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第3話 こんばんわっ、パパとママ!

 『アイテムボックス』から吐き出された数々のお宝の山の整理に取り掛かって早くも半日。


 踊り子の衣装に着替えた『紅のマーメイド』が手拍子で踊る即席のショーを披露したり、戦槌を使って鉄球を打つゲートボールなど途中でレクレーションを挟んだりとノンビリ作業を進めて夕方を迎える。


 ダンジョン内部でも灯り石のお陰で地上同様に一日のリズムがある。

 これがこのダンジョンを作った世界樹が意図的に用意したのであれば、侵入者に対して殺意が無いと言う意思表示なのか、それとも何か別の思惑があるのか。


 人ならざる存在の考えなど察するのは不可能であるが、俺達からすれば生活リズムを維持することが出来る上、四六時中灯りを用意する必要が無くなるのだから、何とも有難い計らいと言える。


 その灯り石が夕方を報せば、世界樹の前の広場で今日の野営を行う。

 ここはまだ俺がダンジョン管理者だった時に平らに整備しておいたので、タイニーハウスを置くのもラクラクだった。


 馬車から切り離したタイニーハウスは車輪が付いているので二人で押せば前後方向に簡単に移動が出来る。

 簡単とは言ってもクルクル回転するキャスターのような車輪ではないので、左右方向への移動は不可能。

 予め設置位置を決めておき、馬を上手く誘導して近い位置まで牽引させる必要はある。


 カラバッサはキャンピングカー本体をイメージして設計したので前輪の舵が利くのだが、タイニーハウスは牽引されて動くトレーラータイプなので単体では舵が利かない不便さはある。


 重量増とコストアップに目を瞑るのならキャスターの設置も可能だが、馬の負担を考えてその装備は見送ったのだ。


 だがそもそも論として、この場にタイニーハウスがあること自体が普通ではない。

 その事を忘れて設置がどうのこうのと考えるのは、まだ俺の頭が『アイテムボックス』を使えていた頃から切り替わっていないと言うことだろう。


 これからは魔力でのゴリ押しも便利アイテムでのゴリ押しも出来ないし、治療や敵の探索さえ儘ならないのだ。


 その敵に関して言えば、俺がダンジョン管理者を務めていた間にこの近辺から魔物を排除しておいたので、夜間に襲われることはない。

 次のダンジョン管理者としてバトンを渡した魔界蟲が魔物の配置を変更していなければ、であるが。


 ペット的存在ながら、今まで俺の目となり耳となって助けてくれたスライム達は、三匹とも馬車の中で待機していた。

 もっともそれが次の指令が来るまでの待機だったのか、それとも単にお休みモードに入っていただけなのかは分からない。


 スライム達は魔力の無くなった俺を前にオロオロする様子を見せる。

 姿形は全く変わっていないのに、今まで感じていた魔力が全く感じられなくなったのだから、戸惑うのは当然かも。


 だがそうだとしたら、この子達は目で対象を見る能力だけでなく、記憶力を持つことになる。

 片手に乗るぐらいの大きさで、見た目は水晶のよう。ポヨンと弾力のある体は水饅頭か葛餅みたいなのに。


 それでもストレージベストのポケットに入れてやると、いつもの居場所と変わらない居心地に安心したのか大人しくしてくれた。

 これが駄々っ子のようにイヤイヤされたらショックを受けたかも。


 人間より先にスライム達に夕食を与える。

 と言っても倒した魔物の上に乗せてやるだけだ。こうしておけば跡形残さず処分してくれるので後片付けも必要ない。


 その魔物だが、『魔熊の森』で魔法の訓練中に倒した千体近くの魔物の中で、比較的損傷の少ない物を何かに使えるだろうと収納しておいたものだ。

 実際に何体あるのか数えていないが、とんでもない量の魔物が積み上げられていた。


 魔物に流れていた魔力が防腐効果を持つので魔物の遺体はすぐには腐らないとは言え、出しっ放しにしておけば徐々に劣化は進んでいく筈。欲しい素材は早めに回収するのが良いだろう。


 中にはスオーリー副団長が持って帰ったカマキリのような稀少な魔物も含まれていたらしく、ベルさんとエマさんが価値の高い素材を選んでマジックバッグと『タンスにドンドン』に収納していた。

 マジックバッグは入れられるサイズがバッグのクチの大きさなので、一番大きそうなバッグを選んだそうだ。


 『タンスにドンドン』はサイズに関してはマジックバッグより融通が利くのだが、限界が分からないので入れる物は厳選するようだ。

 ちなみにここに来るまではベルさんにも『タンスにドンドン』の存在は明かしていなかったので、彼を大いに驚かせることになったが気にしない。


「今更ながら、自分の非常識さが恨めしい」


 収納するのを諦め、この場に放置していくことに決めた魔物の数々を眺めながらそうぼやく。

 次にここに来た時には、恐らくこの魔物の山は消え去っていることだろう。捨てるぐらいならもっと早く食肉にでも加工しておけば良かったのに。

 自分達で食べ切れないなら、スラム街に住む人達の救済に使えば良かったと後悔している。


 俺のボヤキが耳に入ったのか、

「その非常識さに甘えきっていた私達も良くないのよね。

 便利さに負けてクレストさんの行動を止めなかったし」

とエマさんが寄ってきて少し反省の弁を述べる。


 人は一度得た便利さを手放したり、生活レベルを落とすのは簡単ではないんだよね。

 だけど魔力の無い俺は普通の人間…地球に住んでいたときと同じと考えて良いだろう。


 これからは駆け出し冒険者のように慎ましく生き、地味な依頼を地道にこなしていくだけになるだろう。

 魔力を持つこの世界の人より劣ると言っても良いのだから。


 でも、これでやっと『目立たないよう生きていく』と言う当初の目標が達成出来るのだと思う。

 魔力が無ければ強化系スキルも使えない。

 今までのように素手で格上の冒険者を相手にして圧倒するような真似は出来ないのだ。


 町中での依頼なんてやったことも無い。これからはそんなお手伝い系の依頼をしながら、住民との交流を深めて行こう。


 外に出したテーブル…出したと言うか、あのお宝の山から動かしてきた、ちょうど良いサイズのテーブルに夕食が並べられていくのをボンヤリと見ながらそう決意を固める。


 準備が終わり、皆が席に座った少し後。

 甘さ控え目の温かいパンケーキをパクリとした時だ。


 テーブルをグルリと一周、金色の光の粒子が舞い散った。


「何っ?」

「光の粒…綺麗」


 ランタンの灯りを乱反射させ、俄にテーブルの上が明るく照明で照らされたステージのようになる。


 その光の粒は右に行ったり左に寄ったり、集合する密度を変える様は、何かの意思がそこに存在しているように思える。

 だがここはダンジョン内部。どんな非日常的な出来事が起きても不思議ではない。

 食事の手を止め、暫くその幻想的な景色を皆で楽しませてもらう。


 ダンジョンに吹く風が世界樹の葉を揺らし、サワサワと葉の擦れ合う心地良い音が耳に入る。

 それと時を同じくして、無数の光の粒子がテーブルの中央で竜巻のように渦を巻き始める。


 徐々に光が強く発し始め、目に悪そうだなと思ったところで案の定一点に集中した光る粒子が弾け飛んだ。


 視力が回復した俺がそこに見付けたのは、銀色の魔界蟲に跨がり右手を前に突き出すポーズを決めた、美少女のフィギュアだった。

 黒いゴスロリ風の衣装に銀色の髪。

 感染症対策か口元はウレタン製ぽいお洒落なマスク。


 皿が沢山乗ってるテーブルの上にあるぐらいだから、それ程大きくはない。


「何この子っ! 可愛いッ!」


 一番に反応を示したのはエマさんだった。

 エマさんがそっと手を出すと、フィギュアだと思っていた美少女が魔界蟲から飛び降りてエマさんの手に跳び乗った。


「クスクス、ママ! はじめましてっ!

 こんばんわっ!」


 これは手乗りの妖精か?

 身長二十センチあるかどうか。驚きながらも反対の手でその美少女を撫でるエマさんがうっとりとしている。


 乗り物扱いされていた、直径一センチ程の魔界蟲だが、ゆっくりと圧縮されて小さくなっていくと果物などを突き刺すのに使うピックのような銀色の剣に姿を変えていき、美少女の腰へとフラフラと飛んでいく。


 一頻り撫でられて満足したのか、俺を見ると

「パパも撫でて!」

とパタパタと飛んできた。

 揚羽蝶のような美しい羽を背中に生やして必死な様子がとても微笑ましい。


 そっと差し出した手に着地し、ぺこりとお辞儀をすると綺麗な羽を収納する。

 どうやら物理的な羽ではなく、魔力で生み出したもののようだ。

 背中側を見ても何処にも羽の痕跡は無い。


「その子は妖精?

 妖精にしては人に馴れすぎだし。

 伝承の中にも該当するような存在は見当たらないのだが」


 ベルさんはどうやら頭の中のデータベースにアクセスして、この不思議な美少女の正体を探っていたようだ。


 妖精…この世界の七不思議の一つとも言われている、とても貴重な魔物である。

 その姿は見る人によって違うそうだ。

 片手に乗る蝶のようだとも、トンボのような羽根を持つとも言われていて、真の姿は謎に包まれているらしい。


 顔の前で横に向けたピースサイン、所謂横ピースでカメラ目線を決める美少女…カメラ機能を持つ魔道具もお宝の中にあったのだが、昔の写真館にあったような頭から布を被って撮影するタイプのカメラだったので、気軽には使えない。

 その時代の人も召喚されていたのだろうか。そう言うのもレトロ感があって嫌いではない。


「パパっ! ノリが悪いよ!」

と言って頬を膨らませる謎の美少女だが、少し冷静になったところで気になっている質問をする。


「ノリの悪さはいずれ善処するから。

 それより先に教えてくれ。

 どうして俺がパパで、エマさんがママなんだ?」


 そう呼ぶのはロイとルーチェだけで十分だ。しかも人の姿とは言え魔物にそう呼ばる謂われは無い。


「だってパパとママが合体したから出来たんだもん」

「いつの間にっ!?」

「おめでとうございます?」

「私らが死ぬ思いで修行してたというのに」

「さすがクレたん。外道だわ」


 いや、どう考えてもこんな子供が産まれる訳無いだろっ!

 そこ、結構重要なポイントだよねっ!

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