第55話 閲見と気絶
俺の中に骸骨さんが居るってことがバレていた。
二百年以上前に無くなった骸骨さんを知ってるって、人間にはどう考えても無理だよな。
鋼鉄王は魔族らしいから、他にも骸骨さんと同じ時代を生きた魔族が居てもおかしくはないのか。
魔族の寿命は結構バラツキがあるけど、長い人なら四百年とか生きるそうだし。
「骸骨さん…魔王セラドリックは中々出て来ないよ。
出てくるのは俺の命の危機になった時ぐらいなんだ。
だから変われと言われても」
鋼鉄王の娘だと言う女性が呆れた顔をする。
「寝ぼけてる?
アンタを半殺しにすればセラドリック様が出てくるのなら、当然そうするに決まってるだろっ!」
「マジかよ? 風呂場でヤルのはやめとこうよ」
「初対面でソープランドプレイ希望って、何処の風俗通いのボンボンよ?
アンタ相当溜まってる?」
「そのヤルじゃない!
戦うって意味!」
この人、相手にし辛いよ!
切角お風呂に入って良い気持ちになったのに、逆にささくれ立つじゃないか。
「お風呂でのんびりしてると、鋼鉄王様を待たせてしまうから出るよ」
「…仕方ないわね」
不承不承と言った面持ちで従う召し使い…ではなく娘さんの先に湯船から上がり、
「そこだけは立派なのね」
と余計な一言を戴いた。
浴室の外でフローラさんが待機していたようで、すぐに召し使いを柄って体を拭いてくれた。
衣装もあの怖い壮年の人のと同じ物…デザインが全部同じなのだから当然だ…を着付けしてくれた。
頭をかなり大きなハンドドライヤーで乾かして筋トレする召し使いさん達…これなら固定式のドライヤーで良い気がする。
「はい、準備が調いましたので閲見の間にお連れ致します。
ラサベラ様のことは事故だと思って下さい」
さっきの娘さんがラサベラさんだね?
事故って言っても、アンタら確信犯でやってんだろ?
慣れない衣装にぎこちなく廊下を歩き、やたらデカい扉の前に到着した。
「作法とかは?」
普通、王に閲見するなら頭を上げるタイミングとか色々あるように描写されているので聞いてみた。
「そんなの無駄だとデュークアード様が仰るので。
儀式の時には、それ用の面倒くさいのがありますし」
随分はっちゃけてる王様だなぁ。
ドアが開けられて中に入ると、意外と多くの人が左右に列を作って待機していた。
そして一段上がって正面に、随分と大柄な男性が座っている。
でも体が大きいだけだと怖いって思えないのは、俺も随分こちらの空気に毒されたってことなんだろう。
「会話は聞かせて貰った。
魔王セラドリック様の憑依者としては、余りの甘さに歯が溶けそうになったぞ」
ココって体育会系なのかな?
「クレストとやら。本当にお主の意志ではセラドリック様は出て来ぬのだな?」
椅子から身を乗りだすようにしてそう聞くデュークアード様に、
「はい。残念ながら私が呼び掛けても返事はございません。
ですが内側から外の様子を見ているようで、面白そうなことや腹が立つことがあったり、私の命の危機になった場面で骸骨さん…セラドリック様が出てきます」
「では、グレンの馬鹿と遣り合ったのは?」
「ええ、私です。
彼の家来になるのを断って逃げたのですが、せきね…グレンはあの関に瞬間移動してきたようでした」
フゥムと腕を組み、それから長い髭に手をやりながら暫くして、
「魔力を無くす前には余程の実力があったと言うことか。
あのキチガイ、炎の攻撃だけはピカイチだからな」
「あ、鋼鉄王様もアイツをキチガイ呼びされるのですね!」
意外な共通点に親近感を覚え、つい勝手に発言してしまった。
「勝手な発言は慎むように」
と神経質そうなお爺さんから忠告を受けるのはファンタジー世界のデフォルトか。
「構わんぞ。儂を前にリラックスしておるようで何よりじゃないか。
うむ、セラドリック様に交代して貰おうと思っていたが、お主にも興味が沸いた。
セラドリック様がどうやってお主に憑依したのか、聞かせて貰えぬか?」
なる程、鋼鉄王様はそれを聞きたくて俺をここに招いたってことか。
それならパンイチ連行した隊長とレイチェさんが殴られるのも納得だ。
「少々長くなります。
それに俺の信じられないような出生についての話になりますが、大丈夫でしょうか?」
「信じる、信じないは聞いた者が判断する。
お主は嘘を言わずに喋れば良い。
嘘を言ったら分かる魔道具があるが、使ってみるか?
使えば廃人確実じゃから、捕虜にしか使わんのだが」
「怖えよ! 嘘は付かないから、普通に喋らせて!」
俺の口の利き方にゴホンと言えば…のゴホンで注意する神経質そうなお爺さん。
「ラウド爺、細かいことは気にするな、馬鹿チコ馬鹿チコだぞ」
…まさかココでも勇者が伝えたしょうも無いネタかよ…。
「では、私がスライムに転生した下りからお話し致します」
「はあっ?! ちょい待て、何の冗談だ? 舐めトンの?」
「だから! 信じられないような出生って言ったでしょ!
俺だってスライムなんかに産まれてビックリポンなんだから!」
シャキーンと誰かが剣を抜く音を立てる。
「待て、ボードン。そのスライムの話を聞かせて貰おうではないか。
王にどのような話をするのか、楽しんでくれ」
ボードンと呼ばれたのは、あの鉄拳制裁万歳の壮年だった。気が短いのはカルシウム不足が原因か?
「嘘は言いませんから。
俺だって自分で体験しなければ信じられない話なんですから。
でもセラドリック様を御存知と言う事なので、それなら俺にもセラドリック様の事を教えてくだされば…あ…」
そこで急に俺は意識を失った。
◇
「…またかよ…」
目が覚めると、天蓋付きのベッドに寝かされていた。
恐らく骸骨さんが俺に過去を知られたくなくて出てきたに違いない。
だがそのお陰で話しがスムーズに進んだ?のだろう。少なくとも地下牢とかに閉じ込められた訳ではないし。
ベッドの脇に呼び鈴が置いてあったので、チリンと鳴らす。
「ハーイ、なのです!」
返事をしたのはアルジェンだった。メイドさんがドアを開けると、そのメイドさんの肩にアルジェンが乗っていた。
「呼ばれて飛び出てニャニャニャニャーン!なのです!
パンイチパパ! 早く会いたかったのです!」
いつもより早いパタパタで俺にぶつかり「アタッ!」と悲鳴をあげるが、まあアルジェンらしいから許そうか。
『僕も居るよ』
とゆっくり飛んでくるドランさんは子供なのに大人だね。
「お話しは全部骸骨さんがしてくれたのです。
パパは刺身の妻なのです」
「そうかも知れないけど。もう少し言い方があるだろ?」
「気にしてはいけないのです!
で、起きたら晩御飯なのです! 食べずに待ってたのです!
どれだけ早く起きて欲しかったか知って欲しいのです!」
「えーと…俺の心配はしてないよね?」
「そんな要素は必要無いのです!」
アルジェンと俺の会話にメイドさんが笑い声を立ててクチを押さえた。気にしなくて良いのにね。
「それにしても…また気を失ったな。
前はそんな事無かったのにさ」
「魔力が無くなったから、スイッチするのが難しくなったのだと思うのです」
「それかなぁ…ま、気にしても仕方ないか」
敢えて骸骨さんがそうしているのか、それとも俺の体に原因があるのかは分からないが、骸骨さんが出てきた時に起きた出来事が分からないのは微妙に困る。
「そう言えば、二人はどうやってここまで来たの?」
「それは…後で機会があれば教えるのです」
メイドさんが居るから話せないのか。
光学魔法で隠蔽?
俺がバンパイアのノラに使った魔法だと昼間にしか使えないから、別の方法かな。
ま、魔界蟲やドラゴンには隠し球の一つや二つはあってもおかしくないか。
部屋を移動して、食事の最中に鋼鉄王様がわざわざ御礼を述べに来てくれた。
余程骸骨さんと話せて嬉しかったのだろう。
どこから見ても、ちょーご機嫌!で、デカい体なのに威厳も何も無い。
「クレスト君にはずっとここに居て貰いたいのだが。それはセラドリック様も望まぬ事。
故に儂はキリアスを統一し、いつでもコンラッドと行き来できるようにすることにしたぞ」
それはどうだろう。下手に動くのは却って鋼鉄王様が破滅に向かう気がするのだが。
だが、正直に言っても聞いて貰えないのは分かっているからクチには出さない。俺は空気の読める人間なのだから。
「モグモグ…キリアスは広いのです。
四方から狙われるこの土地を切り盛りしているだけでも鋼鉄王は凄いのです。
西のキチガイは本気のパパでもヤバイのに、アレに勝てるのは異次元なのです。
あんなのが四人も居て、キリアス統一を図るのはかなり厳しいと思うのです」
俺が言わなかった事を、クチの周りをトマトソースで真っ赤にしながら言いやがったよ。
『キリアスにはダンジョンが多いから、どんな隠し球が出てくるか。
グレンノード皇帝はアイアンゴーレムを鋼鉄王様にぶつけて領土を切り取る予定でした。
他の王達も何か企んでいると思わないと、足元をひっくり返される恐れがあります』
メイドさんにカットした果物を食べさせてもらっているドランさんも、ダンジョン管理者代理としての立場から意見を述べると、鋼鉄王様の後ろに控えるボードンさんが顔を引き攣らせた。
「やはり、ダンジョンは厄介なものだな。
ここでは食料や資源は豊富に採取可能だが、新しい兵器は我らの管理するダンジョンからはもたらされておらぬ。
そのアイアンゴーレムとやらは、どうなったのだ?」
「パパがバッサリやったのです!」
『予定が狂ってグレンノード皇帝はかなり混乱しているでしょう。
アイアンゴーレムの代わりとなる戦力としてクレストさんを欲していましたから』
俺はアイツに仕えるつもりは無いからね。
言うことを聞かなければ薬で操ろうとするだろうし。
「儂でもキリアス統一は難しいか?」
「モグモグモグ…敵を過小評価するのは良く無いのです。
勢いだけでは勝てる敵にも勝てない時があるのです。
やるなら徹底的に敵を知ることから始めるべきなのです!
鋼鉄王ならそれが出来るのです」
『敵お尻、己はシルバー、百年危うからずと過去の勇者が言ったように、何がどう関連してくるか分からない世の中ですからね』
それはちょっと無理やりな解釈だろ?
それにどういう覚え方をしたら孫子の明言がそう言う変化するんだよ?
やるならもう少しまともな奴を召喚してくれよなぁ…。どうも勇者って頭のイカレタ奴が多いんだよね。伝えた言葉も所々で間違ってるし…。




