第28話 もう一度行くのです!
千五百人もの移住が終わり、食糧危機と住居問題に直面する。
自分の見通しの甘さもあるが、赤鎧の連中に焼かれた食糧がかなり効いているのだ。
それでもアイアンゴーレムによって全滅の危機から免れた彼らは、今夜安心して寝られる場所があるだけでも感謝しているのだと俺に感謝の言葉を述べてくれた。
移住してきたキリアスの人達には悪いが、俺達はタイニーハウスで休息を取らせてもらう。
ダンジョンに作った露天風呂に入る訳にもいかず、眠る前にアルジェンの『浄化』で体を清潔にしてある。
風呂に入れば皆の疲れも少しは癒やせるのだろうが、公衆便所は作っておいたが公衆浴場までは手が回っていない。
乾燥した薪も十分に確保出来ていないのだから、大量のお湯は沸かせない。
それに石鹸も足りない。
このダンジョンには自然界では有り得ないぐらいに様々な植物が混在して生えているので、泡の実やその他の有用な植物が見つかるかも知れないと期待を抱いてはいるのだが。
セーフティゾーンはダンジョンポイントの関係で千五百人と言う人員を考えるとそれ程広くは取れていない。
川の流れの移動とセーフティゾーンの拡充を魔界蟲本体さんに随時お願いしていく予定だ。
セーフティゾーンが広がれば、それだけ色々な作物が栽培出来るようになる。
自給自足を促すにはこれが不可欠なのだ。
「パパは他人に甘過ぎるのです」
とお眠モードに入りつつあるアルジェンがそう言う。
「そうは言ってもさ、助けられる命なら助けてあげたいだろ」
「それが許されるのは、若くて綺麗な女性の一人二人までなのです」
「だから俺はハーレムなんてしないって」
「パパはもっとそっち方面に貪欲になるべきなのです!
セリカもアヤノっちもオリビアも、パパは本当は好きなのです!
あの人達とパパは、そーしそーあいなのです!
番って孕ませても全然問題は無いのです!
むしろ喜ばれるのです!」
何故アルジェンが事あるごとにハーレムを勧めて来るのか、今一つ理解に苦しむ。
まだエマさんとの件も実は悩んでいると言うのに、他にも三人とか有り得ない。
「魔力を取り戻すことが出来れば、スポーツチームとアイドルグループが作れるぐらいの子供を作ると良いのです!
それなら私が混じっていても誰も文句言わないのです!」
本音はそこか…?
でもアルジェンにそう言う機能は無いんだよね。
服を着ていれば外見は小さいだけで普通の人間と同じに見えるが、元が魔界蟲と言うだけあって人間のような生殖器を有していないのだから。
言わば人の体を真似て魔力で作られた擬似生命体である。
だから魔力に分解して俺の中に入ってくることが可能なのだ。
「劇的に眠いのです…」
アルジェンがすぐに寝息を立て始め、やっと静かになった。部屋の隅にはカグヤと名付けた鶏さんが籠に入って眠っている。
最初は普通にこのベッドの上で寝ていたのだが、俺が寝返りを打って押し潰すかも知れないので逃がしたのだ。
「鶏にまで好かれるとはな。
毎日卵を産んでくれたら有難いけど、あれって品種改良の結果だろうし。
それに鶏さん達の飼料も無いからなぁ」
ないない尽くしで泣けてくる。
それに本来なら今日でこのダンジョンからオサラバしていた筈なのに、移住者達の生活が落ち着くまで数日はここに居ないといけないだろうな。
そんなとりとめも無い考えをしながら、いつの間にか眠りに就く。
◇
「あの大将、どう考えても頭おかしいだろ?
普通、一人でアイアンゴーレムなんか相手にするかって」
「ジー君でも勝てない相手だったもんね。
倒してくれて本当助かった」
「何が自分は戦えない、だよ。
あんな隠し球を持ってるとか有り得ないっしょ?」
遅い夕食をとる二人の最高幹部が銀色の金属鎧を纏ったクレストの活躍を振り返る。
「大将もキリアス出身らしいし、やはり勇者の血筋ってことだよ」
「大将と総隊長が組みゃ、五大勢力とも戦えそうな気がするのは気のせいじゃないっしょ?」
「大将にはそれをやる理由が無いだろ?
コンラッド王国で悠々自適の生活を送りたい人に、奴らと戦ってくれとは言えないよ」
そう言うルーファスだが溜息をつくと、
「人も金も物も足りないんだ。
仮に拠点を一つ二つ墜とせたとしても、それを維持出来なければ結局無駄なんだ。
裸一貫、新勢力を立ち上げて下剋上なんて甘っちょろい考えは捨てた方が良いって身に染みたってやつさ」
と何もかも諦めたような顔をする。
「一人二人の天才が居ても数の力には勝てねえってか」
「奴らは伊達に長い戦乱を生き抜いてきた訳じゃないのさ。
俺らがオーガソウルで喜んでいる間にアイアンゴーレムの起動に成功させてやがるんだ。
技術力でも負けてるんだからさ、普通に戦ってたらどう逆立ちしても敵わないんだよ」
武器も魔法もろくに効かない鋼鉄の人形がアイアンゴーレムだ。
そのたった一体のアイアンゴーレムに農村が壊滅され、守りを固めていた拠点さえも城壁を破壊されてしまったのだ。
「あんなインチキな鉄人形を大将は一人でなぁ…魔力は無いってのは嘘だったのか?」
「いや、大将からは確かに魔力を殆ど感じないから、あの妖精ちゃんが何かやっていると考えるべかかも。
なんにしても、俺らは二度も命を助けられた訳だ。味方で良かったとつくづく思うよ」
「そりゃそうだ。うっかり死んじちまっちゃ何もできねえからな」
「このダンジョンでノンビリ暮らせるならそれも良いってもんだ!」
そんな会話の後に転送ゲート前で寝袋に潜り、後で来る筈の人物を寝ながら待つことに決めたらしい。
そこからほんの僅かに離れた場所に腰を降ろすのは、ベル、ルケイド、そしてラビィの三人だ。
「あの二人も言っとるけど、ほんまあんちゃんにはビックリさせられることばっかりやな」
ダンジョン産の梨をシャリシャリと齧りながらラビィが二人に話題を振る。
「今回はクレスト君を呼んでくれたアヤノ君を褒めるべきか…戦力外だからと置いてきたのに、結局彼に助けられるとは複雑な心境だ」
「ベルさんでもアレは倒せなかったと?」
ルケイドが意外そうな顔でベルを見る。
「ルケやん、剣や槍であんなん相手にしとったら武器がナンボあっても足らへんで。
普通なら戦槌でぶっ叩いてヒビ入れていくか、金切り鋸でエッチラオッチラ斬るかや」
「ルケやんって…まぁいいけど。
で、ゴーレムが鋸で斬られるのをじっと待ってる訳は無いよね?」
「そら当たり前やん。
そやから倒せる言うか使える武器は実質一択やろ」
「そうだね。
ゴーレム相手には打撃武器しか有効打が入らないから、トラップや番人にも良く使われるんだよね」
溜息を吐きつつ過去に対戦した経験を思いだし、遠い目をするベルだ。
皆苦労したんだなと感心しつつ、ルケイドはプラモデルで見たような甲冑を纏ったクレストの姿を思いだし、アルジェンがクレストの記憶から強そうな姿の物をピックアップして再現したのではないかと考えていた。
強いもので筆頭にあがるドラゴンや映画の怪獣の姿を採らなかったのは、クレストが魔物化したと勘違いされては困ると考えたからだろうと推測する。
そして国民の誰もが知るであろうロボットアニメの中から姿をパクらなかったのは、より鎧に近い形をしたロボットをクレストが良く知っていたからではないかとも思い付いていた。
実際、クレストはKOSのモデルとなった黄金色のロボットのプラモデルを製作した経験があるし、ビアレフも同じくプラモデルを作ったことがある。
そんな記憶の中から変身する姿を再現出来るなら、もしアルジェンが自分に同じことをするならバッタをモチーフにしたヒーローに変身していたかも…とルケイドは冷や汗を流す。
必殺技がキックのキャラでアイアンゴーレムに挑む…その様子を想像し、アルジェンのパートナーがクレストで良かったと心の底からそう思うルケイドだった。
◇
仮眠から醒めるとアルジェンを揺り起こす。
キリアスに残してきた機械などを回収しに行く積もりもりなのだ。
寝ぼけているアルジェンだが、魔界蟲本体さんから生まれたコイツに睡眠が必要だと言うのもおかしな気がする。
熟睡するとエマさんに化けると言う神業を披露していたアルジェンの裸をなるべく見ないように…だがやはりそこは悲しいかな男の子と言うところか。
何故か胸だけエマさんの立体データで再現されていると言うことだからね。
意識が覚醒してシャキッとすると元のサイズに戻ると言うのも理屈は分からないが、妖精サイズに戻りゴスロリ衣装を纏ったアルジェンを連れてタイニーハウスを出る。
転送ゲート前に来ると、不寝番をしている黒装束の二人と、その前で眠っているベルさん、ルケイド、そしてラビィを見付ける。
それにルーファスさんと確かフリットジークと言う人も有事に備えてなのか、そこで休んでいたのだ。
俺が来ると起こすように頼まれていたみたいで、その五人が見張りをしている二人に起こされた。
ピンク色の鎧を纏ったアヤノさんを抜きにすれば、この地下ダンジョンに居る中で戦力的にトップの面々だろう。
ルケイドは戦力として考えたくはないが、居れば何かと役に立つ。
「行くか」
と短くベルさんが言うと、軽く頷いてルーファスさんが転送ゲートに飛び込んだ。その後にフリットジークさんが続く。
「まさか俺を待ってた?」
「まあね。無駄話は道中でしようか」
「また戦闘になるかも知れんのや、ワイらがあんちゃんのお守りすんのは当然やろ」
「キリアス行きはこれで最後だよ。僕も良く見ておこうと思ったからついて行く」
ラビィは子熊のくせに男前な事を言いやがる。
ルケイドは俺が行くなと言うと思っていたのか、そう言うと先に転送ゲートを潜った。
アルジェンのアイテムボックスからはアイアンゴーレムや赤鎧、食糧の類は既に放出してある。
危険な武器の数々はさすがに出しておく訳にはいかないのでアルジェンの管理下においてあるが、骨董的価値しかない武具の類いはキリアスの人達に渡す事にしている。
マニアに売れば良い値段が付くかも知れないが、出所を探られても面倒なだけだからね。
転送ゲートを出て、少し待たせた事を先に出て待っていた二人に詫びる。
気にするなと手をヒラヒラ振って、すぐに歩き始めた二人の後に続く。
集落まで徒歩で急げば十分と少しと言ったところか。
一般人と大して変わらない俺の脚が一番遅いようだ。
仮眠してからもう一度転送ゲートを通ってキリアスに来たのは、床に固定されていた機械類を回収のためだ。
リミエンは、と言うかコンラッド王国は工業が盛んではなく、技術力と言う面ではキリアスに大きく差を開けられているのが一目瞭然だったからだ。
これは農業さえやっていれば食うには困らないと言う、後ろ向きの積極さが働いているせいなのだと思う。
だがいつまでもそんな事では、俺が満足する生活を送れないのだ。
例えば金属加工に特化したビステルさんみたいな一人のレアスキル持ちに頼る歪な物作りなんて、いつか必ず破綻する。
不慮の事故があるかも知れないし、仲違いすることだって考えられるからね。
キリアスの人達を味方に付けようとしているのは、単に人助けをしようと思ったからではない。
バリバリの私利私欲が隠されているのだ。
結果的に双方の利害が一致するウィンーウィンな関係がキリアスの人達との間に築けそうなのは、ラッキー以外の何ものでもないだろう。
集落に入るとルーファスさん達に周囲の警戒をお願いし、目を付けていた工場へと一目散に駆け付ける。
照明はアルジェンが光球を出しているので工場の中でも行動に支障はない。
「アルジェン、据置型の機械や炉を持ってくぞ」
「分かっているのです!
私のスキルはマジックバッグとは違うのです!
刮目して見るのです!」
どこから出てくるのか分からない自信に少し不安を始めとして覚えたが、本人はやる気満々なので変なことを言って機嫌を損ねないように…と余計な気を使いながらアルジェンに全てを任せることにした。