第44話 リビングでお話しを
久し振りの我が家!
カポーンと音を立てる桶の音、ザバーンと湯船から溢れる温かいお湯。
はぁ~極楽極楽!
シエルさんも入ってきて背中を洗ってくれる。女同士の裸の付き合いってやつ?
「何かダンジョンであったのですか?」
「色々とあったよ。でもお風呂から出て、リビングでユックリ話すよ」
クレストさんが居ないことをシエルさんも不思議に思って聞いてきたけど、後でブリュナーさんと一緒に聞いて貰うからとお風呂の中では答えない。
「それなら聞き方を変えましょう。
クレストさんとの進展はありましたか?
エマさんのお父様がお見えになられて、直ぐにでも結婚式をあげさせようと息巻いていました」
「あの人は…もぉ気が早過ぎるんだから。
…そうね、クレストさんに大好きって言ってもらったの。
でも、それだけかな…やっぱりクレストさんはクレストさん。遠慮してるのか、我慢してるのか分かんない。
ダンジョンの中だからハメを外さないようにって言うのもあると思うけど、せめてキスぐらいして欲しかったかな」
ダンジョン管理者になっている時に、文字で言ってもらったのよね。
でも、あれは私の中ではノーカンなの。
ちゃんと言葉に出して言ってもらわないと、好きって気持ちは分かっても何と言うか…スッキリしないの。
「それはきっと、キスだけで終わらせる自信が無かったからですよ。
クレストさんは健全な男性ですから、人並みに欲求はあります。
だけど多分、結婚式をあげるまでは手を出さないと誓っているんだと思います。そう言うところは、コンラッドの男性達とは全然違いますよね」
シエルさんは余り喋らない人なんだけど、今日はお喋りしたい気分なのかな。
お風呂でガールズトーク…うん、楽しいんだけど、のぼせないように気を付けないとね。
「やっぱりそう思うよね。
誘惑しても、なかなか乗ってくれないの」
「かなりしっかりした教育を受けているのかも知れません。記憶が一部欠落しているそうですが、それでもあの頭の良さですし、上流階級…勇者の家系でしょうから当然ですよね…
え? 誘惑したんですか?」
「私だってリミエンっ子だもの。それぐらいは出来るわよ」
腕を組むのが精一杯なんだけど、もっと過激にやらなきゃダメかな?
好きな男性から求められれば断らないのがこの国の流儀だもの。少しぐらいの知識はギルドの先輩に教えてもらってるわ。
「手つなぎデート止まりだと、誘惑とは言えませんよ?
腕を取ってこう胸を押し付けるとか…」
シエルさんが私の腕を取って実演しようとするので慌てて止めたわよ。
「ブー、ですよ。クレストさんはきっと何人ものお嫁さんを貰うことになりますから、そう言うのにも慣れておかないと」
「本人は否定してるけどね」
「色々と縁談がありますよ。年頃の娘さんが居る大手の商会も狙っていますし、商業ギルドも怪しいですから」
商業ギルドと言えば、レイドル副部長がクレストさんに早く結婚するようにって画策しているのよね。
その為に赤字を出してまでして、この一軒家を用意したようなものだし。
「それでも、早くからエマさんと子連れデートしたらのはポイントが高いようで、正妻候補の一位は今のところエマさんだと噂されています。
ですが、最近はセリカさんが急追しているようですし。
関連する工房の女性陣もライバルであることに変わりはありませんし」
「うかうかしていられない状況よね…オリビアさんもそうだし…あの、シエルさんは?」
「私は…お手付きになればラッキー程度で考えています。勿論チャンスと思えば動きますが」
「ここにもライバルが…まさに戦国時代ね」
「はい、近年稀にみる優良物件と評判が高いですから当然です」
クレストさんは不動産じゃないんだけど。
複雑な気持ちを抱きながらお風呂から出て、魔道具で髪を乾かす。ハンディタイプの魔道具が欲しいとクレストさんが言ってたけど、そんなコンパクトな魔道具は今の技術では無理。
魔力を通さない素材が必要らしいけど、それが無いからどうしても魔道具は大きくなるらしいの。
キリアスって魔道具の技術はコンラッド王国より進んでいるから、クレストさんがその知識を欲しがってルーファスさん達を仲間に引き入れたのはバレバレなのよね。
彼らには住む場所と仕事を提供する代わりに、彼らの知識を得られるなら安いものだと判断したのかどうかは私には分からない。
でも、その決断が良い方向に向かうことを私は希望するし、きっとそうなると思ってる。
「今日は考えごとが多いですよ」
と櫛を入れるシエルさんにメッとジェスチャーされて、ついゴメンと謝る。
「さぁ、出来ましたよ。先にリビングへどうぞ」
と仕上がりに満足げな顔をして私をリビングへと送り出したシエルさんは、一人で髪を整えるのね。
頭を洗った後に乾かすのが手間なのよ。
冒険中はクレストさんやアルジェンちゃんが『洗浄』を掛けて綺麗にしてくれるから清潔に保てるけど、ベルさんみたいに外で入るお風呂は気持ち良いんだろうな。
リビングでブリュナーさんの淹れてくれた香りの良い紅茶を楽しませてもらう。ほんの少し、ワインを入れると香りが全然違ってくるのよね。
うん、これぞ貴族って思える優雅な気分…一応実家は男爵家なんだけど、領地は持っていないし、鉱山からの収入って安定しないから裕福ではないんだよね。
坑夫を増やせば儲かるかと言えばそんな甘いものじゃない。
坑道の安全確保は何より大事だし、掘り出すための資材も運搬する費用も必要だし。
納入先とは単価交渉も発生するし、疲れることの方が多いのが現実なのよね。
クレストさんに頼めば『大地変形』を使って採掘出来ちゃうかも知れないけど、他の人の仕事を取るようなことはしないだろうな。
調子に乗って色々やらかした道路整備の後に、土木建築ギルドからクレームがあったみたいだし。
協議していなかった商業ギルドの落ち度だと思うけど、本人は有り余っていた魔力の発散に必要だったからやったんだと訳の分からない言い訳してたかな…。
髪を乾かしたシエルさんがリビングに戻ってきたところで、地下ダンジョンで起きた事を二人には隠さず話したわ。
バンパイアとの戦闘でクレストさんが死亡してダンジョン管理者となったことを誤魔化すと、その後の説明がキチンと出来ないもの。
魔界蟲とアルジェンちゃんの誕生、クレストさんの中の人…今から思えば幸運が重なったと言うレベルは軽く通り越して、誰かが仕込んだんじゃないかと思うような奇跡だわ。
神様に寿命の半分を寄越せと言われた時に、軽く殺意を覚えたことは内緒だけどね。
「まぁ…結果的には皆さんが無事であると言って良いのでしょうが…普通なら最初の時点で全滅していましたね」
ブリュナーさんが普段は見せない深刻な顔をする。
「バンパイアと戦えるぐらいの人を前のダンジョン管理者が欲していたと言うことですが、他のダンジョンの管理者も同じようなことをしているのでしょうか?」
「管理者によって基準は違うらしいわ。
コンラッド王国にあるダンジョンに違いがあるのは、その管理者の考え方の違いによるものと思って良いんじゃないのかな。
ダンジョンに意志があるとか、ダンジョンは生き物だと言われている理由はこれで明確になったけど」
あえて言わないけど、ダンジョン管理者になったのが元は人間であるとは限らないのよね。
力があるのなら魔物でも何でも良いって考えるダンジョン管理者が居ても不思議ではないし、条件を満たす者が現れずに何百、何千年とダンジョン管理者を続けている人達だって居るだろうし。
クレストさんなら意外と楽しみながらダンジョン管理者を続けていたかも知れないけど、ダンジョン管理者の交代についてはクレストさんも前任者から教えて貰えなかったって言ってたかな。
その条件を知るためには管理者を、何年かは続けないといけないとか、何かの制約があったのかも。
「それにしても、キリアスに召喚された勇者達は碌でもないことをしたものですな。
勇者さえ居なければ、そのバンパイアもダンジョンには現れなかったのですから」
それよね! ヤルなら中途半端に封印するんじゃなくて、キッチリ滅ぼしておくべきだったのよ。
能力的な限界があったとか、そんな言い訳はなしよね。
「クレスト様の威力があり過ぎて攻撃魔法が使えないってところは、もう無視して構わないのですよね…全魔法使いを敵に回しそうですし」
これからも本人、と言うかアルジェンちゃんが攻撃魔法を使わない限りはバレないし、クレストさんも属性の無い魔法を便利に使えれば満足だと言ってたから、攻撃魔法については無視ね。
もしどこかのダンジョンから大量の魔物が溢れ出てきたなら、一度限りだと言って火山噴火を起こすかも知れないけど…なるべく使わないで欲しいと思う。
またそのせいでクレストさんに死なれるのはイヤだから。
「お疲れのところ、お話戴きありがとうございます。
明日に備えてお休みになられてください」
とブリュナーさんが言った直後、リビングのドアに設置しているマローネちゃん専用ドアが押し開けられた。
そしてスルリと入ってきたマローネが私に駆け寄ってきた。ピョンとソファに跳び乗ろうとして失敗したマローネチャンを抱きあげる。
「起きてたんだ。ただいま、マローネちゃん」
高い高いをしてから軽くマローネちゃんにキスをして膝に乗せる。
柔らかい毛並みをそっと撫でると、気持ち良さそうにニャーと鳴いて目を細めた。
「少し大きくなったのね。元気にしてて良かった」
ゴロゴロと喉を鳴らして頭を擦り付けてくるマローネちゃんを胸の前で抱っこする。
「今日は一緒に寝ようか」
とマローネちゃんに言ったところで階段を降りる小さな足音が聞こえてきた。
その足音がリビングの前で止まり、ガチャッとドアが開くとロイがゆっくりと入ってきた。
そして私を視界に収めると、
「ママっ!」
と呼んでダッシュ!
マローネちゃんを降ろして抱き付いてきたロイ君を受け止め、背中に腕を回す。
「ただいまっ」
「お帰りなさい!」
少し涙声になったロイ君が私の胸に顔を埋める。しっかりしているように見えてもまだ十歳だからね。
「寂しくなかったかな?」
「少し寂しかった。
でも師匠もシエルさんもマローネも居るから平気だった!」
そうね、二人が居てくれるから私も安心して冒険に出られたものね。
レイドル副部長とメイベル部長に良い人を紹介してもらったことに感謝だわ。
「パパは?」
「クレストパパはまだダンジョンでお仕事してるの。
私とオリビアさんは至急の用事で帰ってきて、また明日にはダンジョンに行くかも知れないのよ」
出来れば一日ぐらいはここでゆっくりしたいって気持ちもあるけど、クレストさんと仲間達がまだダンジョンで頑張っているんだから私だけノンビリって訳にはいかないわよね。
「僕も行く!」
はい? 何しに来るのかな? 遊びじゃないんだよ…と言えたらラクなんだけど。
「まだお仕事が終わっていないのよ。
今回はお仕事の関係者が大勢居るから、ロイ君に構ってあげられないんだ。マーメイドの四人もお仕事してるし」
「僕もお仕事する! 十歳になれば冒険者登録が出来るんだよね?」
厳密に言えば、年齢の規定は無いのよ。便宜上十歳って言ってるだけなんだけど、それは置いといて。
「冒険者になったばかりの子は町の中のお仕事をするのよ。
それかパパみたいに貯水池の浮き草の回収しか出来ないわ」
命の危険があるような依頼を子供に回す訳にはいかないものね、戦闘が発生する場所には出せないのよ。
これは徹底しているから、どう頑張っても覆らないわ。
「それなら…師匠も一緒に行こう!
ゴブリンなら僕でも倒せると証明したいんだ!」
剣の修行の成果を私達に見せたいんだ。
でもあのダンジョンにはゴブリンは出ないんだよね。
「ルーチェちゃんはお留守番?」
「ルーも行く。ルーは僕が守るんだ!」
大きく出たわね。
さて、どう言って断ろうかな…困ったわ。




