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第52話 最初の町の奇跡

 関根さんとの戦闘は俺が意識を失った間に終わったらしく、今は鋼鉄王の領地を歩いている。

 歩くと言っても時速二十キロは出ている筈だからそれなりに早い。

 道なりに歩き続ければ必ず村や町に辿り着くわけで、領地の境から普通なら徒歩半日程の距離にある城砦都市が眼下に見えてきた。


 今は小高い丘の上に居て、その都市は川べりに沿って作られているのが一目で分かる。

 どことなくリミエンに近い作りに思える。


「まずはあの町に行ってみる。何も起きないことを祈ろうか」

「何も起きないことはないのがパパなのです。

 諦めて大人しくトラブれば良いのです」


 アルジェンに酷い言われようだが、確かにトラブルに巻き込まれることは多いと思う。

 問題はトラブルの方が勝手にやってくることだ。俺は普通に目立たないように暮らすつもりなのに。


 丘を駆け下り、城門前の短い行列に並ぶと直ぐに俺の番が来た。


「この町って、外国から来た人は入って大丈夫なのか?」

「外国から?

 おいおい、ここから反対側は馬鹿グレンの領地だぞ」


 呆れた顔で衛兵さんに笑われたが、まあ予想通りだな。


「そのグレンの所から出て来たばっかりなんだよ。ダンジョンのトラップに掛かって、コッチのダンジョンに飛ばされたんだ。

 ほら、これが俺のギルドカードだ」

「コンラッドのリミエンか?

 随分遠くからだな。そら災難だったな。

 で、本気でリミエンとやらに帰る途中か?」

「そうだ。家族が待っているから急いでるんだ」


 衛兵さんが丸太みたいな太い腕を組んで何か考えているようだ。


「ギルドカードが正常に作動しているってことは本人に間違いないのは分かる。

 が、お前の言っていることが本当なら関を二つ越えた筈。グレンの関と我がデューク軍の関だ」

「グレンの関で誰かが派手な戦闘を起こしたらしく、そのどさくさにうまく紛れてコッチに逃げてきたんだ。

 だけど運悪く火に包まれて、この通り袖が焼けちまったんだよ」


 俺じゃなくて架空の誰かに罪を擦り付けてやろうと思う。


「それは速報が届いているやつのことだな。

 恐らくグレンが脱走囚か何かを追い掛けてたんだろう。

 奴は馬鹿だが、強さは本物だからな。

 それで、コッチの関は?」

「すまん、空を飛んで越えた。とにかく急いで帰りたくてな」

「おいおい、無許可で通って来たのか?」

「だから謝ってんだ」

「ゴメンで済んだら衛兵は要らないぞ」


 そこは警察じゃないんだね…。


「知ってる。でも俺も相当気が動転してたからさ。とにかくグレンの馬鹿の攻撃に当たりたくない一心で必死だったんだ。

 お陰で魔法は暴走するわ、魔力切れを起こすわで大変だった」

「なるほどな。それでお前には魔力が無いのか。可哀想なこったな」


どうやらこの衛兵さん、相手の魔力が分かるみたいだ。話が早くて助かるよ。


「それでこれからずっと陸路でリミエンまで行くつもりか?」

「そのつもりだ。脚には自信があるから」

「我がデュークアード領を徒歩で抜けるなら…そうだな、早くても一週間は見ておけ。

 お前みたいな弱そうな奴は…居ても大して障害にはならんしな」

「弱そうで悪かったな。当たってるけど」


 意外にも通ってヨシとのことで、有難く通らせてもらうことにした。滞在許可証は一泊二日の簡易的な物だった。

 通行料はコンラッドの貨幣でも支払えたのだが、大銀貨五枚は多分ボッタクリと言うか、袖の下ってことだろう。


 その衛兵さんだが、旅をするならコンラッド貨幣ではなくキリアス貨幣に両替しておけとおれを両替商に連行するのだ。


 まさかリミエンに続いてキリアスでも両替商を使うことになるとは予想外だ。

 しかもちゃっかり渡した通行料をキリアス貨幣に交換させられたし。


 両替商を出て次に向かったのは、革ジャンの代わりを買う為の防具店だ。

 領地の境の町だからなのか、通りには兵士や傭兵の姿が多く見受けられる。

 それ以外はリミエンのメインストリートと大して差はなく、石造りの建物が多くてたまに木造家屋が混じっている感じだ。


 お上りさんの感じを丸出しにして道を歩き、防具のイラストの看板を見付けてそこに入る。


「デカイ」


 店内に入った瞬間、ルシエンさんのお店と比較して軽く五倍はあるなとびっくりしたが、ルシエンさんはオーダーメイド専門だったから狭くても当然なのだと思い直す。


 入口付近は重たそうな金属鎧が並んでいて、男の子なら見ているだけでも興奮するだろう。

 その隣が硬い革に金属の補強を付けたよく見るタイプの鎧で、更に隣が金属無しのハードレザーの革鎧だ。


「あれ? 革鎧は無いのか?」

とポツリと漏らすとそれが聞こえたのか、

「目の前のがそうだぞ。見えてないのか?」

と店主らしき男性が呆れたように言う。


「硬い革鎧じゃ無くて、俺が今着てるようなやつだよ」

「それは鎧じゃねえ!

 冷やかしなら出てけ!」


 店主らしき男性、激おこプンプン…なんで?


「余所は知らんが、ウチじゃそれは革服って呼んでんだよ。鋼鉄王様の領地なら、何処も同じだと思うがよ」

「はぁ、そうだったのか。すまなかった。

 俺、見た目の通り力が無くてさ、重たいのは着れないんだ。

 ちょっと訳ありで余所から流れて来たばっかりでな」


 所変われば…と言うやつだな。


「そう言う革の服なら対面の左側、三軒ばかり行った所に店があるから、そこに行って聞いてみな」

「親切にありがとう。そうするよ」

「よくそんなんで旅が出来たもんだ」


 用事は済んだと手を振る店主らしき男性と別れ、言われた通りの店に入ろうとして、そこでハタと足が止まる。


「ショーウィンドウだ。さすがだな」

と中に飾られた服では無くガラスに興味を持つのだった。何処から見ても不審人物だよ。


 綺麗なガラスを作る技術があると言うことは、鏡もある筈。

 これは期待が一気に高くなるが、ショーウィンドウに飾られているのは女性用下着を着たマネキン…通りすがりの子供に指をさされたよ。


 気を取り直して店に入ると、入って右側が女性向け、左側が男性向けに分けられいた。表のショーウィンドウもそうなっているのに今更気が付く。やっちまったな。


 まぁ、それは無かったことにして、男性向けの服にどんな物があるかを見てみると、化繊はないが見た目は現代の衣装とそう大きくは変わらない。

 が、やはりジッパーの付いた物は無い。召喚された奴ら、ちゃんとジッパーの形を伝えておけよな!

 それともやはり作るのが難しかったのか?

 

 その変わりにドットボタンは少数派だが使用されていたので安心した。

 俺があまりにもキョロキョロしていたのを不審に思ったのか、店員さんが寄ってきた。


「何かお探しで?」

「このジャンパーの変わりが欲しくて」

「…随分と季節感無視の革ジャンですね。暑くないですか?」

「これ、特殊な魔物の革を使ってるから暑くならないんだよ」

「…金持ちなんですね」


 悪かったな!

 …あ、別に悪口言われた訳じゃないのか。


「革はバッグや財布によく使いますが、ここじゃ服や鎧にはあまり使わないですよ。

 ここは鋼鉄王様の治める土地ですからね」

「じゃあ、この服の代わりになるものは無いのか」

「いえ、革は安いので…それなりの人が多く居る地域の店なら革の服もあると思います」

「革ジャンは貧乏な人向けか」

「防御力が無いですし、チンピラぽくなりますからね」


 確かにそうだけど、なんか釈然としない。自分のアイデンティティ全否定された感じ?

 とりあえず下着と普段着セットを購入し、着替えてから店を出る。いつまでも袖が変に無い革ジャンを着ているのもかっこ悪いからね。


『クレストさん、見張りが付いていますよ』

「見張り? 違うな、監視だよ」


 恐らく現在この町で一、二を争うぐらい俺は怪しいからね。監視を付けられて当然だろう。

 こうやってドランさんとは会話が出来るけど、アルジェンは人前に出すわけにはいかないのでずっとリュックの中だ。

 その内暴れ出さないかと心配だ。


「さてと。

 それなりの人が多い地域に行くか、それとも先を急ぐか、だけど。不本意ながら着替えたことだし、先を急ぐか」


 パパッと食べられるパンと飲み物以外には特にこの町で買うべき物は無いので、それらを買って次の町に向かうことにする。

 監視が張り付いていると分かっていて、落ち着いて過ごせる程俺は図太くないのだ。


 入った門と反対側の門を探して歩く約半時間。門を見付けたと思ったら兵士の群れがやって来た。


『グレン皇帝の領地の件で派遣されたのでは?』

とドランさん。

 通りを歩いていた人達は慌てて道を開けて両端にビシッと並ぶ。これ、大名行列か?


 目立たないように俺もその中に並んで一行が通り過ぎるのを待つ。

 約五分、ボケッと待つだけのイベントが終了してから門へと向かう。

 出る方では何も聞かれず、滞在許可証を返却しただけで門を出ることが出来た。


 お昼ご飯は道中でパンを食べることにして、最初の町はほぼトラブル無く脱出に成功した。

 監視も門から外には付いて来ないようだ。

 恐らくここから普通に歩けば徒歩で一日ぐらいの距離にそれなりの町がある筈。

 ドランさんが合体した俺なら二時間も歩けば到着するから、今日はその次の町まで行こうと思う。


「それにしても、よく監視だけで終わらせたな。普通なら捕まえとくと思うけど」


 俺みたいな不審人物を素通りさせるなんて逆に怪しいと思うのだが。


『あの町は、魔力の無い人は脅威にならないと考えていたのだと思います』

「ドランさんから見て、俺って他の人より弱い?」

『魔力だけで見ても、肉体的に見てもそう思います。

 スキルは外からでは分かりませんが、普通の強化系スキルの範疇では超人的な能力には達しないと判断されても不思議では無いですよ』


 そんなに弱いのか。

 喜ぶべきか、悲しむべきか、それが問題だ…。


『ですが、アルジェンや私が付いていくように、クレストさんのそばは居心地が良いので、これからも新しい仲間が増えるかも知れませんね』


 居心地が良いって言われると嬉しいね。

 で、付いてくるとはどう言うこと?


「ドランさんは、俺がキリアスを出たらダンジョン管理者の元に戻るんだよね?」

『いえ、そんな勿体ないことはしません。

 せっかく出られたので、シャバの空気を満喫します』

「管理者さんはそれで良いの?」

『どうでしょうかね?

 僕には何も仕事が回ってこなかったので問題無いのでは?

 僕は何も出来ませんからね。まだ子供ですし』


 水晶竜だと千歳は子供なのか。人間とはスケールが違い過ぎて笑うしかないな。


「暗いのです!」


 町に入る前にリュックに入れたアルジェンが中から俺の背中をトントン叩く。

 ずっと寝ていたようだな。立ち止まってリュックから出すと、辺りをキョロキョロと眺めて、

「ここはどこなのです?」

と聞いてきた。

 説明してやると、

「パパがトラブル起こさず町を出たなんて信じられないのです!

 それが本当なら奇跡なのです!

 もう一度入り直すのです!」

とアホな事を言うのでクチを指で塞ぐ。


「アルジェンも早く帰ってエマさんに会いたいだろ?」

「勿論なのです!」

「それならトラブルなんて無い方が良いだろ?」

「…何を脚を止めているのです!

 チャッチャと歩くのです!」


 俺の指を押し退け、前を指さすアルジェンにホッコリしながら、先を急ぐことにした。

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