第87話 怒るアルジェン
地下ダンジョンのキャンプ地『クレス村』改め『ミハル村』に連れて来た捕虜達は牛飼い、音楽家、楽器職人、そして錬金冶金術の使い手と俺の欲しい人材ばかりだ。
それぞれこの村で得意分野の仕事に励んでくれると治療の甲斐がある。
アルミニウムの原料が人体に悪影響を与えるらしいので、アレニムさんには暫く鋼か銅を作って貰おう。
子供達と遊び終わって戻ってきたアルジェンとドランさんを目の前にして言葉を無くしたアレニムさんはとりあえず無視しよう。
「アルジェン、ルーファスさんの指示する場所に工場と機械を出してくれるか?」
「鉄を作るのならアイアンサーなのです!」
「…そうだね」
十分遊び倒して満足した様子のアルジェンが親指を立てると、パタパタとルーファスさんの方へと飛んで行く。
そしてドランさんだが、いつの間にか水晶の猫の姿からマローネと同じ焦げ茶色の毛皮の姿に変身していた。
マローネと区別が付かないと思うぐらいそっくりなのは、マローネの遺伝子を取り込んだ結果か?
しかしマローネと決定的に違うのは、背中から水晶の鳥の羽を出して機嫌良さそうに飛び回ることだ。
かなり目立ちまくることこの上ない。
「ドランさん、猫は飛べないから飛びたい時は別の動物に変身出来ない?」
『にゃにか鳥の…そうだ、鶏の遺伝子情報を取り込めば変身できるだけかも』
「鶏は捕食される側だから良くないな」
俺的に鶏が飛ぶのはここが異世界だと言っても受け入れられないから却下だ。
『それにゃら鷹、鷲、隼、鳶系ににゃるよ。
このダンジョンにいるにゃら生け捕りにしてほしい』
「生きてないとダメなの?」
『勿論だよ。死んだ動物を使うとゾンビににゃるから』
「なるほど。ゾンビはちょっと頂けないな。
でも猛禽類の生け捕りって…そんなの出来るのかな…巣を見付けて雛鳥をってワケにはいかないよね?」
『飛べにゃいひにゃ鳥の情報だと役に立たにゃいよ。
やるにゃら成鳥じゃにゃいと』
思い付きで言ってみたけど、猛禽類の生け捕りなんてハードルが高過ぎる。
風属性魔法の得意なライエルさんやカーラさんが居れば何とかしてくれるかな?
素直にドラゴンモードになってくれれば一番良さそうなんだけど、生きたドラゴンの遺伝子情報が必要か…? それは危険すぎるから却下!
「その猫と会話が出来るのか?」
アレニムさんがドランさんと話をしていた俺に奇異なものを見るような顔を向けた。
そう言や念話の説明をしてなかったな。
「そうだよ。ドランさんはキリアスのダンジョンでゲットした仲間だ。千年生きてるドラゴンだから失礼のないように」
「ドラゴンだと! 危険はないのか?」
「ドランさんから攻撃することは無いよ、ね?」
『相手から攻撃してこにゃければね。
攻撃能力がにゃいのはニャイショにしといてね』
「そちらから攻撃しなけりゃ大丈夫だってさ」
ドランさんがドラゴンだと聞いてビビったアレニムさんだが、攻撃されないと聞いて少し安心した様子を見せる。
マローネの姿をしてるから全然怖くないんだけど、この人、実は猫が怖いんじゃないのか?
それにしても、ドランさんって見た目と実力が全然違うパターンだと思ったら、見た目通り…ドラゴンっておチビの期間がメッチャ長いんだね。
アレニムさんの相手をしていると、ドンと大きな音がしたのでそちらを見ると更地に工場が建っていた。
アルジェンが『格納庫』に工場を収納した現場を見ていない人達には、奇跡が起きたとしか思えないだろう。
歓声が湧き上がる中、続けて二軒目の工場が出現する。褒められて調子に乗るアルジェンの姿が容易に想像出来るが、それだけの価値があるのだからヨシとしよう。
移築された工場に入ると、今度は持ち帰った機械を指定された場所に設置する作業中だった。
俺がアイテムボックスから出す時は微妙な位置調整が出来ないのだが、アルジェンは一度でドンピシャの位置に機械を出すことが出来るのを見てビックリした。
魔界蟲だからアイテムボックスの扱いが上手いのか、それとも俺が下手くそなのか。
全部の機械を出し終えたアルジェンがパタパタと飛んできた。
「作業完了なのです!
とーっても頑張ったので、精一杯甘やかして欲しいのです!」
と言って俺の顔にぶつかるように抱き付く。
さすがにそのままだと前が見えにくいのでそっと剥がして手の上に座らせる。
「アルジェンは『格納庫』の扱いが上手だな。
位置合わせして出すのに、何かコツがあるのか?」
「視覚情報と『格納庫』のデータを連動させればミリ単位で調整出来るのです!
『格納庫』も結局は魔法の一種なので、パラメータ設定が可能なのです!」
スキルも魔法扱いなのか。
確かにスキルを使用するのに魔力が必要だから、俺はスキルも使用出来なくなった。
スキルと魔法は別物だと言うのがこの世界の一般的な考えで、俺もそう言うものだと疑わなかった。
ゲームでも魔法はマジックポイント、スキルはスキルポイントを使うものが多いから尚更そう思うのは不思議では無い。
それに剣術など体に焼き付けるようなスキルに魔力が必要とは思えないし。
でもベルさんやアヤノさんが持ってる必殺技は魔力を使うのかも。
「魔力の無いアンタにルーファスが従うのは、その妖精とドラゴンを従えているからか」
俺に戯れ付くアルジェンを見てアレニムさんがそう誤解したのは、俺に魔力が無いと解っているからだろう。
だがその一言がアルジェンの琴線に触れようとは…。
「なんなんです? この超失礼なヤロウは?
死にたいのですか?
パパを侮辱するのは許せないのですっ!」
珍しくアルジェンが怒りを露わにすると、右手に魔力を集め始めたのだ。
何をヤル気か分からないが、アルジェンが本気を出せば魔族のアレニムさんでも無傷では済まない筈だ。
慌てて手を出してアルジェンを捕まえようとするが、スルリと避けられた。
「やめろ、アルジェン!
そいつは」
「やめないのです!
パパへの侮辱は全人類に対する侮辱なのです!
こんな奴!視界の端にも入れる価値は無いのです!」
俺を馬鹿にしたらアルジェンが切れる…『火山噴火』の三連発が使えるアルジェンが本気を出せば、この工場なんて藁で作った家と何ら変わらない。
いや、それどころかアレニムさん一人の被害で済む気がしないので、攻撃を止めさせる為に両手でアルジェンを捕まえた。
「やめろっ!
アレニムさんは魔薬の効き目が切れたばかりで状況が分かっていないだけだ!
それに貴重な知識を持ってるから殺しちゃダメ!」
「それでもなのです!
命の恩人に向かって舐めたクチをきくようなヤロウなんて、生かす価値は無いのですっ!」
怒ったアルジェンを見るのは初めてだし、まさかアルジェンがここまで怒るとは予想外だ。
何とかアルジェンを捕まえたが、俺の手を力ずくで押しのけたアルジェンは、
「歯ぁ食いしばれっ!」
と叫ぶと右手を引いて構えを取ると、普段のパタパタ飛行は一体何なのかと聞きたくなるような高速でアレニムさんに急接近。
飛行の勢いそのままに容赦なく顔面に殴り掛かったのだ。
ドゴーンっ!と鈍い音がして大きく後ろに飛ばされたアレニムさんに、現場が騒然となった。
王子なんて立場の人が居るとトラブルが起きると思っていたが、まさかこんなに早く訪れるとは。
クッキリと拳の跡を頬に残して気絶したアレニムさんを見て、気が済んだのか俺のもとにパタパタと戻ってきた。
「パパが止めなければ命は無かったのです。
パパは人が良すぎるのです。
どちらが立場が上か教えなければ、この世界では生きて行けないのです」
それは猿山のサルみたいな野生動物的な世界の話なのでは?
確か犬も序列を付けるんだっけ?
今はそんな事を言ってる場合じゃないか。
「ほんとに生きてるんだよね?」
「衝撃の入った一秒後に『治癒』を掛けるように設定してから殴ったので問題ないのです。
本当にヤルとパパに嫌われると思ったのです」
そんな設定が出来るのなら、アルジェンは拷問のプロになれるかもな…無駄にハイスペックな恐ろしい子だ。見た目に騙されて誘拐しようとしたら、とんでもない目に遭うな。
でもこれで安心して良いのか、怒るべきなのか。
アルジェンには暴力に訴えずに解決出来るように教えないと、今後どんなトラブルを起こすか分からないな。
「次からは殴る前に俺に相談してくれ。
人間は他の動物と違って会話から入るもんなんだ」
「中には会話の出来ない人種も存在するのです」
…確かに。ハーフエルフ達を率いていたガーゼルさんみたいな女性も居るよな。まぁ、あの人は濃い魔力を浴び続けた影響が出ていたのだと思いたいけど。
「その会話が出来ないと俺が思った相手は殴っても良い…かも知れないけど、それは相手によるか。
先に手を出すとこちらが悪者になるんだ。我慢は必要だ」
「攻撃されると分かっていて敢えて攻撃を受けるのです?
何処の格闘技の選手なんです?
一般人だと即、御陀仏なのです。貴族だからと言っても馬鹿は居るのです!」
プロレスはショーだから別物だよ。
貴族階級に手を出すのは御法度だけど、貴族相手じゃなくても正当防衛の判断って曖昧で難しいんだよね。
それにしても、独身なのに子供の教育をしてるみたいな気持ちになるなぁ…これならロイやルーチェの方がまだよっぽど付き合いやすい。
アルジェンは知能も戦闘力も高いが、人間ではないからなぁ。
「私にも堪忍袋の緒があるのです。
切れても目を瞑って欲しいのです!」
「それが簡単に切れないようになるのが成長なんだよ」
「我慢はストレス溜まるからイヤなのです。
でもパパに嫌われたくないので我慢はするのです。
我慢したらいっぱい誉めて甘やかして欲しいのです!」
そう言って胸に抱き付くアルジェンの背中を撫でてやる。知らない人が見ると人形を胸に押し当て撫でているヤバい人に見えるだろう。
『アルジェンは甘えん坊だなー。
魔界蟲って人間は餌にしてる筈だけど、クレストさんは魔界蟲まで手懐けるんだ。
やっぱり魔王の再来だよね』
なんだって? 俺が魔王だと?
魔王なんて呼ばれたくないんだけど、アルジェンと一緒に居ると周りからそう思われるのかな?
ドランさんだけがそう思っているならセーフだと思うけど、魔力を無くしている状態で魔王と呼ばれるた違和感しか感じないな。
倒れたアレニムさんを介抱しようと工場に居た何人かが近寄ると、意識を取り戻したアレニムさんがむくっと起き上がる。
「…まさかオヤジの加護が発動するとはな」
はい? それって狼にガブリとやられても一度だけ無効化出来るアレだよね?
多分死ぬほどのダメージがトリガーになると思うんだけど。
「アルジェン、手加減しても意味なかったみたいだぞ」
「鋼鉄王の息子のくせに貧弱過ぎるのです!
ラビィならあの程度は笑って受け止めるのです!」
「やったんかい!」
アレニムさんが弱過ぎるのか、ラビィが強過ぎるのか…それが問題だ…。
「治癒は意味なかったみたいだぞ」
「鋼鉄王は過保護なのです!
あ、パパはまた加護を貰いに行かないといけないのです。また狼にガブリは困るのです!」
あの地下通路に繋がるダンジョンはもう通る必要は無いから狼との再会の予定は無いんだけど。
「オヤジから加護を貰ったのかっ!
あの加護は血族以外には与授けることは出来ん」
そう言って少し考える様子を見せると、
「つまりアンタは家族として迎えられたんだ…姉貴達の誰かとヤッタ…のか」
と余計な事を言ってくれる。
ヤッタのは骸骨さんであって俺ではない!
でも体は俺…つまり鋼鉄王の加護的に言えば俺がラザベラさんとヤッタのと同じこと?
「なんだ、義弟ならそう言ってくれよ」
…ヤッタことになるかも知れないけど、婚姻はしてないからねっ!
でもルーファスさん達になんてこと聞かせるんだよ。俺が浮気したと思われるだろ…。
微妙な空気が流れる中、空気を読んだのかアレニムさんがすぐに話題を変える。
「さて、クレストの要望は俺に金属を作らせたいってことで良いんだな?
それなら炉の確認をさせてもらおうか。
どうやって工場を設置したのか興味深いが問題ではない」
死ぬような威力で殴られた割には根に持っていないようで安心した。
人によってはネチネチ言い続けるんだよね。
その辺、やはりアレニムさんも強さが正義の魔族と言うことか。
強いのは俺ではなくてアルジェンなんだけど、彼の中ではそのアルジェンを従える俺が凄いってことになっているのだ。
怖くて自分のステータスが確認出来ないぜ。
この国では称号ってそれ程の意味はなさそうだし、称号が付いても特にメリットも無いようなので『魔王』と言う称号が付いても実害は無いと思うけど。
それでもヤバい称号が付くのは阻止したい。
骸骨さんがネタの『セラドンごっこ』みたいに『クレストごっこ』なんて子供達が外でやってると、恥ずかしくて町を歩きたくなくなるし。
「悪はどうやら改心したみたいなのです!
予定通りなのです!」
と胸を張るアルジェンが羽根を収納したドランさんに跨がると、
「魔猫騎士ドラジェン参上なのですっ!」
と雄叫びを挙げて工場の中を縦横無尽に走り出す。
「ブンブンブブブン!」
『そこ退けそこ退け!轢き殺されたいのかばかやろうこの野郎め』
ブンブンブブブン!」
もう好きにしてくれ…。




