第36話 先行と戦闘と逃亡
翌朝、ゴージー所長のイビキが酷いと本人には聞こえないように所員に話をすると耳栓を渡された。
それなら昨夜のうちに渡してくれれば良かったのに…。
少々寝不足を感じながら、通信施設の中で次の指示が来るのを待つ。
コリオ隊からは一時間おきに定時連絡が入っており、農村を見付けては焼いて殺してと楽しそうな口調で報告されるので胸糞が悪くなる。
どうやら俺はこう言う事には向いていなかったらしい。
部下達の中にも自分も混じってヤリタイとぬかす者も居る。
戦場では奪い、殺し、犯すのが兵士の息抜きとなるのだから仕方ない、そう割り切る事が出来ない俺が軍で出世が出来る訳がないとようやく気が付く。
もし軍人以外の仕事に就ける機会があるなら、自分は何をしようか…と手を眺めるが、剣を振るう意外に脳が無い自分に溜息をつく。
定時連絡が終われば暫くは自由な時間が取れる。施設の外に出て一心不乱に剣を振り、心の中に貯め込んだ膿を吐き出す。
指示が無いまま時間だけが過ぎていくが、その日の午後八時頃か、コリオ隊から入る筈の定時連絡が入らなかった。
二つ前の定時連絡では、農村から逃げ出した農民達を追う部隊とルーファスの本拠地を探す部隊に分かれて行動中と報告があった。
その次の報告、つまり最後の連絡では山の麓にあるダンジョン前に集まっていた農民達を殲滅すると言う報告と、ルーファスの拠点と思われる町を発見したのでアイアンゴーレムで攻撃すると言う報告の二つが入っていた。
夕食の支度が整っていた食堂に異様な空気が漂う。
「アイツら、負けたのか?」
と誰かが言った。
「通信魔道具の故障か、通信魔道具を無効化するような魔道具を持っていたのかも知れんぞ」
とゴージー所長が負けを否定する。
だが二ヶ所とも、と言うのはどうなのだろう?
通信兵は戦場から離れた後方、指揮官と同じ場所に配置されるので直接攻撃を受ける恐れは少ない。
それに指揮官の周りには護衛が付いているのだから、早々おかしな事にはならない筈だ。
もっとも、その指揮官がコリオ兄さんなので断言出来ないのがツラいところだが。
「こちらから発信した通信波は、ちゃんと向こうの通信魔道具にキャッチされておる。
魔道具が無事と言うことは、何かイベントでもやっておると考えて良いじゃろ。
…指揮官がハメを外しておってもおかしくないからの…」
ゴージー所長が俺を気遣ってか指揮官の名前を出すことはなかった。
俺とコリオ隊長が兄弟だと知っていたらしい。恐らくグレン城の通信兵が個人情報をリークしたのだろう。
「一時間後に連絡を入れるから、飯でも食いながら待てば良かろう。
連絡を忘れるとは、一体どんなドンチャン騒ぎをやっとるのやら…」
コリオ兄さんが勝利に酔って酒宴を開いていると確信しているのか、ゴージー所長は特に気にした様子も無い。
一体兄さんのことをどう聞かされているのやら。
とは言え、二人の通信兵が二人とも定時連絡を入れないなど、普通なら考えられないのだが。
少々気楽に構えすぎではないか、と思いながらも今の俺はタダ飯食い状態なので敢えて意見を言うことはしない。
もうちょっと待てば、通信兵なら自分の責務の重大さを思い出して連絡を入れるに違いない、そう自分に言い聞かせて味の薄いスープを飲み干す。
そして次の定時連絡の時間が来るが、やはりこちらに連絡は入らない。
「ゴージー所長?」
「魔道具は生きておるから、こりゃ全員飲み潰れたのかものぉ」
本当にそうなのか? 俺には悪い予感しかしないのだが。
三度立て続けに鳴った不思議な音と微かな振動、それに不気味なあの黒い煙がコリオ隊の起こした物とは思えないのだ。
もし兄さんの手元に新兵器があったのなら、あの人なら間違いなく秘密に出来ずに嬉しそうに喋っていた筈。
ルーファス達の新兵器か魔法が炸裂して部隊が壊滅したのではないか?
悪いがもう黙っていることは出来ない。
「ゴージー所長、俺にはコリオ隊が壊滅したとしか思えないのです。
片道四時間、山道なので距離にして五、六キロメトル離れた場所で起きた爆発が三度。
ここに居ても分かるような高威力の魔法が使える奴はあの隊には居ない筈。
敵の戦力を甘く見すぎていた可能性があります」
ゴージー所長が俺の言葉を聞いて少し考え込む。
「言われてみれば…掃き溜め部隊にあんな攻撃の出来る者はおらんか。
今から出ても往復八時間か…うむ、次の定時連絡が無かった時点で最悪の事態になったと城に連絡を入れる事にする」
本来なら現地に赴いて状況確認をするべきだが、それをするためには最低八時間も掛かってしまう。
それを考えれば、連絡が途絶えたことはイコール部隊の敗北の可能性アリと報告する方が話が早い。
勿論偵察を出しておく必要はあるだろうが。
そして一時間後。
「連絡は無い。
しかも通信魔道具の反応も消えておる。
軍務大臣にコリオ隊の敗北を連絡するぞ」
俺の兄が亡くなった可能性を考えてか、ゴージー所長は言葉を選ぶようにそう言うとグレン城への通信を開始した。
それからこの施設の職員達がバタバタと動き回り、半時間も経たないうちに、
「今から皇帝がここに来るから用意しといて」
と通信魔道具の前に居た職員から大声が上がったのだ。
「了解した」
と冷静に返事をするゴージー所長が男前過ぎる。
そして一時間も過ぎないうちに、二階から本当にベリオ皇帝が降りてきたのだ。
後ろに目を引くような二人の妖艶な美女を連れており、男性職員達の視線が皇帝ではなく美女の胸元に釘付けになったのは仕方ないことだろう。
こんな山の中に幽閉されたも同然の暮らしをしているのだから。
その視線に気が付いた皇帝が苦笑するのは、この職員達の気持ちに気が付いたからだろう。
その皇帝を相手にゴージー所長がスラスラと説明していくと、
「ゴージー所長、二人ほど道案内に赤鎧を付けてくんないかな?
特別手当てを支給するから、元気な人を選んでよ」
と皇帝が言うのだ。
まさか本当に皇帝自ら片道四時間もの山道を歩くとは思ってもみなかったが、その可能性も考慮に入れて、俺達の隊はいつでも出発出来るようスタンバイしているのだ。
「念の為、こちらで預かっている小隊を安全確保の為に先行させておきます」
俺に目配せするゴージー所長に頷くと、
「私はラードン・ヘルト小隊長であります。
これよりルーファスの潜伏先までのルートを先行し、安全確保の任務に入ります」
と述べて皇帝に敬礼をしてから通信施設を出発した。
それにしても、日付の変わる二時間前に山道を歩く皇帝が居るのか?
フットワークが軽いとか、そんなレベルは軽く通り越していると思う。
そして軽口を叩く隊員達と夜の山道を歩くこと約四時間。
焼けた大地が放つ独特な匂いと微かな血の香り漂う山の麓に到着した。
「この地面は…物凄い高温で溶けて冷えたのか?」
星灯りを受けて淡く光る透明な結晶が、この地で起きた惨事をそう思わせる。
こうなると、やはりここに居たコリオ隊の壊滅は必至と考えて間違いないだろう。
しかし隊が運んでいた物資は何処にある?
それに遺体は?
まさかと思うが、遺体はこの高熱になった筈の地面で焼き尽くされたのか?
装備品や物資を全て回収し、遺体だけ焼却処分したとしても不思議ではなさそうだ。寧ろ証拠が残らないのだから、その方が都合が良いに決まっている。
少しブルッと寒気を覚えながら、通信兵の説明にあった通りに進んでダンジョンの入り口前に到着した。
照明は星の照らす光と魔道具のランタンだけであり、決して明るいとは言えないだろう。
だがここは敵地なのだ。
ランタンを点けるなど本来憚るべきなのだが、俺達の役目は安全確保。
つまり敵の排除なのである。
光に釣られて出てきた敵を返り討ちにするつもりだったが、ここまではルーファス兵と遭遇しなかった。
このダンジョンに人が集まっていたのは間違いない筈だが、大勢の人が居るとはとても思えないぐらい静かである。
それもその筈、時刻は日付が変わって午前二時頃。真夜中のど真ん中なのだから、不寝番以外は眠っていて当然だ。
俺達の装備は部分的に金属で補強された革鎧だ。しかもコスト低減の為か、かなり軽い革が使用されている。
その分動きやすく、音も立てずに動けるのだが、暗闇のダンジョンに浮かぶ魔道ランタンの灯りがこちらの居場所を如実に物語る訳で、お世辞にも隠密行動とは言えない状況である。
そして案の定、入って間もなくルーファス兵達に発見されてしまったのだ。だが二人の見張り役目は何やらゴソゴソすると、逃げるようにそこから立ち去って行く。
「土のゴーレムだ」
どうやら逃げる時間を稼ぐのが目的らしい。
土人形であるマッドゴーレムは、扱うのも比較的簡単でそこそこの戦闘能力を有するが、訓練された兵士に比べるとやはり一歩劣る。
「コイツら、カスタムされてるぞ!」
だが一般的なソレに比べると、全体的に能力アップされたゴーレムが三体、俺達の行くてを阻む。
だがソレでもやはり決められた行動しか取れない土人形は俺の敵にしては明らかな力量不足出会った。
「さすがラード隊長! 容赦ないって!」
と隊員の一人が俺をヨイショするが、その時突然天井からドサドサと岩が落ちてきた。
運悪く一人がその岩の直撃を食らって脱落したが、他の隊員に被害は無いようだ。
「負け犬の割りに小細工が上手いな」
「ロックが岩の下敷きになるのは宿命だったか」
「もう少し後ろに居たら隊長が潰れていたな」
「悪運はあるらしい」
隊員達がそんな会話を交わして奥へと進み始めた。
それから少し奥に向かって歩くと、待ち構えているルーファス兵が数は十人程現れた。
狭いダンジョンではあるが、ここは少し開けた場所になっており、これだけの人数が展開して戦闘出来るだけのスペースが十分にある。
その兵士達の奥にはゆらゆらと揺れる魔力の壁?
どうやら彼らはこの壁らしき物を守る為にここに居たようだ。
「やはり来たか!
お前ら、死んでもゲートを守るぞ!」
そう気合いを入れたルーファス兵達に対し、久し振りの戦闘に高揚した部下達は支給された妖しげな薬品を躊躇すること無く飲むと奇声を上げ始めた。
いつもと様子の違う部下達に驚き、今回支給された薬品は不良品かそれとも成分が違う物なのかと訝しる。
「ラリック! 体に異常はないか?」
と副隊長に聞いてみたが返事はない。それどころか、声を掛けた俺にまで斬り掛かってきたのだから訳が分からない。
「嵌められたか?」
コイツらは元から俺を殺すつもりだったのか?
それとも誰かに薬品をすり替えられたのか?
ラリックの顔からは既に理性が消え失せており、これはベリオ皇帝が『パラなんとかドリーム』の安全性を謳う前に出回った試作品を服用した時の症状に酷似しているのだ。
これだけ即効性のあるこの劇薬は、服用した後には大抵の者が廃人となるか命を落とす。
生きながらえたとしても、もう会話の出来ない生きた屍のようになるのだから、人を使い捨てにするのと同罪だ。
俺はあえて薬品を服用しなかったことにホッとしながら、一体誰がこの薬品を入手して彼らに渡したのか考える。
そして最近の自分に起きた不可解な事象に思い至る。
乗っていた愛馬が突然暴れ出して振り落とされたこと、貧民街での襲撃、屋根からの落下物…どれも命に関わるようなものが短期間に連続して起きている。
「そうか…面汚し…はお前の方だろうが!」
ムカつく笑いを浮かべていたコリオ兄さんの顔が脳裏に浮かび、そう呟くと俺はラリックを斬り捨てて剣を鞘に納めた。
「通してもらう!」
目の前に居たルーファス兵にそう言うと、制止されたのだが構わずゆらゆらと揺れる転送ゲートらしき物へと飛び込んだのだ。
敵前逃亡だと?
この場合、敵はルーファス兵ではなく味方だった元部下達だろう。
さすがに敵になったとは言え、元部下を何人も殺すのは寝覚めが悪い。小隊の中で一番腕の立つラリックさえ無力化しておけば、後の九人は雑魚に毛が生えた程度の兵に過ぎない。
それで勘弁してもらおうと勝手に思い、魔力に引っ張られるようにして転送ゲートの出口から外に出たのだ。
そして突然頭に受けた衝撃が俺の意識を奪うのだった。
「パパ! どうして関根さんとかモブの話しが途中で入るのです?」
「それなぁ…多分アルジェンがどうやって俺をキリアスに返すのか、作者が考えていなかったからじゃないのか?」
「そんなことは無い筈なのです!
きっと主役を私にしたストーリーに変更しようと時間稼ぎしてるのです!」
「そんな器用な作者じゃねえだろ?
どうせノリとその場の思い付きで書いてるだけだし。
それに最近ピコットランドってゲームで忙しいんだよ。ゲームに飽きたら通常運転に戻るから」
「ダメな作者なのです!
早く私のターンを希望するのです!」
「次回はリミエンのダンジョンの話だし、エマさんもリミエンに到着した頃だから、そっちの話もありそう。アルジェンの登場は暫く無いかも」