第34話 分かれ道
ルーファスが治める寒村にあるダンジョンで、ルーファスと部下の剣士、そして謎の甲冑と遭遇した。
その甲冑が俺の十八番『メガトンフレア』をライトシェーバーのような銀色の光の剣で切り裂き、その爆発にも無傷で耐えた防御力に感心する。
道案内の二人は無様に転び、うめき声を上げているので負傷したかも知れないが、こんな無能共に用は無い。
甲冑の人がルーファスの無事を気遣ったようだが、どうやらアイツが先に逃げていたのを悟ったようだ。
爆発の余波に焼かれた転送ゲートは不安定に揺れ始めたので、もう数秒もすれば消滅するのは間違いない。
恐らく時間を稼いで、転送ゲートが閉じる直前で飛び込むつもりに違いない。
だが俺はこの甲冑の人をそのまま帰すつもりなど無い。
だってこんな格好良い鎧の人なんて、俺の配下にこそ相応しいだろ?
「メガトンフレアを切り裂くそのライトシェーバー、それに銀色の魔法の鎧…悪くない」
彼を引き留めるために笑顔を見せてそう言うと、シェーバーではなくセーバーが正解だと指摘された…真面目で几帳面な人か。
けどなぁ…俺の友人達もシェーバーと呼んでいたから皆が間違えていたと言う訳で、今更セーバーと言うのも難しいかも…。
それよりもだっ!
彼なら俺の長年の疑問を解決してくれるかもと、そう期待を抱いてミルクシェーキとミルクセーキについて聞いてみる。
それは英語の読みの問題であり、同じものだと教えてもらって疑問が一つ解消しスッキリした。
でもこれだけ色々詳しく知っているってことはこの人も召喚者か転生者であり、しかも重度の中二病に間違いない。
敢えて聞いてみると、素直に転生者だと答えてくれた。良い人のようで安心だ。
まあライトシェーバー…セーバーを知っていると自分からバラしていたのだから、今更嘘をつく意味も無いしな。
代わりに俺は召喚されてきたことを教えると、召喚ゲートは廃棄されたのではないかと聞いてきた。
対外的にはそう言うことになっているが、キリアスの中ではそんな話は浸透していない。
つまりこの人は違う国に所属しているってことだ。
そうなると、今さっき消えたばかりの転送ゲートの先は、外国に繋がっていた訳か。惜しい事をしたかもな…俺だって好きでずっとキリアスに居る訳じゃない。
もしチャンスがあるなら、海外移住して戦闘も無く左団扇で暮らしたい。そんな願望もまだ持っている。
そりゃさ、今の俺は一国一城の主だから毎日好きな女の子達とイチャイチャし放題な生活を送っているけど、正妻が誰だったかもう分からん状態だし、子供も何人産ませたのか覚えていない。
あんなにポンポン産まれるなら、人工中絶薬をもっと早くから使えば良かったぜ。
毎月のお小遣いも馬鹿にならないんだからさ。
今は俺の下半身事情より彼の相手が優先だった…と少し反省し、転送ゲートに幾つものスペアがあることを教えると、彼は意外にも冷静に予想通りだと答えたのだ。
「中二病の割りに頭も良さそうだ」
とついクチに出る。
同じ病の患者なのだから、やはり是非とも部下に加えたいと思う。
「中二病はお互い様だ。
なんだよ、『赤熱の皇帝』ってさ」
あぁ、やっぱりそれ聞いちゃうか…あまり触れて欲しくないんだよね。
でも仕方ないか。
地球での俺の名前は関根強志。二十五歳のしがないサラリーマンだったが、出勤中の電車の中からいきなりこちらへ攫われてきたのだ。
その辺のことは後で酒でも飲みながら話してやろうと思って、ここでは聞き間違えられて『赤熱の勇者』と呼ばれるようになったこと、この地方を統一して皇帝と呼ばれるようになったことを彼に教えてやる。
相手は甲冑の中でよく顔は見えないが、同情するような雰囲気なのは何となく分かる。
そして『魔熊の森』で倒れていたこと、記憶が曖昧なことを教えてくれた。
転生者の中には、記憶の一部を無くして生まれてくる人もいることが知られているので、彼の言い分は不思議ではない。
ただそれが自己申告なので事実かどうかは不明なのだが。
ま、それぐらいは大した問題じゃない。問題なのは『魔熊の森』ってことか…。
アソコはここからだと五大勢力の内の二つを通り越えた先にあり、俺でも行くのは難しいと思う。
キリアス中心部を通るのが最短コースだが、あそこは『鋼鉄王デュークアード』の治める土地だ。こんな鎧を身に付けた人をただで通してくれる筈はない。
だから東北もしくは南東方向へ迂回して行くことになるが、どちらも戦闘民族のような奴がトップに君臨しているのでこれも難しい。
そこを抜けた先のキリアス東部は比較的温厚な婆さんが治めているが、去る者逃がさずの精神を徹底しているらしいから国境越えはかなり難しいだろう。
頭の中にキリアスの地図を思い浮かべていると、彼が突然振り返り、
「嘘っ! 帰れないだろっ!」
と叫んでガシャンガシャンと音を立てて転送ゲートのあった場所に走り寄った。
幾ら残滓となった転送ゲートに触れようと、もう転送ゲートが発動することない。
膝を付いて崩れる彼を慰めようと、
「ドンマイ、『魔熊の森』方面には帰れないから、諦めなよ」
と優しく語り掛ける。
だって消えてしまった物は仕方ないだろ?
その原因を作ったのは俺かも知れないが、そうじゃないかも知れないんだしさ。
それにもう向こう側には帰れないんだから、俺が高給待遇で雇うことを提案したのだが、
「何がドンマイだよ、このアホンダラ!」
と怒られた。
ここはテヘペロとでも言っとけば良かったのか?
やはり切れる若者の相手は難しい。
いや、俺の魔法が転送ゲートを破壊したことがバレていたから怒っているのか。
こう言う時は、俺は悪くないと言っても解決には繋がらない。
一番良いのは解決策を提示することだ。
そう、ダンジョンと言えばダンジョンマスターだろう。
ちなみにだが、俺は会ったことは無いがダンジョンによってダンジョンマスターの姿は異なるらしい。
そのダンジョンマスターを探し出して転送ゲートを開くように頼めば、来た場所に戻れる可能性は少しぐらいはある…のだが、何処にどんな姿で存在しているのか分からないのがダンジョンマスターだ。
探し出すのは困難を極めることだろう。
「うん、やっぱり諦めなよ」
解決策を提示しておいてなんだが、やはりこれは無理だと思うのだ。無駄な時間を使うだけで実りは無い筈。
「何が諦めなよ、だ…ふざけんなっ!」
と頭に血が上って叫んだ彼だが、そこから動こうとしないのは俺に斬り掛かることを躊躇っているからか?
あんな物騒な武器を手にしておきながら、良く我慢出来たものだと感心する。切れる若者ながら天晴れだと褒めておこうか。
テツタローさんを行動不能にしたのは彼に違いない。鉄の塊のテツタローさんに、通常の武器や魔法は殆ど効かないのだ。
だが彼のライトシェ…セーバーなら恐らくテツタローさんを切り刻むことも可能だった筈。
正直、テツタローさんを失ったのは惜しいと思うが、それ程落胆はしていない。アレよりはやはり生身の人間の方が使い勝手が良いからな。
美味い酒と飯、地位と名誉と金、そして女さえ与えておけば男なら言うことを聞いてくれるに決まっている。
しかもコイツも元日本人なのだ。
同じ話題で盛り上がれる仲間が欲しいに決まっている。
だと言うのに、それでも彼は首を縦には振らず、俺の世話にはならないと格好付けてダンジョンの奥へとガシャンガシャンと音を立てながら歩いていくのだ。
これって振られたってやつ?
いや、ダンジョンマスター探しなんてどうせ無駄だし、いずれ諦めてここから出てくるのは分かっている。
そうなるときっと俺を頼って来るに違いない。俺は出来る大人だから、彼を温かく迎えてやれば良い。
そうすれば俺の器の大きさに感激し、俺の仲間になる筈だっ!
ムフフ、これは逆にラッキーだよ。
このチャンスを逃がしてなるものかと、大雑把な俺の城への行き方を教え、俺の知人である証明として短剣を地面に置く。
ここでようやく自己紹介をするのだが、彼の名前はクレスポさん…。
さて、どこぞやのサッカー選手から取った名前かと思ってサッカーをやっていたのかと聞いてみたが、球技は苦手らしい。
そう言えば転生ってことは親が名前を付けたんだから自分で選べなかった訳で、格好良い名前とは思えないのでそこは残念と言うことだ。
そして俺のここでの名前は『赤熱の皇帝 ベリオニコルド・ラモンド・グレンノード』だと教える。
本当ならツヨシ・セキネと名乗るべきところだが、それじゃかっこ悪いだろ?と当時の俺がそんな名前を付けたのだ。
この名前に特に意味は無いが、強いて言えばグレンと言う文字を何処かに使いたかったと当時の事を思い出す。
かなりヒットしたアニメの主題歌にもその言葉が使われていたからな。
だと言うのに、
「長いっ! 何かの呪文かよ」
と予想外の反応に俺は絶句する。
皇帝にそんな言い方する人なんて普通は居ないよ。ここが城なら即座に誰かが『無礼な』とか言って斬り掛かっていたことだろう。
俺本人はそう言うの全然気にしないんだけどね。
彼の若さと言うか素直さに苦笑しつつ、ここで言うこと聞かなければ薬で操ろうとしていた考えを改める。
ダンジョンマスターを見付ける為に何度でもこのダンジョンに来させてやるから、俺の所に置いておこうと思い始めたのだ。
俺はずっとこう言う人が現れるのを待ってたんだよ。
それなのに、薬で自由な意志を無くすと全然楽しい会話にならないからね。
そう考えている間に、クレスポさんは俺の後ろに倒れている二人を少し気にした様子を見せたが、やはり奥を探索するつもりのようだ。
もう話は終わりだと言うかのように、足早にこの場から立ち去っていく。
彼を見送り、倒れている二人を蹴飛ばして起こすと、ゴニョゴニョ言い訳するので無視をする。
サッサとテツタローさんの残骸を回収しに行きたいのだが…道案内の二人はウッカリこの世から退場させてしまったので、後で赤鎧の遺体と一緒に別の人に回収に来させないとな。
予定通りとは行かなかったが、人生こう言ったトラブルが起こるから面白いんだよね。
ダンジョンの入り口にテレポーテーション用のマーキングを施すと、もう登録が出来なくなったので次は何処かのマーキングを消さなきゃならないのかと溜息をつきながら通信基地へと戻る。
俺の部屋に待機していたはずのレディガードの二人だが、ゴージー所長達へのサービスがまだ続いていたのにはビックリポン。
俺が提案したことだから今更やめろとは言えないし…頭から血の気が引いて意識がブラックアウトし、久しぶりに床へと倒れるのだった。
関根さんの話はこれで一旦終了です。
本来ならクレストが主役ではない話は閑話扱いなのですが、第二部からパターンを変えてみました。