第69話 新戦力は?
新しく見つかったダンジョンは石を綺麗に並べて作られたレアなものだった。
コボルトを倒した鯨団とリリーさんの間にトラブルが起こりそうになったけど、ライエルさんが上手く収めてくれた。
でもクレストさんとリリーさんの手合わせがあるかも…と心配になったのよね。
それよりも!
クレストさんって商業ギルドの金貨級だったことにビックリ仰天よ。
確かに商才はあるようだけど、お店を持っていないのにゴールドカードなんて信じられないわ。
金貨級以上のランクに認定する権限はギルドマスターしか持っていなくて、そのギルドマスターは人前に姿を現さないから何を考えているのか分からないのよね。
「まだ新しいだけあって、出てくる魔物は低級なんだね。
コレならロイ君の鍛練にちょうど良さそうだよ」
とライエルさん。将来有望そうだから、スパルタ式で鍛えようと思ってるのかな?
牙と爪さえ気を付けておけば、コボルトはゴブリンより倒しやすいからロイ君の相手に適しているかも知れないけど。
私はあの子を戦闘狂には育てたくないよ。
本人が何を目指すかなんだけど、
「やって良いのっ?! おら、ワクワクすっぞ!」
なんて言ってブリュナーさんから鋼の剣を受け取っているから、既にそっちの世界に足を踏み入れているのかも…。
それから(ライエルさんの命令で渋々だけど)鯨団が一対一の状況になるように場を作って、ロイ君が次々と危なげなくコボルトを倒していく。
このダンジョンは倒された魔物が吸収されるスピードが早いみたいで、死体となったコボルトは百も数えない内にスッと地面の奥へと消えていく。
列を作ってロイ君を待つコボルト達に少々の同情を覚えるけど、基本的にダンジョンから出てくる魔物はダンジョンが魔力を使って作り出したものだからね。
普通の生き物と同じように考えてはいけないの。
中にはダンジョンの外から引き寄せた魔物を繁殖させているダンジョンもあるから、一概にはそう言えないんだけど。
クレストさんは家畜を沢山欲しがっていたから、意外と今頃は鶏や豚達に囲まれているかも知れないわね。
出来れば私は牛が食べたいんだけど、世話が大変だから我慢我慢。
「お兄ちゃんばっかりズルイの!
次はルーがヤルのっ!」
ロイ君の前に立たされてガクブルしているコボルトに、左手を腰に当ててビシッと指を差したルーチェが男前過ぎる。
言っとくけど、私はそんな子に育てた覚えは無いんだから!
「お嬢ちゃんが?」
コボルトの腰にロープを繋ぎ、正座させて何体かに対戦の順番待ちをさせているバレイアさんが素っ頓狂な声を出した。
まだ八歳の女の子が魔法を使えるとは誰も思わないだろうから、疑う気持ちはよく分かる。
でもウチには魔法の勇者から魔法について学んだラビィが居るからね。
少しコンラッド王国の魔法とは違うのよ…詳しい事は知らないけど…だって私には魔法の才能が無いんだもん。
「マナジェネレート……アクセラレート……」
ルーチェちゃんがそう呟くと、まだ小さなその体から怪しい霧のように魔素による光がゆっくりと放出され始める。
魔法を使う時には体内に流れる魔素を感じ取れる状態に持って行く必要がある、らしい。
魔法を使えない人は、私も含めてまずコレが出来ないのよ。
オリビアさん、カーラさん、ルケイドさんは無意識にその状態に持って行けるぐらいの鍛錬を積んでいるけど、ルーチェちゃんはまだそのレベルには到達していないから最初にコレをやらないと魔法が使えないんだって。
「マジックモジュール・アセンブル…」
放出されていた魔素が差し出した右手に吸い込まれるように消えていくと、やがてルーチェちゃんの右手が優しい黄色い光に包まれた。
ヤル気になってからここまで三十拍ぐらいかしら。
「セットアップ・ライトニング!」
優しい光は形を変え始め、バチバチと小さな稲光を発する蛇のようにその手を取り囲む。
その手が差し出された先には、正座の姿勢から立ち上がってふらついているコボルトと、その後ろにはバレイアさん…。
「ターゲット、ロックオン・セーフティ、アンロック 3・2・」
「ちょっと待て!」
「∂⌒★〆」
と慌てふためくバレイアさんとコボルトにはお構いなしで……
「1・ファイヤーっ!」
その瞬間、ピカッと雷が光った時のように右手から閃光を発すると、本来は空から落ちてくる筈の雷がコボルト目掛けて一直線に駆け抜けた。
そのルートからは微かに何かが焦げたような臭いが漂い、それから雷が命中した部分は無惨に焼けたような状態になってドサリと崩れ落ちた憐れなコボルト…。
「一撃…必殺っ!」
とVサインをする八歳児に、皆が唖然としてもおかしくないよね?
ルーチェちゃんが攻撃に選んだのは雷の魔法だったとは…誰がこの子にこんな危険な物を教えたのよ?
ラビィ? それともクレストさん?
多分クレストさんよね…。
「大したもんだ。中々やるもんだね」
と褒めながら拍手するのは我らがギルドマスターのライエルさん。
少し脳天気じゃないかしら?
「さっきの魔法はラビィ君に教えて貰ったのかい?」
「ラビィがモジュール化の使い方を教えてくれて、パパが一番凄かったと思う物をイメージしてみろって。
それでドカンと落ちてた雷さんをイメージしたの!」
やっぱり犯人はクレストさんね。
これ、人に当たったら間違いなく痛いじゃ済まないわよ。
その為に発射までに幾つか手順を踏まないと使えないようにしたんだと思うけど。
「威力は変えられるのかい?
さっきみたいに一撃必殺じゃなくて、五発ぐらいに分ける感じで」
「出来るの! モジュールを変えれば今のを連射したり、五発分ぐらいを一発で撃てたり出来るの!」
えーと…一撃でコボルトを倒した魔法の五倍も強力な魔法が撃てるのね?
オーガでも一撃必殺のような気がするわ。言っとくけどルーチェちゃんはまだ八歳児よね?
本当にもう!なんて魔法を教えたのよ!
モジュール化はカーラさん達も使っていて、確かに黒装束集団と戦った時には広範囲魔法をラビィの居るところだけ外して撃っていたわ。
つまり、モジュール化を使えばそれだけ細かな制御が出来るようになるってこと。
ちなみに炎の攻撃魔法だと威力の違う魔法は別の魔法として覚えなければいけないのが、今の魔法士ギルドの教え方よ。
だけどルーチェちゃんは同じ魔法で威力を使い分けることが出来るってこと。
人には覚えられる魔法の数に制限があるそうだけど、これならその制限を超えた数の魔法を覚えたのと結果的に同じだと言えるわね。
「それは凄いね。是非見せて欲しい」
ギルドマスターなのに、何を吞気な事を言ってるのかしら?
これで調子に乗ってルーチェちゃんまでロイ君みたいになったらどうしてくれるの?
ルーチェちゃんには『趣味で魔法を少々』レベルに抑えてもらわないと、『稲妻のルーチェ』とか『雷鳴のルーチェ』なんて呼ばれかねないわ。
「俺…ルーを怒らせないようにしないと…」
一番顔を青くしていたのはロイ君みたいだけど。
怒ったときには雷を落とすと比喩的に言われるけど、ルーチェちゃんは比喩じゃなくて本当に雷が落ちてくる…。
「やっぱりクレスト君は面白いね。熊の魔族に凄い子供が二人。
次はどんなビックリを連れて来てくれるのか楽しみだ。ドラゴンは大き過ぎるから遠慮願いたいかな」
「そうだな。糞の処理が大変そうだ。リミエンの下水処理場の能力をオーバーするような魔物は許可できないな」
ライエルさんも伯爵も、クレストさんならドラゴンと仲良くなっても不思議じゃないって思っているのね。
「ドラゴンを使った空輸…クレドラ特急便の開業は糞のせいで無理か…そこは盲点だったな」
面白く無さそうにレイドル副部長が溜息を吐き出すと言うことは、そう言う構想が副部長の中にはあったってことよね?
大人達がそんな会話をしている間に三匹のコボルトを地面送りにして鼻息を荒くするルーチェちゃんに、コボルトが可哀想だからもう辞めてあげてと懇願したくなる。
ルーチェちゃんの実力を見せ付けられたせいか、ロイ君はブリュナーさんに指導されながら一体ずつ確かめるように倒し始めた。
今このダンジョンで一番大変なのは、コボルト発見係に任命されたリリーさんみたいね。
あちらこちらを走り回ってはコボルトの行列を引き連れてやって来る。
天井の光石のお陰で視界も悪くないし、今の所は通路にはトラップが仕掛けられていないようだから出来ることだけど。
コボルト達を倒していくロイ君を見て、
「このダンジョンは駆け出し冒険者の鍛練用に使いたいな。
伯爵、どうです?」
とライエルさんが何かをぼかして質問していた。
どうですか、と言う部分に『何を』が抜けているので偉い人向けの質問の仕方ではないと思うのだけど。
「冒険者だけでなく、これなら新兵の訓練にも使えそうだ。
他領の兵士にも解放すれば、リミエンの収入アップに繋がるだろう。
問題は、今のところコボルトしか出てきていないと言うことだ。
せめてゴブリンがそれなりの数で出て来て欲しいところだな」
訓練施設にどうですか、と言いたかったのね?
それなら管理の為に誰かがずっとこのダンジョンに張り付いていないといけないから人件費が掛かるけど、そこは訓練費としてダンジョン使用料を徴収すればなんとかなるのかしら?
確かダンジョン内で使われた魔法を吸収してダンジョンは成長していくとクレストさんが言っていたから、剣や槍の訓練だけならダンジョンは現状維持しか出来ないわ。
でもダンジョンの仕様は通常では知ることが出来ないから、もっと魔法を使ってダンジョンを育てましょうと今ここではクチには出せない。
「この先は長い登り道になっているようだな」
コボルト集めに疲れたのか、リリーさんが壁にもたれて休憩しながら目の前に続く通路の向かう先を指差す。
登りってことは、山の頂上を目指して上がって行くんだろう。
それなら馬車が無くても山を登って行けそうね。
気になるのはその行き止まりがどうなっているかよね。
この山は魔界蟲が穴を空けまくっているだろうから、どこにどの穴が繋がっているか想像も付かない。
ダンジョン化した穴が他にもあるかも知れないし、ダンジョン同士が繋がっているかも知れない。
このまま伯爵様を登り道に進ませるのはお勧めしたくない。
ダンジョンの外にはカラバッサを置いたままだから、早くそちらに戻りたいんだけど。
ランスちゃんとブリッジちゃんが見張り役をしてるから、ゴブリン程度なら追い払ってくれると思うので安全面での心配は無い。
でもオリビアさんに御者役のステラさんとビステルさんに待ちぼうけさせてるのよ。私達の帰りが遅いと余計な心配をさせちゃうわよね。
偉い人は誰かを待たせるのは慣れているから、そう言う感覚は無いのかも。
あのお役人さん二人組は道具の乗った荷馬車で予定通り山道を進んで行ってる筈だし。
置いてけぼりの二人はさぞや不安だろうな。
私の心配は無視されて、鯨団がダンジョンを調べてはマップを書くようにと催促してくる。
構造自体は中央にある十字の交差点を中心にぐるりと円形の通路が一本だけ通っているシンプルな作りみたい。
円形の通路には部屋が二十程あって、そこからコボルト達が生まれて出てくる感じ。開けていない箱も十個見付かっているから、後で腕利きの人が派遣される筈。
ノーラ何とかが居たダンジョンは最奥にダンジョン管理者が居る泉と世界樹があるけど、このダンジョンはどうなんだろう?
冒険者ギルドでダンジョンの中に世界樹があったなんて話は聞いたことが無いから、あのダンジョンが特殊なんだと思う。
リリーさんが円形の通路から真っ直ぐ伸びている登り道を真っ直ぐに進んでいく。この道は結構距離があるようで、リリーさんが戻ってくるのに少し時間が掛かった。
そして走って戻ってきたリリーさんが興奮した様子で、
「この道の先は、森のダンジョンに繋がっているぞ!」
と息を切らせてそう報告したのだ。




