、紙の資料からのみ得た情報しか知らない私にとって、外の世界はどのように見えるのだろうか。今は心も体も余裕があるから、楽しめるような気がした。
「わわっ!アディ!私たち鳥と同じくらいの速さで走ってる!窓開けてもいい!?」
「良いけど、危ないから手とか出しちゃダメよ!」
次の日の朝。
アディはレッドフォード邸の隅にある倉庫のような建物に私を連れてきた。
何だろうと思っていたら、『中にあるものは危ないから触っちゃダメよ』と言われた。言われた通りアディの少し後ろで作業をしている姿を眺めていたら、倉庫から出てきたのは4人乗りの移動車だった。
_移動車。
1800年頃にローゼシア王国の南方の国で開発された、自動運転が可能な車という機械の1種。
その利便性から瞬く間に普及し、法整備や道路整備が進められた。それまでは馬車や魔法を原動力とした車がメインだったが、メンテナンスや燃料の面で課題が多く、今では移動のメインはこの移動車と呼ばれる乗り物がメインだとか。
「運転、いいな。楽しそう。」
「うふふ、実際楽しいわよ!でも、遊び感覚でやっていいことじゃないの。運転は同乗者の命を握る行為でもあるからね。」
アディは視線を前に向けたまま、私の言葉に反応する。今乗っている移動車は前席の左側にハンドルが付いているけど、他国だと右ハンドルというものもあるらしい。
「私もいつか、運転免許…?ってやつ、取得?する!」
「良いわね!その時は最初にアタシを乗せなさいよ!」
並木道だった通りを抜けて、景色は人々で活気づいている街並みに変化する。
今日は蚤の市をやっているのか、広場らしき場所には沢山の人が出入りしている。
「…ふと思ったんだけど。」
「なあに?」
私はアディに背を向けたまま、窓の外の景色に釘付けになっていた。美味しそうな果物やお菓子、可愛い手作りのアクセサリーやぬいぐるみ、現在の持ち主には不要になったらしき衣服の数々に目移りしていた。
「アンタって老化するの?聞いている話だと、3000年近くはその姿なのよね?」
「ええっとね…。」
視線を窓から外し、運転するアディの横顔を見つめる。
ちょっと、説明が難しいかも。どう言えば伝わるかな。
「えっとね、私の中には『聖女としての寿命みたいなもの』と『通常の人間に換算すると、な寿命』があるの。」
「うん…うん…?」
「見た目に関係あるのは、後者の『通常の人間に換算すると、な寿命』の方なの。普段は私の力で成長を意図的に止めているんだけど、私の内部にある鍵みたいなのを外すと、見た目だけ人間と同じような成長、老化をしていくの。」
「へえ………?」
「この人間換算寿命は、私が聖女、神の末裔として具現してから全く触っていないから私は今この姿なの。私は生まれた時からこの状態だったから。」
「………。」
「…アディ、大丈夫?」
私は漠然と自分のことについて理解をしているけど、他の人に伝えられるか?と言われると自信はない。現に、アディは難しい顔をしながら唸っている。
「ええっと、その人間換算寿命ってやつの鍵を外すと、見た目だけが老化するのよね。それ、老化した後どうするの?何の意味があるの?」
「えっとね、今の私は6~8歳のリディアの姿にしかなれないの。東洋系の見た目や西洋系の見た目に限らず、変身することで0歳の赤ちゃんから100歳の老人にまでなれるけど、素の姿である今の見た目を変えることはできないの。」
…伝わってるかな。
『変身することでなれる姿』と『素のリディアの成長による見た目』は別物なの。
「だから、人間換算年齢を重ねていない私が…えっと、例えば60歳のおばあちゃんのリディアになろうと変身をしようとしても、できないの。この世界のどこかにいるかもしれない、赤の他人な60歳の見た目のおばあちゃんには変身できるけどね。」
「…リディア自身の見た目の年齢、『通常の人間に換算すると、な寿命』の方は、6~8歳で止まっているから?」
「そそそ。」
長々と説明したけど、別に理解できなくても問題はないことなんだけどね。
「まあ、何となく、ふんわり、それっぽく、理解できた気がする。あ、ほらもうすぐ着くわよ。」
レッドフォード社、アディの会社。お菓子、服飾、玩具の3つの事業をメインに展開しているローゼシア王国の中でも大きな会社。今から行くのはレッドフォード社のお菓子の会社。
「…じゅるり。」
邪な考えを脳の隅っこに置き、私は煩悩を捨てるように頭を振った。




