第37話 招かざる客と帰還した者達
場所は変わってこちらはリミエンの地下ダンジョン、転送ゲート前だ。
ふたりの黒装束が、アクビを噛み殺しながら警備に当たっていた。
「大将達、戻りが予定より遅いな」
深夜になってから転送ゲートを通ってキリアスへと向かったクレスト、ルーファス総隊長達だが、既に予定の一時間半を過ぎている。
「ダンジョンと拠点との往復だけで一時間と三分の一時間程掛かるんだし。
機械の収納なんて大将でも簡単には出来ないんじゃねえのか?」
「あの人なら、なんか笑いながらやってる気がするんだよなぁ…」
実際にやるのはアルジェンであるが、アルジェンのやることはクレストがやることだと認識している彼らである。
「アルジェンの姉御、チッコイけど美人なんだよな」
「だなぁ。
妖精って空想上の生き物だと思ってた。
マジで居たんだな」
ちなみにアルジェンが自己紹介するときは、
『パパの娘のアルジェンなのです!』
と言い、魔界蟲云々に付いて語ることは無い。
嘘を付けない性格であるが、余計なことは言わないぐらいの配慮は可能なのだ。
その後でクレストが妖精みたいなものだと補足するのも既にデフォルトとなっている。
二人のすぐ隣には樹の魔物ミハルが立っていて、その幹にはゲラーナが停まっている。
「アルジェンの姉御がコイツらに俺らの言うこと聞くように指示してたよな。
ホントに聞くのかな?」
「果物食わせてやりゃ懐くらしいし、犬みたいなもんだろ。
モフモフしてないだけで、そう変わらないんじゃねえの?
人の話も理解出来るらしいしさ」
最初はミハルとゲラーナにビビっていた二人だが、カットしたスイカをおっかなビックリ差し出すと、ムシャムシャと食べたのでそんな認識となっている。
二匹の魔物は、アルジェンが転送ゲートに入る前に『私が戻ってくるまで、この二人の指示に従え』と命令したのでそれに従っているだけである。
オヤツを貰ったからと言って、二人の黒装束に懐くような安い魔物ではない。
「それに、このミハル?
樹の魔物に付ける名前じゃねえと思うけどよ…ミハルってトレントの一種だよな。
トレントに人を変身させる能力なんてあったのか?」
転送ゲートから運ばれてきた大量の荷物を、夕食後にアヤノがピンク色のビアレフに変身してパパッと動かしてしまったのだ。
ルーファス達の荷物だけでなく、コリオ隊の運んできた物資も丸々持ち込まれていたので裕に一トンを越える量であった。
クレストはコリオ隊の物資の中身をまだ知らないが、食糧や酒、医療品の他に例の通信装置まで鹵獲しているのだ。
ゴージー所長が故障だと断定していたのだが、このリミエンのダンジョンに運び込まれたので遠距離過ぎて通信波が届かなくなっただけなのである。
他にも軍事機密であるアイアンゴーレムの操作・保守マニュアルも入手しているのだが、これはまだ箱から出されておらず、お蔵入りの状態が続いている。
壊れたアイアンゴーレム本体はアルジェンがアイテムボックスを整理する為にその辺に出していて、子供達の遊び場となっている。
このアイアンゴーレムに多くの仲間を殺されたことを考えろよ、と思わないでもない二人だが、逆にこれは敵の最大戦力を無事討ち取ったと言う証でもある。
何かに八つ当たりしたい時に、このアイアンゴーレムをハンマーで殴るなどすれば気が晴れるかも、と前向きに考えることにしたようである。
他にも鹵獲品の中には見慣れぬ魔道具…長針と短針の二本の針がある時計も含まれていて、この時計を地下ダンジョンの生活の時間管理に活かそうとルーファスが考えていたのだ。
たまたまルーファスは城務めをしていたのでこの時計を知っていたが、コレを知らない二人はルーファスが仮眠に入る前に時計の読み方を教えて貰ったのだ。
円盤を十六に区切り、一時、二時と読むのは長針しかない従来の時計と同じだが、短針用の目盛りが一時間の間に五分割されていて、一分、二分と読むんだと教えられたがまだ馴染めていない。
今までの習慣で言う半時間が四十分、四半時間が二十分だと言われて、「へぇー」と言ったきり理解が中々進まず、ルーファスをイライラさせただけなのだ。
結局、分の理解が出来ていないと知ったルーファスが時計の円盤に四半時間を示す目盛りと、三分の一時間、五分の一時間が分かるように目盛りを追加したのだった。
「総隊長ってさ、頭良かったんだな…」
「おいおい、馬鹿は城務めなんて出来ないだろ?」
「へぇ…そうなのか?」
「多分な…自信無いけど」
武官になるための学力テストは無いが、読み書きが出来なければ仕事ができないのは当たり前だ。
騎士になるのも同様であるが、学力よりコネや賄賂が必要なのはキリアスのどの勢力も似たり寄ったりと言えるだろう。
「それにしても…リミエンを攻めるつもりでコッチに来たってのに、大将はこっちに住む場所と仕事を用意してくれるんだろ?
赤熱の皇帝野郎は問答無用で俺らを殺しに来たって言うのに、同じ大将でも正反対だな」
「だなぁ。俺らは殺されてても文句言えねぇ立場だってのに。
それがこんなに良くしてくれるって、あの人は神様かもな」
見張り役として、ずっとベラベラ喋り続けるのは如何なものかと思われるが、転送ゲートに無断で入ろうとする者を止めるのが彼らの役割だ。
だが、今このダンジョンの中にはキリアスへ戻ろうと言う気になる者など居る訳も無く。実質ただ立っているだけの仕事となっている。
だがその役目は唐突に終わりを告げることになる。
キリアス側からの来訪者がヒュンと音を立てて転送ゲートから出て来たのだ。
キョロキョロと周囲を見回して一歩、二歩と前に進んだ男の鎧は赤。
「皇帝軍だ!」
反射的に叫んだ二人が武器を抜こうと身構えたところで、ミハルの腕のような幹がその男の頭上にガツンと振り下ろされて男が気絶した。
それから少し数える時間を置いて、黒装束に身を包んだ仲間の一人が転送ゲートから飛び出て来たのだ。
「敵は!」
と短く聞いた仲間に、見張り役の二人が揃ってミハルに拘束された敵を指さした。
「アドル! 怪我してんじゃねえか。
急いで手当てしてやる!」
赤鎧の攻撃を左腕に受け血を流すアドルを気遣い、見張りの一人が仮の救護室へと薬と包帯を取りに走った。
「コイツは一体どうした?」
「分からん。仲間割れしていたみたいで、仲間に斬られそうになって慌てて転送ゲートに逃げ込んだみたいな感じだった。
結構腕が立つ奴ぽかったが…そいつがやったのか…」
アドルと呼ばれた青年がミハルに抱かれたラードン小隊長を哀れむような目で見る。
「さすがは大将のお仲間だぜ。見事な鉄槌撃ち…いや、木槌撃ちだった」
「こちらに被害が出るかと心配したんだが、何も無くて安心した」
「他の連中は?」
「戦闘中だ。
手当てを終えたらすぐに向こうに戻る」
まだ戦っている仲間達を心配しながら、傷口の処置が早く終われと焦りながら待つ。
だがそれから百も数えぬうちに黒装束の仲間達が次々と転送ゲートから出てくるのだ。
そして最後に出て来たルドラ隊長が、
「赤鎧の連中は総隊長達が倒してくれた。
だがヤバそうな新手が出て来たらしく、護衛隊の出番は終わりだ。
コイツらの怪我の手当てを頼む」
と言って部下達に視線を向け、続けてミハルが抱いている赤鎧に視線を移す。
「ソイツはまともそうだったが、生きているのか?」
「ミハルがバキッと頭を殴ったので、良くてムチウチ、下手すりゃ逝ってるかも、と言う感じかと」
「情報源になりそうだから、出来れば生きていて欲しい。
悪いが治癒魔法の使える人を起こしてきてくれ」
赤鎧と戦い負傷した部下達には救護室へと向かうように指示したルドラ隊長が、焦る気持ちを抑えて転送ゲートの前で誰かが出てくるを待つ。
「ルドラ隊長、新手の敵はヤバイんすか?」
「あぁ。儂のレベルじゃ手に負えんな」
部下の質問に悔しそうな顔をして少し俯く。
それから程なくしてルケイドが転送ゲートから出て来た。
「お、ルケイドさんだ!」
とルケイドの顔を見て見張りが名前を呼ぶが、ルケイドの表情は良いものではなかった。
ひょっとして嫌われている?と声を掛けた黒装束が不安に感じていると、
「壁を作って時間稼ぎをしているけど、敵はまともじゃ無さそうだ。
クレスト兄を凶暴にしたような感じ」
とルケイドがルドラ隊長にそう報告する。
「そうなると、やはり来たのは皇帝かもな」
「アイアンゴーレムの敵討ちか、それとも敵情視察をしに来たのか」
「アレは別格の存在だ。君が敵わなくて当然なのだ。
敵を恐れることは決して恥ではない」
俯き唇を噛むルケイドに、ルドラ隊長が肩に手を置き慰める。
一人残った見張り役がその様子を見て、
「まさかルドラ隊長…男子への愛に目覚めたんじゃ…?
セリカの姉御にアレちょん切られたからな…」
と誰にも気付かれないように囁くのだった。
そんな緩んだ雰囲気が漂う中、転送ゲートからベルとラビィ、少し遅れてフリットジークが出て来た。
「向こうの様子は?」
と見張り役がルドラ隊長から視線を移してベルに問う。
「クレスト君が皇帝を迎え撃つ気だ。彼なら勝てないまでも、ヤラレルことは無いと思う。
転送ゲートももうすぐ閉じるんだろ?
タイミングを見計らって飛び込んでくれると良いのだが」
そう言えばと転送ゲートの様子が変わっていたことに今更気が付く見張り役だ。
もっとも転送ゲートなど滅多に見られる物ではない。それどころか、普通なら一生の内に見られる可能性など皆無に等しい現象なのだ。
だから点滅を始めたからと言って、それが転送ゲートの閉じる合図だと気が付かなくても仕方のないことだろう。
そしてそれからすぐに明滅する転送ゲートが一瞬強く光り、ルーファスさんが出て来た…のだが、下半身が自力で抜け出せないようで、
「出れねぇ! 引っ張ってくれ!」
と助けを求めた。
見張り役とルドラ隊長が腕を片方ずつ掴んでズルリとルーファスさんを引っ張り出すと、転送ゲートが音も無くスーッと消えていったのだ。
それを見て「マジかよっ!」と叫ぶのは一人だけではなかったが、誰もその後の言葉を中々出せないでいた。
それでも少しの時間を置いて、
「時間はまだあった筈だろ?」
とフリットジークさんが質問と言うより確認するように呟いた。
「…赤熱の撃った魔法が壊したんだよ…多分な」
とルーファスさんが顔を青くする。
転送ゲートが無くなれば、一人残されたクレストに帰還する術は無い。
誰もがそう言う認識であり、通夜のように重苦しい雰囲気が転送ゲートのあった広間の前に漂う。
ルケイドの体感で約三分、誰も一言も発せず時間だけが過ぎて行く中、「うっ」と声を出して赤鎧が目を覚ましたのだった。
「明日はやっと私のターンなのかも知れないのです!」
「気が早いって。
まだラードンさんから話を聞いてないだろ?」
「そんな背脂みたい名前の人は無視して良いのです!」
「確かに似てるけど…明日はまだアルジェンの出番はないからね」
「仕方ないのです…早く私の出番を作らないと、パパの爪を深爪してやるのです!」
「地味な嫌がらせはやめようね」
「忍法・巻き爪の術!」
「もっとイヤなやつ!」




