第32話 ロストしたテツタローさん
『赤熱の皇帝』は召喚勇者の関根さんだった…まさか聞き間違えから『赤熱』の二つ名が付いたと言うのが恐ろしい…。
いや、本題はそこじゃないか。
その関根さんはアルジェンもビビるような魔力の持ち主だった。
俺の予想だと、あの悪趣味な深紅の鎧が魔力をブーストしている、若しくは類似の機能を持つ魔道具を装着しているのだと思う。
しかし最悪なのは、関根さんの放った『メガトンフレア』が閉じる前の転送ゲートを破壊してしまったってことだ。
その怒りのあまり、関根さんに斬り掛かろうとした俺をアルジェンが体の制御を奪って阻止したのはナイス判断だったかもな。
リミエンに帰れなくなった俺を関根さんが雇ってやると言うのだが、平気で人を殺せる元日本人と仲良くしたいとはとても思えない。
しかもあの人は、薬物を使ってまでして兵士を戦場に送り出すような人なのだから尚更だ。
アルジェンが俺の中に入って発動するKOSには、稼働時間が凡そ三分間と言う何処かの特撮ヒーローのような制限があり、この弱点を関根さんに知られるのマズイだろう。
そう考え、なる早で別れて正解だった。ヒュンッと効果音を残してKOSが解除されると、
「ヤバかったのです…まさかあんな強い人間が居るとは想定外なのです…。
キリアスは想像以上にヤバイ国なのです」
と顔を青くしたアルジェンが俺の肩の上でそう呟く。
「あんなのが五人も居るのか。
上手く他の勢力と相打ちになって貰うぐらいしか、奴らが滅びることは無いかもな」
「パパの居た世界の大陸には、『肉朝食の計』と言うのがあるのです!
明日の朝…今朝はお肉をお腹いっぱい食べたいのです!」
「…わざとボケてる?
それ、正しくは『二虎競食』な。
でも、食べ物も水も向こうに全部置いて来たんだろ?
今からダンジョン管理者を探して、転送ゲートを開いて貰わないといけないんだぞ」
このダンジョンの管理者が俺の前に姿を現すかどうかも分からないのに、何を吞気な事を言っているのか。
アルジェンなりに場をなごまそうとしているのかも知れないが、生憎ながら今の俺に冗談を聞いて笑うような精神的余裕は皆無なのだ。
マジックバッグに多少の食料は入れてあるが、何日ダンジョンを歩き回るのか分からないのだから心許ない。
「このダンジョンの天井は光石じゃないからな…アルジェンの『光球』が生命線か」
淡く光る光球が狭い範囲を照らし出す。
あの転送ゲート前は松明やランタンで明るく照らされていたが、それ以外の通路は真っ暗闇となっているのでジワリと迫る圧迫感が精神を蝕んでいく。
「恐らく、さっきの奴らはパパがギブアップして出てくるのを外で待つつもりなのです。
奴らの思い通りになんて、私がさせないのです!」
アルジェンが俺の肩の上に立って指を立て、ビシッとポーズを決めると更に言葉を続ける。
「じゃあ、ここらでUターンするのです!
お帰りはあちらなのです!」
と来た道を指さしてニヤリと笑う。
「何か考えがあるのか?」
「パパには後で私をいっぱい愛でると約束して欲しいのですっ!」
この自信…何か仕掛けてきたと言うのか?
それともダンジョン管理者と連絡を取る方法があるのか?
どんな方法かは分からないが、基本的に嘘を付かないこの子の言う事を信じて大丈夫だろう。
問題は…コイツをどうやって愛でるか…だよな…はぁ。
◇
時間を遡り、ある一室にて。
「グレンノード皇帝っ!
アイアンゴーレムを率いた部隊からの連絡が途絶えました!」
血相を変えて俺の執務室に入って来たのは、今年で五十歳になる軍務大臣だ。
体も声も無駄に大きく、動作がいちいち芝居掛かっているのが少々鬱陶しいが、俺の替わりに軍の関係業務を全部まとめてやってくれているのだからホイホイと左遷するわけにもいかないのだ。
「アイアンゴーレム…『テツタローさん』の部隊が消えたと?」
予想外の報告に、俺は久し振りに『まさか!』と唸ってしまった。
そのアイアンゴーレムとは、数年前にダンジョンから発掘した自律型魔道兵器…簡易人工知能を搭載した鉄製の人型のデカブツ『テツタローさん』だ。
もっともそう呼ぶのは俺一人だがな。
テツタローさんを発掘してから手懐けるまでに踏みつぶされたり弾き飛ばされて死んだ隊員は三桁に近い。
だが、制御に成功したテツタローさんはそんな奴らの分を余裕で補う働きを見せることになる。
俺に叛旗を翻したレジスタンスをたったの一体で壊滅させたかと思えば、領内に侵入してきた敵対勢力の小隊をあっと言う間にボロボロに引き裂いたのだ。
起動に掛かる魔力コストは決して安くはないが、俺の育てた赤い鎧の騎士団『グレンラダン』が束になって掛からなければ脚の一本も落とせないのも実証済みだ。
その模擬戦で運悪く三人ほどお亡くなりになったと報告は来ていたが、そいつらの分もテツタローさん一体に働かせれば元は取れる。
うん、全然問題無いじゃないか!
そんな成果に満足した俺は、以前俺の下から離れて行った騎士団員の一人が作り上げた小さな領地を奪うことにした。
軍務大臣の…えーと、名前は…ヒョイドロさんだっけ?を呼び出す。
「あー、ヒョイドロ軍務大臣、急に呼び出してスマンな」
突然俺の侍女に呼び止められ、何か失態を犯したのではと焦っている様子の軍務大臣にワインを勧める。
これは俺が機嫌が悪く無い証拠だとホッとしたのか、
「グレンノード皇帝っ、いつも申しておるではないですか!
私はヒョイドロではなくキョウ・ド・ロールですと!」
と名前を告げるのだ。
えー…そうだっけ?
頭の禿げた筋肉モリモリのオッサンがキョウとな? 一体何処の熟年ホストクラブに勤めてんだよ?
そんなホストクラブは見付けたら即座に廃業届を出させてあげなきゃ。
「あー、そうだった、キョウさんだ、キョウさん。
うん、覚えたからそう怒らないの」
言ってる自分がおかしくて少し笑うと、誤魔化すように侍女にワインのお替わりを頼む。
トクトクトクと音を立てて注がれたワインを一口飲むと、
「ヒョイドロさんを呼んだのはね、ルーファスんとこ、墜として欲しいからお願いしたくてさ」
と軽く頼む。
「ですからキョウ・ド・ロールです!
覚えるつもりは無さそうですが…。
それでルーファスの殺害が任務ですね?」
「んー? 違うよ、ルーファスだけじゃなくて奴の所に居る奴は皆殺し。
最近反乱多くて面倒だから、見せしめにしたくてさ。
良い具合にテツタローさんも仕上がったことだし、適当な部隊の運用訓練を兼ねて行ってもらってよ」
「テツタローさん?」
なんだよ、この呼び名は浸透していないのか。
「アイアンゴーレムのことだけど。
ヒョイドロさん達はアレの事をなんて呼んでる?」
「アイアンゴーレムはアイアンゴーレムですが。
ペットでもあるまいし…」
詰まらない人達だな。
アイアンゴーレムなんて呼びにくいだろ?
それに兵器にコードネームは必要だ。敵に情報が漏れた時の事を考えてみろってんだ。
「まさか、皆は剣や鎧に名前順付けない派?
俺なんか剣は『牙爛怒』、鎧には『深緋』って呼んでるの、痛々しい人じゃないか」
「いえ! 決してそのようなことは御座いません!」
深く頭を下げるヒョイドロさんに、虐めても仕方ないと思ってそれ以上言うのは辞めておく。
「テツタローさんを運んでさ、周りの村から全滅させてやればルーファスも逃げずに出てくる筈だよ。
あいつは義理人情に厚いから、見てみぬ振りして逃げることはしないだろ。
うん、暇な奴らを見繕って編成したので大丈夫だろ。
あ、勿論アレは飲ませておけよ。元気になる薬だからさ」
この城の近くにあるダンジョンに出現する特殊な植物タイプの魔物が出す体液は、一種の麻薬成分を持つ。
防毒マスクを装着せずに戦闘に入れば、そいつの吐き出す息であっさり薬物中毒患者の出来上がりだ。
その息の対策が採られるようになるまでに、一体何人の騎士を無駄に殺されたことか。
彼らの犠牲のお陰で精神高揚薬『パラダイスドリーム』が完成したのだから、墓の一つぐらいは作って弔ってやらないとバチが当たるかもな。
「はっ! 至急部隊編成させます」
「うんうん、気持ちは嬉しいけど、善は急げば回れと言うからね。
慌てすぎないように頼むね。
まあ、戦闘はテツタローさん一体で済むと思うけどさ、二拠点同時に攻めるのもありだから。その辺は現地でベテランさんの采配に任せるよ」
と言った軽い気持ちでテツタローさんと百人規模の中隊を送り出し、明日には良い報告が聞けるだろうと考えた俺は、ベッドの上でお気に入りの侍女とイチャイチャしていたのだ。
執務室にベッドがあるのはおかしいって?
いやさぁ、仕事中でも疲れたら一回寝た方が効率良いって言うだろ。だから素直に寝てるんだよ。それが偶々裸になって、若くて可愛い女の子と一緒に寝てるだけだ。
何もおかしくないだろ?
だが良いところで突然ドアが開いてヒョイドロさんが入って来たもんだから、ビックリ仰天。
それにテツタローさんを連れて行った部隊が音信不通になったって言うんだから、俺が混乱するのは当たり前だろ。
「『テツタローさん』の部隊が消えたと?
と言うことは、生き残りも居ないのか?」
「はい、定時連絡が完全に途絶えました。
ルーファスの築いた八百人規模の町にアイアンゴーレムを攻めさせ、コリオ隊長率いる本隊は町の近くのダンジョン前で百人規模のルーファス隊と戦闘に入った所までは確認しております」
「ダンジョン? なんでそんな所に?」
「理由は不明ですが、近隣の村からそのダンジョンを目指して多くの村人が移動していたとの報告が入っております」
村を捨ててダンジョンにお引っ越しか?
そう言うことも無いとは言えないが、ダンジョンは人間の住む場所として快適とは決して言えない場所なのだ。
住む以外にダンジョンに大挙して移動する理由か…。
「…転送ゲートかもな」
思い当たるとすれば、それぐらいだろうか。
俺も過去に転送ゲートを潜ったことは一度しか無いが、瞬時に遠く離れた場所へと移動出来る便利な機能だ。
ただし、その出現条件は全く不明であり、繋がった先も何処か分からないのだが。
「転送ゲートの先がよほど住みやすい場所だったとしたら、集団でのお引っ越しも納得だな。
ルーファスの町の近く…使いたくは無いが、『テレポーテーション』を使うか」
そう言いながらも、ずっと俺の下半身は快楽を求めて動き続けていたし、いやらしく喘ぐ侍女の声もずっと止まることは無かった。
「もうすぐイクから、ちょっと待ってて。
…まだ見るなら拝観料を取るよ」
そそくさと出て行くヒョイドロさんのことは一度忘れ、俺は侍女の体をもう少し愛してから動くことにしたのだ。
そして出す物を出してスッキリし、体を綺麗に洗ってから戦支度を整える。
と言っても俺の鎧を身に付けるのはあっと言う間に終わるのだ。
正式名称は知らないが、俺が『深緋』と名付けた深紅よりも濃い紅色のこの魔道鎧は所有者の命令一つで簡単装着出来る上、しかも身に纏えば嘘みたいに魔力が跳ね上がる。
半分死にかけながら手に入れた俺の自慢の逸品であり、この鎧が俺を人とは次元の違う世界の住人に導く優れ物なのだ。
「じゃあ…ルーファスの町の近くまで魔法で飛ぶよ。
二人まで同伴可能だから、騎士団長、誰か二人付けてくれ」
「では私と副団長で」
「はあっ?! 何を戯けたこと言ってんの?
俺、男同士で手を繋ぐ趣味は無いし、テレポーテーション使った後は貧血で倒れんだぞ。
団長の膝枕なんてまっぴらご免だからさ!
レディガードの中から選んでちょうだい」
はぁ、これだから真面目一途な野郎共は困るんだよな。
言った通り、俺の『テレポーテーション』は使用後に貧血に似た症状で倒れるのだ。恐らく過度の魔力消費に体が追い付かないのだろう。
それに一度行ったことのある場所で、且つマーキングをした場所にしか移動出来ない。
そのマーキングも個数に制限が有るため、何処にでもマーキングして回る訳にもいかず、よく移動するポイントか、重要なポイントを選んで設置しているのだ。
「半時間後に出発する。良い子を選んでおいてくれよな」
と騎士団長の肩を叩き、テツタローさんを失ったことで変更せざるを得ない今後の方針に頭を悩ますのだった。




