第54話 連行からの…
鋼鉄王の城のある町へと続く道を歩いていると、軍馬に乗った軍隊と遭遇した。
指揮官はスオーリー副団長の劣化版と評すると、意外と何とかなるんじゃないかと思えてくる。
「濃紺の髪で魔力無し。
ニジェラ、アードから報告があったのはお前だな」
やはり通信系の魔道具で報告されていたか。
不審者感を丸出しだもんな。
「アードを出たのは一時間程前の筈。
余程急いでいるのだな」
特に害意は無さそうな話し方に感じるが、演技の可能性もある。油断は禁物か。
「グレンの所で何か起こしたのはお前か?
グレンから逃げる為に慌てて飛んで関を越えたと言う話をニジェラでしたようだが。
確かに魔力は無いが、飛行出来るマジックアイテムを所有しているのか?」
そんな便利なマジックアイテムがあるなら、言い値で買ってやるよ。
恐らく大銀貨一万枚とか必要だと思うけど。
「あの…関を飛んで越えたのは事実だと思うのですが…正直、気が動転してて良く分からないのです。
気が付いた時には森の中に居て、魔力も全然無くなっていて。それで頑張って走って来たんです。コンラッドに家族が居るので」
「まずギルドカードを見せて貰おうか」
馬から降りずにそう指示を出されたので、立ち上がってリュックから冒険者ギルドの銀貨級のカードを渡す。
本来は昇格時にカードを返却するのだが、ライエルさんが銀貨級のカードを持たせたままにしてくれているのだ。無闇に大銀貨級とアピールするなと言う意味なのだろう。
銀貨級と大銀貨級では戦闘能力に大きな差があるから、弱く思わせるにはこのカードは好都合だ。
それに大銀貨級のカードと商業ギルドのカードはアルジェンに収納して貰っている。それなら無くすことも無いからね。
「銀貨級の格闘家か。その若さで格闘家で銀貨級とは、随分と無駄な努力をしたのだな。
レイチェ! この男の魔道診断をしろ!」
「はっ!」
指示を受けて俺の前に出てきたのは、魔道具らしき物を持った若い女性だった。見た目は…ワイルド系だと言っておこう。
金属探知機のような大きな虫眼鏡で俺の全身を検査し、
「へぇー、魔力回路がズタズタですよ。
これでは魔法も強化スキルも使えません」
虫眼鏡みたいな道具を胯間に翳したままニヤニヤするレイチェさん。そこに翳し続ける意味はあるのかな?
「次に持ち物を調べろ。
その辺に隠してあるかも知れん。手分けして探査魔法を使え」
服を脱がされ、パンイチにしてから嬉しそうに俺の全身隈無くボディチェックし、ここまでやるとセクハラで訴えても良いってレベルのマッサージ付きボディチェックを受ける。
別の騎士が服とリュックをひっくり返してお金や食べ物をバラバラと地面に落とし、乱暴に引っ張って隠した物が無いかをチェックする。
「体には無いみたい。後でベッドで調べなきゃ」
「持ち物に不審な物はありません」
「周囲に魔道具の反応無し」
服を脱がしてのボディチェックって何よ?
コッチにはそう言う手法があるってことか?
実は左手が銃でした!みたいな人が過去に居たのかもね。
戦争が続けば手脚を無くす人も多いから、義手義足が発達しててもおかしくないし。
それに魔道具の技術が加われば、フルメタルなアルケミストみたいなのだって不可能ではないのかも。
今のところ、動く鎧の人は見てないけどね。
「…本当に脚一つでか。ご苦労なことだな」
同情、哀れみ、優越感…それらが混じったような目付きで俺を見下ろす指揮官だが、
「だからと言って無許可で関を越えるなど言語道断!
スパイの可能性は捨てきれん!
引っ捕らえろ!」
俺を取り囲むように軍馬に乗った騎士が動き、剣で威嚇する。これってどう動くのが正解なんだ?
捕らえろってことだから、いきなり殺される訳じゃないから大人しくしてるのが正解かな?
問題はアルジェンとドランさんとのコミュニケーションだ。
『ドランさん、声に出さなくても会話は出来る?』
声に出さずにそう問い掛けてみると、少しの時間差はあったものの、
『聞こえました。僕の声も聞こえますか?』
と応答があった。
『良かった、聞こえる。
俺は大人しく捕まっておくから、後で助けに来てくれる?』
『勿論です!』
声からドランさんが力強く頷く様子が想像出来る。
それにしても、ドランさんもアルジェンも良く探査に引っ掛からなかったな。魔力を遮断する方法があるってことかもな。
アルジェンはそう言うテレパシー的な通信能力は持っていないと言っていたので、ドランさんを介しての会話になる。
アホな通訳をさせられるドランさんに同情…。
余計なことを考えていると顔に出るから、それ以上考えるのはやめておこう。
「レイチェ! 馬に乗せてやれ!」
「了解っ!」
「それはやめてっ!」
黙って連行されるつもりが、肉食系アマゾネスのレイチェさんの馬に同乗させられると聞くとつい抵抗してしまった。
それを聞いてニヤリと笑みを浮かべた指揮官には、いつか泣かしてやるからなと出来もしない誓いを心に刻む。
そして抵抗虚しくワイルド系のレイチェさんが操る馬に乗せられ、散々弄られながら…主に物理的に…約二時間。
城下町に到着した頃には俺の心はセクハラと言う拷問によりボロボロになっていた…。
何処の世界に捕虜?の連行中にキスマークを付ける奴がいるんだよ。ショックでお婿に行けなくなったら訴えてやるぞ。
連行される先は城門脇の衛兵さん達が詰めている所かと思っていると、意外にも馬はズンズンと城下町を進んで行く。
ちなみに相変わらずのパンイチスタイルだ。ブーメランパンツみたいに攻めた下着じゃなくて、割とごつめのしっかりしたパンツを履いてて良かったよ。
それにしても、もう日は沈んで晩御飯の時間だと言うのに、この人達は真面目だな…そう言うとこは、適当にやってるリミエンの衛兵隊長を見習えよ。
そして跳ね橋を渡ってお城の敷地内へと入った所で置くから別の部隊と交代らしく、やっとセクハラ地獄から解放された。
名残惜しげにパンツの上から何を撫でていくレイチェさんに、引き継ぎの部隊を指揮する壮年の男性の拳がいきなり飛んだ…言っとくけど、ロケット何とかじゃないからな。
「これはどう言うことだ?」
ここまで連行してきた部隊の指揮官に壮年の指揮官がそう問いただす。
「ニジェラの関を不法侵入してきた輩を連行してきたのでありますが、何か不都合がありますでしょうか?」
「あん? あるから聞いとるんだろうが!
この大たわけっ!」
レイチェさんに続き、指揮官までロケット何とかじゃないパンチの餌食となり、場には恐怖に凍り付いたような空気が漂う。
「フローラ、すまんが彼の衣装を整えて…その前に湯浴みをさせてやれ。
衣装は儂のクローゼットから似合いそうなのを適当に見繕え」
「了解しました」
指示を受けたのは、若くは無いが綺麗と言っても良い女性だった。
城の中の部隊は鎧ではなく、ゆったりした焦げ茶色の服を幅の広い帯のような物で巻いたシンプルな出で立ちだ。
「まあ、デザインはどれも変わらんがな!」
そう言うとガハハと豪快に笑い、
「後で閲見の間に来てくれ。
陛下がお待ちだ」
と言い放つとクルリと踵を返す。
良く状況が掴めないが、湯浴みをさせて貰えるとはVIP待遇なんじゃない?
そう扱われる理由が全然思い付かないのだが。
だが、この広々とした湯船に浸かり、背中を流してくれるサービス付きなのは有難いどころかレイチェさんに汚された心が綺麗に元通りに戻った気がする。
「入浴の作法を御存知ですのね。
コンラッドでもお風呂が普及しているのですか?」
バスタオル一枚でサービスしてくれた召し使いの女性が不思議そうに聞いてくる。
「いえ、コンラッドでもお風呂は贅沢な風習ですから、普及はしていませんよ。
ですが私はどうしても毎日お風呂に入りたい一心で、我が家にお風呂を設置しています」
「まあ! それは良いことです!
こちらでも湯浴みはそれ程普及しておりませんのよ。
お湯を沸かす手間と浴室の掃除がとても手間暇掛かりますから」
あ、そう言えばお風呂掃除はシエルさんに任せっきりか?
余計な手間を掛けされてるんだと全然気が付かなかったよ。
「メイドさんにはお湯張りから掃除までさせてたんだな。
帰ったらお給料アップしてあげなきゃ」
「ウフフ、優しいご主人様なのですね。
でもまだ二十歳そこそこなのでしょ?
御実家は子爵家でしょうか?」
「いえ、ウチは成り上がりの冒険者です。
たまたまお金を得る機会に恵まれまして、それで宿屋を一年かりようと思っていたら借家の方が安く済むと教えて貰いまして」
「では、借家暮らしでお風呂とメイドさんを?」
「いいえ、改築可能な一軒家をギルドから勧められまして。事故物件を安く譲って貰えたので、子供二人とメイドさん、家令と…それと居候が一人とで暮らしています。後は猫と子熊もね」
うっかりエマさんをカウントするのを忘れそうになって追加する。
早く帰って皆に会いたいな。
「結婚なされて? 奥様は?」
「子供はスラムから保護したんですよ。自分はまだ独身ですから」
「あら、随分気前が良いと言うか、立派なことをされたのですね」
「…半分は自己満足、残り半分は将来的に工場を任せようかと思ってのことです。
自分のエゴに巻き込んだだけかも知れませんが、慕ってくれているので保護して良かったと思っています」
お風呂に入って気が緩んだのか、自分のことをペラペラとまぁ…随分と喋ったけど、俺ってこんなにクチが軽かったかな?
それに召し使いの人がこんなにお喋りしてくるとはおかしくないか?
「クレスト様の大体の人柄は把握出来ました。
随分甘いお方のようです。
魔王を内に宿すと言うのに、これほど甘いとは予想外も良いところです」
「魔王…え? 分かるの?」
うそーん! どうしてその秘密がバレたんだよ!
鋼鉄王の領地に入ってから、骸骨さんとバトンタッチしてない…いや、バトンタッチして関を越えたんだ…。
「魔王セラドリック様の御意志を受け継いだお方が現れたと言う報告がありましてね。
デューク様がセラドリック様をお待ちです」
「聞くけど、俺には用は無いのね?」
「…器としての価値しか無いと思われますが。
良くそんな甘っちょろい考えでキリアスに来たものです」
「来たくて来たんじゃないよ。後で説明するけど。
で、貴方はただの召し使いではないのですよね?」
「…デュークアード王の娘の一人です。
歳は内緒で」
「聞きませんって!」
おいおい、鋼鉄王の娘になんてことさせてんだよ?
まさか裸を見たから結婚しろとか脅迫するんじゃないだろうな?
「で、私の体はどう思われます?
条件次第では好きになさって構いませんのよ、セラドリック様。
早く変わりなさい、この変態!」
…あのさぁ、勝手にお風呂に入ってきて何言ってんのよ?
俺、アンタの体は一度バスタオルの上から見ただけで全然見えてないからさ。ボリューム満点だったとか、そんな記憶は…まぁ置いとくか。




