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第90話 リミエンに戻ろうか

 ルケイドから悩みを聞かされ、原因の半分は俺にあると思うと申し訳ない気分になった。

 元々アイツも石鹸を作るつもりでいたのが半分になる理由だ。


 俺が居なくても金さえ工面出来ればルケイドが最初に石鹸を作ることになったのだから、俺が気にする必要は無い。

 俺が居たせいで、その時期がルケイドの予想以上に早まったかも知れないが。


 食堂に到着して、ルケイドとの会話は一旦終了となった。

 初めてドランさんを見た人も大勢居るので、ちょっとしたパニック状態になっていたが、ブリュナーさんがラビィを、子供達がアルジェンとドランさんの料理を受け取ると知って騒ぎは静まった。


 熊と猫が食堂に入っても、衛生的に良くないと文句を言われないのは有難い。

 アルジェンが二人に『浄化』を掛けているから毛皮は汚れてはいないしさ。


「今日はパスタなのです! 赤いのは多分トマトソースなのです!」

「焼き魚もあるで! そやけど、こまいから鮭やないなぁ。旨いんか?」

「その魚はフリットジークさん達が釣ってきたニジマスだよ」

と調理のおばさんが教えてくれた。


「あのあんちゃん釣ってきたやつか。旨かったら誉めたるで。

 ブリュナーはん、はよ席探してや」


 食堂はかなり広いが、テーブルは並んでいない。切り株の椅子に座って膝にお盆を乗せるスタイルだ。

 ラビィとドランさんは切り株ではなく床にお盆を置くことになるが、仕方ないし本人達も気にしていない。


 熊は何でも食べそうだが、猫はトマトソースのパスタは食べないよね?


『では、いただくよ』

と言ってからマローネそっくりのドランさんがナポリタン風パスタにクチを付ける。

 そして…ガツガツ、ガツガツガツと凄い勢いで食べ進めるのだ。


 ラビィは先にニジマスの塩焼きをパクリといって、

「なんやコレ! メッチャ旨いやん!」

とご満悦だ。

 自分の分のニジマスをあっという間に平らげると、ナポリタンにはクチを付けずに俺の方に視線を向ける。


「半分だけな」


 ラビィの無言の攻撃に屈して俺のニジマスを切ってラビィの皿に乗せてやる。

 それを見て、

「パパ! 私にも!」

とアルジェンがお強請りしてきた。三つに切り分けておいて正解だったな。

 これでアルジェンに分けてやらなかったらどんな暴走をするか分からないし。


 三分の一になったニジマスの切り身をしっかり味わって食べる。ライムのような爽やかな香りがするから、きっと果汁を絞ってかけたのだろう。

 ブリュナーさんが監修した可能性もあるな。


 ラビィは小さいと言ったが、恐らく調理前には四十センチは余裕で超えていたと思われる。切り身から全長を想像するのはかなり無理だと思うけどね。


 それにしても、よくここに暮らす人数分のニジマスを用意出来たもんだな。一体何匹釣ったんだろ?

 一匹を三枚おろしにして六切れ取ったとしても、単純計算で二百五十匹か。

 魔界蟲本体さんがサービスしてくれたのかな?


 俺が思うに、元は百階層のダンジョンが短時間で一階層に縮小した影響で、このダンジョンの生態系や植生がおかしなことになったんだろう。

 元々ダンジョン内に居た魔物達の多くは魔力に変換されて吸収され、俺が地割れを起こすときに消費した筈。

 その後に回復した魔力は居住地の設定に使用しているけど、また魔力が回復してきたのかな?


 ダンジョン管理者は、ダンジョンが吸収した魔力を使えばニジマスや他の魔物に変換することが可能だ。

 それに魔界蟲本体さんは俺の記憶も持っているのだ。となれば、俺の欲する物を用意することも不可能ではない。これって最高のパートナーじゃないか?

 だけどアルジェンがどうしてあんな性格なのかは分からないけどね。


 食事が終わると食器を洗い場の方に返した仲間達と副団長が俺の近くに集まってきた。


「このダンジョンに暮らし始めて一週間そこそこだと聞いたが、良く短期間にここまで作りあげたもんじゃな。

 領軍も派遣されておるそうじゃし、伯爵の本気が良く分かる」

と言うのは顎を撫でている副団長だ。


「そうですね。ここは木材だけでなく色々な果物も採取出来ますから、早急に整備して損はないでしょう」

とブリュナーさんが答える。


「クレスト、これだけの人数を良く受け入れる気になったな。

 普通なら尻込みして追い返すぞ」

「人道支援として当然ですって」

「…それはさすがに嘘くさいのぉ。本音を言わんか」


 チッ、簡単に嘘とバレたな。俺って大根役者にもなれないのか。


「情けは人のためならず、ですよ」

「そうか。最初から単に木材生産と果物の為だけでなかったのか。

 じゃがな、幾らお前が金を持っておると言っても金には限度があるじゃろ?

 飯を食わせられなくなった時のことを考えたのか?

 近場のリミエンに略奪に押し寄せて来たかも知れんのだぞ」


 いえ、元々略奪に来る予定でしたと正直には言えないな。


「彼らはコンラッド王国より優れた技術を持っていますから、それを前面に出して伯爵を説得するつもりでした。

 一時的にはリミエンの財政が苦しくなっても、大局を見る力のある伯爵様ならきっと支援してくれると」

「…それも嘘くさい。何か勝算があったんじゃな?

 それは秘密と言うなら追求はすまい。

 お前のことだから秘策の一つ二つはあったに違いない」


 そんなのがあれば、俺が教えて欲しい!

 秘策なんて無かったから、エマさんを伯爵様のもとに送ったんだから。

 ニジマスや果物が予想以上に採れるのは、多分ダンジョン管理者の厚意によるものだろう。


「私の父も仲間を集めて支援に動いています。

 父一人だけだと大した額は出せないのですが」

とエマさんが教えてくれた。

 恐らくレイドルさんと話をしたのだろう。

 支援の見返りを求めてのことだとしても、俺一人じゃこの人数は支えきれないのだから有難いことだ。


「クレストは良い義父を持ったな。

 結婚式には儂も呼べよ」

「こんな恐い顔のおっさんは呼べないよ」

「そうか。それなら騎士団副団長であり、伯爵位である儂を何度もおっさん呼びした罪で投獄せねばならん」

「げっ! それは汚いぞ」

「親方様。親しき仲にも礼儀は必要でございます。

 投獄されたく無ければ、副団長殿をお呼びするしかありませんよ」


 副団長の恐喝にブリュナーさんが同意を示す。ルケイドもオリビアさんもそうだね~と同意するように頷いている。


「親方様のような『普通』の市民の結婚式に、副団長殿が出席されることなどありません。

 大変名誉なことであり、親方様の敵対勢力となる方々への良い牽制にもなります。

 喜んでお迎えするべきでございます」


 普通の、を強調しなくても良いじゃん。

 そもそも普通の市民は結婚式なんて挙げないんだし。


「分かってるよ。副団長も来てください。

 でも笑顔の練習をお願いしますよ」

「儂の笑顔は百人力じゃ! 任せておけ!」

「笑っただけで敵を百人倒せるのは副団長ぐらいだよ」


 ガハハと笑う副団長を見てオーガが笑っているのかと間違えそうになる。

 後ろの方でロイとルーチェがビビっているのだから、副団長の笑顔が恐いことに間違いないのだ。


「それにしても、晩飯は我が隊の行動食より旨かったぞ。パスタのトマトソースは絶妙な酸味と甘みがあったし、川魚も臭くなく程よい旨味があった」


 軍の行動食に何を食べてるのか知らないけど、調理する人が下手なだけじゃない?

 それとも古くなった食材を使ってるのかな?


「トマトソースはリミエンの、とある食堂に頼んで作ってもらったものです。

 ニジマスは釣ってマジックバッグに保管していたので、新鮮なまま捌けましたからね」

とブリュナーさん。


 やっぱりお手伝いしてたんだ。この人が料理に手を出さない訳がないし。

 それにプロと素人じゃ捌いた魚の味にも違いが出てくる。ナイフの達人のブリュナーさんと普通のおばちゃんとは比べものにならない筈。



「これならここに住むのもありかも知れんのぉ。

 じゃが、たまには太陽の光を直に浴びんと病気になるぞ。忙しいかも知れんが、ローテーションを組んで週に二回は日光浴の時間を作るようにな」

と副団長がルケイドにアドバイスをする。


 光石から出ているのが純粋な明かりの成分だけなのか、それとも赤外線や紫外線を含むのか知らないけど、精神的にも外に出て新鮮な空気を吸って太陽を浴びる方が良いのは間違いない。


「儂は明日の昼飯を食ってからダンジョンを出ることにするが、ブリュナー殿はどうするのじゃ?」

「昼飯前に出てってくれると有難いんだけど」

「親方様、本音は隠されておくべきかと。

 正直は美徳ですが、ここは必要経費と割り切るべきでございましょう。

 それはそれとして、私共も一度リミエンに戻りますか。もう一週間もここで遊んでしまいましたからね」

「えーっ!もう帰るの?」

「もっとここに居るのっ!」


 子供達はまだダンジョンで遊んでいたいようだ。よほどここでの暮らしが楽しかったみたいだな。


「ロイ君、ルーチェちゃん、ここにはまだ食べる物が余る程ありませんよ。

 我々が居ると余分な食べ物が必要になります。つまり、それだけお友達のご飯を食べられる量が減ってしまうのですよ」

「そうだったんだ。だから皆で野菜を植えてたんだ」

「ルーチェも木の実を採ってたの!」

「それにウィンスト家の二人も、あなた達が帰ってこないと心配していると思いますよ」


 ジョルジュさんの子供達はリミエンの中で唯一の友達だからな。

 学校が無いから、子供達の世間との繋がりはご近所だけのかなり限定された範囲になってしまう。

 我が家の近所にロイ達と同年代の子供は居ないから、町の中での遊び友達ってジョルジュさんとこだけなんだよね。


 やっぱり子供達の情操教育や人との付き合い方を学ばせる為にも、学校って必要だよな。

 貴族制度や市民権なんてあるからギスギスしたところはあるだろうけど、学校の中ではそんなのは無いようにしたいものだ。

 …ところで、何で地球でもこっちでも独身の俺がそんなの考えてんだろ?


 子供達は渋々明日の朝に帰ることに納得したようだ。

 貯水池からこのダンジョンのある山までの道路は整備が出来ていないから、馬車で半日以上の時間が掛かる。今度は行き来が増えることを考えると、貯水池からの道路も整備をしておくべきだろうな。


 俺は前回の件で釘を刺されたから表立っては動けない。ルーファスさん達にコッソリお願いしようか。

 食料支援の御礼にと言えば、伯爵様もレイドルさんも道路整備をルーファスさん達が善意でやる分には文句は言わないだろう。

 ルーファスさん達の中にも、道路工事魔法の使える人が何人か居るに違いない。

 そう、これは所謂ギブアンドテイクでウィンーウィンな取引なのだ!


「またコイツは何かやらかそうと企んでおるな…レイドルに怒られん程度にな」


 ここにもエスパーが居たのか…どうして俺の考えが分かるんだ?


「親方様は表情が出過ぎでございます。

 貴族社会に入る為にも、もう少し鉄面皮になれるよう努力なさってください」


 そんな努力はしたくないって!


 まぁ、そうなこんなで食堂から追い出されるまで副団長達と楽しくお喋りをして、この日を終える。


 そして翌朝。

 アルジェンのモノマネ朝チュンで起こされたが、昨夜はエマさんはオリビアさん達と一緒に寝ていたので、一緒にベッドに居るのはロイとアルジェンとドランさんだけだ。

 ただ、人間サイズのアルジェンを見たロイが何故かアルジェンに抱き付いていたのは…母性に飢えていたからか?

 十歳か…まだ性に対して目覚めるには早いよね?


「エマママのオッパイにそっくりだったから」

とアルジェンに抱き付いた理由をそう説明するってことは、ロイもエマさんの裸を見たんだよな…?

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