第1話 お宝の山は悩みの種になるものです。
復活を遂げた俺は全部吐き出してしまった…と言ってもゲロった訳ではない。
アイテムボックスから強制的に排出され、仲間達の前に全容を現した『骸骨さんコレクション』の数々。
山のように積まれたアイテムの中には、人の目に付くのはマズい物もある。
魔界蟲戦で使用した『星砕き』は魔界蟲を貫き、地割れを起こしてしまったからな。
このように威力の有りすぎる武器はルケイドに頼んで優先的に回収してもらおう。
「『偽炎・斬』っ!」
「アメンボウ・フルバースト!」
隅っこで二人が何か始めたのだが、一体何を?
立っているのは人形…いや、あれは案山子だな。
麦わら帽子を被った一本足の案山子に向かって、オリビアさんとサーヤさんが自身の持つ必殺技を放っているようだが。
オリビアさんが発射した光の輪は、炎の名前を冠したことで赤みを帯びている。
魔界蟲に留めを刺したこの技を案山子如きに?と思ったのだが、赤い光の輪を胴に受けても全く身動ぎ一つしない案山子に見物人が驚く。
もう一体の案山子に向かって放たれた魔力を纏った矢は、案山子に命中する直前に数十を数える矢に分裂。ドドドと音を立てて案山子を貫い…ていなかった。
遠目には麦わらの束で作られた胴体と、腕が十字架の形を作っているだけにしか見えないのだが。
「あの案山子は何?」
持ち主である俺が聞くのもおかしな話だが、『骸骨さんコレクション』の全容を知る訳も無く。
「ダメージを吸収して魔力に変換する魔道具のようだ」
とベルさんが教えてくれた。
その魔力が何処に行くのか気になったので調べてみる。
『アイテムボックス』が機能していた時は、その中のアイテムの説明文を読むことが出来たのだけど、それが使えない今は試行錯誤を繰り返すしか無いようだ。
もし魔石に魔力をチャージ出来るのなら、トレーニングをしながら魔力を溜めた魔石をゲット可能になるので経済的にも有難い。
だがその結果…
「リバースッ!」
と楽しそうにカーラさんが発した声と同時に、胴に受けた筈の『偽炎・斬』が案山子から発射されたのだ。
恐すぎるだろっ!
しかも発射された先には『ヒルドベイル』を構えたセリカさんが待ち受けていたのだ。
案山子からの攻撃を爆音を立てただけで打ち消した『ヒルドベイル』に安心したが、一言
「怪我しないようにね」
と言い置いてそこを去る。
魔法が使えなくなった今、本心からそう思う。
攻撃魔法は良いとしても、『洗浄』と『治癒魔法』が使えなくなって怪我を簡単に治すことが出来ないのだから。
ずっと『怪我ぐらいは構わない』と安易に考えていた俺にとって、これが一番の衝撃で、もしも『怪我をしたら治せない』と言う考えがあの時の俺の頭にあれば、ノーラクローダとの一騎討ちに持ち込んだだろうか?
今更だが有り余る魔力に天狗になっていたんだと猛省するしかないだろう。
考えてみれば、俺なんて骸骨さんの足下にも及ばないレベルだったんだよね。それなのに、何故負けることを考えなかったのだろう。
『自分の弱さが憎いだろ?』
骸骨さんが珍しく語り掛けてきた。
「憎いって言うか、情けないって言うか。
皆に守って貰わないといけないのかなって思うと、ちょっと寂しいかな」
そんな俺の独白に骸骨さんが軽くクククと笑い声を出す。
「笑うなんて酷いぞ」
俺の声が聞こえたのか、エマさんがこちらを振り返った。
『言っとくが、今のところお前は怪しい奴だからな』
ククククと声を忍ばせながら笑う骸骨さんに少し腹が立つ。怪しいのはお前のせいだろ?
温かいお茶を持ってきてくれたエマさんが隣に腰を降ろすと、
「あの人とお喋りしてたの?」
と優しく聞いてくる。
「自分の弱さが憎いのかって聞いてきたんだよ。あの人から話し掛けてくるのは珍しいからね」
これ、エマさんで無かったら俺って完全に逝ってる人だよね?
『別にお前は勇者でも英雄でも、ましてや魔王でもないんだからな。
お前の周りには強い奴が居るんだから頼ってみろ。
そうすれば見えてくる物がある…かもな』
そうだったな。
俺自身が強くある必要なんて無かったんだよな。
「私もその人とお喋り出来るのかな?」
そう言うと、
「こんにちわ! エマです!
いつもクレストさんがお世話になって…ええと、お世話してます? どっちだろう?」
と俺の胸に向かって話し掛ける。
これが逆なら、お腹の中の赤ちゃんに話し掛けてる微笑ましい光景なんだろうけど。
『クククッ! 面白い女性じゃないか。
中々のレアもんだろうな。大切にしろよ』
骸骨さんはそれだけ言うと、スーッと消えて行った。
基本、あの人は自由人だからね。
でも俺の胸に耳を押し付けているエマさんと、ふわっと香るエマさんの匂いに体が…主に下半身が反応する。
そして自然と腕がエマさんの背中に回ろうとしたとき…
「あーッ! あんちゃん、そこ退いてやっ!」
と言うラビィの悲鳴の直後、俺の後頭部から背中に掛けてドゴッ!と何か重量のある物がぶつかった。
その反動でエマさんを抱くように上体が少し前に倒れる。
「ストライークッ!」
と喜んでいるのは間違いなくカーラさんだ。
俺にぶつかって進む方向を変えたのは、運動会の大玉転がしに使うような大きな赤色のボールだった。
「風魔法で加速させるやて反則や!」
「フッ、最初に禁則事項を決めなかったラビィが悪いのよ」
「玉転がしに魔法を使うような奴、普通おらんやろ!」
俺もラビィの意見に同意だな。
ラビィとカーラさんが遊んでいるのはいつものことだけど。
少しはルケイド達を手伝ってやれよ。
それともあれか、片付けしてると想い出の品が出てきて手が止まる的な?
それにしても、直径二メトル程のボールなんて何に使うつもりだったんだろ?
相変わらず、骸骨さんの考えはよく分からないな。
そう言えば、さっきから胸と腕に感じる温もりは…じっと俺の胸に頭を付けているエマさんだった。
「あっ、ごめん!」
と慌ててエマさんを離すと、
「そんなに慌てなくても…」
とクチを尖らせるエマさんに、女性って大胆なんだなと少し驚く。
でも、もう少し抱いていたかったかも…。
あぁ、そうか。子供の頃に親に抱かれて安心してたのと同じ理屈なんだよ、誰かに抱かれて安心したり、抱いていたいと思うのは。
恥ずかしそうに俯くエマさんを見て、たまにはこうやって芝生に座って寛ぐのも悪くないかと呑気に思う。
そんなスローモードの俺と違って働き通しのルケイドが、
「そこーっ! 遊んでないで手伝ってよ!」
とコメカミに十字の怒りマークを浮かばせながら、オリビアさん、サーヤさん、カーラさんの三人プラス熊に声を上げる。
『アイテムボックス』持ちのルケイドだが、その容量は骸骨さんのようなデタラメではない。
タイニーハウスや工作機械などが入れられる入り口の大きさもスペースも無い。
故に持ち帰る物は厳選しなければならないのだ。
「あの…マジックバッグも沢山あるようだから、取りあえずバッグに入るだけ入れましょう。
防具や家具類は無理だけど」
と、テキパキとカテゴリー別に分類してくれたセリカさんは実に冷静だ。
片付け上手の良い奥さんになるだろうね。
これ以上ルケイドを怒らせまいと、全員で仕分け作業に取り掛かる。
「エマっちのスキルには、エッチな下着の他に何を入れるの?」
「そんなの入れないからっ!」
エマさんを揶揄うカーラさんに、手に持った下着類を押し付けたエマさんだが、実はどうしようかと悩んでいた。
ベルさんが居るので嘘の報告をする訳にはいかない。
でもこのお宝の数々を報告すれば、クレストさんの身は確実に厄介なことになる。
領の発展に大きく貢献する、外敵の侵入を阻止する、又は莫大な金銭的価値の物を納めるなど、目覚ましい活躍をした者には度合に応じた地位が与えられる。
信賞必罰は統治者の心得であり、賞としてこの国の身分制度に措いては貴族と言う階級に叙されるのだ。
それは今までの付き合いで分かっているけど、クレストさんが一番嫌っていること。
全ての貴族を嫌っているのではないけど、貴族制度も市民権制度も廃止すべきだと公言している彼にとって、叙爵とは余計な枷にしかならないの。
そう思うと溜息しか出ないと内心愚痴るエマだった。
王宮の宝物殿をも凌ぐと思われるお宝の数々を前にして、トラブルメーカーだとは思っていたけど、今回ばかりは予想の遙かに上空を行く厄介ごとに溜息を付くのはエマだけではない。
手に取ったアクセサリーが身体的能力向上のマジックアイテムだと見抜き、大銀貨千枚以上を積み上げてでも購入しようとする金貨級冒険者の面々を想像するベル。
人間の身体的能力は当然ながら限界がある。
それをスキルなどで底上げ出来る者だけが更に上の大金貨級に至るのだ。
大金貨級とはまさに超人を意味するグレードである。
運良くダンジョンから能力向上アイテムを入手して大金貨級となった者をベルは知っているので、これを持ち帰れば争奪戦が勃発…欲に目が眩んだ人間同士の醜い争いが起きると簡単に予想出来るのだ。
そんな争いがまともなものである訳も無く、人死にが出るのは確実。故に公表には細心の注意を払う必要がある。
だが彼も冒険者ギルドの上級役員の地位を持つ。安易な虚偽報告又は事実隠蔽を行う訳には行かない。
「これを見てない事に?
出来ればそうしてあげたいし、それが正解なんだと思うんだけど」
さてどうしたものかと彼もまた頭を捻るのだった。