第31話 消えたものは仕方ないのです!
キリアスのダンジョン内にヤバそうな敵が侵入してきたらしい。
ルケイドに分厚い壁を作って貰ったのだが、果たして役に立つかどうか。
「大将の全盛期ってそんなにヤバイのか?」
アルジェンのセリフを聞いて驚いていたベルさんに、ルーファスさんがそう質問した。
「アルジェンが出来たことは、クレスト君にも出来ると思ってくれ。
本人に自覚は無いが、そう言うことだ」
ベルさんの返事が耳に入り、俺は一体どう言うことだ?と頭の上に疑問符を並べる。
俺は自分のことをアルジェン程非常識ではないと思っているが、周囲の人はそう思っていないと?
聞くと余計に落ち込みそうなので聞かないが、
「パパ! ドンマイなのです!」
と原因を作った張本人はケラケラと笑っている。
「そこの二人…今がヤバイ状況だと理解してる?」
「この余裕が大将の器の大きさを表してるってやつっしょ?」
俺とアルジェンの遣り取りにクレームが入ってきたが、そもそもベルさんが変なことを言うからイケないのだ…と責任転嫁してジト目で見る。
俺の視線に気が付かない振りのベルさんは、
「想定される敵戦力だと、その壁は崩される。
となると問題は転送ゲートの残り時間と通る順番だが。一人一人しか入れない上に、三拍程のクールタイムが必要。最後の一人は…」
とドンドン音のする壁に注意している。
「リミエンで迎え撃つのはダメなの?」
まず前提がこのダンジョンでの戦闘なのがおかしいのだ。
素直に全員がリミエンに戻り、入ってきた敵をたこ殴りにすれば良いのでは?
「俺の知っている最悪の敵は、一度行った場所には自由に移動出来る特殊スキルかアイテムを持っている…『赤熱の皇帝』、ご本人だ…」
「そう言うこと。
だからここを通す訳にはいかないってやつ…壁の向こう…この魔力反応はご本人様に間違い無さそうだ」
「と言っても無闇に使わないとこを見ると、何かの制限はあるんだろうが。
せっかくの新天地に赤熱を招く訳にはいかないんだ」
そう言う二人の顔色はいつにも増して悪い。
そして壁を叩く音がピタリと止む。
「パパはKOSでシンガリを努めるべきなのです!
皆は先に戻るのです!」
「馬鹿を言うな!」
ルーファスさんがそう怒鳴ったのを無視して、アルジェンは俺の中に入ってきた。
そして二匹のスライムが俺を覆い隠し、銀色の甲冑を纏った姿に変身するとスライム達の覆いが解除される。
もう少し変身を時短して欲しいのだが、金属鎧を纏う時間としてはかなり短い方だな。
「なっ! そうやって大将と嬢ちゃんが合体していたのか」
初めて俺がKOSを纏う様子を目の当たりにして驚く四人が少し羨ましい。
だって俺はその様子を生で見られないんだからね。
「ここは俺に任せて、皆は先に戻ってくれ」
そう言った矢先にルケイドが作った壁にヒビが走り始めた。
それを見て不安げな顔をしながらも、
「油断しないように!」
と言い残して先にベルさんが転送ゲートへと入り、続けてラビィも後を追っていく。
その転送ゲートだが、俺達の通過を急かすように淡く明滅をし始め、
「ゲート消滅まであと百八十拍!」
とルーファスさんが教えてくれた。
百八十拍って約三分?
秒って概念が無いのはやりにくいな…と思っていると、土の壁の色が次第にオレンジ色に変わっていき、大火力の何かで焼かれたようにドロドロに溶け落ちてポッカリと穴が開いていく。
その穴から見える向こう側には三人の鎧姿がある。
「真ん中の奴が『赤熱の皇帝』だ!」
と左右に二人の赤鎧を侍らせた一際目立つ悪趣味な鎧をルーファスさんが指をさす。
赤鎧の二人が脆くなった壁に向けて何かの攻撃魔法を放ち、粉々に破壊し周囲に粉塵が舞い散る。
「何やってんの!
埃が舞うから炎で溶かしてやったのに意味無いだろ!」
と赤鎧を怒鳴る赤熱の皇帝に同意する。
だが皇帝達の遣り取りは聞こえなかったことにして、こちらはこちらで話を進める。
「分かった。
どっちからでも良いから先に行ってくれ」
と後ろ手に指をさして転送ゲートへ急げと合図を送る。
ルーファスさんに言われなくても見た目だけでなく肌に感じる魔力反応が、深紅の悪趣味な鎧に最大級の警戒心を引き起こさせる。
「すまん! 頼む」
とフリットジークさんが逃げるように急いで転送ゲートに入っていく。
「銀色の…?
何かのプラモをデカくしたのか?」
赤熱の皇帝が俺を見てそんな言葉を呟いた。
「プラモ?」
この場で出てきた聞き慣れない言葉に戸惑うルーファスさんを見た皇帝が、
「コソコソ逃げるのか。
相変わらずの負け犬さんだな」
と馬鹿にしたような口調で話すと、おもむろに右手を前に突き出した。
『ヤバイのが来る!
光剣で相殺を!』
アルジェンの言葉に反射的に従い、ホクドウを光剣モードに変えて攻撃に備えた。
「うそ! ライトシェーバーっ?
まぁ、いいや、『メガトンフレアッ!』」
「陛下! それでは我々が!」
二人の部下が慌てて皇帝の魔法を止めようとしたが、どうやら少し遅かったようだ。
既に俺の目の前に飛んで来ていた渦巻く炎のボールを、振り抜いた光剣が綺麗に二つに切り裂くと同時に手榴弾が複数個破裂したような爆発が起こり、爆風が炎に包まれた。
KOSは断熱性能も高いようで、俺は熱さを感じないが生身の人だと一溜まりも無さそうだ。
「やべっ! ルーファスさんは?」
振り返った先にはルーファスさんの姿は無く、あるのは炎に焼かれて大きく揺れる転送ゲートだけだった。
『あの人はメガトンフレアを見てすぐ転送ゲートに飛び込んだのです!
ナイスな判断なのです!』
それは良かった。爆発の煽りを喰らった二人の赤鎧は尻餅をつくようにして倒れていたが、皇帝は悠然と佇んでいた。
「ルーファスが牙を剥いたのは、お前が陣営に居たからか。
なるほど、メガトンフレアを切り裂くそのライトシェーバー、それに銀色の魔法の鎧…悪くない」
…どうやら聞き違いでは無かったようだ…。
「シェーバーじゃねぇよ!
セーバーだろ!
どんなキリアス訛りだよっ!」
悪いがここは敢えて突っ込ませて貰おう。
「え? 違うのか?」
「シェーバーは髭剃りだ!
ライトシェーバーなんかで髭剃ってみろ!
アゴがゴッソリ無くなるぞ!」
「セーバーだったのか…じゃあミルクシェーキはミルクセーキなのか?」
「それは英語のシェイクが訛ってセーキになったんだよ!」
「そうなのか。勉強になります!…えっ?」
今頃、えっ?じゃないよ!
「…銀色の鎧のお前は…召喚者か転生者か?
しかも重度の中二病と診た」
この様子なら、転送ゲートの閉じる時間ギリギリまで会話で時間稼ぎが出来るか?
「俺は転生の方だな。
お前は?」
「俺は召喚だ」
「召喚ゲートは廃棄された筈だろ?」
「人の欲望にはキリが無いって覚えておけ。
幾つのスペアが作られていたと思うんだよ?」
「予想はしてたが…やっぱりそうだったのか」
その返事を特に意外とも思わないし、あぁやっぱりな、ぐらいに思う。
勇者召喚と言うより勇者と偽って普通の人を誘拐して、物品なり知識なりを得ようと言うのが勇者召喚の裏に隠された事実…であれば、本当に完全廃棄がなされる訳など無いと考えておくべきなのだ。
「へぇ、驚かないんだ。
アンタ、中二病の割りに頭も良さそうだ」
「中二病はお互い様だろ?
なんだよ、『赤熱の皇帝』ってさ」
「それなぁ…俺の苗字が『関根』…だったんだよ。
で、聞き間違えられて『赤熱の勇者』と呼ばれるようになって。
でさ、地方を統一したら皇帝って呼ばれだしたんだ。
これって自称じゃないよね?」
マジかよ…この人は関根さんだったのか。
名前はツトムじゃないよね?
「そうか…それはまぁ…ご愁傷様なことで…」
多少は同情の余地ありか?
あ、でもコイツの性格は結構歪んでるって話だから、油断はすまい。
「で、そっちは?」
「俺? キリアス人に転生したんだけど、何故か『魔熊の森』で倒れていたんだ。
それ以前の記憶は結構曖昧なんだよね」
「『魔熊の森』?
随分遠くだなぁ…うちの所からは反対方向だから、行く機会は無いかな。五大勢力の二人の領地を越えなきゃ行けないからね。
俺でもあそこを越えて行くのは難しいんだよね。困ったな、あははっ」
ヨシヨシ、この調子で時間稼ぎして転送ゲートが閉じる直前に飛び込めば…
『パパ!
さっきの爆発で時間を残して転送ゲートが壊れたのですっ!』
「嘘っ! 帰れないだろっ!」
俺が振り向いて転送ゲートのあった場所に駆け寄るが、揺らぐ魔力の残滓があるだけだ。
銀色の甲冑で覆われた手でその残滓に触れても、転送機能が発動することは無かった。
予定が狂い、愕然としてそこで膝を付いてしまう。これからルーファスさん達に色々お願いしたい事があったと言うのに…。
「ドンマイ、ドンマイ!
多分『魔熊の森』方面には帰れないから、諦めなよ。
君なら高給待遇するからウチに来て働くと良いしさ」
関根さんが同情しながらも俺をヘッドハンティングしようと試みるが、俺はキリアスに就職するつもりなど無い。
それにさ…、
「何がドンマイだよ、このアホンダラ!
てめえが後先考えずにあんな魔法をぶっ放したせいで転送ゲートが消えたんだぞ!
どうしてくれるんだよ!」
張本人が大して悪いと思っては無さそうなのが、余計に腹が立つ。ゴメンの一言も言えない奴の下でなんか働けないだろ?
「どうしてくれると言われても、ダンジョン間の転送ゲートは俺達には任意で開閉出来ないんだ。
ダンジョンマスターを探し出して頼むしかないけどさ、ダンジョンマスターなんて早々姿を見せないもんだから…うん、やっぱり諦めなよ」
関根さんが他人事だと思って軽い口調で喋るもんだから、余計にイライラが堪ってくる。
しかもコイツは人殺しも平気でできる男なのだ。俺とは相容れない関係なのは目に見えている。
「何が諦めなよ、だ…ふざけんなっ!」
完全に頭に血が上っているのだが、体の制御をアルジェンが行っているらしく体を動かすことが出来なくなっていた。
『パパ! 怒りに囚われてたらアイツには勝てないのです!
冷静になって欲しいのです!
今のKOSの残り時間では奴を倒せないのですっ!
奴の鎧もKOSみたいな強化装甲…しかもパパより練度が高いのです!』
リミエンを墜とせると考えていたルーファスさんが勝てないと思う相手なのだから、戦うなら万全の状態で…か。
「だがな…俺はこのダンジョンのマスターとやらを探して見る。お前の世話にはなるつもりは無い」
そう一方的に言うと、そそくさと更にダンジョンの奥へと歩き始める。KOSが解除される前に関根さんと別れておきたいのだ。
「そう…無駄だと思うけどさ。
じゃあ気が向いたら俺の城に来てくれ。ここを出て右に向かって歩いたら、大きな道に出る。その道を左に曲がって道なりに半日の所に詰め所がある。
そこでこの短剣を警備兵に渡して、俺に会いたいと伝えてくれ。分かるようにしておくからさ」
そう言うと何かを地面に置く音が聞こえた。
「名前は?」
一応コイツなりの誠意と受け取っておくか。
「こっちでは…クレスポ。
向こうでの名前は覚えていない…アンタは?」
「クレスポさんだね…サッカーやってた?」
「サッカー? いや、球技は苦手だ」
「…そうなんだ。まぁいいや。俺はキリアス五大勢力の一つ、西部地方を統一した赤熱の皇帝、ベリオニコルド・ラモンド・グレンノード…だ」
「長いっ! 何かの呪文かよ」
「良いね、その返し。俺にそんな事言う人が居なくて退屈してんだよ。
うん、やっぱりダンジョンマスターが見つかるまでウチで暮らしてくれ。悪いようにはしないからさ」
人殺しが良く言うよ…クチには出さないけどね。
「あぁ、そうさせてもらう。
じゃあ、少し探索してみるわ。ベリオさんはそこの二人を起こして連れて帰りなよ」
話は終わったとばかりにベリオ…何とかさん、こと関根さんに手を振って奥へと脚を早める。
曲がり角を曲がり、少しの所でKOSが時間切れとなった。
「ヤバかったのです…まさかあんな強い人間が居るとは想定外なのです…」
アルジェンが俺の肩に停まると、少し落ち込んだ様子を見せる。
魔界蟲から見ても、関根さんは強かったと言うことか。喧嘩を売らなくて正解だったな。
だが問題は…ここからどうやってリミエンに戻るか、なんだよね…。