第10話 えらいこっちゃ。
第1話はこちらです→https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2773390/noveldataid/26180134/
「もおおおおアンタは何てこと言うの…!!」
「でもアディ、他に言い訳思いついてた?」
オーウェン公爵が帰路について10数分後。
アタシとリディアはアタシのプライベートルームで顔を突き合わせていた。
「何も思いついていなかったけど…!!心臓止まるかと思った!!」
「今日は止まり散らかさないんだね。」
んもう!!この子は!!いつの話してるの!!
「結果論だけど、これが一番綺麗に収まったと思うよ。オーウェン公爵は怒ってたけど、アディの品位が疑われただけで済んだし。」
綺麗に収まったと言っていいのかしら…あれは…。
適当な設定で真実ではなかったとはいえ、嫌悪と憎悪を向けられたのにリディアはあっけらかんとしている。
「アンタ、全然気にしてないのね…。」
「まあね。聖神殿で聖女様やっていた時に、何度かそういう機会はあったからね。負の感情を向けられる機会。」
聖女リディアは歴史の途中で表舞台から消えた。かの国王の指示によって。
だけど、聖女としての仕事や立場を放棄できるわけではなく、影からこの国を支えていた。
リディアは部屋の中央でくるくると周りながら、ダンサーの真似事をしている。
能天気なのか、肝が据わっているのか、命知らずなのか…。
「ぐぇ。」
思わずアタシはリディアを抱きしめた。確かにこの子は3000年生きているのかもしれないけど、中身は変わらず6歳くらいの女の子なわけで。
この小さな体で、どんな重圧に耐えてきたのかと思うと、思わず抱きしめちゃった。
「…はあ。強いのね、アンタ。」
「えへへ、私はアディ1人くらいなら守れるくらい強いよ。」
笑顔で笑うリディアを抱っこして、左腕に座るような姿勢にさせる。リディアは高い場所と不安定な座り心地に困惑し、アタシの首に腕をまわした。
「んもー普段は食い意地が張って、失礼なこと平気で言って、可愛げがないのにこういう時は素直なのね!聖女様モードの時なんて尊大かつ図々しくて可愛げの欠片もないのに!」
リディアは肯定も否定もしないで、ニコニコと微笑んでいる。
2人で顔を見合わせて、思わず笑って吹き出す。
「乗りかかった船よ。アンタと一緒に落ちるとこに落ちてやるわ。」
「落ちないよ、アディも私も。改めてよろしくね、アドルディ・レッドフォード伯爵。」
「すぅ、すぅ…むにゃ…。」
午後11時過ぎ。あれからリディアはいつも通り3~4人前くらいのご飯を平らげ、デザートの洋梨ゼリーを3回おかわりし、バスボムと共にお風呂を楽しみ、ベッドについた。
寝息を立てるリディアを横目に、アタシはベッドルームから退室した。
「…もう、いつの間にこんなにお菓子のごみが。」
リディアの部屋のゴミ箱には、色とりどりのお菓子の袋や箱が溢れていた。全てアタシの会社であるレッドフォード社の商品で、どこのメーカーのより美味しいとリディアは言ってくれている。それは素直に嬉しい。
以前、リディアの食欲の理由を聞いてみたことがある。
だけど、本人もよくわかっていないようだった。数千年の質素な食生活の反動、最上級魔導士の力の源となるエネルギー、色々思い当たる節はあるけど、どれもピンときていない様子だった。
「いてっ。なにこれ、ビスケットの破片?」
もーあの子ったら!お菓子はこぼさないように食べろってあれほど言ったのに!虫やネズミが来たらどうするの!
「…もうこれはアタシの仕事じゃないわ。明日メイドにお任せしましょう。」
アタシはリディアの部屋の掃除を諦め、部屋を後にした。
________。
「…以上が、ここ数日の間に諸侯を周った成果です。結果として、聖女リディアの足取りは掴めませんでした。」
「むう…。」
「申し訳ありません、国王殿下。」
レッドフォード邸にオーウェン公爵が来訪して数日後。王城の一室では、2人の老齢な男性が難しい表情で顔を合わせている。
片方は先日レッドフォード伯爵の元を訪問したマーク・オーウェン公爵。そしてもう1人は、このローゼシア王国の現国王にして聖女リディア脱走事件全ての元凶、ライオネル・ローゼシアその人である。
「国境警備隊の方は?」
「現在調査中です。下等モンスター1匹…いえ、ネズミ1匹通すなと言ってありますが、既にこの国を発っている可能性は否めません。」
「うむう…。」
ライオネルはより一層険しい顔をした。燭台に灯されているろうそくの火がか弱く見えるほど、部屋の空気は重く暗い。オーウェンから渡された調査資料に目を通しながら、ライオネルは時折眉間に皺を寄せる。
「…ん?」
「どうしました、殿下?」
「いや、このレッドフォード伯爵に関する資料だが。」
「…ああ。」
オーウェンは嫌なことを思い出したと言わんばかりに顔をしかめた。そんな彼の様子が気になったのか、ライオネルが言葉を続ける。
「最近養子を迎えたと記載がある。しかも幼い少女であると。まさか、こやつが聖女リディアではなかろうな!?」
「とんでもございません!実際に顔を見ましたが、似顔絵とは似ても似つかない他人でした!」
アドルディとレティシアには傲慢な態度を崩さなかったオーウェンだが、国王殿下の怒声には肩を小さくしている。ライオネルの逆鱗に触れないように思考を巡らせ、次の言葉を探している。
「以前、セントサザール領の娼館で大規模な摘発があったのはご存じでしょうか。レティシアという小娘は、その時の娼館にいた子供の1人だそうです。」
「なんと。レッドフォード伯爵は何故そんな小汚い娘を養子に?」
「居場所を奪った罪滅ぼしだとか言っていました。真意は謎ですが。」
ライオネルは椅子に深く腰を掛けると、ドカッと足を組んだ。椅子の背からは木が軋む音が鳴り、部屋に響く。
「ふん。現在のレッドフォード伯爵といえば、エルバートとヴィオラの息子だろう?あの変な喋り方をする一人息子。あんな形で親を亡くしたから、気でも触れたのかもな。」
ぎゃはは、という品のない笑いが部屋に広がる。
賛同するわけでもなく、オーウェンは静かに微笑みながらライオネルを見つめた。




