第46話 ロイ君と伯爵
ブリュナーさんを先頭にして向かった冒険者ギルドの前には、既に二台のカラバッサが待機していた。
御者台も風雨を防げるように覆われたこの馬車を一言で表すなら、箱。
だけどクレストさんの趣味と馬車工房の技術を結集し、かつ採算度外視のこの馬車は極端に簡素化されたデザインとは裏腹にとんでもない性能を持つ。
初めてカラバッサを見た子供達は、
「変な馬車」
とバッサリ斬り捨てたけど、一度これに乗るともう従来の馬車には乗れなくなるからね。
今からそんな贅沢を教えても良いのか甚だ疑問ではあるけど、この馬車はクレストさんの持ち物だから使わないと損なのよね。
だって駐機場に置いておくだけで、毎月大銀貨三枚も払わなきゃいけないんだもの。
それにカラバッサを牽引する馬も二頭買っているし、世話も業者にお願いしていて毎月大銀貨三十枚…かなりの金額になるんだね。
子供達がカラバッサにベタベタ触っているのを見ていると、オリビアさんがブリッジちゃんに乗り、ランスちゃんを後ろに連れてやって来た。
「オリビア先生! おはようございます!」
と、一番に元気よく挨拶した二人に飛び降りたオリビアさんが軽くハグをする。
良く懐いている二人を見ても、そう言えば私より家庭教師をしているオリビアさんの方が一緒に過ごす時間が長いと気が付き、余計な不安に襲われた…まさかオリビアさんもクレストさんを隙あらば狙ってる…?
なる程、お父さんが焦っていたのは私の周りに強力なライバル達が多いからなのね…。
確かにウカウカしていたら、誰かにクレストさんを攫われてしまうかも知れないわ。
そんな勝手なピリピリ感を作りながら皆とギルドの中に入ると、カウンターの一番左側の席に座っている受付嬢のアウラさんが手で執務室に入れと合図を送ってきた。
一番込む時間は既に過ぎているけど、まだ何人もの冒険者がカウンターに並んでいて私に挨拶してくれる。
その中にクレストさんを兄貴と慕う五人組もいたので、目を合わせないようにスススと通り過ぎようとしたけど、
「エマ姐さん! オハヨウございます!」
とリーダーのカーツ君が大きな声で挨拶してくる。
無視する訳にもいかず、おはようと返事をすると、
「お勤めご苦労さまです!
ダンジョンに潜っていたそうですね!
話を聞かせてくれませんか!」
と並んでいた列を離れて私の前にやって来た。
残りの四人はどうしようかと悩んだものの、列を離れることは無かったのを見て、リーダーを交代したほうが良くないかと心配になる。
「ごめんね、ライエルさんと話があるの。
貴方達も頑張ってるみたいだけど、怪我には気を付けてね」
と返事をしてその場を逃れる。
「はい! 安全第一をモットーに日々精進しております! リミエンの平和を守るため!」
…彼らに変な事を言ったクレストさんに後でお仕置きしなきゃね…。
どっと疲れた私の手を子供達が引いて執務室を真っ直ぐ目指す。
そう言えばこの子達、貯水池に行く時にライエルさんに遊んで貰ってたからギルドマスターを偉い人と言う認識はしていないのよね。
近所のおじさんに会うような感覚で執務室へと入る二人の後にブリュナーさん、オリビアさん、最後に私が続く。
執務室のドアを閉め、部屋の中に視線をやると昨日の三人組とレイドル副部長が先に来ていたようでテーブルにお茶が置かれていた。
ギルドの制服に身を包み、髪を綺麗に整え化粧をした女性二人は何処から見ても美人だったし、トッド君は美少年…これってルーファスさんは作戦が失敗した場合でも、美男美女なら何処かに雇って貰えるだろうと考えての人選をしたんじゃないのかしら?
「こちらのお三方が、昨日話にあった?」
とブリュナーさんが聞いてきた。
「はい。リリーさん、アイリスさん、トッド君です。
こんなに綺麗になっててビックリしましたけど」
「そうだな、冒険者ギルドがいらないと言うならウチで預かろう。いや、いらないと言え」
レイドル副部長が冗談のような、本気のような顔でライエルさんに要求するけど、軽くシッシとあしらわれている。
「良い人材は早い者勝ちだよ。ウチも業務拡大していくんだしさ。
ま、まだ正式採用してる訳じゃないし、本人達がレイドルの所で働きたいと希望するならそれで良いよ。まだダンジョンに大勢仲間が居るんだし。
貸し一つで手を打とう」
随分と三人組に高評価のようね。
見た目だけではそんな評価にならないから、何か特技があるんだろうな。ちょっと羨ましいかも。
「それはそうと、ロイ君、ルーチェちゃん、いらっしゃい。朝ご飯はしっかり食べたかな?」
とレイドル副部長の相手をやめて子供達の世話を始めるライエルさんに、早く本題に入ってもらいたいと咳払いをした副部長。
「今日は移動もあるんだ。
余計なお喋りしていないで、とっとと動こう。伯爵を待たす訳にもいかんだろ」
「伯爵?! まさかもうダンジョンに伯爵様も行かれるので?」
「そうだよ、話が分かるお偉いさんで助かるよ。
わざわざ領主館に行って報告しなくても、移動中にも話ぐらいは出来るしさ、時間節約になって良いだろ?」
夕べの今朝で片道一日の先にあるダンジョンに出向く領主様にビックリだわ。
毎日沢山の手紙に目を通し、面会や決済で忙しい筈なのに、良くそれらをほっぽり出して動けたものね。ライエルさんは伯爵様の説得に一体どんな手品を使ったのかしら?
「不思議に思ってるみたいだけど、リミエンの危機を脱する秘密兵器が見付かったんだよ。
伯爵のどんな業務より優先するのは当然だって」
勝手に人の心を読み取らないでくださいね。
ここでドアがノックされて、御者を務めるビステルさんとステラさんがギルドの制服を着て入ってきた。
軽く挨拶を終わらせると、もう出発することになった。伯爵様とは城門前で合流するそうだ。
「…それで…ライエルさんとレイドル副部長もダンジョンに来るんですか?」
見送りだけかと思っていたのに、カラバッサに乗り込む二人に思わずそう聞いてしまったけど、そんな話は聞いていない。
てっきりキリアスの三人組の監視もあるからリミエンに残ると思ってたのに。
「当然だよ、リミエンで一番忙しい人が動くってのに、二番手と三番手が動かないなんて格好が付かないだろ?」
「当然二番手は俺だな?」
「ん? 僕に決まってるだろ」
アホな事で張り合わないでください…子供達も見てますから。
ルーチェちゃんの受付嬢ごっこにギルドマスターまで参入させられても知りませんからね。
ステラさんの操縦する馬車にライエルさんとレイドル副部長、それに三人組からリリーさんが一人だけ乗り込み、ビステルさんの操縦する馬車にブリュナーさんと子供達。
ランスちゃん、ブリッジちゃんは戻ってきた時と同じように私とオリビアさん。馬車を牽引する馬達を二頭がビビらせていたけど、これは馬達に慣れてもらうしかないからね。
私とオリビアさんの先導で城門まで移動し、まだ到着していない領主様を待つ。
城門横の待機スペースでランスちゃんに跨がったまま待っていると、冒険者達がチラホラと城門を出て行く姿を見掛ける。
真面目にやってるな~と見ていると、例の五人組も元気よく行進しながらやって来た。
しかも子供に人気があるらしく、何人かの子供達が彼らの後を追っていたの。
まだ駆け出しだから、外に出る仕事は出来ないと思っていたら、警備員の仕事があったみたいで衛兵の詰め所に入っていったわ。
少々不安になるけど、リミエンの安全を守ると言う姿勢が見えるのでヨシとしますか。
それから間もなくして、馬に乗って領主様がお供を二人連れてやって来た。
馬車より早い移動手段だけど、普通はそんなことやらないわ。いつ矢で狙われるかも分からないんだし。
それだけ表舞台に出て来ない人達が、裏で伯爵様を守る為に活躍していると思って良いのかも知れないけど。
「エマさん、オリビアさん、おはよう!」
先に気さくに挨拶してくる伯爵様だけど、私達の返事も待たずに脚を止めた馬から飛び降りると、スタスタとランスちゃんの前までやって来てそっと頬を撫で始める。
どうやら牙馬に興味が向かったみたいね。
「良い馬だ…」
と心底惚れ込んだ様子の伯爵様に対し、人間の地位などお構いなしのランスちゃんはプイッとそっぽを向く。
威嚇しないだけマシだけど、気安く触るなと言っているみたい。
「この馬はダンジョン産か?」
「はい。牙馬です。頭も良いし、とても速く走れます。我が家の新しい家族なんですよ」
「牙馬か。道理で馬が急に停止したわけだ」
肉も食べる牙馬に、馬が恐怖して勝手に歩みを止めたのね。昨日からそう言うシーンは何度か見たけど、動物の本能って面白いよね。
私が首を撫でると大人しく撫でさせてくれるから、人を見て判断してるのは間違いないわ。
「家族ね…その事は後で聞かせて貰うとして、早速向かうとしようか。
移住希望者が多数らしいから、事務手続きが出来る者を連れて行くが構わないか?」
伯爵様の後ろに控えていた役人の二人が軽く頭を下げる。
領主様って侍女を連れて動き回るイメージがあったけど、リミエン伯爵様はそう言うのは無しなんだ。日帰りじゃなくてキャンプ地に泊まるか、近くの農村に泊めてもらうしかないんだけど、そう言うのは大丈夫なのかな?
移動日が二日間の最低二泊三日の旅になるけど、お仕事も大変なのに頑張るなぁ。
カラバッサから降りたブリュナーさんが伯爵様に挨拶すると、後ろの子供達を見て
「エマさんの…である訳はないな。スラムで保護した子供達か」
と伯爵様が苦笑い。
「このおじさんは?」
とロイ君が聞くので、
「リミエン伯爵と言って、この町で一番偉いお方ですよ。怒らせたらダメだからね、二人ともお利口さんにしててね。
さあ、ご挨拶をきちんとして」
とお願いすると、
「おはようございます、リミエン伯爵様。
僕はロイと言います。十歳です。
クレストパ…お兄ちゃんと一緒に暮らしています」
「おはよ~ございます!
リミエン伯爵様! 私はルーチェ!
ロイお兄ちゃんの妹です! 八歳です!」
と教育の効果を発揮した挨拶出来たので、思わず二人の頭を撫でてしまった。
「ロイ君とルーチェちゃんだね。
私のことはリミエンおじさんと呼んで良いからね。
立派な挨拶が出来るけど、お勉強してるのかな?」
「うん! クレストお兄ちゃんが、稼げる仕事に就くには読み書きと計算が出来ないとダメだって言ってた!
それに計算が出来ないと、買い物でお釣りを誤魔化されても分からないでしょ!」
「計算まで教えているのか。ロイ君は計算出来るのかな?」
「足し算と引き算なら出来る!」
「1たす1は2!」
得意気に伯爵様に話すロイ君と、指を数えながら足し算出来るよアピールをするルーチェに場が和む。
「おぉ、凄いな! 将来が楽しみだ!」
と大袈裟に驚いて見せる伯爵様が、
「でもお勉強は難しいだろ?
遊んでいたくないのかい?」
と意地悪な質問をする。
「うーんとね、知らない事を知るのは楽しいよ。
それにリミエンの発展には市民にも勉強させないといけないんだって」
「クレスト君はそんな事を言ってるのか!
凄いな」
「うん! もっとお金があったら学校作って無料で子供に勉強教えてやれるのにって言ってたよ」
「無料でか? お金を取らないのかい?」
「うん、親が仕事の手を取られて大変になるから、お金なんて貰えないって。
でも、それやると偉い人にまた怒られるって溜息ついてた」
ロイ君、いつかクレストさんが言ってたことをしっかり覚えていたんだ。
私も無料で教えるのはどうかと思ったけど、確かに働き手を取られる親達からすれば無料なら勉強させようって言う気になるかもね。
よくそんな事を考えつくものだと感心して終わってたけど、ロイ君、余計な情報を教えちゃダメよ。
「私がその偉い人なんだよ…彼の良識に安心したよ」
リミエン伯爵が疲れた顔でロイ君の頭を撫で、ライエルさんが手招きするカラバッサへと歩いていくのだった。
 




