第84話 クレス村?
エマさんのお父さんに温泉を掘ってもらった。今から考えると、地下百五十メトルまで掘るのを無料サービスでやらせてしまったことになるけど、その辺はお父さんと伯爵様の間で話をつけて貰おうと思う。
それより仮設の露天風呂が楽しみだ。
周囲は森や丘や原っぱやらと自然豊かな環境だけど、日本庭園風に築山を作ったり、池で鯉を飼うと面白いかも。
地下ダンジョンに到着してから、エレベーターは不便だと気付いたのでアルジェンにトンネルを掘ってもらった。
そしてダンジョン管理者である魔界蟲本体さんにエレベーターを無くしてもらったら、突然の異変で二人の見張りが大絶叫!
まぁ、連絡無しにヤッタからビビって当たり前だな。ダンジョンがやったことだから何も気にしないでもらおうか。
アルジェンがトンネル工事で収納した土砂は本体さんともリンク出来るらしく、エレベーターがあった辺りの埋め立てに上手く転用されたらしい。
『格納庫』から出した工場や機械を次々と収納したアルジェンに、エマさんがズルイと文句を言う。
そう言うエマさんにも『タンスにドンドン』って収納スキルがあるんだから、そんなにブーたれないでね。
ノラ何とかを倒した広場を通り超え、道なりに進むとそれ程時間の掛からないうちに居住エリアを示す看板が目に入った。
「『クレス村』って…その名前は仮だよね?」
「決定だよ。地下ダンジョンのキャンプ地と呼ぶより分かり易くて良いと思うわ」
「甘味料もだけど、頭にクレスって付けるのはどうにかならないの?」
「それは最初にあなたが名前を付けなかったからよ。
それにここの皆はあなたに心底感謝しているから、あなたの名前を取りたい気持ちは当然だわ」
でも俺がここをクレス村と呼ぶと、自分を呼んでるような変な気分だよ。どれだけ自分好きな人かと思ってしまう。
「キリアスの元の集落の名前とかじゃダメなのかな?」
「どうだろうね?」
「ダメならミハル村にしようかな。シンボル的な存在だし」
「それなら良いかもね」
エマさんの同意も得られたことだし、ルーファスさんと相談だな。
『ここが噂のダンジョンですか。予想と全然違いますね。ギュッ~と圧縮されて濃い感じがします。でも活気が溢れていて、これから大きくなりそうな良い感じです。』
と起きたドランさんが感想を漏らす。
「パパがギュギュッとやったのです!
後で魔力不足で困ってもお構いなしのゴーイングマイウェイはさすがなのです!」
と、褒めてるのかディスってるのか分からない事を言ってアルジェンが胸を張る。
「ドランさんにはそう言うのが分かるのか?」
『だてに千年も生きてないです。
良いダンジョンは魔力がグルグル循環してて、活性化するんです。
悪いダンジョンだと魔力が停滞して、あのハーフエルフの森のように人体に悪影響を及ぼすんです。
ですが、あの人達はその魔力に適応して利用出来るようになり、森の中では隠密行動を取れるようになっていたので一概に悪いとは言えないんですけど』
ガーゼルさん達はアルジェン、ドランさんに気付かせず俺達を包囲したからな。
森の濃い魔力は下半身に悪影響を与えたが、同時に特殊な能力も与えてたってことか。
村の奥からガラガラと音を立てて進む荷馬車の音や、子供達の声、それに建物を建てているのかトンカチの音など活気に満ちた雰囲気が次第に伝わり始めてくる。
そのまま先に進んで行くと、子供が二人、奥の方から走ってくる。お出迎えのつもりかな?
「お客さんだーっ!」
「大きな馬っ! 格好いい!」
子供なのにランスの良さが分かるとは、将来有望だなと思っていると、
「えーと、お姉ちゃんは前に来てた泣き虫のお姉ちゃんだよね?」
「ほんとだー、クレトが居ないって泣いてたお姉ちゃんだ!」
とエマさんから聞いていない情報が。
「ちょっと! 変な事を言わないで!」
「今日は怒りんぼのお姉ちゃんだ!」
「じょーちょふあんてー?」
「こーねんきしょーばい?」
意味は分からずに聞いたことのある言葉を使っているのだと思うけど、微妙に腹が立つ。
ランスから飛び降り、子供達の前に立つと、
「ノーコンの髪だ! 英雄だ!」
「今日は銀の鎧じゃないの? アイアンゴーレム、ギッタギタにしたやつ!」
と俺の情報を披露してきたが、俺の記憶にこの子達はない。
このダンジョンに移動を終えた後のバーベキューの時に顔を見たかも知れないけど、さすがに子供の顔までは覚える余裕は無かったからな。
ちなみに俺は球技は苦手でノーコンなのは間違いない。
「俺はクレスト。アイアンゴーレムは倒したけど、英雄じゃないよ」
「ケンオンしてる!」
「ケンモンしてるのーっ!」
「それを言うなら謙遜な」
言いたいことだけ言って「ゴーレム殺しの英雄が来たぞーっ!」と叫びながらキャンプ地へと走り去って行く子供達。
子供達が明るく元気になったのは良いことだが、相手にすると疲れるな。
ロイとルーチェは甘えはするけど、子供の割に理性的と言うか大人と言うか、割と付き合いやすい。
二人はそれだけ苦労してきたと言うことかもな。
子供達が俺の到着を告げて歩いたせいか、作業の手を止めた大人達が次々と挨拶にやって来るようになり、
「クレスト兄!」
と懐かしい声が遠くから聞こえると、ルケイドが凄い勢いで走ってきた。
俺もルケイドもハグをする習慣が薄い元日本人なので、再開の喜びを表情と握手で伝え合う。
「やっぱり無事だったね!」
「当然なのです!
私がパパを守っているのです!」
ランスの頭に停まっていたアルジェンがここぞとばかりに自己主張。
すると負けじとドランさんがリュックから這い出し、俺の頭の上にちょこんと座ると、
『僕も居るからね!』
と言ったけど、残念ながらその念話は俺とエマさんにしか通じない。
「水晶の猫?」
「この子はキリアスのダンジョンで管理者から預かったドランさん。
今は猫の姿だけど、クリスタルドラゴンなんだぜ」
「ドラ…んさんだね。何故猫なのか疑問だけど」
『クレストさんが脱皮中にマローネ先輩の遺伝子を組み込んだから、塩基配列に異常をきたしたんだ。その気になれば、元の姿に戻れるけどね』
猫キッスで喜んだ後のアレか…潰れてなかったからセーフだと思ってたんだけど、実はアウトだったのか。
ルケイドにその説明は聞こえていないから、後で説明してやろうと思う。
俺の到着を知ってか、巨大カブトムシのゲラーナが飛んできた。何故か籠をぶら下げていて、その中に一人男性が入っているのは何かの罰ゲームか?
だがゲラーナは籠のことを忘れているのか、減速もそこそこに低空飛行に入り、籠が地面にぶつかって大きくバウンドした。
中に居る人、怪我してないか?
俺の心配をよそに、硬い攻殻を持つ頭でスリスリするゲラーナを見て集まってきた人達がドン引きだ。
「なあ、なんでゲラーナに籠を?」
「グレン皇帝の投与した魔薬が恐怖を与えることで抜けるようなんだ。
だからあれで治療をしているんだよ」
「マジか…さっき思いっきり地面にぶつかったぞ」
「魔薬で痛みに強くなってるから大丈夫だよ」
人権問題に発展しなくね?
まぁこの世界にそんな物はないに等しいから、ルケイドも平気な顔でこんな恐ろしいことをやってられるんだけど。
「カブトムシが人に懐くの、初めて見たよ」
「ゲラーナは俺が召喚したうちの一体だからな。権限が無くなった後も覚えているんだろ」
ゲラーナの頭を撫でてやると、アルジェンとドランさんがゲラーナに飛び乗った。
「ゲラーナ! 久しぶりに空中散歩に行くのです! マッハでかっとぶのです!」
アルジェンの言葉にゲラーナの赤い瞳がキラリと輝いた気がする…アルジェンが『空蹴』で補助をしたのか、この場でフワリと浮き上がったゲラーナが来たときよりも速く飛び去って行った。
「…見なかったことにしようか」
「そうだね。ここにゲラーナは来ていないから。皆もそれで宜しく」
エマさんと集まっている大人達がコクコクと頷く。よし、クチ裏合わせは完了だ!
「それで魔薬の治療は上手くいってるの?」
「鹵獲品の中に現物があったから成分解析は何とか出来た。
この近くには居ない植物系魔物から作られているみたいで、解毒剤は作れないけど精神安定剤と肉体労働と空中散歩で何とかなってるかな」
「会話が出来る状態に回復したのか?」
「一人は元々軽度の症状だったみたいで、牛の世話を任せてる。他の二人も会話が出来るまでに回復してて、残りはさっきの一人だけだね」
恐らくセキネさんは捕虜を捕まえては魔薬で操っていたんだろう。ルーファスさん達も捕虜を取っては助けられないかと試したけどダメだったそうだし。
まさか恐怖を与えるのが治療方法とは思いつくまい。誰が最初に怖い目に会わせたんだろ?
「クレスト兄、ゲラーナ急行便が治療方法だと良く分かったね」
嘘、俺が犯人だって?
「たまたまだよ。狙ってた訳じゃないから」
自分が乗りたくなくてゲラーナに捕虜を押し付けたなんて言えねえよ!
「それより他の皆は?」
「森に入って狩りや採取をしてるよ。
ロイとルーチェも狩りに参加してるし」
「えっ?! 嘘だろ?
ロイはともかく、ルーチェが?」
「見てのお楽しみで。やっぱり現地で訓練する方が伸びるみたい」
ルーチェにはお淑やかな女の子に育って欲しかった…笑いながら「消毒だ!」と言ってゴブリンを殲滅するような冒険者になったりしないよね?
転送ゲートのあった広場に場所を移すと、周辺には土属性魔法製の建物や丸太感満載のログハウスがズラリと並んでいた。
ダンジョンの中だと言うのに、小さな農村より立派な通りになっているかも。
「こりゃ頑張ったな」
「テントより屋根付きの家の方が安心出来るからね。伯爵様が派遣してくれた兵隊さんが役にたったよ。
役人さんとギルドの人が役場に居るから紹介するね」
案内されたのはダンジョン内にあるとは思えない二階建ての小綺麗な建物だ。ルケイドが頑張れば土で作れるだろうけど、違和感が半端ない。
一階が行政関連、二階がギルド関連と分かれていて、まずは一階のお役人さん二人に挨拶をし、それから二階に上がり、冒険者、商業、林業、そして農業の四つのギルドの役員と挨拶を交わす。
面識のある人は居なかったが、俺と敵対するような人は居なかったので取りあえず安心した。恐らく俺の性格を分かった上での人選なんだろう。
「昼間は外に出ているけど、夕方になったら鶏の群れが帰ってくるのがこの村の名物かな」
家具屋と言ったつもりがカグヤって名前と勘違いしたリワトリーダーの率いる群れだな。
ちゃんと卵を産んでるのかな?
「群れの数が増えて、今は三百羽以上居ますよ。
卵も毎日百個以上採れるようになりました。鶏小屋の管理は子供達がやってくれています」
そう教えてくれたのは農業ギルドの三十代のお姉さんだ。旦那と子供を連れてこのダンジョンに来たそうだ。
食料の備蓄や配分を考えるのも彼女の仕事らしい。
林業ギルドのおじさんは四十代の単身赴任で、伐採と運搬の計画と管理をしているそうだ。運搬にゲラーナが役立っているとベタ褒めだ。
冒険者ギルドは魔物素材の買い取りが目的になるのだが、今のところは魔物の出現エリアの調査と地図の作成が主なようだ。
商業ギルドは魔物以外のダンジョンで採取出来る物品の調査と、必要な物資の手配を行っている。
アルジェンが空中散歩から戻ってくればキリアスから持ち帰った工場と機械を設置するから、追加で工業系のギルドも呼び寄せる必要がありそうだ。
一階に戻り、二人の役人さんと話をする。
移住してきた人達の名簿作成が終わって一段落したところらしい。
伯爵様が派遣した軍が木の伐採や丸太小屋の建築、その他の土木工事をかなり肩代わりしてくれたそうで、この村の発展速度もそれならと頷ける。
それと住民の中にはリミエンに働きに出たいと言う人も出てきているそうで、求人の調整が今後の課題だろう。
ダンジョンで暮らしていると言っても、ここでの暮らしが落ち着いてくれば現金収入が欲しくなるのは当然だからね。
外からゴーン、ゴーンと大きな音が響いた。
「お昼ご飯の時間だ」
今のは正午の時報か。食事は配給制だから時間になったら銅鑼を叩いて報せるらしい。
ルケイドの案内で行列の出来つつある建物に入る。イメージは学食か社員食堂だ。
調理は専用の調理棟で行うので衛生的だし、食器を受け取る前に手を洗うようにしたのもポイントが高い。
お盆をとり、皿とコップを乗せて列を進み、お茶とパンとおかずが盛り付けられて行く。
ここでは役人だろうが誰だろうが、ここでしか飯が食えないのだ。メニューは選べないが、それが戦渦を生き抜いてきたキリアスの人達には当たり前。
こうやって温かい食事を安心して食べられること自体に感謝しているのが良く伝わってくる。
おかずが足りなければ、その辺の森に入っては木の実や果物をつまみ食いするか、魔物を狩って丸焼きで食べるのもここでは普通らしい。
ベルさんをリーダーにした狩猟組やルーファスさんが指揮を取る伐採組はこの時間には戻ってこないので、お弁当を持って行くそうだ。
ブリュナーさん、ロイとルーチェはブリュナーさん特製のお弁当を持って行ったらしい。やっぱりあの人は何処に行ってもブレないな。
村のシンボルとなったミハルの姿が見えないので聞いてみると、伐採組がビアレフの鎧を着用するので連れ出しているそうだ。
目的外使用だけど、役に立つなら目を瞑ろうか。確かにビアレフの主武装は斧だったから樹を伐るには打って付けだな。
俺のKOSの装甲を簡単にぶち破る威力のある斧で伐採って…樹に同情したくなる。