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(……矢島君)


 ワインを口にしつつ、修一の顔を見つめる。笑顔は穏やかで優しい。小学生の時、彼に憧れた理由が蘇ってきた。


「美味しい」


 ワインも碧の心を溶かしたが、それ以上に修一の笑顔がなによりも碧を幸せにした。

 甘い記憶が次々と蘇る。教室でいつも修一を眺めていたあの頃のこと。


「カロン・セギュールに失敗はないと思う。喜んでもらえてよかったよ」


 料理が運ばれ、舌鼓を打ちながら会社の話をする。主にスタッフのことだ。碧が経験したトラブルやハプニングなど。会話が弾むとワインも進んだ。二本目にドイツものの白ワインを注文し、グラスを重ねると、修一が急に真面目な顔になってテーブルに飾られている金木犀に視線をやった。


「あのさ」

「はい」

「金木犀には思い出があるんだ」


 思い詰めたような表情、口調、そして金木犀への思い出と聞いて碧の心臓がドキンと強く打った。


「思い出?」


 それでも冷静に言葉にする。修一は碧に顔を向けることなく、活けられている金木犀にそっと触れた。


「忘れられない思い出があるんだ。……小学生の時の出来事なのに、僕はいまだにそのことを忘れられずにいる」


 碧の心臓がますますトクトクと早鐘を打つ。今度は言葉自体が出てこなかった。緊張のあまり喉が渇く。じっと修一の横顔を見つめた。


「あとで友達に言われて知ったんだけど、僕が通っていた学校では、金木犀の花が咲いている時期に、その香りが漂う木の下で告白したら想いが叶うって言い伝えがあるそうなんだ。僕はそんなこと全然知らなくて、当時は中学受験に必死で……告白してくれた女の子のこと、まったく構わなかった。でも初めての経験でね、とても嬉しかったんだ」


 碧は突然の修一の話を、耳まで真っ赤に染めて無言で聞いている。


「年に一度、この季節になると彼女のことを思いだす。俯いてじっとしている姿。でもね、それは思い出だと思っていたんだ、つい最近まで。父が倒れるまで。倒れて、命は取り留めたけど、復帰はムリだろうって医者に言われて……継ぐ決心をして、社員名簿を見て驚いた」


 修一が碧に顔を向けた。真っ直ぐ碧を見つめる。碧はその目の強さに思わず息を飲んだ。


「久保田さん、僕のこと、忘れてしまった? 小六の時のクラスメート、この時期に告白してくれたこと」

「…………」

「忘れてしまったのなら仕方がないけど……だけどそうだったら、かなりショックだ。名簿を見て、運命を感じたのは僕だけだったのかなって」

「覚えてるっ! 忘れるわけがない。勇気を出して、必死で、私……」


 修一が驚きに目を見開いた後、ゆっくりと破顔した。


「矢島君」

「よかった。はははっ、情けないって思いつつも、紹介されてから今日までの態度で、忘れられてしまったのかと思ってへこんでた」

「私こそ覚えてもらっていないのだと思ってた。その……部下として働くなら、忘れているならそのほうがいいんじゃないかとも思って……だからあえて言わなかったの」

「そうなんだ。あの、久保田さん」

「はい」

「交際している人、いる?」

「……え?」


 碧はいきなりの質問に固まった。


「金木犀の香りが漂う下で告白したら想いが叶うっていうの、この金木犀でも有効かな。だったら僕も勇気を出して告白しようと思う。社員名簿を見て、すごく驚いたけど、ずっと忘れられずにいた人が父の会社の社員だって思うと、大げさだけど運命みたいなものを感じた。僕は久保田さんと離れてから、久保田さんに恋をしたんだと思う。……なんか歯の浮くセリフで恥ずかしいな。でも、本気なんだ。告白する気で今日、誘った。交際している人がいないなら、僕とつきあってもらえない?」


「矢島君……」

「会社ではしばらく秘密の関係になるけど、ダメかな?」


 碧は修一の綺麗な顔を見つめ、コクリと頷いた。


「ホントにいいの?」

「つきあっている人とか、いないから。それに矢島君のこと、最初に好きになったのは私だし」

「ありがとう。嬉しいよ。告白するって勇気がいるね。緊張で汗かいたよ。実は僕も自分から女性に告白したのはこれが初めてなんだ」

「ホントに?」


 修一が照れ臭そうに笑った。


「交際したことはあるけどね。いつも、ありがたくも誘ってもらえるほうだったから。まぁ、そんなの威張れることでもなんでもないけど。二人きりの時は碧って呼んでいい?」

「もっ、もちろん!」

「僕のことも修一でいいから」

「う、ん。でも、照れる」

「お互いさまだよ」


 修一は笑いながらワインを注いだ。

 その後、二人はデザートを注文し、小学生時代の思い出話に花を咲かせた。




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