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「初恋の人に告白かぁ。でもよく言ったよね。勇気いったでしょ?」

「うーん、それは、まぁ。でも、小学生だし」

「小学生だろうが社会人だろうが、告白は勇気がいるよ」


 会社の社員食堂。


 日替わりランチを食べている久保田くぼたみどりの前には、同期の仙堂せんどうはるかがいる。


 初恋の思い出話を語り終えた碧に向けて、遥が感想を口にした。


「まぁ、そうかな。でもそのまま一緒に中等部へ行ってたら言わなかったわよ。で、遙は? 初恋の人」

「覚えてない」


 ロマンのない返事に碧の目が丸くなった。


「覚えてない? ホント?」

「うん。好きだって思った男の子はけっこういたけど、最初が誰だかは思いだせないのよね」

「……ロマンないね。惚れっぽいとか?」


 碧のツッコミに遙は笑った。


「やっぱり? ははっ、私もそう思う。自分で言うのも情けないけど、惚れっぽいと思うのよ。名前も知らないのに、かっこいいと思ったら入れ込んだり、ちょっと仲良くなったら好きとか思ったり。だから初恋の人って覚えてないんだよねぇ。でもさ、碧みたいに香りとかなんとか、そういうのにリンクした思い出って忘れないんだろうなって思う。逆にキツかったりしない?」


「うーん、もうすごく昔の話だから。十三年も前のことだし」

「そりゃそうだ」


 遥は笑ってお茶を口にした。


 漆黒のストレートヘアが艶やかな遥は、社内でもモテる女だ。それでいて嫌味がなく、サラリとかわす。表向きには特定の人はいないと語っているものの、実はしっかり相手がいる。碧だけが知っている遥の事情だ。


 遥の相手はお笑いタレントとしてテレビに出ているため、絶対に誰にも知られてはいけないというものだった。


 有名人だと誘惑も多くて浮気されないか心配ではないか? などと碧などは思ってしまうのだが、当の遥に結婚願望はなく、今は楽しかったらそれでいいと語って気にした様子もない。


 とはいえ遥の兄が恋人の所属する事務所のスタッフという間柄なので、裏切りはないのかもしれないと碧は思っている。


 美人の遙に対し、碧はどこにでもいるごく普通の女だ。両親が省庁に勤めているので生活は比較的ゆっくりしているものの、それくらいのことである。


 碧にとって遙は友達というだけではなく、恋愛の面でも先をいく憧れの存在でもあった。


「初恋は苦い思い出だけど、でも、いい思い出でもあるのよ。あとで知ったのだけど、彼のことが好きだった子、けっこういたの。でもね、告白したの、私だけだったみたいで、彼の友達が意外なことをそっと教えてくれたの」


「なんて?」

「あいつ、初めて女の子に告白されたって照れてた。すごく喜んでたよって」


「へぇ。それはそれで、よかったと言うべきなんだろうね?」

「よかったのよ。お蔭で大事なことは臆せず言うようになったもの」


「なるほど。見た目おとなしそうで上品な碧さんが、仕事では容赦ないのはそういうわけだったのか」

「なによ、それ」


 遥が、ん? と笑顔で首を傾げてみせる。


「誰がおとなしそうで上品なのよ」


 今度は胸のすぐ前で人差し指を碧に向ける。


「ちょっとぉ」


 遥は一段明るく笑うと、社員食堂の窓に顔を向けた。


「あら、やっぱり、いい香りね」


 鼻をクンクンさせる。碧も同じように香りをかいだ。


「そうね」


 やんわりと漂ってくる金木犀の花の甘い香り。心まで和ませてくれる。


「甘い香りと一緒に思いだす、ほろ苦い初恋か。ねぇ、碧、金木犀の花言葉、知ってる?」

「花言葉?」

「うん」

「うぅん、知らない」


 遙が意地悪そうに、でも楽しそうに笑って言った。


「『初恋』、なんだって」

「えぇ? ホントに? それって、まんまじゃない!」


「そういうこと。きっとみんな同じようなことを考えて、同じようなことをしたんじゃないのかな。あるいは碧みたいに行動できずに、そうしたいって願望を持っていたとか。花言葉を考えて決めた人がそうだったとか」


「うーん、ベタな話ねぇ」


「ベタは王道だから、結局受け入れられるんじゃない? キテレツな話はその瞬間注目を浴びるだろうけど、インパクトを失ったら忘れられるってことだと思うな」


「遥さんの解説でした」

「こら」


 二人が顔を見合わせて笑いあった時、ランチタイム終了の五分前になるメロディが鳴った。




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