第67話 テント村からダンジョンへ
街道からルケイドさんの実家であるカンファー家が所有する山へと向かう分岐点にはちょっとしたキャンプ地、テント村のようになっている。
リミエン伯爵様があの山の調査を私のお父さんに打診していたのを知ったのは、昨日そのテント村でお父さんとバッタリ会った時。
私達がダンジョンアタックをしている間に決まったことみたいだけど、少し離れた鉱山に居る筈のお父さんに会うのは心臓に悪かったわ。
しかもお父さんもクレストさんのことを知ってて、私が黙って結婚したと思ってたみたい。
出来れば私もクレストさんにそう認識して貰いたいけど、どうも彼の中では良いとこの貴族みたいにキチンとした結婚式を挙げないと結婚したことにならないみたいなの。
クレストさんってキリアス出身だし、向こうって国内で争ってばかりの筈なのに、結婚式なんてやってるの?
ちょっと意外だわね。
そんなことを考えていると、ゴブリンとの戦闘を終えたロイ君にブリュナーさんがゴブリンの遺体から魔石を取り出すレクチャーを始めてしまったの…。
ゴブリンの魔石なんて大銅貨数枚の価値しかないけど、塵も積もれば綿埃って言葉もあるように沢山集めればそれなりのお値段になる。
それに最近は屑魔石も砕いてマナバッテリーの材料に使われるようになって、買い取り価格も少し上昇してる筈。
そのやり方を考えたのがクレストさんなんだけど、それは公表しちゃいけないことになってるのよね。
『カミュウ魔道具店』の親子を隠れ蓑にしてるけど、クレストさんが独占したらとんでもなく儲けが出てたのにね。
マナバッテリーの製法は魔道具ギルドに提供して、どこの魔道具店が製造販売しても良いことになってるの。
それと、このマナバッテリーは規格を統一して色々な魔道具に使用出来るようになってるのよね。
こんな事まで考えるなんて、やっぱりクレストさんは普通じゃないわね。勇者の世界から召喚されて来たんだと言われても信じちゃうわよ。
でもステータスに出ていた出身はキリアスだったから、間違いなくこの世界の生まれなのよね。
だからあの人はちょっとした天才と言っても良いのかしら。
あの非常識さは、恐らく紙一重ってやつの部分なのかもね。
現実逃避をしている間にレクチャーは終わったみたいね。
二つの魔石を嬉しそうに眺めているロイ君とルーチェちゃん。二人で一つずつ持つことにしたようね。
金銭的には大した価値はなくても、ロイ君の今までの努力の結果が形となって現れたのだから、きっとお金以上の価値がある筈よ。
「これ、売ったらオヤツが買えるかな?」
「ルーはオレンジ色の果物を買うの!」
…ロイ、私の感動を返して貰えるかしら?
でも冒険者ならその考え方で正解よ。魔石なんて使い捨ての魔力の塊に過ぎないものね。
クレストさんは空になった魔石に手から魔力を再充填していたけど、私には無理だったし。拗ねてないもん!
どうやら拗ねている間に、ステラさんとビステルさんは宿泊に使った後のカラバッサの点検を終えたみたいね。
ガタや緩みがあると走行中に音が出て耳障りになるし、最悪の場合には部品の落下に繋がるからね。
普通の馬車より便利な分、可動部が多いだけにメンテナンスも大変てことかしら。
カラバッサはタイタニウムという軽くて丈夫でお高い材料で作られているから、市販はしないそうなのよね。
でもカラバッサで取ったデータは、この後に鉄で作るカラバッサ擬きの開発に活かすらしいから二人は真剣そのものだったわ。
何かに打ち込む女性って格好いいよね!
「さて……と。
ロイ君は無事にゴブリンを倒すことが出来た訳だ。
予定はここで終了となるが、この後はリミエンに帰るんだよね?」
伯爵が優しくロイ君にそう問い掛ける。
そこはブリュナーさんに『ロイ君、ルーチェちゃんを連れて帰りなさい』と言うべきところだと思うのですが。
「ううん、リミエンおじさんとダンジョンに行く!
クレ兄やお姉ちゃん達が居るんだよね。それにキリアスの人達が大勢」
聞かれたらそう答えると思ったわ。半月間もクレストさんに会ってないから寂しいんでしょうね。
ダンジョンと言っても、道路沿いは魔物が出て来ないように設定されている安全地帯になっているから危険は無いわよ。
クレストさんが非常識ぶりを発揮した成果なんだけど、キリアスの人達を受け入れられたのはその設定があったからよね。
「それならキリアスの子供達と一緒に遊ぶと良い。
知らない土地に来て不安だろうから」
「遊んでいいの? ルー、友達沢山作る!」
どうしてそうなるの?
普通なら子供が居ると邪魔になるから帰らせると思うんだけど、ライエルさんやレイドル副部長と仲が良いだけあって、リミエン伯爵様も少し変わっているのね。
でも子連れってことは、視察と文化交流を一気にやっちゃうみたいな感じなのかな。国交がある国とは留学生を交換することがあるらしいし。
それとも子供達をリミエン市街に招いて住まわせようと考えているのかしら?
千五百人は無理でも、子供達五十人ぐらいなら兵舎で暮らせる筈。
そうやって大人より先に子供達からコンラッド王国の気風や文化に慣れさせて行くって作戦なのかも。伯爵様は得にならないことはしない筈だし。
でも予算は…どうするのかな?
商人達から返せる当ての無い借金をするのだけは御勘弁だからね。
振ったらお金が出てくる魔法のハンマーとか無いのかしら?
そう言う魔道具が作れたら最高よね。
クレストさんに聞いたらら、振ったら地面に大穴を開けるハンマーを出してきそうだから言わないけど。
キリアスの人達を受け入れる為に付いてきた役人の二人…いつも目立たないように何処かに立っているので存在を忘れそうになる…がキャンプ地に駐めてあった荷馬車を用意してきた。
荷台には樹を伐採するための斧や大きな鋸の他、農作業に使う道具が山のように積まれていたので、きっと誰かが徹夜で用意したんだと思う。
私が冒険者ギルドを出てからライエルさんが伯爵様に話を付けに言った筈だから、お店は閉まっている時間よね。
寝ている店主を起こして無理矢理用意させて、夜中の内に運ばせたんだろうな。
一日ぐらい空いても問題ないと思うけど、フットワークが軽いと言うか、気が早過ぎると言うか。
それだけ今回の出来事が伯爵様に与えたインパクトが大きかったと言うことかしら。
「さぁ、ダンジョンに向けて出発するよ。
皆馬車に乗って!」
ライエルさんの号令が掛かったので皆が一斉にカラバッサに乗り込んで行く。
「リリーさんはアッチの馬車!」
何故かリリーさんがロイ君の後から同じ馬車に乗り込もうとしたので、手を引っ張って引き留めた。
「向こうはおじさん三人と一緒だから窮屈なの」
「あのねぇ、貴女は監視対象なのよ。ちゃんと監視されていなさい」
この女っ! 自分の立場が分かっていないようね。
リミエンを破壊しようと潜入していたんだから、キッチリ落とし前は付けて貰わないと。
「えーっ!リリーさん向こうに行っちゃうの?」
ぐぬぬっ! 既にロイ君はこの女狐の毒牙に掛かってしまったみたいね。それともまだ子供なのに若くて美人には弱いの?
そんな所はクレストさんを見習わなくてもいいのに。
「エマさん、ランスちゃんは乗ってなくても付いてきてくれるからカラバッサに乗りなさい。
伯爵様達が待ってるから」
ブリッジちゃんに跨がったオリビアさんが気を利かせてそう助け船を出してくれた。
「分かった、そうするわ」
クレストさん用のカラバッサの客室は四人乗りに設定してある。
子供二人と私、ブリュナーさんとリリーさんだと一名オーバーだけど、御者台は二人座れるのでそちらにリリーさんを押し込もうと思ったら、ブリュナーさんが何も言わずにそちらに移動してしまった。
ビステルさんに出発するようにブリュナーさんが合図を出したので、不承不承シートに座る。
客室内を立って歩ける馬車なんて始めて乗ったし、乗り心地も普通の馬車とは全然違う。クレストさんがこの馬車の開発に拘っていた理由が乗ると良く分かる。
カラバッサに使っているタイタニウムの加工と幾つかの部品製造にはビステルさんの金属加工スキルが欠かせないらしいわ。
寧ろビステルさんが居たからこそ、クレストさんが暴走してカラバッサを設計してしまったとも言えるわね。
でもキリアスはコンラッド王国より技術開発が進んでいるそうだから、ビステルさんの代わりに部品が作れるのかも。
それならクレストさんが千五百人も受け入れる気になったのも納得出来る。
だけど、そのせいで死ぬ思いで働かないといけない役人さんが居ることには目を背けないとね…そう見てみぬ振りよ。
でもこれだけ大型になった馬車が二頭立てで牽けるのだから、タイタニウムって凄いのよね。
それだけ加工が難しくて高額になるそうだけど、四頭立てのところが二頭立てで済むのだから馬の管理費が半分で済む分、長い目で見たら逆に安くなるのかも。
個人で四頭立ての馬車を持つこと自体が異常と言うか、ハッキリ言うと無駄遣いなんだけど。
伯爵様はタイタニウム製カラバッサに乗ってしまったけど、今後販売予定の鉄製のカラバッサ擬きで我慢出来るのかしら?
絶対カラバッサモデルを欲しがると思うわ。どうなるか楽しみだわ…私には直接被害が出ない分だけ気楽よね。
それよりクレストさんの付けたカラバッサって名前も不思議だけど、カラバッサ擬きは何て名前にするんだろ?
ちょっとお洒落に『ネレルンデス』なんてどうしら?
アルジェンちゃんが居れば一緒に考えられるから、早く合流しないとね。
ダンジョンに向けて馬車は進んで行く。前回クレストさんが道路整備をしちゃったから、本当に快適ね。
本来なら轍がいっぱいの凸凹道で、馬車で通るとお尻は痛くなるし、お喋りなんて出来ないような山道なのよね。
丸太を運ぶから道幅はそれなりに大きく取ってある筈だけど、最初に見た時は雑草だらけで馬車なんて通れそうになかったのよ。
その状況を見ていない人は、この道を通っても何も思わないだろうな。そこは少し残念な感じ。
山に入る手前にお父さん達が使った馬車が駐めてあったので、そこから雑草を掻き分けて歩いているんだ。
どんな調査をするのかは知らないけど、歩くだけでも大変だよ。
そこから少し進んで山の斜面に入れば、以前にルケイドさんが『植物採集』スキルで根こそぎ生えていたものを引き抜いてしまった現場になる。
もう雑草なんかが生えてきて、土色一色から緑の絨毯を敷いたようになっているけどね。
あの人、私より年下なのに魔力量だけは熟練者を軽く超えているのって、何か特別な訓練をしてたのかな?
クレストさんの陰に隠れてるけど、クレストさんと仲が良いだけあって少し常識外れな能力なんだよね。
指定範囲にある特定の植物だけをゴッソリ抜き取るんだもの。農家さんが知ったら絶対彼を欲しがるわよ。
でもそのうち男爵になるんだから、吞気に畑仕事をしている暇はなくなるよ。
窓から外を眺めていると、
「ダンジョンを見付けたぞっ!」
と『丘の鯨団』リーダーのバレイアさんの野太い声が聞こえてきたの。新しいダンジョンですって?
先を急いでいるって時になんて間の悪いこと。
ライエルさんが馬車を駐めて降りてくる。これは先にそちらの安全確認に入る雰囲気ね。
私達の馬車だけ先に進んでも良いのかな?
ライエルさんがダンジョンに入れば、チョチョイノチョイって片付く筈だもの。




