第95話 塩対応です!
国王様に献上する玩具を持って王都に行くことになった。やはり考えただけで吐きそうだ…王都だけに。
でもエマさんと二人っきりの時間を過ごせるのなら、それも悪くないか。
明日にはジョルジュさんの船が港に帰ってくるそうだから、リタのマジックバッグを受け取りに行きたい。
謁見用の服が出来る迄にシャリア伯爵領に往復できるかな?
そうだ、一人で謁見するのはイヤだから、エマさんの服も作って二人で謁見しよう。
「エマさんも謁見用の服を作ろうね」
「えっ?!」
エマさんが豆鉄砲を喰らった鳩のようにビックリしてる。まさか観光だけのつもりだった?
「既に嫁になっているのなら分からんでもないが、まだ婚約状態では連れて行く必要はないぞ」
「うそっ! こう言うのってパートナーと行くもんじゃないの?」
「それは何処の世界の常識だ?」
心底呆れたような目でレイドルさんが俺を見た。
いやいや、メジャーリーグのレッドカーペットショーだってパートナーと歩くでしょ。
コッチじゃそう言う文化は無いのかよ。
それとも献上の品を渡すぐらいのことは、特に大したことじゃないって扱いなのか?
「呼ばれて無い者をホイホイ城内には招き入れないのは常識だ」
「俺だって招かれていないよね?」
「先方からの御指名はお前だが。
ほら、ここに召喚状があるからその節穴みたいな目で良く見てみろ」
レイドルさんが肩掛けカバンからゴテゴテな装飾付きの羊皮紙を取り出した。
クルクルと巻かれた羊皮紙を渋々と受け取り、リボン結びにされた紐を解く。
「招待状だよ…召喚状じゃないよ」
「それは良かったな」
「…おぃ」
まさかと思ったけど、王宮から召喚状が届く訳が無いだろ。召喚状を貰うなんて、どんな犯罪者だよ?
招待状には『ガバルドシオン雑貨店代表クレスト殿』と俺の名前が書いてあった。
王宮にもスイナロ爺のセクハラ癖を知られているとは、あの爺さんは筋金入りのスケベなんだな。
「王都に行くなら、ついでにビリー君の様子を見てきて欲しい」
「あ、忘れてた。あいつ元気にしてるかな?」
貯水池での作業を二日間だけ一緒にした仲だけど、アイツは俺の数少ない…友達だ。
持ち前の怪力が正規の騎士の目に留まって騎士見習いになったんだけど、性格的に弱いからなぁ。
ビリーのこと、誰に聞けば分かるんだろ?
スオーリー副団長かな。多分あのおっさん、今頃リミエンに向かって走ってる最中だよな。
明日会えたら聞いてみるか。
「ところでシャリア伯爵領って、行くのにどれぐらい掛かるの?
服が仕上がる迄に往復出来るなら行ってこようと思うんだけど」
「馬車で片道四日だな」
「距離的に百六十キロメトルってところか…それなら楽勝だな」
ドランさんの力を借りれば、この脚で走ってもなんてことの無い距離だ。
キリアスに取り残されたのって、今になって思えば俺にとってメリットしかない気がする。
「往復で一週間は掛かる。その間、アイリスはどうする?」
「ダンジョンに居る元捕虜の人が音楽家だから、その人に預けとく」
「お前、あのダンジョンを私物化してないか?
あそこは伯爵預かりだぞ。音楽家なんか住まわせてどうする?
ただでさえ食料調達に苦労してるのが分かっないのか?」
「普段は何か作業の手伝いしてると思うけど。でも、そうか、リミエンに住んで貰った方が良いのか」
「キリアスに帰すって選択肢もあるだろ?」
「やだよ、勿体ない。切角治療したんだから役に立ってもらわないと損だよ」
治したのは俺じゃないけど、ゲラーナ空輸便を使ったショック療法は俺が居たから出来たようなもんなんだし。
「『魔熊の森』が通れるようになればキリアスに戻ることも出来るようになるが、戦乱が落ち着くまではコンラッドの方が安全なのは確かだからね。
しかし音楽家は貴族が囲うものだ。余計な軋轢を産むかも知れないよ」
「それなら温泉旅館を誰か貴族の持ち物にして、そこの専属契約にするのはどう?
アイドルグループも同じく専属契約を結べば良いし」
地方巡業なんてさせるつもりはないもんね。
歌って踊れるアイドル見たさに人が集まってくるように仕掛けたいんだ。
「領営の温泉旅館に専属契約か。
それならおかしいことにはならないな」
「…よし、お前の屋敷の近くにある多人数用の物件を譲ってやる。
お前の関係者を纏めてそこに放り込め。大銀貨五十枚の月契約で貸してやる。
お前は住人から賃料を取れば良い。一人あたり月五枚で十人住めばトントンだ」
確か近所に廃業して空き家になっている宿屋があったかな。
三階建ての結構立派な建物で、十部屋以上はある筈だ。
「リミエンをこれから発展させるつもりなら、そう言う旅館だって必要になってくるだろ?
俺に貸すより、ちゃんと宿泊施設として活用した方が良くないか?」
「それなら何処かの馬鹿が発案した、車輪付きタイニーハウスを大量に作ることになっている。
リミエンを拡張してそこに村を造る予定だから心配するな。幸い木材も近くから供給の目処が立ったことだしな」
へぇー、そうなんだ…としか言えないな。
『ガルラ工務店』からギルドに働きかけがあったのかな?
それより問題は月に大銀貨五十枚の借家だよ。
誰がそこに住むんだ?
俺の関係者って…音楽家とアイリスさん、他には持ち家が無いマーメイドの四人?
他にも女性アイドルグループのメンバーは最低二人は必要だし、男性グループも作りたい…。
まだ温泉旅館は設計も出来ていないし、アイドルグループだってメンバー募集もやっていない。
今そんな物件を貸してもらっても完全な赤字にしかならない。
洗浄剤や紙、各種甘味料作りのような勝算のある投資なら喜んでやるんだけど。
どうしようかと悩んでいると、コンコンと執務室のドアがノックされ、入ってきたのは知らないおじさんだった。
「『シャリア伯爵領』で製塩業を営むドルスカと申します。
商業ギルドの方で、こちらに冒険者のクレスト殿が居られるとの事でお邪魔させて頂きました」
製塩業ってことは、ブリュナーさん経由でお願いした海塩の業者さんだね。
「俺がクレストです。はじめまして」
と立って挨拶して、向かいの椅子にドルスカを座らせる。
「レイドル様、会議中のようですが大丈夫でしょうか?」
「少し休憩を挟もうかってタイミングでしたから大丈夫ですよ。
エマ君、皆の分のお茶を頼んでくれないか」
恐縮するドルスカさんを気遣ってライエルさんが休憩時間を作ってあげる。
ドルスカさんはレイドルさんの顔を知っていたらしい。部署違いなのに何かと首を突っこむ人だからなぁ。
「シャリアで塩と言うと、海水の塩ですね?
あまり聞きませんが」
とライエルさんがドルスカさんに質問する。
岩塩の産地は別の領地なんだね。
「食用に使うには苦みとえぐみが強く、海塩はあまり売れていなかったと聞いていたが。
そうか、洗浄剤作りの材料に使うのなら味は関係無いな」
レイドルさんも洗浄剤のレシピを知っているのか。秘密ではないけど、無闇に人には教えないで欲しいものだ。
「ええ、従来の汲み上げた海水を単に煮詰めるだけの製法で出来た塩は、仰る通り食用には適しません」
「それがクレストは塩で何かやらかしたと?」
「クレスト殿が発案した製塩方法を試してみたのです。
こちらがその塩でして、少し味見をしてみてください」
ポケットに入れた缶からサラサラの塩を少量取り出し、小皿に乗せたドルスカさんが試食を促す。
「どうですかね?
意外と良い味に仕上がったかと」
「苦くなくて良いですね!」
人差し指を皿に押し付けて塩を舐めてみると、日本で売られている一番安い物よりマイルドな塩味だと感じた。
ドルスカさんが自信ありげなのもこれなら納得だ。
「なるほど、これは岩塩と違ってスッと溶けていく感じで良いな」
「料理に使うには岩塩よりラクです!
味は塩の味に少し何かあるけど」
アイリスさんが料理をするとは意外だな。
確かに岩塩は水に溶けにくくて、粉にするのにおろし金でジャリジャリするのも面倒だ。
用途としては下味に使うのでなく、後から振りかけて食すものだ。
その辺が料理を難しいと思わせる理由の一つなのかも。
「これが海水から採れたんだ。岩塩とはまた違う塩味だわ」
「冒険者が手を出したとは思えない物を作ったね」
エマさん、ライエルさんも新しい塩の味に良い反応を示す。
日本の海塩の味を知るルケイドは頷くだけだった。どちらかって言えば、お前の感想が一番聞きたかったんだけど。
「問題は価格だな。岩塩と同じ送料抜きでキロ銀貨一枚なら間違いなく売れるが」
岩塩のお値段ってそんなもんなんだ。もう少し高いのかと思ってた。レイドルさん、よくそんなの知ってるなぁ。
「燃料費が半分以下になったのと、海水の汲み上げに水車を設置して労力を少なくしたので、その価格なら販売可能です」
水車で汲み上げ? 渡したポンプはどうしたんだろ?
「パイプ式ポンプは使ってないの?」
「そのポンプは濃縮海水を釜に入れるところに使用しております。固定式のポンプだとすぐ錆びてしまうので、持ち運んで水洗い出来るパイプ式ポンプは重宝しています。
それと海面から少し上がった位置に取水施設があって、パイプが届かなかったものですから」
「そうなんだ。それなら良いか」
ちょっと予定とは違うけど、渡した物が無駄にならなかったなら問題ない。
海に水車ってのがよく分からないけど、外輪船に付いている輪っかみたいなやつに桶を付けたのかな?
川に作る水車と違って波の影響が大きいと思うけど。まさか人力で回してんじゃないよね?
塩一キロの値段が銀貨一枚って日本だと千円ぐらいだから高いけど、こちらの世界だと自動化も出来ないからそれぐらいが妥当らしい。
もっと安くしてと頼んだら、作業員の給料カットになってしまうかも知れないからね。
「ブリュナー様からクレスト殿への発案料等は不要と伺っておりましたが…本当によろしいので?」
「海塩が安く確実に買えるようになる事が目的だったから、お金はもらわなくては良いんだ。
単に俺が欲しくて無理言ったようなもんだから、ドルスカさんは気にしないで」
俺は知ってることを教えただけだから、そんなのでお金を貰うつもりは無いんだよね。
「クレスト、自己満足するのは構わんが、それで次の事業をドルスカ殿に頼むときに彼が気兼ねなく受けられると思うか?
ボロい儲けをただで持ってくると、何か裏があると思うのが当たり前だ。
彼と対等な関係を続けたいのなら、無料で金の卵を渡すのではなく、数パーセントは貰うべきだ。
お前がそれを拒むのなら、お前の名前が残るようにその海塩に『クレス塩』と名付けてやる」
えぇと、つまり『クレス糖』の名付け親はレイドルさんかよッ!
マジ腹立つわっ!
「じゃあ、その塩の名前は『シャリアの塩』にしよう。俺への報酬はその命名権にするよ。
その名前を領主様に認めて貰うことをドルスカさんにお願いしますね」
「そんなのが報酬になるの?」
とエマさんが不思議そうな顔をする。
ルケイドとアイリスさんも同じ表情だが、他の三人はそうではない。
「さっき『クレス塩』と付けられた商品名を俺が買い取って、『シャリアの塩』に変更したんだよ。
その買い取り金額が俺への報酬って訳さ」
それを聞いてレイドルさんが一瞬しまったって顔をした。
へへーん、これでやっと商業ギルド格闘技部のおっさんに一泡吹かせてやることが出来たぜ!
「勿体ない! そんな事しても、クレストさんにメリットなんて無いじゃない!」
と何故かアイリスさんが不満を言う。
「クレストはメリットなんて元から求めていない。だから商業ギルドも冒険者ギルドも、コイツを可愛がっている。
それが一番のメリットになるんだがな」
可愛がってる…?
それはお相撲さん的なかわいがりの間違いではないでしょうか…。
あぁ、だから商業ギルドはゴールドカードなんか俺に渡してきたのか。
「金持ちの考えは分からないわ!
でもこれに慣れないとアイドルにはなれないのね…私、選択を早まったかも…」
「クレスト君の考えは誰にも分からないよ。
いつも突拍子もないことをやらかしてくれるが、どれも悪い方向には進んでいない…のかな?」
「そこは自信持って言い切って欲しいよ」
これ、本当にライエルさんに可愛がって貰ってるのかな?
嫌われてはいないと思うけどさ。
「この塩は『シャリアの塩』…」
とドルスカさん一人だけが全然違う反応を見せていたけど、ひょっとして『ドルスカの塩』って名前にした方が良かったのかな?




