20話 ミア「小さな一歩」
公会堂から出ると。私は通りを歩く人の多さに驚かされた。
「すごいわ……ここまで人が行き来してるだなんて」
職人街全体が、執務室で想像していたよりもずっと多くの人で賑わっている。
裕福そうな人も、そうでない人も、大勢の人が来てくれているわ。
アムとトビアさんがいる店に向かうと、まだ距離のあるところからでもアムの声が聞こえてきた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃーい!アムみたいにちっちゃな楽器がいっぱい売っとるでー!」
喋るゴーレムという極めて珍しい存在であるアムが、お客さん達の注目を集めてお店に吸い寄せている。
(あの子の天職、商人なんじゃないかしら……?)
半分本気でそう想いつつ、お店の観察を続けていると、ある親子が目に着いた。
お世辞にも裕福とは言えなさそうな子どもは遠巻きに店を眺め、お母さんは子どもが行列に巻き込まれないように手を握っている。
そんな親子を、アムが目ざとく見つけたわ。
「そこのお二人さん!良かったらもっと近く見てってや!」
「え……でも、俺たちそんなお金はないよ」
気になるけど、お金がないから買えない。親に言われるまでもなくそれを分かってるからこそ、あの子は店に近づかないようにしてるのね。
「うーん、お金のことは分からんけど、1個だけならとっても安いで!」
「この子の言う通りですよ、単品はかなり値段を抑えましたから、お求めやすいかと思いますよ」
トビアさんの補足に、親子がおそるおそると値札が見える位置までやってきた。
「60銅冠……確かに、一個くらいなら買えるかもしれないわ」
「本当、母ちゃん!?」
思いも寄らないお母さんの言葉に、子どもの方は目を輝かせたわ。
お母さんは少しだけ悩んだけれど、最終的には意を決したみたい。
「うん、何がいいんだい?一個だけなら、大丈夫だよ」
「じゃ、じゃあね!俺、このハープってのがいい!」
嬉しそうにはしゃぐ子どもを愛おしげに見つめたお母さんは、財布からお金を取り出してトビアさんに渡した。
「はいよ、じゃあ店員さん、それをお願いするよ」
「お買い上げありがとうございます!こちら、お品物です!」
麻袋に入れられたミニハープを受け取った子どもは、きらきらと本当に光ってると思うほどに目を光らせたわ。
「わあ……!ありがとう、母ちゃん!!」
「いいんだよ。そのかわり、大事にするんだよ」
「うん!絶対大切にする!!」
あんがとなー!と手を振るアムに見送られて、親子は幸せそうに去っていった。
(うん、いい仕事したわね、やっぱり)
あの人達が幸福になれたのなら、私たちがやった仕事は意義があったってことよね。
「ああいう人たちを、一人でも多く……」
私自身の初志、残酷なまでに広がる経済格差への挑戦。
それがほんの僅かでも果たせたのを、あの親子を見て感じることができた。
メロディア川沿いには複数の船着き場があって、その多くが資材搬入ができる大きな広場や倉庫を持っているわ。
マリウスさんたちの技術展示は、こういった川沿いの広場で開かれているの。
「ここにくたびれたヴァイオリンがある、二束三文で売り払われた中古の品だな。で、メンテナンスも長年してねぇせいで音階はバラバラだ、ちょっと聞いてみな」
そう言ってマリウスさんが弓を弦に当てると、ギイギイと耳に障る音が鳴った。
「へんなおとー!」
「きもちわるーい!」
最前列にいる子どもたちが、口々に素直な感想を言い出した。
「だろう? とてもじゃないが聞いちゃいられねぇ。だが俺の手にかかれば、あっという間に綺麗な音を出すようになるんだ、見てろよ」
子どもたちが「ほんとー?」と疑う中、マリウスさんは手早く作業を始めた。
「まずこの弦だな、錆びてるのが見えるか? まずこいつをピッカピカの新品に交換するんだ」
喋りながらもその手は淀みなく素早く動いて、あっという間に古い弦は取り外されていく。
「よっと、これで全部外れたな。よし、じゃあ新品の弦を張ってみたいやつ、いるかー?」
予想外の募集に、子どもたちが一気に色めき立った。
「やってみたい!」「あたしも!」「俺にやらせて!」
殺到する可愛らしい希望者の中から、マリウスさんは4人の子どもを指名したわ。
「よーし、じゃあ1人1本でいくぞ。まずこっちの穴に通してみな」
指示通りに子どもたちがヴァイオリンのテールピースに弦を通すと、マリウスさんが大きな声で褒めた。
「いい調子じゃねぇか! よし、じゃあ反対側のこっちにもやってみな」
子どもたちの熱中が途切れないように、マリウスさんはさり気なくサポートしているわね。あんなに小さな子どもたちが、あっという間に弦を張っちゃったわ。
「よーし、よくやった! こっから先はちょいと難しいから俺に任せな」
緩やかに張られた弦にこともなげに調律を施すと、今度は弓の毛替えをして松脂を塗り込んだ。どの所作も流麗で、一切のつまづきは見られない。
(簡単そうに見えるけれど、一挙手一投足が洗練された技術の粋。いつの間にかみんな見入っちゃってるわね)
「よし、これで弦と弓は新品同然になったわけだ。ちょっと試しに弾いてみるか」
弦と弓が響かせた音は、さっきと比べて不快感はなくなったけれど、なんというか音の奥行きがない感じだわ。
「あんまりきれいじゃないね」
「だははっ! いい耳してるなぁお嬢ちゃん! そうだな、綺麗な音じゃねぇ。だから、今度は綺麗な音を出すようにしていくんだ」
マリウスさんはヴァイオリンを手に持つと、なるべくみんなに見えるよう周りにかざした。
「ちょっと見えにくいかもしれねぇが、ヴァイオリンの中には魂柱ってのがあってな、こいつがズレてると今みたいにのっぺらとした音になっちまうんだな」
彼はポケットから道具を取り出すと、小さなf字孔に差し込んだ。
「よっと……こんなもんか。これで調整は終わった、どんだけ変わったのか確かめてみようか」
魂柱の調整が終わったヴァイオリンは、弦だけでなく楽器全体を震わせて美しい音色を奏で出した。
「すっごーい!」
「本当、綺麗ねぇ……」
子どもだけでなく、大人の観客も感動の声を漏らした。
かくいう私も、音色の違いには驚かされたわ。最後の仕上げで、こんなにも違うのね。
「実際に工房でやる作業はもうちっと細かいが、まあ大まかな手順は変わらねぇ。新品じゃなくても、ちゃんと整備してやりゃいい音出るもんだろ?」
この技術展示の内容は親方たちに任せていたから、私は大まかにやることを知ってるだけだったけど、彼の展示を見てその判断は間違ってなかったと確信できた。
「お疲れ様でした、マリウスさん。素晴らしかったです」
「おう、ミアちゃん。こんなことやるのは初めてだったが、なかなか楽しかったぜ」
広場を後にして、公会堂に戻る途中のマリウスさんに話しかけると、彼は不敵な笑いを浮かべて応じてくれた。
「ありがとうございます。まだ何回か講演はありますけど、よろしくお願いします」
「おう、任せてくれや!」
ドンと胸を叩いたマリウスさんの姿は、とても頼もしく感じられた。
彼ら超一流の技術が、さっきみたいにみんなに知ってもらうことができたら、工芸品への関心は今以上に広がるでしょうね。
今日がそのための、最初の一日になってくれることを願いましょう。




