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14話 グレゴリー「苦悩と好奇心」

 王国大祭における大一番に向け試行錯誤していた時、マリウスに呼び出され、奇っ怪な奴らと出会った。


 女商人が雇ってるという、錆びた鎧と、喋るゴーレム。


 この珍奇極まりない奴らと引き合わせたのはどんな用件だと訪ねれば、音楽を教えてやれだという。


「まあ、待てよグレゴリー。もしこの話を受けてくれるってんなら、最高の共鳴木でお前さんの楽器を作ってやってもいいぜ?」

「……なに?」

「百年モノだぜ?」


 受けるつもりなど毛頭なかったが、百年物の共鳴木というとびっきりの素材を餌にされたからには、釣られるしかあるまい。


「……よかろう、やってやる」


 そして俺は、錆びた鎧と喋るゴーレムに、音楽とはなんたるかを教えることとなった。


 この時点では、適当に音楽の美しさでも教えて終わるつもりだった。


 まず、こいつらに対する印象を変えたのは、初日のことだ。


 クラウン・ヒルを案内したこの日の最後、丘の頂上から街全体の見渡す景色を披露した。


「これが、この街が芸術であり音楽たる所以よ」


 俺はこの街を誇りに思っている。

 文字通りの土台たる職人街、そこに暮らしている職人たちが、丹精を込めてデザインしたのが、このクレセンティアという街だ。


 眼下から奏でられる、街の調べを聞いた二人は――。


「なんか…なんか、よくわからんけど……とってもきれい!!」


 アムのその言葉に、ヨロイもこくこくと頷く。


 なるほど、どうやらこいつらは、少なくとも美を感じる心はあるようだ。


(あるいは、金を払っただけで美術を嗜んでると勘違いしている奴らよりよっぽど……)


 皮肉な考えが脳裏を過るが、まずはこいつらを認めてやろう。


 久々に、俺が他人の名前を覚える気になった瞬間だった。



 2日目、とりあえず簡単に楽器でも弾かせてやろうと思い立ち、ソルフェージュ・ヒルの公園へと向かった。


 初日でも思い知らされたが、ゴーレムにはきちんと音楽を楽しむ能力があるということだ。

 アムはその容貌ゆえに簡単な楽器しか扱えないが、逆に言えば扱える楽器は楽しげに演奏する。


 そして俺は、驚異的な才能を眼の前にした。


 暇つぶしも兼ねて奏でたハープを、ヨロイが完全に真似たのだ。

 時間こそかかったものの、音階のいずれもが外れていなかった。


 その時、俺の内心を支配したのは、畏れと好奇。


「よし、ヨロイよ、お前には俺が直々にヴァイオリン教えてやる」


 口に出たのは、深く考えてのことではなかった。

 こいつに俺の演奏を真似させればどうなるか。ただそれだけの興味で、俺はヴァイオリンの授業を決定した。


 その後、昼食を挟んで奴らのことについて聞いた。

 興味深かった話題の一つは、結構な給金をアムが受け取っているということだった。


「あの女商人、ミアとやらか。ゴーレムに給金を払うとは、とんだ変わり者だ」


 ゴーレムとは即ち、隷属させ使役するもの、それがこの世界の常識だ。

 だというのに、あの女はその常識に真っ向から抗っている。


(マリウスの工房で会ったきりだが、機会があれば話してみたいものだな)


 その反骨心溢れる生き方は、どこかかつての自分に似ている気がした。


 それは置いておくとしても、気になったもう一つの点がある。


「そしてヨロイよ、貴様の話だが……貴様は過去を探し求める気はあるのか?」


 ヨロイからは、どこか自分の過去を忌避する雰囲気を一連の話から感じ取った。

 正確には、言葉の端々からミアを優先しすぎているきらいがあると言うべきか。


《それは……》


 ヨロイのやつも、答えに詰まった。

 自分自身でどこか自覚していたからかもしれん。


(己がしでかしたことは、自身が覚えていなくとも、他者は覚えている)


 曲がりなりにも宮廷生活に身を置いた俺だ。

 記憶になり瑕疵を責められたことは一度や二度ではない。


 俺は宮廷音楽家として、一つのアドバイスを送った。


「貴様が記憶を失おうとも、過去は貴様を追ってくるぞ」


 いざその時が来たら、ただ責められるだけではなく、胸を張り受け止め、なお自らの力で敵対する者共をねじ伏せる覚悟が必要だ。


 奴には、その準備をさせねばならん。




 その翌日、3日目から本格的なレッスンに入った。

 まだ未熟だった頃から伴にしたヴァイオリンをヨロイに預け、俺の家で指導をする。


 最初の数日間は、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 奴は俺の予想通りに、圧倒的な速度でヴァイオリンを習熟していく。


 常人で2ヶ月、俺でさえ2週間はかかったヴァイオリンの音出しを、奴はたったの4日で可能にしたのだ。


(こいつに、俺の持てる限りの全てを教え込んだら、どうなる?)


 なんてことはない、奴は過去を忘れたままにしたがっているが、俺は現在を忘れたがっているのだ。


 王国大祭に向け、俺自身が俺の求めている領域へたどり着けないこと。

 そしてそれが何なのかすらを理解できない今を、ヨロイに興味を抱くことで忘れたがっている。


 こんな俺が、一流と持て囃されているのだから、笑い草だ。


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