7話 ヨロイさん「初めてのおしゃべり」
朝食を頂きながら、ミアさんはアムに頼みたいことを説明すると、アムはなるほどとポンと手を打った。
「兄さんの通訳をすればいいんやな、お安いご用やで!」
「ありがとう、アム」
ミアさんのお礼に続いて俺も頭を下げた。
アムはというと照れくさそうに腕を組んでいる。
「別にアムに礼なんていらんよ、ゴーレムなんやから」
「ゴーレムかどうかというのは関係ないわよ。そうだ、あなたのお給金も決めないと」
「……そう言われても、アムはお金なんて使わんよ?」
だから給料を貰っても仕方がない、と言外に主張するアム。
それでも彼に対し、ミアさんは受け取るべきだと諭した。
「今は要らなくても、将来欲しいものが出来るかもしれないわ。それに、働いた分に見合う報酬を得るのは労働者の義務よ」
まだ短い付き合いだが、ミアさんは商売の名の下に平等な人だ。
価値のある物には相応しい対価を用意する。
それが彼女の理念であり、その支払い相手が誰かというのは関係ないのだろう。
だからこそ、アムや俺のような奴にも分け隔てなく接するし、逆に他人からの親切を受け取るのが少し苦手なようだ。
「……変わった姉さんやな。わかった、お給料はしっかりいただくで」
「よろしい。そうね……まずは月に10銀冠を考えてるわ」
「ふぅん、それってどのくらいのもんなんや?」
やはりアムもあまり貨幣価値が分からないんだろう。
ミアさんはゴーレムのアムにも理解しやすい例えを出した。
「そうね、例えば仕立ての良い服をあなた用に用意すると、多分一式で10銀冠くらいだわ」
「姉ちゃんみたいなカッコになるにはってことか?ふぅん……」
「どう?私的にはお洋服を着たあなたって可愛らしいと思うけど」
「せ、せやろか?へへ……悪い気はせぇへんな!じゃあヨロイの兄さんみたいなゴッツイ鎧はどのくらいするんや?」
……そういえば、俺のこの鎧って錆びてるけど割としそうだよな、やけに頑丈だし。
俺自身気にしたことなかったけど、ミアさんが見積もったらどの程度なのか聞いてみたい。
「一般的なフルプレートアーマーならまぁ、良質な金属製の一式で2〜3金冠くらいかしら。だいたい200〜300銀冠ということね。腕の立つ冒険者なら半年から1年かけて貯めるようなものよ」
「ほー、せやったら兄さんのは?」
その質問にミアさんはむむむと顔を顰めながらこっちに寄ってきた。
俺の体(鎧だけど)をペタペタと触ってくる。
「難しいわね……この感触、普通の鋼鉄じゃなさそうだわ。錆びてるのを差し引いても、とても普通の市場ではお目にかかれない代物ね。一般的なフルプレートの5倍以上…10〜15金冠はするんじゃないかしら」
「そないにするんか!すごいなぁ兄さん」
ミアさんの真似をしてペタペタ触ってくるアムが驚いた様に言った。
ペタペタってかアムは固いからカンカン鳴ってるけど。
「でも私としてはそれよりも、仲間として一緒にいてくれる方が遥かに価値があると思ってるわ。もちろん、アムのこともね」
「へへ…そないなこと言われたら、いっぱい張り切るで!」
「ふふ、ありがとう。じゃあまず、この村で儀式をやらないとね」
既に材料は揃ってるので、このあと長老にアムの目覚めを知らせれば、昼前には儀式が終わるんじゃないだろうか。
正直、結構楽しみ。
「では。始めましょうかの」
村の最奥、普段は立ち入ることを禁じられている祭壇に俺たちはいる。
祭壇を囲む崖には小さな滝が幾筋も流れ落ちていて、滝壺には清い水が巡っている。
長老の手には淡く輝く液体に満ちた桶が握られている。
「これは数種の魔法素材を混ぜ合わせた軟膏のようなものです、といっても粘性はありません。これに手を漬け、お互いの手を握ってくだされ」
指示通りに桶に手を入れる。
不思議なことに冷たさも熱さも、感触すらもろくに感じなかった。
アムもおそるおそると手を浸し、俺と手を握った。
「よろしい」
その言葉と共に、祭壇に風が吹き抜けた。
幾つもの滝はその流れを止め、森のざわめきすらも静まり返っていた。
一瞬、時間が止まったかのような錯覚に陥る。
「我らが偉大なる森よ、彼らの言葉を運びたまえ、心と心を繋ぎたまえ」
祭壇全体に光が降り注ぎ、俺たちを包んだ。
不思議と眩しさは感じない、心地よさすら感じる。
数秒、あるいは数十秒経っただろうか。
森にいつもの音が戻り、水流がその流れを取り戻した。
俺はというと……特に何か変わった実感はない。
だが、アムの方は違うようだ。フラフラと体を回している。
「なんか……頭がぐわんぐわんするでぇ」
「アムくんの方が負荷は高いですから無理はなさらないほうがいい。ともあれ、これで心を結ぶ儀は終わりましたぞ」
「ありがとうございます、ネネル様。アムはどう?ヨロイさんの声は聞こえそう?」
「うん、と……」
アム、聞こえるー?
「うーん…あんまわからん……かも」
ありゃりゃ。
「最初は上手く聞こえないみたいだから、落ち込む必要はないわよ」
「そやけど、アムの仕事やのに」
しょぼくれるアムだが、俺の方も彼に強く伝えようと思わなきゃいけないのかもしれない。
集中して、いま一番伝えたいことを考える。
伝われ、伝われ、……伝われ!!
「…あっ!」
「伝わったの?ヨロイさんはなんて?」
「うん、いま確かに分かったで!兄さんはな……」
アムは俺の体をよじ登り、肩車の格好で思い切りバンザイをした。
「『これからもよろしく』やって!!」
俺の思いは完璧に伝わってくれたようだ。
ミアさんは一瞬目を見開き、俺の手を取ってとても優しく応えてくれた。
「ええ、こちらこそ。どうぞよろしくね、ヨロイさん」




