12話 ミア「試作品の完成と、次のステップ」
商品説明を終えたあと、私たちは公会堂内にある工房の一室へ移動し、設計と試作を始めようとした……けど。
「うーん、まずは掃除が必要かしらね」
「ですね、ここは会議室と違ってあんまり利用される場所ではないので、設備の点検も必要かと」
ルシアンさんの言葉に頷いて同意する。
最低限の手入れはされてるみたいだけど、これから本格的に稼働するにあたっては不安が残るわね。
と、言うことで私たちは工房内の手入れと、これから必要な備品の調達で半日ほど費やした。
経費の計上も忘れないようにしなきゃね、と考えたところで一つのミスに気づいた。
「あ」
「どうしたんです?」
急に響いた素っ頓狂な私の声に、トビアさんが怪訝な顔を向けた。
すぐに笑顔を作って「大丈夫です」と答えたけど、結構深刻なミスだわ。
(共同店舗の帳簿を作らなきゃ……)
うっかりしていたわ、私の帳簿で付けたら私の資産になっちゃうじゃない。
ドヤ顔で上手く商売してみせると言っていたのに、このやらかしは笑えない。
「まあ、いま気づけて良かったってところかしらね……」
私の小さなつぶやきは、忙しなく動き回っている職人さんたちの耳には届かなかったみたい。
さて、そんなこんなで早くも3日ほど経った頃。
最初こそギクシャクしていた職人さんたちも、どんどん活発に意見を交換したり、お互いの仕事を共有するようになったわ。
「笛はもうちょい短くしてもいいんじゃないか?ケースに納める兼ね合いなら、ミニマリンバの幅と揃えたほうがいい」
「確かに、各楽器の全長は揃えたほうがいいな」
特にありがたいことが、みんながミニ楽器セットという構想に向け、自分の仕事を擦り合わせてくれることよね。
あまりそういった点が見受けられなければ、私が口を出すことも考えていたけれど、この分なら余計なことはしなくていいわね。
(彼らの仕事ぶりそのものが、今後のモデルケースとなってくれるはず)
私もその間に暇をしているというわけでもなく、彼らの議論や仕事の仕方を観察し、細かいところまで欠かさずにメモを取っていた。
「あ、ミアさん、少しいいですか?装丁のデザインについてなんですけど」
「トビアさん、もちろん構いませんよ、どうぞ」
そして私のもう一つの仕事が、主にデザイン面についての相談になる。
もちろん、彼らのほうがその道の専門家なんだけど、問題は商業的なコストの話になる。
「ここを凝りすぎると、少し時間がかかりすぎると思うんです。もう少し簡素にしてもいいかと」
「なるほど、そうですねぇ……」
笛、マリンバ、ハープ、そして外装の箱のデザインは、まず彼らに任せた。
その後、目標の生産数と原価をみんなに共有し、修正するかそのままにするかを決定する。
(急いで作った帳簿を、みんなに見せるようにしたのは正解ね。原価管理の観点からも意見が言えるようになったわ)
それが例えどんなに些細なことでも、コストについて考えてくれるのはいい傾向よね。
「いえ、大丈夫だと思います。理由を説明いたしますね」
「お、お願いします!」
みんな熱心だけど、トビアさんは一際勉強熱心だわ。
その熱量が他の人にも伝播して、より一層チームのモチベーションが上がっていく。
「トビアさんたち革職人が関わる外装は最も高価なセットで、生産数も限定する形になります」
まずプレミアムセットの外装については、製造時間を気にすることはあまりないということを伝える。
そして一呼吸置いて、一番大事な理由を述べた。
「何よりも、お客様はそういうコストカットによる簡素化を敏感に感じ取ります」
「なるほど、むしろ売れなくなる可能性のほうが高いんですね」
「そういうことですね。プレミアムセットは稼ぎ頭ですから、皆さんのデザインで完売させる気でお願いします」
にっこりと笑顔を浮かべて、トビアさんにそうお願いすると、彼は少し赤面して「はい!」と元気よく返事をしてくれた。
(うんうん、本当にやる気満々で助かるわ)
それから更に4日、ゴードンさんが提示した刻限がやってきた。
いつも通り朝から集まった私たちは、親方たちに見られても恥ずかしくないように商品を陳列し、またついでに会議室の掃除も行った。
集合時刻となり、マリウスさんが集めてくれた親方たちと、今回仕事に臨んだ若手メンバーが、公会堂の会議室に集まった。
私は壇上に立ち、親方の皆さんに成果を披露した。
「これが、この一週間で制作したミニ楽器セットになります」
「おお……」
机上に並べられたのは、15個の基本セットに、5個のプレミアムセット、そしてバラ売りの余剰分となる楽器たち。
もちろん親方たちからすれば、殊更安っぽい印象を受けるでしょう。
それでも、みんな一様に息を飲んだ、一週間で用意できた数に感心したのでしょうね。
「想定以上の成果じゃねえか!なあ、ゴードン!」
マリウスさんが豪快に笑い、ゴードンさんの肩をバンバンと叩く。
その行為自体には顔をしかめるが、ゴードンさんもこの成果が不満ではないようね。
「ああ、確かに思っていた以上だ。値段を聞けば、なおさら認めざるをえん」
彼はトビアさんが仕上げた革張りの箱を手に持ち、僅かに口角をあげた。
「いい仕事したじゃあねぇか、トビアよ」
「は、はいっ!!」
親方から褒められる、これはきっと職人にとってこの上ない名誉なことなんでしょうね。
トビアさんの目尻には、僅かに涙が滲んでいた。
「泣きべそかくんじゃねぇや、まだまだ精進しなきゃならねぇってのは忘れるな」
そんな厳しい言い方をするゴードンさんだけれど、口調そのものはとても柔らかい。
そして今度は私の方を向いて、手を差し伸べてきた。
「ありがとう、ミアさん。あんたのお陰で、ジジィにも新しい可能性が見えた。是非協力させてくれ」
急いで私も彼の手を取った。
長年の仕事で分厚くなった手は、見た目以上の重さを感じさせる。
「はい! こちらこそ、何卒よろしくお願い致します!」
なんだか、ゴードンさんが積み重ねた歴史にも、認められたような感じがした。
(これで、大祭に向けたプロジェクトは大きく前進するわ……!)
猜疑的だったゴードンさんが味方についてくれたなら、より多くの職人を巻き込めるはず。
(これを弾みに、どんどん商品を作っていくわよ!)




