第81話 伯爵様に呼ばれました
帰還報告の為に冒険者ギルドを尋ねると、ライエルさんとレイドルの二人からとってもすてきな提案が幾つも出されてきた…途中で考えるのが面倒になるぐらいにね。
「それと、キリアスとの国境の森に精神体の魔物が居るそうで、それの退治もしなきゃならないんだよ」
バルムさんの依頼も早めに手を打たなきゃ。被害がコンラッド王国に出る可能性もある。
「何だそれは?」
「国境の森? 魔熊の森のことだね。そこに逃げていたのか」
このギルドの重鎮二人が全く別の反応を見せるのは珍しい。少なくともライエルさんは存在を知っているらしいが、メジャーな魔物ではないようだ。
「魔力の無い君にアレを探すのも倒すのも無理だと思うが」
「そこは裏技を使いますよ」
「どうせなら他の人を派遣したいな。
悪いがこちらに任せて貰えないかい?」
「ライエル、何の話をしているのだ?」
「『悪魔の欠片』のことだ。
若い人は知らないだろうね」
年齢はライエルさんもレイドルさんとそう変わらないように見えるけど。ライエルさんも実はハーフエルフだったとか?
「悪魔の? 知らんな。
それがどうかしたのか?」
「キリアスとの交易を開始するに当たり、森に潜むその魔物の退治をして欲しいとキリアス側の代表者から頼まれて。
キリアスって五大勢力に分かれてるのは聞いてる?」
「ルーファス君から中央と東西南北に分かれていると聞いたよ」
「その東の代表者がエルフだった。
その代表者がコンラッドとの取引をしたいと。そのうち中央と東は一つになるかも知れない」
「キリアスの情勢はともかくだな…それをお前がやる意味が分からないのだが」
「レイドルには後で説明しておく。
それでクレスト君とエマさんは明日ダンジョンに出発するんだよね?
これから政治的な話が出て来ると思うから、なるべくリミエンに居て欲しいから、早めに帰還してくれないかな?」
さっき色々と出て来た教育や身分の話のことかな?
ところで何かまだ忘れている気がする…。
「あっ! あと、キリアスの東の領地から三十人が付いて来てるんだった!
今、スオーリー副団長がリミエンに引率してる!」
「何だって?!
そう言う大事なことは先に言え!」
「それについてはレイドルに同意する」
「ゴメーン、テヘペロ…。
多分、陰の人がスオーリー副団長達がリミエンに向かってることを連絡した筈だから、もうソロソロ動くかも」
「お前なぁ…」
お風呂に入ってリラックスしたら、完全にあの人達のことを忘れてた…怒られるかな?
レイドルさんが怒る前にタイミング良く執務室のドアがノックされた。
予想通り伯爵様から至急登城するようにとの連絡だった。
「俺も行かなきゃダメ?」
「当たり前だろ」
「これは逃げられないね」
「…晩御飯迄に帰って来てね。待ってるから」
エマさんに見送られ、ギルドの馬車で伯爵様の居城へとガラガラと向かうことになった。
馬車の中で二人に東の領地で起きたことだけ先に話しておく。
スオーリー副団長にも話した内容で、恐らく伯爵様も陰の人から聞いている筈だ。
「一つだけ質問していいかな。
クレスト君ってそんなに脚が速かったのかい?」
陰の人と同じ速度で走り続けたことを不思議に思われているが、これは当然のことだろう。
それにキリアスを横断してきた時間を考えれば、移動速度が普通ではないといずれバレるだろう。
「そこは企業秘密ってことでどうにかならない?」
「ギルドで速達担当の職員を探していたんだけど、就職してみない?」
「隠密系スキルを身に付ける予定はないか?
既に持っているなら正直に吐け」
コンラッド王国ではマラソン選手の就職先に困らないみたいだな。
そんな話をしている間に居城に到着し、役人の先導で執務室へと連行…案内された。
いつも書類仕事をしている人達も席に居るが、見知らぬおじさんも一人伯爵様の隣に座っている。
「久し振りだね。少し痩せたかい?」
と気軽にジャブから入った伯爵様。
「キリアスに残されてから戻ってくるまでに苦労しましたから、多少痩せたかも知れません」
「キリアスのダンジョンでは強敵と戦ったそうだが、良く無事に戻ってきてくれた。
それだけエマ君に対する想いが強かったのだと想って良いかな?」
「えぇ、まぁ一因ではありますが…子供達、仲間達、キリアスの人達を残して散っていく訳には行きませんから」
正直にエマさんに会いたくて帰ってきたなんて偉い人に言えるかよって。
「今スオーリー副団長に任せている三十人の件は?」
「仮にも副団長に、見知らぬ者の引率を冒険者が頼むなど前代未聞だと思うがどうだろう?
それを受けた副団長も大したものだが」
「一刻も早く皆に会いたくて…後で謝ります」
「あの人は気に入らない相手の頼みなど一切聞かないから大丈夫だ。
きっと君のことを聞くのにちょうど良いと思っているだろうね」
時間があるから色々と話も出来るか。
キリアスのことなんかも聞き出しているんだろうな。
「暫くは軍施設で過ごしても貰うことになるが、若手に空き家を見繕わせている最中だ」
「急に押し付けるようで申し訳ありません」
「ダンジョンの千五百人に比べれば塵みたいな人数だ。
いずれは君に面倒を見て貰うことになるから問題無い」
それは移民管理局的なお仕事を任せるってこと?
まさか三十人分の食い扶持まで用意しろ的なお仕事じゃないよね?
「ところでダンジョンの方だが、今後木材、果物、魔物素材等の生産によって収益が上がることを期待して方策を考えているのだが、誰を管理者とするかで頭を悩ませている。
ルーファス君を現地責任者とするが、彼を誰が責任を持って見るかと言うので少し揉めてな」
「国籍のことででしょうか?」
「それも少しあるが、本人が君以外には仕えるつもりは無いとごねていてな」
「彼には上下関係なく付き合おうと言ったのですが」
「命の恩人相手にそれは無理だろうね。
なので一つポストを用意することにした。
『キリアス方面対策局』だ。
そこの局長に就任してもらいたいと思って急遽招いたのだ」
局長とか言ってるけど、要はキリアスから来た人達の面倒を見ろと堂々と押し付け返しているだけだな。
でも伯爵様から正式に受ける役職なのだから、対外的には意味が変わってくるかも知れないか。
「市民権を持たない私が受けて宜しいので?」
「その事だが、著しい成果を挙げた者に何も恩賞を与えないのは如何なものかと各方面から意見が寄せられていてな。
多い意見が市民として迎え入れて欲しいと言うものだった」
…嘘くさっ! それ、絶対嘘だろ!
「それに実際にその事でリミエン最大手の武器商店と揉めておるだろ?
リミエンの最高権力者としても、あの件は看過できんからな。
なので申し訳ないが君に第三級市民権を授与することとした」
「断ることは?」
「本気で言っているなら…絶交だな。
それにプラスして、ギルドカードの使用停止処分も行わなければなるまい」
絶交は構わないけど、カードが使えなくなると無一文になるってことか。
俺一人ならどうとでもなると思うけど、ブリュナーさん達の賃金が払えなくなるのは困るか。
「そうなると関係者達に多大な迷惑を掛けることになりますね。
現状に於いて断ることは出来ないようです」
「私も市民権制度に疑問を感じる部分はある。
だが訂正するには時間も金も必要で中々進まんのだ。迷惑だと思うかも知れんが、我慢して欲しい」
その言葉が一体何処まで本気だろうね?
買うのは負けた気になるけど、貰ったのならギリギリでノーカンか…?
はて、誰かが俺の性格を見抜いてそう仕込んだんじゃないだろうな?
「いえ、局長職を頂くのに市民権無しでは格好が付きませんから」
「それもそうだな。
それでロックウェル子爵家のお嬢さんとの件だが」
「ロックウェル子爵家とは、エマさんの実家のことでしょうか?」
「そうだ。
当然結婚相手として考えておるのだろ?」
「そうなれば良いかと思っています。
ですが今はやることがあり過ぎるので、建国記念の式典後に考えています」
「五年も待たせるのか?」
「本人とも話しています。ですが、成り行きもありますから早くなることがあるかも知れません」
「仲が良いから当然ありえることだな。
と言うことだ。ヒュース、どうする?」
突然伯爵様が隣に座っていた男性の方を向いて質問した。
「市民権も役職も了承して貰えたようですし、爵位を与えるとなるとリミエンから逃げ出すと聞いていますから、落とし所として問題ありません」
「そちらの方は?」
「私はヒューストン・ロックウェル子爵。
エマの父親と言えば分かるだろう」
「お父さん…?! 失礼しました!」
まさか局長職とか市民権とかは二の次で、お父さんに会わせるのが今回の目的だったんじゃない?
「気楽にしてくれ。儂も堅苦しいのは苦手でな。
それにしても…副団長に物を頼めるとは驚いたよ。国中探して五人程しか居ないだろう」
あの顔、怖いからな…悪い人じゃないんだよ。
顔より地位が問題だって?
エマさんのお父さんって確か…
「鉱山の指揮を取っているとエマさんから聞いていましたが」
「伯爵様からの依頼で地下ダンジョン周囲の地質調査をしていてね。その報告に来たところなんだよ」
「地質調査ですか!
となると穴を掘るのが得意なスキルをお持ちですか?」
「地質調査のことを知っているのかい?!
穴を掘ることしか出来ないスキルだが、鉱山でも役に立っているよ」
実際はもう少し汎用性があるスキルなんだろうけど、初対面の俺には全部は言わないだろう。
「クレスト君、まさか?」
とライエルさんが俺を止めようとするがもう遅い!
「打ってつけでしょ!
お父さん、一緒に穴を掘りませんかっ!?」
とサムズアップ!
「掘ってどうするつもりだ?」
「温泉旅館を作るんですよ!
お風呂に入れる宿ですよ! 最高でしょ!」
「高級旅館なら風呂は付いているが」
「違います、天然温泉です! 露天風呂です!
お湯を沸かす必要がないので、一般の人も安価に入れるお風呂です!
リミエンで深く掘ったら温かいお湯が出る場所ってありませんか?」
お父さんが少し考えて、
「ああ、あれなら何ヵ所かある。邪魔なので埋め戻したよ」
と嬉しい返事を出してくれた。
「場所は何処ですか?
貯水池近くとダンジョンの近くだとありがたいんだけど」
「…どちらも出ていたな」
「ヨッシャッー! 温泉旅館ゲットだぜっ!」
両手を突き上げ喜ぶ俺をレイドルさんが指差した。
「なぁライエル、コイツ、職業選択を間違ってないか?」
「弁解の出来ない自分が怨めしいよ」
揃ってギルドの重鎮二人が溜息をつく。
「何を言ってるんですか!
貯水池に温泉旅館ができるんですよ!
早く設計しましょうよ!」
「優先順位をよく考えろ。温泉旅館は最後だ最後。
リミエンから日帰りの場所だから、普段は宿泊の必要性が無いだろ。それにキャンプ場も用意してある。
キャンプ場は雨の日が問題だがな」
ぐぬぬ! 確かに後先考えずに箱物を作っても赤字を垂れ流すだけだよな。
「なるほど、思い付いたら凄い勢いだとエマが言っていたのがよく分かる。
それが今までことごとく大ヒットしているのだからな。その温泉旅館もヒットするだろう。
こちらでも少し動いてみましょうか」
「お父さん! 有難う御座います! 宜しくお願いします!」
「あ、あぁ…分かったからその勢いでエマの花嫁衣装を早めに頼む」
「任せてください!
…えっ? えーと、それはいずれ…」
結婚式の話は前倒しって無理だから。それこそ優先順位を考えなきゃ。
「それなら、その温泉旅館でクレスト君とエマ君の結婚式を開くと言うのは如何かな?
町から一時間程離れた場所にある旅館に毎日人が訪れることはないだろう。
だが、それでも行きたくなるような何かの目的を持たせてやれば良い」
「クレストのお陰でかなり距離も時間も短縮も出来ているからな。
城門前から定期馬車を出してみるか。
非日常を演出してやったり、旨い飯や演劇を…そう言えばクレスト、以前アイドルがどうとか言っていたな。
やってみるか?」
レイドルさんが悪い笑みを浮かべ、俺はまたも仕事が増えたと諦めるのだった。




