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第65話 出発と眠れぬ夜

「あの…スオーリー副団長様…」


 クレストが走り去った後、残されたハーフエルフの集団の一人が恐る恐る儂に声を掛けてきた。

 大の大人からそんなに怖そうにされるとは心外じゃな。


「今はスオーリーで構わんよ。

 部下が居るときはマズイがのぉ。

 クレストが居なくなったから不安なんじゃろうが、そこは心配するな。

 責任を持って行お主らをリミエンに送り届けてやるわぃ。下手なことをするとアイツにドヤされるからの」

「ドヤされるって…ご冗談を」


 幸いと言うか偶然と言うか、儂の現在の任務は特別探索チームを率いたキリアスから通ずる地下通路探しであり、八つのチームに分かれてちょうどリミエン近郊を探し歩いていたのだ。


 『魔熊の森』の騒動が何者かの手によって終結していたこともあり、儂は引退前のお気楽な開店休業状態のような任務を任されておったのだ。

 元々本日の夕方にリミエンで部下達と合流する予定であったので、少々予定より移動が早くなっただけで大した問題では無い。

 地理的にもここからリミエンまでは徒歩で半日しか掛からんからな。


 それよりクレストはいきなり全速力で走って行きおったが、あのペースでダンジョンまで保つとは思えん。

 儂でも若い頃はそれなりにモテたし、彼女の二、三人は居たんじゃから、愛する女性と早く会いたい気持ちは分かるが、バテると逆に遅くなるんじゃ。

 何事もペース配分は大事じゃぞ。


「はぁ、クレストさんって副団長をアゴで使える立場の偉い人だったんですね…」

と、ルッコーラとかいう父親がクレストの行動に呆れたような、驚いたような、何とも言えん様子で聞いてきた。

 勘違いを正してやらんといかんのぉ。


「いや、そんなに偉くはないぞ。今は普通の…いゃ普通とは言えんが、まぁ一般人…民間人扱いじゃ。

 単に儂がアイツを出来の悪い、優秀な息子のように思っとるだけじゃ」

「…出来の悪い優秀な?」

「性格も良く腕も立つが、考えられん程の非常識さじゃ。

 その非常識が国の役に立っとるのが愉快なんじゃよ。

 他の者があんなクチを聞けば、二度と儂の前に出られんように躾けてやるぞ」

「躾けられなくとも普通に会いたくないかと…」


 おかしい…何故儂を避けようとするのじゃ?

 儂みたいな善良な騎士を避ける理由など無い筈じゃがな。


「とりあえず、あの人からは目が離せないと言う事ですね?」

「まこと、良くも悪くもその通りよ。

 さて、ボチボチ休憩は終わりにしてリミエンに向かうかとするかの。

 ここから半日程の距離じゃ、今日中に到着するぞ」


 子供も何人か居るから、少し遅くなるじゃろう。最寄りの村で荷馬車でもレンタルするか。

 費用はクレストが置いていった金貨を使えば良い。

 とは言え金貨十枚をポンと置いていくとは民間人とは思えん非常識な…ん? そう言えば、あの妖精?が金貨を出しておったな。

 アレは勇者のスキルが使えるのか?


 クレストも収納系スキル持ちじゃったが、魔力を無くすとスキルは発動せんようになる。

 あの妖精を仲間に加えられたのはアイツにとって幸運以外の何ものでもないじゃろう。


 ルッコーラはクレストはやっぱり非常識だったのか、と納得しながら仲間達の方へと歩いて行くと、『クレストは民間人だけど、やっぱり普通ではないだけなんだ』と説明していた。

 それで仲間達も納得しとるんじゃから、全く不憫な奴じゃよ。


 そのルッコーラの息子が儂の目の前を走って行きおった。クレストが保護したロイと年齢は同じぐらいか。

 儂の歳じゃと孫みたいな年頃じゃな。


「そこのボウズ、疲れたらおぶってやるから遠慮なく申せよ」


 極上の笑顔を見せてそう言ってやると、突然泣きだしたのは何故じゃ?

 儂に子供の相手をするなと陰の者達からも何度か忠告されたのはこう言うことか。

 ひょっとしたら儂は子供に嫌われる不遇スキル持ちなのかも知れぬ。


 少々落ち込みながら、その付き従う陰の者にハンドサインで儂らがリミエンに向かっておる事を報告に向かわせた。

 これだけの人数じゃと領主館ぐらいしか収容出来んじゃろう。予約もなく高級旅館にコイツらを連れていっても恐らく門前払いを食らうじゃろうからな。

 それに何軒かの宿に分散して宿泊させるより、一ヶ所に集めておく方が面倒を見るのもラクじゃろう。


 リミエン伯爵に事前に連絡なく連れて行っても先方が迷惑するだけじゃ。

 陰の者ならすぐにクレストを追い抜いて、リミエンまで一時間程で到着出来る。それから四時間もあれば、兵舎でもどこでも、この集団の宿泊準備が調う筈じゃ。


 クレストの金は世話をする者の日当と食材費に使わせてもらうが、何日ぐらい三十人を食わせていけるかの?

 一ヶ月は保っても二ヶ月は保たんじゃろうから、早めにコイツらの住居と仕事を用意せねばならんが、果たしてリミエンにあるのかのぉ?


 そうそう、さっき聞きはせんかったがクレストは魔力を無くしておった。以前は突き刺さるような魔力を放っておったと言うのに。

 恐らくダンジョンかキリアスかでそれだけヤバイ事態に巻き込まれたと言うことじゃろう。

 後で何があったのか詳しく聞いてみんといかんな。リミエンでクレストに会えなんだら、ダンジョンまで行ってみるか。


 そのダンジョンには千五百人もが暮らす予定らしいが、良くまぁ受け入れを決断したもんじゃ。

 普通なら先に役人に連絡するのが当たり前と言うもの。人道支援とは言え、ただの民間人が判断して良いものではない。


 経済的にそんな人数を養うような余裕はリミエンには無い筈じゃからな。恐らく国内数ヵ所に分散させることになるじゃろう。

 一番良いのはクレストが素直に領地を貰ってて全員連れて移動することじゃ。それなら国庫からそれなりの資金が供出されるからの。


 しかしクレストは魔力は無くしても、あの妖精のような生き物を仲間に加えて以前と変わらぬ無茶苦茶ぶりじゃよ。

 呼吸の五つ程で五メトルの階段を作り上げるなど、魔法師ギルドの長老達でも出来るかどうか怪しいからのぉ。


 クレストをパパと呼ぶ程慕っておったが、あのような生き物は見たことも聞いたことも無い。

 妖精は伝説や空想上の生き物だと思っておったが、アルジェンとやらは本物の妖精なのかのぉ?

 あんな生き物を連れておれば、クレストがよく言う『目立つつもりは無い』が根底から崩れるとアイツは分かっておるのか?

 利口に見えて案外抜けたところがあるから、分かって無いかも知れんわい。

 


 話は変わって、クレストがダンジョンに取り残された後の話だ。

 グレンノード皇帝の攻撃直前に転送ゲートに飛び込んだルーファスがスポンとリミエン側のダンジョンに抜け出た直後、突然転送ゲートが一瞬強く輝き音もなく霧散した。


「ルーファス! 転送ゲートが消えたぞ!」


 先にリミエンのダンジョンに戻っていたフリットジークが、背中を向いていたルーファスに慌てて叫んだ。

 振り返ったルーファスが転送ゲートの消えた空間を目にして、力無く膝を付いた。


「嘘だろ…バカ皇帝の魔法で壊れたのか?

 あの野郎、大将を帰すつもりが無かったに違いない…マズイぞ、これは」


 立ち上がると自分が通ってきた筈の空間に手を伸ばしたルーファスだが、その手にはゆらゆらと散っていく転送ゲートの残滓を僅かに掴むだけだった。


「大将でもサシでアレには勝てると思えねえぞ…生きてると信じたいが」


 悲痛な面持ちを浮かべるフリットジークが崩れ落ちそうになるルーファスを支える。

 ベル、ルケイド、ラビィも不安そうに転送ゲートのあった場所に来て、為す術も無く立ち尽くす。


「ダンジョン管理者にお願いして、転送ゲートを繋げてもらうことは出来ないだろうか?」


 暫くお通夜のような空気が漂ったが、いち早く先の行動を考え始めていたベルがラビィを抱き上げてそう質問する。

 知らない者が見れば、真面目な顔して何を馬鹿なことをやっているのかと笑うだろう。


「ベルはん、転送ゲート開けるにゃ莫大な魔力が必要な筈やと思うで。

 このダンジョンにはそれだけの魔力が残ってないんや。無理やろ」


 既にこのダンジョンの中で喋る熊に驚く者はもう居ない。

 愛らしい子熊に見えるが、クレストから貰った首輪にストックした魔力を使えば巨大な斧を持つ熊人間に変身するのだが。


「それにダンジョン管理者が僕らの言うことを聞いてくれるかどうかも分からないし。

 クレスト兄とアルジェンが居れば話は出来るかも知れないけど、その二人が向こうに居るんだし。

 クレスト兄は絶対無事だよ。うん、あの人は普通じゃないんだから」


 ダンジョンの最奥にある泉の上で回り続けるダンジョン管理者から産まれたのがアルジェンであり、ダンジョン管理者となった魔界蟲と意思疎通が可能の唯一の存在なのだ。


 狭いダンジョンの中ではそれ程高火力の魔法は使えない筈。そうなると剣の勝負になる。

 アイアンゴーレムをバターのように切り裂ける光剣を持つクレストなら、人間相手には簡単には負けないだろうとルケイドは気楽に考えようと努めていた。


「そうだね、僕らに出来るのはクレスト君を信じて帰りを待つことだ。

 彼が帰って来たときにここが荒れているようだと失望されるよ。

 少し寝て、また頑張らないとね」

とベルもルケイドに同調するように明るい方向に考えることにした。


「そやな。あのあんちゃんならヒョコッと戻ってくるやろ。戦闘能力はバケもん級なんやからな。

 あんちゃん帰ってくるまで、わいらも寝て飯食って働くで」


 ベルとラビィはそう言うとアクビをしながらタイニーハウスに足を向けた。その後をルケイドが追って走る。


「総隊長、俺らも休もう。ここでグダグダしてても状況は変わらん」


 責任を感じているルーファスを気遣った二人と一匹を見送ると、フリットジークが無理矢理ルーファスを宿舎代わりのテントへと連れて行く。


 暫くの間はこのダンジョンで千五百人が暮らしていかねばならないのだ。

 クレストが居ない今、残されたメンバーだけでここを人の住める場所に作り変えていくのは相当な重労働だ。

 少しでも疲れた体を癒す為に無理にでも休まなければ…と一向に訪れない眠気を抑えるのに苦労するルーファス達だった。

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