第48話 ゴブリン♪ゴブリン♪
リリーさんが子供達と仲良くなった…受付嬢ゴッコでドジっ子新人受付嬢を熱演するとは、敵ながらあっぱれね。
どうにかしてクレストさんと接点を持たない場所に彼女達を就職させないといけないと、鬼教官役に熱が籠もりすぎてルーチェちゃんに引かれてしまったわ。
それから間もなくして『丘の鯨団』と一緒にお父さんが戻ってきた。
お父さんがやっている調査は領主様が発注したものだったそうで、カンファー家の所有する山を試掘した結果を領主様が聞きたがっていたので夕食前に報告を行うことになったみたい。
それが終わってから、お待ちかねのバーベキュー大会が始まった…と言うより、匂いを漂わせて早く終わらせたって感じかな。
お腹ペコペコの伯爵様も、肉の焼ける気配を感じれば報告どころじゃなくなる訳よね。
ブリュナーさんに『お主も悪よのぉ』と言おうと思ったのは私だけじゃないと思う。
伯爵様にバーベキューなんて食べさせて良いのかと思ってたら、戦時だと野外で簡単に調理出来る物を食べるので、その訓練だと思えば良いとブリュナーさんに告げたそうで。
今回はブリュナーさんが下拵えをしていたお肉と野菜を焼くだけなので、準備はとても簡単だった。
お肉を焼いて子供達にお腹いっぱい食べさせてあげたので、伯爵様達に囲まれたリリーさんより好感度を稼げた筈。
「坊主、明日はゴブリン退治をするんだって?」
と鯨団のリーダーのバレイアさんが手に肉を刺した鉄串を持ってやって来た。
ちなみにお父さんは伯爵様達とテーブルを囲んで調査に関するお話しをしている模様。
「俺らがゴブリン退治を初めてやったのは冒険者になる二年程前…十三、四歳の頃だな。
村で飼っている豚を襲いに来やがってな、剣なんて無いから鍬やら鎌やら、近くにあるもんで滅多打ちにしてやった。
やってる時は、まあ興奮してたもんだから死ねや死ねやでバンバン出来んだがな、アレでも四つ脚とは違って後から怖くなるもんだ」
脳味噌まで筋肉の人でも、初めて人型を殺すと精神的に来るんだね。
ロイ君は大丈夫なのかな?
食事後、少しだけワインを飲んだお父さんが上機嫌でやって来ると子供達と遊び始めた。
お父さんの中では、二人は孫的な存在みたい。遊び終わると、近くの沢からパイプで出来た簡易式の手動ポンプ(クレストさんの設計した物)で水を汲み上げ、大きなお鍋のようなお風呂に子供達と一緒に入ってた。
薪はお父さんがマジックバッグに詰めて持ってきたそうで、我が家に買う余裕があるのかと思ったら伯爵様からの貸与だって。
鉱山の近くは建材としては使えないけど、薪にする木には困らないんだとか。
「エマは明日出発か?」
「ロイ君のゴブリン退治を見届けたらかな」
ポップアップさせたカラバッサの屋根にある子供用のスペースに二人を寝かし付けてから、お父さんとお話しの時間が取れた。
ロイ君のことがよほど心配だったお父さんだけど、ライエルさんやブリュナーさんがこの子なら心配ないと太鼓判を押すので渋々納得したみたいで、今は私のことを心配してる。
「早くエマの子供を抱っこさせてくれ」
これって私の心配なのかな…?
私はいつでもオーケーなんだけど、こう言うのは相手の気持ちもあるから何とも言えないわ。
一方的に押したらクレストさんにイヤがられるかも知れないし、駆け引きは必要だと思う。
「今はクレストさんもやる事が色々あるから、一段落が付いてからだと思うよ」
「子供は早く産まんといかん。歳をとってからだと母体にも負担が大きいと言う。それに三人は産んで欲しい。
母さんも心配しているようだ。姉妹の中で結婚してないのはお前だけだしな」
我が家は三人姉妹で上の姉は結婚して婿を取り、実家で暮らしている。
それがあって私は家を出てリミエンで働くことにしたのよね。
妹はどこで何をしているのかよく分からない。
「クレスト殿なら発想力が豊かで商売上手。
嫁にやるには申し分ない良い相手だ。
三人姉妹の中で一番取り得が無かったお前がなぁ」
「取り得がなくて悪かったわね!」
「おぉ、すまんすまん」
まだお父さんは本人には会っていないけど、悪く思っていないし、男爵家から一般市民に嫁ぐのも次女なら問題無いという認識なのよね。
じゃあ子爵になったらどうなの?と言うのは疑問だけど、それを聞くのも違うと思う。
「お母さんはクレストさんのことを知ってるの?」
「儂はずっと炭鉱におって、メリアとは手紙で遣り取りしてある。
会えるのを愉しみにしておると返信が来ておるぞ」
家族も問題無しなのね。それなら後はクレストさんと私自身の問題ね。
「ありがとう。お父さんも愉しみにしててね!」
市民権の事やライバル達の事が頭をよぎるが、今は無視ね。
お父さんにおやすみと挨拶をして、子供達の寝ているカラバッサに乗り込む。
客室の右側の壁を倒せばそこに一人が寝られるスペースが出来て、そこにはリリーさんが横になっていた。
客室の二人から三人が寝られる折り畳み式ベッドにはオリビアさん。
特にすることも無いから、基本的に皆寝るのが早い。
ブリュナーさんは伯爵様とレイドルさんの乗るカラバッサで寝るのかと思っていたけど、外のテントで寝るらしい。
御者を務めてくれたビステルさんとステラさんもテントで寝るのは、カラバッサでさんざん寝ているからたまにはテントも良いだろうってことらしい。
キャンプ地の管理人のムーライさんと鯨団の人達はカラバッサに大人三人も寝られることにビックリしてたわ。
馬車の中なのに翌朝まで爆睡して、ロイ君にコチョコチョされて目を覚ます。
受付嬢を始めても寝起きが悪いのは治らない。
朝ご飯を済ませると、お父さんと鯨団は直ぐに山の方へと馬車を出した。
仕事熱心なお父さんで良かったわ。
それで問題のロイ君のゴブリン退治だけど、伯爵様をダンジョンに案内しないといけないのにロイ君の為に時間を遅らせる訳にはいかないと、二体のゴブリンが生け捕りにされていた。
私達が寝ている間に誰かが用意してくれたのね。
犯人はやたらニコニコしているブリュナーさんだと思うけど、聞いてもはぐらかすだろうから聞きはしない。
鋼の剣を両手に握り、真剣な顔で振ったり突いたりと感触を確かめるロイ君を、ルーチェちゃんが無邪気に応援している。
多分何をやるのか良く判っていないのかな。
それともゴブリン退治の現場も見たことあるのかな?
魔鹿を倒すアヤノさんをしっかり見ていたそうだから、魔物が倒されるのを見るのは抵抗無いのかも。
一通り動き終わると、次に同じく鋼の剣を持ったブリュナーさんがロイ君に指導を始める。
金属同士のぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、長閑なキャンプ地から戦場か闘技場に瞬間移動したような錯覚を覚える。
ロイ君から初めての剣に戸惑う様子が見られたのは僅かな間だけだった。
ロイ君の体に合わせて用意された小振りな剣を次第に自由に操ることが出来るようになると、次第に剣のスピードが早くなっていく。
鋼の剣を使った攻防を暫く楽しそうに見詰める伯爵様だったけど、
「動きも反応も悪くは無いが、課題は持久力か。ずっとろくに食えていなかったのだから当然だな。
…ひもじい思いをさせて済まない」
と何故か反省の弁を述べた。
伯爵様の言うとおり、ロイ君の腕力に限界が来たようで攻撃を受けて剣を落としてしまった。
そこで休憩に入るのかと思うと、
「では、今からやりますか」
とブリュナーさんが宣言した。
「鬼だな」
と小さく漏らした伯爵様とは対照的に、
「戦いとはそう言うものです。
敵はこちらの都合に合わせてくれませんから。満身創痍の状態でも戦いをやめられない状況になることが冒険者にはありますから」
とライエルさんは納得した様子を見せた。
ロープに繋がれていたゴブリンの一体がロイ君の前に連れ出されてくる。
ブリュナーさんに怯えているのが一目で分かったわ。
そのロープが解かれると、目の前に置いてあった剣を拾い周囲をキョロキョロしたゴブリンは、一番与し易いと思ったのか目の前のロイ君に威嚇の声を上げて走り始めた。
そのゴブリンの手にはピカピカに光る鋼の剣…もしこの剣の一撃でも食らえば大怪我を負うと言うのに、ロイ君は気合いを入れるように叫ぶとろくに力の入らない両腕に剣を構えた。
訓練場でよく見る型ではなく、彼の本能が選んだのは左斜め下。切っ先が地面に触れるか触れないかと言った高さね。
ゴブリンの振り下ろした剣をロイ君が軽く避けると、ゴブリンがそこから無茶苦茶に剣を振り回し始めた。
それを全て脚捌きだけで回避したロイ君は、ゴブリンの剣が地面を大きく叩いた瞬間に気合い一閃。
斜めに切り上げた剣がゴブリンの脇腹を見事に命中し、刀身が体に食い込んだ。
その痛みに悲鳴を上げ、剣を落としたゴブリンがその拳を振り上げる。
間一髪で躱したロイ君は意外と冷静に左からの薙ぎをゴブリンの首に命中させ、そしてスッと引き抜いた。
今のロイ君の腕力では、ゴブリンに致命傷を負わせるには首に攻撃するしか無いわね。
狙い通り、ゴブリンはドサリと倒れて息を引き取ったようね。
「訓練初日の自分を見たと思いましたか?」
ブリュナーさんがそんなことをロイ君に問う。何の事だろ?
「うん! 滅茶苦茶に剣を振るのはダメ。考えて振らなきゃいけないってよく分かったよ」
「そうです、それが分かれば今回の訓練は問題無しです」
なるほど、だから持ち慣れない剣をゴブリンに持たせたんだね。
慣れない武器を持っても役に立たないって子供達も分かっただろうし。
「次が本命です。やりますか?」
二体目を? まだ腕は疲れたままだよね?
もう少し休憩してからの方が良いと思うけど。
「やるよ。冒険者なら不利な状況でも生き延びる為に戦わないといけない時があるから」
「では、やりましょう」
その二体目のゴブリンは使い慣れた棍棒を渡されると、ロイ君を獲物と定めて意気揚々と駆けだした。
「打撃系の武器は扱いが簡単だから、タフなゴブリンには良く合うんだよ」
と有難くない解説をしてくれたライエルさん。
棍棒は剣と違って刃を意識せずに兎に角振り回せば良いものね。
それでもまだ子供のロイ君に当たると、痛いでは済まされない。
ビュンビュン音を立てる棍棒に、木だから簡単に斬れると安易に考えてはいけない。
まだ体も十分に出来上がっておらず、初めて本物の剣を手にしたばかりの子供が振るう剣の威力なんて高が知れている。
しかも疲れの影響で脚の運びも少しぎこちなくなっているロイ君に、ルーチェちゃんの声援と容赦ないヤジが飛んでいく。
後ろから矢で撃たれるような感覚を味わいながら、剣で棍棒を受け止めたロイ君が棍棒にめり込んだ剣をクルリと逆方向に回転しながら引き抜き、勢いそのままに一回転して反対方向からの薙ぎを放つ。
その剣を左腕に受けたゴブリンが痛そうにしながらもまだ攻撃を続ける。
ロイ君の大振りな攻撃は棍棒で受け止め、力で勝ると判断するなり反撃を開始。振り下ろした棍棒をすかさず振り上げ、また振り下ろすように見せかけてからの突き。
その突きまで見切ったロイ君は焦らず棍棒を追うように突き返す。
切っ先がゴブリンの鳩尾を直撃する瞬間、雄叫びを上げたロイ君にゴブリンが一瞬たじろいだように見えた。
その一瞬が彼の命取りになるとも知らずに。
胸を貫かれたゴブリンが前に倒れるのを剣を手放して避けたロイ君は、もう動けないと座り込む。
そこにゴブリン目掛けて銀色の光が一直線に走ったかと思うと、再び動きだそうとしていたゴブリンの頭蓋骨に深々とナイフが突き刺さっていた。
「油断はダメですよ。
今回はサービスですが、次はサービス無しです」
怒るではなく、ホッとした様子で弟子の成長を見守ったブリュナーさんがロイ君を起こすと優しく抱擁する。
「これでロイ君もこちら側の人間です。
ようこそ、修羅の道へ」
そんな道を歩ませるのはちょっと困ると思ったけど、空気を読んでクチを挟むような無粋な真似をしない良識を褒めて欲しい。
「とんでもない人に弟子入りしたな」
ポツリとリリーさんが漏らし、ロイ君もそう思うのだった。
「これで2章は終わるらしいよ。
俺、まだキリアスから戻れていないんだけどさ」
「パパ! 章タイトルは実はロイのことだったのですか?! どうして今まで空気だった子供が出てきたのかと、イライラしてたのです!」
「イライラは酷いなぁ。
ロイも中核となる予定…だったんだけどさ、作者の筆が乗らなかったらしいんだ」
「そんなの読者に関係ないのデス!」
「まぁそう言ってやるな。
でさ、明日から作者は引っ越しの準備で忙しいらしいから、毎日の投稿が出来なくなるかも知れないから告知するようにってさ」
「自分でヤレっ! なのです!」
と言う訳で、9/1まで毎日の投稿は難しくなります。
投稿が無くてもエタッたと思わないでくださいね!