第78話 ドランさんの脱皮
久しぶりの我が家!
マローネにはキスを拒まれたけど、いつものことだ!
今日は我が家で休んで明日ダンジョンに向かおうとエマさんから提案されたけど、ダンジョンでは子供達や仲間達が俺の帰りを待っているのだ。
そんな皆に少しでも早く無事を報告したくて、予定通り今日の内にリミエンを出発することに決めた。
シエルさんがお風呂を用意してくれたので、ありがたくアルジェンとドランさんを連れてお風呂に入る。
キリアスで買った服からリミエンで買った服に着替えると、短い期間しか着ていないのに懐かしい気がするもんだね。
頭を魔道具で乾かしてリビングに戻るとエマさんが猫じゃらしを使ってマローネと遊んでいた。
「お風呂、気持ち良かったのです!」
『湯船で泳ぐのは最高でした!』
我が家のお風呂初体験の二人?が絶賛し、シエルさんが用意していた飲み物にクチを付けた。
「ママ、このシュワシュワで泡泡した飲み物はなんなのです?」
「薬草類をブレンドして出来た新しい飲み物『ヘブシーラ』だって。
シュワシュワのお水を用意するのが難しくて今まで市販出来なかったそうだけど、王都から来た魔道具技師さんがどうしても飲みたいからってシュワシュワ製造機を作ったそうよ」
その魔道具技師って、多分リューターさんだろうな。
「大通りの薬屋さんで販売してるって。
気に入った?」
「薬草と聞くと、確かに薬草の感じがするのです。
でもハーブでキレのある爽やかな香りをつけ、仄かな甘さもあって冷たくて美味しいのです!」
「その甘さは多分『クレス糖』の甘さだと思うわよ」
「パパの名前みたいなのです!」
「そうよ。クレストさんが商業ギルドに教えた甘味料なの」
勝手に人の名前を使うなよ。攻めて名前に(仮)を付けて流通して欲しかった。
それなら教えた時に名前を決めなかった俺が悪いって?
ワッフルにもクレス糖は使ってるけど、あれは試験生産で出来た分だった筈。
商業ギルドはもう本格的に生産を開始したのか?
幾らなんでも対応が早過ぎるだろ。原材料は余剰分を使うって聞いていたが、麦芽糖が売れるほどの量が余っていたのか?
それにいずれは甜菜やキシリトールも作るつもりだから、次の甘味料にはもう『クレス』って付けられないぞ。まさか『ダッシュ』『プラス』『アルファ』なんかを名前の後ろに付けるようなことは無いよな?
俺も遠慮なく『ヘブシーラ』にクチを付ける。
アルジェンが言ったように何種類ものハーブや薬草をブレンドしたような香りが鼻を刺激し、その香りに負けない複雑ながらスッキリした飲み口に仕上がっている。
三本の矢がロゴになっているサイダーより炭酸は弱目だろうか。
魔道冷蔵庫が無い家庭じゃ楽しめない、ちょっと贅沢な飲み物だな。
「冷たくて刺激的なのです!ご馳走様なのです!
あ、ママ、ちょっと話したいことがあるのです。
パパはマローネの相手をしてて欲しいのです」
『なら僕も相手してるから』
「ん? 何かあったのか?」
「ママとガールズトークしたい気分なのです!」
「ガールズ…ねぇ」
エマさんもどうしたものかと思ったようだけど、アルジェンが後ろから押すので仕方ないと言った感じでリビングを出ていった。
『僕も『ヘブシーラ』を戴こう』
とコップではなく深めの皿に注がれた茶色の炭酸飲料に興味津々な様子のドランさん。
ゆっくりクチを付けると、ペロペロと舐めるように味わったかと思うと、頭を飲み物の中に突っ込みながら凄い勢いで飲み始めたのだ。
クリスタルボディの中に胃があるのかと思っていたが、発見するとニュースに出るような色素を持たない蛙などの変異体と違い、体全体が飲み物と同じ濃い茶色に染まっていく。
どうやらクリスタルドラゴンは普通の生物とは全く構造が違うと言うことか。
ここに来るまで俺の目の前では何も飲み食いしていなかったが、まさかこんな面白い芸が出来るなんて。
『ヒック……体が熱い……一枚脱がなきゃ』
酔って呂律が回らなくなったオヤジかと突っ込みたくなるが、トカゲが脱ぐと言うと脱皮ってことだよね。
まさか本当にここでやるの?
「人類史上初のドラゴンの成長過程の目撃者になる気がするけど…」
普通なら一生を掛けても見られない光景なので興奮するところだが、
「大きくなりすぎると持ち運びに困るから」
と運用面で問題があるので、俺は興奮ではなく困惑しながらドランさんの変化を見守る。
「まさかいきなり大人のサイズにはならないよな?
ドラゴンの成長過程なんて本体さんのデータベースにも記録が無いだろうし」
テーブルの上で暑い暑いと結構激しくのたうち回るドランさんがテーブルから落ちそうになったので両手でブロックして中央に押しやった。
この状態で八十センチ弱の高さから落ちたらどうなるか想像が付かないからね。
触った感触は確かにいつものひんやりしたドランさんより温かく、少し柔らかだった。
テーブルの上で起きている異変を察知したのか、一匹で遊んでいたマローネがピョンと椅子からテーブルへと軽やかに跳び乗った。
「まだチビなのに凄いな。さすが猫だ」
残念ながらマローネから返事は無い。
動く玩具でも見付けたと思っているのだろうか、ドランさんをロックオンしているようだが手出しをさせる訳には行かない。
マローネからドランさんを守るように両手でガード。
それも遊びと勘違いしたようで、その手に猫パンチを繰り出したり噛み付いてきたり。
転がりながら両手両足での連続猫キックの後に立ち上がると軽くジャンプして上からバシッと抑えて来る。
「珍しい。マローネが俺を嫌がってない」
手を動かして相手にしてやると、仔ネコらしく可愛らしい仕草で戯れてくれた。
これなら猫キッスもできるだけかな?
背中を撫でてもイヤそうな素振りを見せなかったので思い切って掴んでみる。
「ニャー?」
と一言鳴いただけで抵抗はない。これなら行ける!
ドランさんも気になるが、今はマローネとの初キッスに挑戦する方が大事なのにゃ!
ドキドキしながらマローネを顔に近付け、クチを出す。
プチュッと柔らかい触感が唇に伝わり、その後にマローネが猫舌で舐めるような感触が来た。
一瞬ゾクッとしたけど、なるほど、これが彼女達を虜にしてネコネコ間接キッスをさせたがる理由かと納得。
そしてマローネとの初キッスに成功して不甲斐なくもはしゃいだ俺は、もう一度マローネとキスをしてからテーブルに降ろしてやった。
すると、
「л*ª※◇!」
と悲鳴をあげたマローネが慌てて手から抜け出すと、毛を逆立てて俺を威嚇した後にテーブルから飛び降りた。
マローネが逃げた後には、淡く光る焦げ茶色の膜に包まれたドランさんが居たのだ。
マローネに気を取られ、完全にドランさんの存在を忘れてた…まさかそのせいで脱皮に失敗することにはならないだろうな?
今のドランさんはトカゲの形ではなく、まん丸の饅頭の形になっている。
変に薄べったい訳でもなく、恐る恐る触ってみると適度な弾力もあるので潰れてはいないと思う。
マローネの毛がドランさんの上に落ちていたので、フッと息を吹いて飛ばしてやった。
しばらくそのまま様子を見るが、全然変化が現れない。
これが元のトカゲの姿での脱皮ならまだ進捗が分かるのだが、饅頭形に変形してしまっているので見当の付けようもない。
仕方なくコップを厨房へと運び、洗っていると風呂掃除を終わらせたシエルさんが入ってきたのでコーラ擬きの御礼を言うと、
「保温効果のあるバッグの販売が開始されたので、冷たいままお店から家まで運べるようになりましたからね」
と壁に掛けた四角いバッグを指差した。
シエルさんには戦闘能力が無いので、マジックバッグのような高価な品物は買い物時には持たないようにしているそうで、この保温バッグは重宝していると絶賛してくれた。
「このバッグを考えた人って誰なんでしょうね?
販売価格の一割が取り分だとしても、結構な稼ぎですよね」
そう言えば、レイドルさんに教えたアレコレの契約はしてなかったな。
占有販売権の話をしなかったのは俺がいらないと言うのが分かっていたからだろうが、だからと言って、得た利益から発明者である俺に銀貨の一枚も渡さないとは思えない。
後で商業ギルドのカードから振り込み履歴を見てみようかな。
月に纏めて一回の振り込みだろうから、まだ振り込まれていない可能性もあるけど…何度考えてもギルドカードの仕組みって、チグハグに発展してるよな。
「最近次々と新商品が出て来るんですけど、クレストさんのアイデアの物もあるんですよね?
どうやったら新しい発想が産まれるんですか?」
使ったことのあるものを再現してるだけだとは言える訳もない。
さて、どう答えるべきだろう。
「不便であることを理解すること、かな?
今のやり方が当たり前だと思わず、もっとラクが出来るはずだと思えば何か出来るかも。
俺はアイデアを絵にするのが好きだったのと、運良く『描画』スキル持ちだから、誰かに作ってもらえるような絵が描けたのもラッキーかな」
「そう言えば、お部屋で馬車の図面を描いておられましたね。
その新型馬車に伯爵様がお乗りになったそうですよ」
伯爵様、ライエルさん、レイドルさんがダンジョンに向かったとは聞いていたけど、まさかカラバッサに乗って行ったの?
鉄パイプ製の量産機は時間的にもまだ開発が完了していないだろうからそうなんだろうな。
伯爵様、量産機で我慢してもらえるかな?
カラバッサのスペックを体感したら、多分我慢は無理だろうな…かと言ってビステルさんが居ないと修理が出来ないカラバッサを渡す訳にも行かないし。
鋼より軽くて丈夫で安い金属って出来ないかな?
やっぱり一番はアルミ合金だけど、製錬するのが手間だから安くは出来ないだろうな。
「あまり嬉しそうじゃないですね?
馬車に問題でも?」
「ううん、伯爵様が欲しがったらどうしようかなと。
ビステルさんしか修理できない特殊な素材を使ってるから、譲る訳にもいかないんだ。
また別の素材を考えなきゃいけないのかなって悩んでる」
調子に乗ってタイタニウムなんて素材で馬車を作ったけど、よく考えてみればビステルさんの死後にメンテの出来る人が居なけりゃ粗大ゴミになるんだよ。
冶金技術の向上なんてちょっとやそっとで出来るもんでもない。
若気の至りとは言え、ちょっとやり過ぎたかもね。
「そうなんですか。よく分からないけど、大変なんですね」
「そうだよ。後先考えずに動いちゃダメってやつ。
仕方ないから部屋で伯爵様用の馬車を考えてくるわ。
そうそう、今ドランさんがリビングで脱皮してるから、マローネが邪魔しないように部屋に戻してもらえる?」
「脱皮ですか? 分かりました」
それから部屋に戻ると、音を聞いてかエマさんとアルジェンが部屋に入ってきた。
「パパ。我慢は良くないのです!」
入ってきて一言目に言うセリフかよっ!




