第35話 閑職バンザイ?
俺達の小隊は先日この通信基地にやって来たのだが、次の指示が無い為駐留したままである。
道路整備で疲れた体を癒すにはちょうど良かったが、いつまでボケッと待たされるのか?
まぁ、俺達には雑用のような仕事しか回ってこないから、急ぐ必要も無いのでそれ程気にはしていないが。
だが先ほど入った通信には、この施設の管理責任者であるゴージー所長も少し驚いたようだ…『今から皇帝がここに来るから用意しといて』といきなり言われて、少しで済むその豪胆さにあやかりたいものだ。
おっと、先に少しだけこの施設の事を説明しておこうか…。
元々は特に戦略上の重要拠点でも無かったこの山に、魔道具による通信基地が建設されたのは約十年程前のことだ。
通信魔道具はこの施設のように、周囲にあまり妨害物の無い山頂付近に設置した方がより遠くまで通信魔法波を届けることが出来る。
グレンノード皇帝が住むグレン城との遠距離通信を可能にする為に、この国…と言うか、グレンノード皇帝の治める領地には幾つもの山頂にここと同じような施設が設置されている。
徒歩で約四日の距離にあるグレン城に向けて発信した通信魔法波は、一旦最寄りの通信施設が受け取り、そしてリレーのように次々と計六個もの通信施設を経由することで城との通信が可能となるのだ。
少々手間は掛かるが、馬を走らせるより圧倒的に早く情報を伝える事が出来るのだから、この通信施設が国防上重要な役割を担っていると分かって貰えただろう。
それともう一つ、馬車に乗せて運搬可能なポータブル通信魔道具と言うのもあって、戦場の様子を伝えるのに役に立っている。
そのポータブル通信魔道具の通信魔法波をキャッチするのが、この通信施設の最も重要な役割なのだ。
もっともこの通信魔道具はいつでも通信が可能な訳では無く、一度起動させると次に起動可能になるまでに小一時間程のクールタイムが必要と、少々不便なところもある。
従って戦場からの定時連絡として、一時間
おきに異常の有無や作戦の進捗状況などが報告されてくる。
そんな雑学に興味は無いって?
それにお前は誰よ?と聞かれるのは仕方のないことか。
俺は十人の隊員を束ねる小隊長のラードン・ヘルト、二十六歳の独身だ。
今でこそしがない小隊長だが、これでも子供の頃には天才剣士と持て囃されていたんだな。
一応俺の家は小さいながらも男爵家である。
長兄のコリオは武芸は全然大したことは無いのだが、世渡りが上手いと言うか、上司受けがやたら良いタイプの人間だ。
戦場でも五百人規模の隊を指揮することもあり、指揮能力も高いので重宝されていると本人の弁だが、俺からすれば便利に使われていると言うのが正解だと思っている。
それに引き替え俺の部下達は、訳あって出世コースから外れた者達が俺の下に捨てられたゴミのように集まって来るのだ。
だからと言って極悪人かと言うとそうではない。
上司の機嫌を損ねたとか、些細な理由で飛ばされる事があるのが軍内部の悲しい現実なのである。
と愚痴を溢しても仕方が無い。長いものには簀巻きにされろ、と昔から言うしな。
俺達がグレン城を出たのはルーファス討伐部隊の行軍中の支援と、ルーファスの村からこの通信施設までの道の整備を仰せつかったからだ。
アイアンゴーレムが同行する今回の作戦は、軍の行動としてはかなり小規模な二百人体制だった。
ルーファスが強いと言っても、動く鉄の塊に勝てる筈などないので、出発前から楽勝ムードの漂う行軍である。
隊を率いるコリオ隊長…俺の兄も緩んだ規律を引き締めようとはせず、作戦後のご褒美のことばかり部下達と話していたのだからどうしようも無い。
城を出てから四日で到着予定のところ、一日半も遅れたのは大きな減点対象である筈だが吞気なものだ。
重いアイアンゴーレムを荷馬車で運んでいるのだから、多少行軍が遅くなるのは仕方が無い。
だが支給される糧食にも限りがあるのだから、行軍で余計な浪費をするなど愚の骨頂と言うしかない。
やはりコリオ兄さんが優れた指揮官である筈はないが、もし胡麻すりグランプリが開催されれば表彰台は確実だろう…俺も少しはそっち方面の練習をするべきなのだろうか?
「ラード隊長…閑職って辛くないっすか?」
「ラードではない、ラードンだといつも言っていると思うが」
「ラドン隊長、細かいこと言ってて禿げないんすか?
やっぱ良い仕事を回して貰うには、賄賂とか賄賂とか賄賂とか渡すべきだと」
そうもハッキリ言われると、むしろ逆に賄賂など渡す気が無くなるというものだ。
確かに俺が知っている仲間にも、堂々と上司に賄賂を贈る者もいる。だが、そんな事をして浴びるお天道様が気持ち良いとは俺には思えないのだ。
「ラードン隊長の下に居りゃ、給料は安いけど死ぬような任務を任されることも無いし。
それで良くねえ?」
「イヤイヤ、そのうち鋼鉄王との戦になるって噂を知らねぇのか?
俺ら絶対矢除けに使われるぞ」
「それよ! アイアンゴーレムを使った特攻隊が編成されるそうだし、俺らみたいな閑職組をそっちに回すって話だぞ。
絶対馬鹿みたいに魔法が飛んでくるから、一番危険な戦場になるんじゃね?」
部下達の噂と言うのは実は決定事項である。
対魔法装備の騎士も何人かはサポートに入るが、アイアンゴーレム運用部隊の矢除けに使い捨ての部隊が編成されるのを、コリオ兄さんが上司から聞き出したと自慢げに話していたからな。
「じゃあ戦前日に悪いもん食って腹でも壊すか!」
「腹壊してても、怪しい薬を飲まされて結局前線送りにされんじゃねぇの?」
「それもそっか~。行きたくねーよな」
不寝番をしながらそんな話をしている部下達を本来なら注意しなければならないのだが、今のコリオ隊には規律のような物は無いに等しいのだから、『まぁいっか』と見てみぬ振りをする。
ルーファスの夜襲も考えられるのだが、酒を飲んで眠っている連中のお守りとなると、こちらのヤル気も削がれると言うものなのだ。
無事に夜明けを迎え、荷馬車の上で仮眠をとる。
こんな行軍を続けた結果…主に飲み過ぎにより、予定より遅れての現場到着となる。
ここからはまず周囲に点在する農地を焼き討ちにする。
そして逃げだす農民達を道案内に使い、ルーファスの隠れる場所へ誘導して貰おうと言うのが第一段階。
ルーファスの拠点を見つけ、アイアンゴーレムでルーファスを討つのが第二段階だ。
「さぁて! お楽しみの時間の始まりだ!
みんな纏めてヤっちまいな!」
そうコリオ兄さんが号令を掛けた。とても作戦開始の号令とは思えない。
そして起動したゴーレムを先頭に、ヒャッホーと叫びながら後に続く兵士達を見て愕然とする。
聞いていた作戦とまるで違うではないか。
目の前で繰り広げられているのは、ただの虐殺行為だ。決して理性ある人間のすることではない…と俺は思う。
「ヘッド家の面汚し君。ここまで同行ありがとな。
次の君の任務は通信施設までの道路整備だ。
獣道らしいから君にはちょうど良い仕事だろ?」
少し理性の飛んだ顔で俺を馬鹿にするようにそう言うと、シッシと手を振る。
その手の先には焼ける農地と農民達の悲鳴…見るのは初めてでは無いが、何もそこまでしなくても良いのではと疑問に感じる。
これも戦争の一部だから仕方ないと思うしかないのだろうが…耳を塞ぎたくなるのを我慢し、部下を連れてこの場から足早に去って行く。
道路の整備と言っても、基本的には魔法と魔道具を使って獣道と言われた道を歩きやすくするだけだ。
馬車を通すための道ではないので、それ程の重労働ではない。魔道具の魔石交換が頻繁に必要なのが手間なぐらいか。
「確かにさぁ…無抵抗な農民を殺すよりはこっちの方が人としてマシだよな」
「皇帝に背けば容赦無く皆殺しってか?
ちょっと引くわ~」
と部下達が魔道具を使いながらそう漏らす。
強くなりたくて励んだ剣の練習の成果を無抵抗な農民に発揮するなど俺の趣味ではない。
土の操作魔法を得意とする四名がどんどん道を均していく様子を眺め、何だかんだと言いながらもコイツらにも人間らしいとこがあるから嫌いじゃないんだと思うのだ。
休憩時間を取りつつ八時間少々の作業を続けて、やっと通信施設に到着する。
俺達が騒がしくしていたからだろう、常駐する兵士達が暇を持て余していたのか出迎えてくれた。
「ようこそ、閑職組の皆さん」
「それは俺らもだぞ。そう言うのをブーメランコリーって言うの、知らねぇのか?」
そう言うとガハハハと陽気に笑い、バシバシと兵士の一人が俺の肩を叩く。
この施設は今のところ敵との戦闘が想定されていないのだから、ここに居る兵士達は俺達と同類と言うことか。
それでも俺達に支給されて居るハードレザーの鎧に少しだけ金属部品を取り付けた『なんちゃって赤鎧』では無く、正規の赤鎧を着用しているので階位はこちらより上である。
「疲れた顔してんなぁ。
今日はゆっくり休みなよ。お前らの任務はここまでの道路整備で終了だしな。
コッチは道路の様子を見てこいって言われんでさ、悪いが今から確認に行ってくら」
そう言って語にの内の二人の赤鎧が手を振って俺達が整備した道を歩き始めた。
「じゃあ、遠慮なく中で休ませて貰おうか」
山の上にある施設にしては想像以上に立派な建物であることに驚きながら、通信施設の中に入る。
そこでゴージー所長から時々この施設にベリオ皇帝が遊びに来ていると聞かされて驚いた。
何でもずっと城に居ると、たまにはこう言う山の中でリラックスしたくなるのだとか。
それなら専用の別荘も有るのだからそちらを使えば良いと思うのだが、『別荘が豪華すぎて落ち着かない』と言ったそうだ。
俺達から見て、今の皇帝は良く分からない人だ。
十数年前に勇者召喚によってキリアスにやって来たベリオ皇帝は、始めの内は大した能力も持たぬ『ハズレ』だと酷評されていた。
だが各地のダンジョンを巡っての武者修行を重ねた結果、クーデターを起こして当時の西方王を排除し、地方領主達を次々と撃ち破って瞬くうちに西方を統一したのだ。
個人の武力に優れていることは間違いなく、ダンジョン産の装備を着用した皇帝はドラゴンさえ倒すと言われるほどである。
性格はムラがあり、基本的には温厚なのだが敵に対しては容赦無く、失態を犯した部下にもかなり厳しいらしい。
実際に会って話したことは無いので、これは噂のレベルである。
またそれだけでなく、薬品の知識にも長けている。
服用すると短時間だが能力を向上させる『パラダイスドリーム』や、一時的に魔力量を増加させる『マナブースター』、他にも人工中絶薬や夜のお供になる商品を幾つか開発したそうだ。
そして本人も誰が正妻だったか分からないと公言するほど多くの妻を持ち、生まれた子供も歴代最多を更新するほど生粋のエロ皇帝である。
だが意外にも好物はカラアゲと冷えたエールと言う庶民的な面も持ち合わせている。
その皇帝がこの施設に良く来るものだから、チラリと見せてもらった皇帝用の部屋は場違いな程に豪華なものだった。
『テレポーテーション』と言う遠く離れた場所にも一瞬で移動出来る魔法が使えるのだが、制約が有るため移動先にはこのような専用の個室を用意しているそうだ。
その部屋ではなく、狭い二段ベッドがギチギチに詰め込まれた部屋でその日の夜を過ごし、次の指示が来るのを待つこととなった。
「イビキが酷い…」
先に眠りに就いたゴージー所長がとんでもないイビキを発する物だから、これは先が大変だと予想外の苦労にガッカリしながら早く寝ようと努力するのだった。
スミマセン、モブっぽい人の話になりました…明日もこの人の話になります。




