第6話 暴飲暴食は体に悪いのです。
新しい旅の仲間が出来た。
見た目はゴスロリ風メイド衣裳を着た妖精ぽいけど、中身は…本人曰く魔界蟲が魔力で作った分身なんだってさ。
俺の身替わりでダンジョン管理者となって湖の上で回り続けている、あの魔界蟲が何を考えてコイツ…アルジェンと名付けたこの妖精擬きを俺に張り付かせているのか。
魔力が食料だから食費は掛からない…
「なにこれっ! メッチャ旨いんですけど!
この料理に比べたら魔力なんてクソですよクソ!」
筈だったんだが。
少々予定が変わりそうだ。
でもあのボディサイズだし、胃袋なんてヤク○トの容器より小さい筈。
「おっかわり~!
全然足りないから焼き肉ジャンジャン追加してい~よ!」
乗り物代わりの魔界蟲を今度は体の大きさの割には大きなナイフとフォークに変身させる。
器用にそれを使ってゆっくりと食べていたのが、途中から手掴みに変更し、何処かの大食いクイーンもかくやと思わせる食いっぷりにペースアップ。
ことの始まりはラビィが荒らした俺の皿に興味を持って、皿に残ったソースをペロリと舐めたこと。
「旨いですけど!
こんなの私に内緒で食べてたなんて狡いんですけど!」
と俺の頭にチョップをかましてから、急に腹を空かせた野獣に化けちまったのだ。
この場なら捨てる程魔物肉があるから…実際持ち帰れないから捨てていく予定なので、どれだけ喰っても問題ない。
けど、ここから移動を始めれば持てる荷物に限界はあるから、今みたいに好きなだけ喰わせる訳には行かなくなる。
スライム達も自分の体積より大きな魔物をペロリと平らげるから、アルジェンだけがおかしい訳ではないのか。
「そう言えばパパ。
スライムに名前は付けてあげないの?」
アルジェンがそう聞いてくるのだが、コイツの顔にベトベトな油を付けているのでそっちの方が気になる。
「エマさん、顔を吹くの取って」
「ウフフ、もう立派なお父さんね。はい、どうぞ」
受け取った布巾でアルジェンの顔を拭いてやると、
「きゃ! もう少し優しくやって!
赤ちゃんのお肌は敏感なんだから!」
と意味の分からないことを言う。
一体お前のどこが赤ちゃんだよ?
「あ、アルジェンちゃん、服も汚しちゃってる!
どうしよう、あなたのサイズの服はクレストパパも持って無いわ。困ったわね」
もうすぐ二十歳の二人が人形遊びを…。
傍から見るとそう思えるよね。でも人形じゃないから…マジだから!
それはともかく、確かによく見ると首元や袖口もソースと油で汚れていた。
洗濯するにしても、着替えが無いとコイツのことだから裸で飛び回るぞ…で、コイツって美少女の姿をしてるけど…雌なの?
「…あの…パパ?
私を見る目がおかしいんだけど。まさか発情してる?」
「するかっ!
お前に…魔界蟲に雄雌があるのか、お前のその再現された体ってどうなってるのか気になったんだよ」
「やっぱり発情してるし!」
「裸でウロウロパタパタされたら困るから言ってるの!」
アルジェンの相手は思ったより疲れるぞ。
「うーんとね…それなら本体と交信するからちょっと待って」
と言ったアルジェンが何処からか水晶で出来たと思われる板?を耳に押し付ける。
「ハロハロー、こちらアルジェン。
……えっ、そんな奴は知らないって?
さっきパパに名前を付けてもらったばっかりよ。ダンジョン管理者なら全部見てたでしょ!
……興味無いから回線カットしてたって?
嘘でしょ!
私の扱い雑じゃない?
本体の代わりにパパのお手伝いしてあげてるんだからさ、もうちょっと何かあるでしょ。
……無い?」
まるでスマホで会話しているみたいだな。
「まぁ良いわ。ちょっと教えて欲しいんだけどさ、私の体って雄と雌のどっち?
……どっちでもない…脱いだら分かるって?
それ、脱いだら凄いの間違いじゃ?…違わないって…残念な子になっちゃうよ。
……生物みたいな生殖器官も生殖機能もないって、アンタね、手抜きしたでしょ!?」
要は子供ぐらいのマネキンみたいな感じな訳だな。
その方が俺も有難いけど。
「あのね! 私はAカップ未満よ! 断崖絶壁よ!
せめてCカップに変更しなさいよ。
リモートでもそれぐらい出来るよね?
……えっ、面倒くさいって?
アンタ何言ってんのよ。
……パパの好みっぽい女性のデータを幾つか転送するから自分でやれって?」
あの魔界蟲さん…余計なことはしなくても良いんだよ?
エマさんの視線が物凄いことになってるから!
「来た来た来た!
さすが無駄にハイスペックな本体ね!
えーと…ほぉほぉ、これはママの八分の一の立体データね。これならママとお揃いねっ!」
「私の? ちょっとそれは恥ずかしいよ!」
そうだよね、毎日自分そっくりのフィギュア…動くからフィギュアでもないか…小さな自分?を見るのは拷問だよ。
それより、いつの間にそんなデータを取ったんだよ?
「アルジェンちゃん、頼むからやるならここに居る人達以外で…。
でも私はそのままの姿の方が良いと思うよ」
「俺もそう思う!」
下手に変身して俺の好みをバラされちゃ堪ったもんじゃない。
でもアルジェンの顔…何かで見た気がするんだよな…少し浮世離れしている美しさ…AIで作ったCGのような…あ、それだ、ゲームで作ったキャラだよ。
道理で俺の好みだったわけだ。
「アルジェンはまるで女神様みたいに綺麗だから、そのままで良いんだよ!」
「パパがそこまで言うなら分かったのです。
でもペチャはイヤなので、パイだけママの形にするのです」
言った傍からアルジェンの真っ平らだった胸が推定Cカップに形を変えていく様は、本当に3Dゲームでキャラを作っているような感じだな。
「あの…アルジェンちゃん、私の胸ってもう少しあるよね?」
「ママ…現実から目を背けちゃいけないのです」
「…そう…クレストさん…この子になんとか言ってやって」
そんなこと言われても…何を言えと?
多分、アルジェンの胸がエマさんの体形だからイケないんだよね。
「アルジェン、お前の能力なら一%単位での調整も出来るよな?
二%アップしてくれる?」
「あの…クレストさん…それはどう言うこと?
今の私のサイズじゃ不満なのっ?」
うそっ! 地雷を踏んだのかっ!?
じゃあ、一体どう言えば良かったんだよ?
皆が暖かい視線を送る中、エマさんに容赦なくポカポカと叩かれたよ。痛く無いからいいんだけどさ。
「リミエンに帰ったら、女性専用のなんとかジムが出来てるかも知れないんだよね?
豊胸術とかあるんだよね?
私頑張るから!」
運動とマッサージだけでも二時間近く掛かるだろうから、ギルド終わりに通うのは難しいんじゃないかな?
エマさんの欲求を満たすには、予約制のお手軽な半時間のマッサージコースも用意しなきゃいけないかも。
それに毎日のバストアップ用の運動も必要で、さすがに男の俺にはそんな知識がないから地元の女性に効果のある体操を見付けてもらうしかない。
だからバストアップの効果に自信の持てるプログラムを作りあげるには、今から年単位の時間が必要だ。
この世界には、美容研究家みたいな人は居ないのかな?
肌に悪そうな化粧品と、食べた物を戻しそうになるぐらい締め付けるコルセットしか美容器具がないとか言わないよね?
リミエン商会に美容部門を作ってもらったけど、人は足りてるのかな?
考えれば考えるほど心配になってきたよ。
「あんちゃんら、仲ええなぁ。
そや、ダンジョンネットワークでワイの相手を探してくれる言うとったん、アレどうなるねん?」
お前なぁ…アルジェンの服をどうしようかって問題が残ってるし、アルジェンがスライム達の名前がどうとか言ってたのがまだ未解決なんだぞ。
なのに次の課題を突っ込んでくるなよ。
「ちょっと待てよ、先に」
「あんちゃん、管理者やのうなったんやで…ワイを糠味噌喜びさせた訳かいな?」
「こら噛むなよ、お前の牙は細くて痛いんだぞ」
俺のペチペチと脚を叩いてアピールしていたラビィだが、ヒートアップしてきたのか戯れ噛みしてきたんだから仕方ない。
怪我して魔法で治せるメンバーは居ないんだから、先にそっちを解決するか。
確か俺がノラにやられてから皆がノラ相手に戦闘を始める前、リップサービスで可愛い雌熊魔族を探してやるって言ったんだよな。
確かにダンジョン管理者は他のダンジョンの管理者と地下の魔砂土の層を通して繋がっている。
そこで他のダンジョンに来ている冒険者の状況なんかを知ることも出来る。あちらこちらにあるダンジョンに設置してある監視カメラを共有化しているようなものだな。
だからあの時は魔界方面の監視カメラを常にモニタリングしていれば、雌熊魔族が来たら分かるだろうと考えていたんだ。
それに自分のダンジョンが暇な時には、結構よそのダンジョン管理者とチャットが出来るんだよね。
ダンジョン管理者ってその場から動けないから退屈なんだよね。
俺の例みたいに人が管理者になったケースも案外あるから、話し相手には困らない。そうでなければ発狂ものだよ。
魔界蟲が他のダンジョン管理者と会話しているかどうかは分からないが、アルジェンとは意思疎通出来るようだから聞いて貰おうか。
ラビィの歯形が付いた手のひらを眺めつつ、
「アルジェン、本体に雌熊魔族の監視を頼めるか?」
と訪ねてみると、満腹になったお腹を撫でながら苦しいと呻いていたアルジェンがノソリと体を起こす。
「パパ! 胃薬持ってない? 食べ過ぎて死にそう…」
魔力で出来てるお前がそんなんで死ぬか?と言ったら喧嘩になるだろう。
そう自制する良識は最近やっと覚えた。
「ルケイド、何か薬効のあるやつ持ってない?」
「生姜と天草の根っ子、桂皮擬きを混ぜた物なら少し持ってるけど…アルジェンに効くのかな?」
「何でも良いから早く頂戴!」
紙で包装した自家製漢方薬は人間の八分の一サイズのアルジェンには多すぎる。
両手に粉薬(仮)を掬い、勢い良くクチから流し込んでゴホゴホと咽せて涙目になったアルジェンだが、暫くすると明らかに膨れていたお腹が引っ込んでいった。
「薬で死ぬかと思った」
と口直しのお茶を啜るアルジェの姿にほっと安心した。
「さすがと言うか、良くそんなの持ってたな」
「こんなこともあろうかと…と言うのは嘘だけど。
薬を作って売れば儲かるかなって」
そうだった、ルケイドの実家はとんでもない経済状況だから、何か売れる物が欲しかったんだな。
コイツにはスキル『植物図鑑』があるから、自分で漢方薬的な物を調合することも可能かも知れないし、案外上手く行くかも。
この世界の薬屋は、実績のある自然由来の生薬を扱う店が殆どだ。
トライアンドエラーで新しい薬を作ろうなんて人はそうは居ない…と言うか、実は町中で売られている色々な種類のお茶は、薬を作ろうとした過程で出来た物だそうだ。
「あんた、ひょろいくせにやるじゃない」
「いや…あの薬、そんなに体形を変える程の効果は無いんだけど」
漫画みたいにドンと突き出たお腹が一瞬で治る薬なんてある訳ない。
それにアルジェンは自分の体積以上の料理を食べているのに、お腹が出た程度で収まっているのも明らかにおかしいんだけど。
多分アルジェンの体は気分的なもので変化するんだろう。
「さっきの薬の材料、少し甘かったし、このダンジョンで栽培して良い?」
「それは僕じゃなくて、アルジェンの本体に確認してよ。
僕としては栽培出来るのなら有難いけど」
アルジェンがルケイドに聞くのも確かにおかしな話だ。本体さんに聞いた方が早い。
ここは広いし天候も安定しているから、植物の栽培には適しているし。
薬草畑にすれば大儲け間違いないな。でも土が植物に合うか合わないかって問題はあるけど。
「ハロハロー、こちらアルジェン。
ちょっとお願いあるんだけど。
……オンラインにしてたから分かってる?
好きにして構わないの! ありがとう!」
「ワイの相手も頼むわっ!」
スマホ風の水晶板を耳に押し当てて喋るアルジェンの会話に突然ラビィが割って入ってきた。
まぁアルジェンの胃薬騒動の方が脱線だったから本線に戻っただけだが。
「聞こえた?
熊魔族が発情してるの!
雌熊が欲しいんだって」
「まだ発情期来てないわっ!」
「……好みが分からないから、熊魔族の居そうなダンジョンに送ってやるって?」
それって、ここでラビィとお別れってこと?
急展開過ぎて付いて行けないんだけど。