第30話 行きはヨイヨイ、帰りは…なのです
夜中に起き出してキリアスまでやって来た。
アルジェンがアイテムボックスに工作機械を六台、工場を三棟も収納する異次元の活躍を見せて俺達の度肝を抜いたのだ。
「大将…長居は無用、ボチボチ帰る方が良いと思う」
「そうだね、また赤鎧と遣り合うのは面倒だ。今回の目的は達したんだろ?」
ルーファスさんがアルジェンを撫でていた俺を目敏く見ていたようだが、敢えて触れないようにしている気がする…俺に変な趣味があると勘違いしていないよね?
ベルさんは俺とアルジェンの仲を良く知っているので、特に思うことは無いように見える。
「あ、はい。機械は予定通りに、それプラス建物三棟と屋根一つのお持ち帰りで。
予想以上の収穫です。
じゃあ急いで帰りましょう。戦闘になるのは確かにご免ですから」
「オッケー。じゃあ、皆帰るよ。ジー君、ルケやん、忘れ物は無い?って、持って帰れる物はもう無いか」
ルーファスさんまでルケやん呼びか。確かにルケイドって少し呼びにくいからそうなるのかも…結構格好いい名前だと思うけど、やんを付けるとかっこ悪いな。
「リミエンに帰るのです!
また来れそうならもう一回回収に来るのです!
でも劇的に眠いのです…」
アルジェンがパタパタとホバリングしながら目を擦ると、俺の頭にパイルダーオンをしてそのまま寝息を立て始める。
そのせいで光球が消え、星明かりに照らされただけの薄暗い中を歩くことになる。
「大将のお嬢ちゃん、自由だな」
「妖精なんて伝説上の生き物みたいなもんだし、これが妖精の普通だと思っておくのがラクっしょ」
キリアスの二人にはアルジェンの正体を明かしていないので、本当に妖精だと信じているようだ。
魔界蟲が生み出した分体だと言ったところで信じて貰えるかどうかも分からないし、そもそも魔界蟲自体が知られているかどうかだ。
キリアスには魔界から移住してきた魔族が居るらしいから、魔界蟲が他にも居るかも知れないけど、ミニミニ魔界蟲さんを見てワームだと勘違いしていたのでルーファスさん達は魔界蟲と遭遇したことはないのだろう。
魔界でも魔界蟲は厄介物だったそうだが、ノーラクローダはペットだと言っていた。
故に手懐ける術はあると考えるべきだろう。
そうなると、他の魔族も魔界蟲を飼っている可能性が捨て切れない。
キリアスの五大勢力同士での潰し合いに魔界蟲が使われているかも知れないと思うと、地下ダンジョンの上の禿げ山のような景色が広がっているのではないかと想像出来てしまうのが恐ろしい。
だがラビィは魔族はダンジョンを食料生産基地や資源の採掘場として利用していると言っていたから、キリアスには荒れ地が広がっていたとしても、ダンジョンがあれば生活には困らないようになっているのかもな。
如何せん五大勢力とやらの情報はルーファスさん達も殆ど持っていないとのことなので、キリアスが長年に渡って内戦を続けられる理由はまだ謎のままである。
そう言う意味で、赤鎧の捕虜から情報を聞き出せればと期待を抱いているのだ。
戦闘員には情報を開示されていない可能性も高いけどね。
「それにしても…まさか今日もキリアスの星空を眺めるとはねぇ…」
ルーファスさんが夜空を見上げ、しみじみとそう呟く。
当初の予定では、ルーファスさん達黒装束集団は今頃は夜陰に乗じてリミエンを襲撃し、リミエン伯爵の殺害を行う予定だったらしいのだ。
たった百人と言う戦力では些か心許ないと思うのだが、それだけルーファスさんの実力が対人戦に於いては飛び抜けており、自信があったと言うことなのだろう。
そんな人をセリカさんは相手に文字通り盾となったのだから、ルーファスさんの驚きはひとしおだったに違いない。
そう言えば『気高き女戦士の鎧』の事を知っていたようだが、セリカさんは忘れずに聞いたのだろうか?
あまりの事態の急変ぶりにすっかりその事を忘れていたけど、鎧を着る本人は多分忘れていないと思う。
でも移動の準備や赤鎧軍団との戦闘もあったから、話す時間が取れなかったかもね。
そんな事を考えながら夜道を黙々と歩き、何事も無く転送ゲートのあるダンジョン前に到着した。
転送ゲートは時間経過だけでなく、人が通るたびに魔力を消費して通行可能な時間が減っていく仕様らしいので、無駄に魔力を消費しないように双方の入り口に見張り番を立たせている。
それにこのダンジョンの入り口にも二人の見張りが居たのだが、何故か姿が見えない。
「…やられたか?」
ルーファスさんが小声でそう言うと、左右の手に格闘用のグローブを装着した。
「敵が来た時には時間稼ぎ用のトラップとガーディアンを配置しておいたんだけど…間に合ったかな?」
マジ? そんなの聞いてない!
聞けば俺に心配させないようにと言わなかったのだと答えるだろうから聞かないけど、どんなガーディアンなのか気になる。
ダンジョンの中から大きな物音がし、ついで金属同士が打つかるガキーンと言う鈍い音問題聞こえてきた。
「ギリギリセーフ?」
戦闘が起こった時点でアウトだと思うけど、ルーファスさん的にはまだセーフなのか。
アルジェンを起こして光球を頼もうかと思ったが、明かりは侵入者達も用意していたようだ。
広範囲を照らすボールのような魔道具が幾つか転がり、土を掘って作ったトンネルのようなダンジョン内部を明るく照らしていた。
戦闘になっているのは転送ゲート前の少し広場になった場所で、敵は赤鎧が十人ほどで、対する黒装束の人達も同数か。
前回赤いオーガに変身したルドラ隊長が指揮を取り、左右の手にメイスを持つボーノデックさん、青いオーガに変身した中隊長のサーリオンが中心になって敵の攻撃を食い止めているが、明らかに劣勢のようだ。
「俺の留守中にカチコミ掛けるとは、『赤熱』の野郎はよほど俺が怖いようだな!」
そう言うが早いか、ルーファスさんは一番近くに居た敵によって急接近すると左右の手を揃えて勢い良くぶつけたのだ。
「グフッ!」
と呻き声を漏らして後ろに大きく弾き飛ばされた赤鎧の姿に驚くのは当然だが、それ以上に驚いたのはその技のモーションだ。
骸骨さんと出会った時にゴブリラを一撃で戦闘不能に追いやったあの掌底と酷似していたのだから。
「鎧を無効化する打撃技か?」
ベルさんがルーファスさんの技を見て驚き固まっていたが、フリットジークさんによそ見をするなと押されて戦闘に入っていく。
「ルケイドは魔法で援護を!
赤鎧との接近戦はお前にはまだ早い!」
根拠は無いが、ここに居る赤鎧達は夕方に戦った連中より練度が高いと言うか、剣の腕が上に見えたのだ。
剣から槍に乗り替えたばかりのルケイドに、本職と思われる敵と武器で戦わせる訳には行かないと判断した。
「パパ…KOSはまだとっておくのです…」
まだ眠たげなアルジェンが頭の上からそう告げてくる。
アルジェンには今の状況はピンチでも何でもないように見えたのか、それともまだこれは前哨戦だとでも言うのだろうか。
「すまん! 一人だけ転送ゲートを通してしまった。アドルがそいつの後を追ったが、かなりの手練れだ」
とルドラ隊長が戦いながらそう教えてくれたのを聞き、
「運の悪い奴だな」
と言ったのは誰だったのか。
向こうには巨大カブトムシのゲルーナもいるし、マーメイドの四人もいるのだ。
個人技で実力差があろうとも、彼女達四人パーティーならその差も跳ね返せると俺も思う。
ラビィも戦闘モードに変身したが、首輪への魔力の充填が不足していたようで上半身しか鎧で覆えていない。
その状態では単に防御力が落ちるだけなのか、それとも全体的に能力が落ちるのか俺は知らない。
対する赤鎧もかなりの手練れと見え、そのラビィの戦斧と互角に渡り合っているが、ラビィが優勢のように見える。
そしてベルさんは狼モードに、フリットジークさんは犀モードになってそれぞれ赤鎧とタイマンで遣り合っていた。
二人が本気になるぐらいだから、かなりの強敵と考えて良いのだろう。
ルケイドは『石弾』で苦戦していた見張りの二人を援護し、ルーファスさんは骸骨さんと同じ流派かと思えるような動きで一人一人戦闘不能に追いやっている。
「コイツら凶暴化しているぞ!
下手に助けようと思うとヤラレルからな!
確実に留めを刺してくれ」
それは戦っているメンバーに向けてではなく、俺に向けての言葉だった。
敵と言えども相手が人間ならまだ殺す覚悟が出来ていないとバレバレなのだから、恐らく助けようにも助けられない相手なのだと言い聞かせたかったのだろう。
遠慮や手心を加えると言う余計な負担が無くなったベルさん達三人は、その言葉の直後にアッサリと敵を斬り倒して勝利を収めた。
そして勢いそのままに、残りの赤鎧達も数合打ち合っただけで戦闘が終了したのだ。
俺のせいでそれだけ迷惑を掛けているのかと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になる。
でも、だからと言って敵を殺して気にならないようになるつもりは無いし、そう簡単に変われないと思う。
そう考えると、異世界に来て冒険者になっても精神的に適応出来る地球の人って、実は本物の軍人ぐらいしか居ないんじゃないだろうか?
「パパ! 考えごと中に悪いんだけど、新手がすぐに来るのですっ!
…かなり濃い魔力反応…ヤバイ奴なのです!」
突然アルジェンがさっきまで眠たそうにしていた姿から一転、緊迫した面持ちでそう語る。
俺には感じられないし音も聞こえないが、隠密性能がある相手と思って良いのかも知れない。
「本隊が動き出したのかもな…もう転送ゲートを廃棄するしか無さそうだ」
ルーファスさんが悔しそうな顔でそう決断する様子を見せ、何やらリモコンのような物を取り出して操作すると、転送ゲートの周囲が僅かに揺らぎ始めた。
「転送ゲートのリンクが完全に切断されるまでには少し時間が掛かる…手拍子が約二百回程だ。
トラップとガーディアンはもう使用済み…もたせられると良いが…」
ルーファスさんが恐れるような相手が敵に居ると言うことか?
転送ゲート前で赤鎧と戦っていた見張り達から先に転送ゲートを通るように指示を出したのは、怪我人が居たから当然だろう。
「ルケイドさん、出来る限り分厚い壁を作って欲しい。
それが出来たら転送ゲートを通ってくれ」
ルーファスさんに有無を言わさぬ様子でそう頼まれたルケイドは、表情を変えることなく頷くと土の壁を作りあげ、『硬化』を掛けてガチガチに固める。
そして出来たばかりの壁をコンコンと叩いて確認すると、
「先に帰って待ってるから」
と、これまた表情を変えずに言い残して転送ゲートを通っていった。
「ダンジョン内に侵入者ありなのです。
魔力反応は…大きいのが二つ…特大が一つ…パパの全盛期とそう変わらないのです!」
そこは俺と比較しても凄さが分からないでしょ?
なのにどうしてベルさんはそんなに驚いているんだよ?
 




