第24話 転送ゲートを越えた先で
アルジェンが鶏さんの群れを運んできた。
卵をゲット出来るので有難いことなのだが、先に飼い方や飼う場所を決めてから行動して欲しいと思う。
でも俺も一羽連れて来ているので、頭ごなしに返してこいとは言えないし。
アルジェンは本物の娘ではないし、人間でもないのだが、子育てとは難しいものだと溜息が出る。
そして今たちまち問題になっているのは鶏さん達の餌だ。
卵の黄身が綺麗な黄色になるのは、それが全てではないが与える餌によるものだ。
残念ながら、俺の持ち合わせの中に鶏さん用の飼料の持ち合わせなんて無い。
雑草や虫などで小腹を満たすことは出来るだろうが、本格的に飼うなら配合飼料が欲しいところだ。
「このダンジョンに住んでいるだけあって、この子達は何でも食べるのです!
与えるのは残飯でも良いのです!
例えばこの手羽先の骨…」
「お前…鶏さんが見ている前で良くそんなの喰えるな…」
「前にも言ったのです。魔物はそのへんのことはドライなのです!
気にしたら負けなのです!」
アルジェンがミニミニ魔界蟲さんをハンマーに変形させて手羽先の骨を砕き、皿に乗せて鶏さんに差し出すと何事も無いようにそれを啄む鶏さん…これも一種の共食いでは?
でもカルシウムが足りていないと卵の殻が弱くなるから、鶏さんの餌にはカルシウムになる食材が混じっていたのを思い出す。
だが平気な顔で骨を食うとはな…。
ちなみに夕食の支度に入る前にアルジェンが『大地変形』を使って鶏さん達用の三階建の小屋と水場を作っていて、後から連れて来たおよそ百羽はそちらに入っている。
ただ、水場が外にしかなく掃除が不便なので、そのあたりは要改良だ。
「それにしても、キリアスに行った皆の帰りが遅いのです!」
「何かあったのかな?
でもベルさんやマーメイドの四人も居るし」
「…ルケイド氏は地味に戦力外なのであります?」
「アイツは戦闘には参加して欲しくないから」
「パパはルケイド氏に過保護なのです!
私をもっと甘やかすべきなのです!」
今でも十分甘やかしていると思うのだが、これ以上どうやって甘やかせと?
「あー、それなら…これ、アルジェン用のコップとお皿ね」
マジックバッグから作ったばかりの木製の食器を取り出してテーブルに置く。
木工スキルは持っていないし、人間用の八分の一サイズとかなり小さいので苦労したが、不格好だがそれなりに味のあるものが出来たと思う。
「わーっ、パパっ! 嬉しいのです!」
と言って勢い良く顔に飛び付いてくる。
恐らくイモリが壁にへばり付くように手足を広げているのだろう。
顔から剥がすと、嬉しそうにコップを持ってずっとニコニコニヤニヤと笑っている。
こんなに喜ぶなら、もう少し早く作ってやれば良かったかなと少し反省。
そんなホッコリした時間が唐突に終わりを告げる。
「クレストさんっ! アルジェンちゃんとすぐに来てっ!」
道路の上のキリアスへと繋がる転送ゲートから顔を出したアヤノさんが開口一番、慌てたようにそう告げたのだ。
「すぐに行くっ! ゲラーナ! ミハル! 付いて来い!」
怪我をしているアヤノさんを見て、激しい戦闘が繰り広げられていることは想像に難くない。
「パパとのイチャイチタイムを邪魔するとは、許せないのです!」
こんなにはっきりと怒りを露わにするアルジェンは珍しい。
余程食器のプレゼントが嬉しくて、今から食べる夕食を楽しみにしていたのだろう。
こんな形でキリアスに向かうことになるとは予想していなかったが、それは俺達の考えが甘かったと言うことだろう。
真っ先にアルジェンが転送ゲートに飛び込み、その後に俺が続く。
真っ暗だが魔力で出来た空間に引っ張られるような感覚を味わった後、転送ゲートに入った時の姿勢で薄暗い通路にポッと出てくる。
「クレストさんっ! アルジェンちゃんに治療を!」
激しい剣戟の音と魔法が炸裂する音が鳴り響く中、恐らく一塊に集められた集団が負傷者達なのだろう。
アヤノさんも両腕に深手を負ったようで、戦線を離脱したらしい。
「良く分からないけど!
『エクストラヒール』なのですっ!」
出し惜しみなく二十人近い男女を一瞬で完治させたアルジェンが、チラッと戦場に目をやり、
「ミハル! アヤノっちにモックセッター!なのです!」
と指示を出す。
「敵は見分けが付く?」
「赤い金属鎧を着ているからすぐに分かるわ!
で、モックセッターって何っ?
ってキャッ、何この子っ!?」
アヤノさんをミハルが両腕を伸ばして捕まえると、問答無用で頭の上の窪みへとアヤノさんを放り込む。
「ゲラーナは赤い金属鎧を着たやつを攻撃してくれ!
ミハルはアヤノさんを出した後はこの場で待機なっ!
火には気を付けろ!」
「パパっ! KOSを出すのですっ!
とっとと片付けて御飯にするのですっ!」
アルジェンが治療した男女が不思議そうに俺達を見ているのに一切構うことなく、俺とアルジェンがそれぞれ指示を出す。
最初にミハルを足場にしたゲラーナが飛び立つ。
「カブトムシって色の判断は付くのかっ!?」
今更ながらそんな疑問が出てくるが、既に戦場へと向かったのだからゲラーナを信じるしかない。
「何よ、このピンクの鎧は?」
ミハルの上で変身を無事に終えたアヤノさんが不思議そうに自分を覆う新しい鎧を見ている。
それに少し遅れて、俺もアルジェンを魔力として取り込み、銀色の甲冑に身を包んで二体のスライムが作った岩?の中から出てくる。
「その銀色の…クレストさんなの?」
「そうだよ、この姿は余り保たないけど。
で、アヤノさんは体に異常は無い?」
「無いどころか、凄い力が出てくるみたいな…」
アヤノさんの纏う鎧はビアレフの鎧が黒と赤からピンク色と赤のツートンカラーに変わった以外には変更は無さそうだ。
「アヤノっち!
私のパパとのイチャイチャタイムを邪魔した愚か者どもを殲滅するのです!
さあっ!やっておしまいなさいっ!なのです!」
「アルジェンちゃん…凄い気迫…分かった!
反撃開始よ!」
敵の正体は分からないまま、なし崩し的にアヤノさんの後を追って赤い金属鎧の軍隊を相手に戦闘に入る。
ゲラーナの空からの強襲が可能なぐらいの広さがあるが、ここも地下のダンジョンだ。
一時間ぐらいの時差があるのか、まだ夕方と言ったところか。
次々と光剣で赤い鎧を切り裂いていき、敵を倒す。この銀色の甲冑もミハルの鎧と同様に着用者の筋力を大幅にアップすることが可能だが、残念ながら稼働可能時間に制限がある。
如何に早く敵を殲滅するかが俺には求められるのだ。
幸いにして圧倒的とも言える熱量を持つ光剣は当たるを幸いに全てを切り裂く。相手が金属鎧を纏う騎士であろうがお構いなしなのだ。
「銀色の悪魔め…」
最後に斬り掛かってきた敵が今際に残した言葉がそれだった。
『なんとでも言うのです!
私のイチャイチャタイムを邪魔した輩に何を言われようが関係無いのです!』
アルジェンの怒りは相当のもののようだ。
時間切れとなり、銀色の甲冑は姿を消してアルジェンも元の姿に戻ったところで、
「他の皆は?」
とこの場に居ないベルさん達に気が付く。
「男性陣はルーファスさんと集落にいるわ。
マーメイドの他の三人は外でまだ戦っているわ」
とアヤノさんがダンジョンの出口を指差す。
「パパはもう戦えないから、ここで待っているのです!
アヤノっち! ゲラーナ! さっさと外の敵を殲滅しに行くのです!」
「ええっ! 行くわよ!」
俺には何も言わず、二人と一匹がダンジョンから外へと飛び出して行った。
今の俺にはこの世界で戦う為の力が無いのだから、置いて行かれて当然だろう。
後ろを振り返ると、まだ息のあった赤い鎧の騎士に留めを刺していくキリアス側の戦士達の姿があって目を逸らす。
銀色の甲冑を纏い、光剣を振るっていたときには一切相手の命に付いて考える余裕など無かったが、今は違う。
最後の声を出して人間が息絶えて行く姿を直視出来ず、俺は目と耳を閉じる。
キリアスは戦乱の地だと知っていた
だけどこうやって本当に人の命が奪われていくなど、考えても見なかった。
そして自分が何も思わず人を殺した事実に愕然とする。
光剣を一突きして、あっさりと一人の人間を殺したのだ。
その実感が今になって伝わってくるのだ。手が震え、鼓動がドンドン早くなっていく。
「これは戦争なんだ…人を殺しても仕方ないんだよ」
そう自分を慰めるが鼓動は収まる気配をみせず、呼吸も粗くなっていく。
コケっ!コケっ!
鶏さんの声を最後に、俺の意識はそこで暗転したのだ。
◇
「ピンクの鎧? 新手なの!」
その頃ダンジョンの外ではセリカが率いる約百名の部隊が赤い鎧の軍勢と対峙していた。
「カーラ、私よ、アヤノ!
クレストさんに新しい鎧を貰ったの!」
「怪我は大丈夫なの?」
「私を舐めないで欲しいのです!
それより現況を教えるのですっ!」
魔力を使い尽くして後方に下がっていたカーラがアルジェンに戦況を伝える。
「KOSのクールタイムは三十分…これはやばいのです…犠牲者覚悟でアレをやるしかないのデス!」
「アルジェンちゃん!
今のは、です、が恐かったよ!
犠牲者覚悟はダメだから!
それなら撤退の合図を出すわよ」
「…面倒なのです!
ゲラーナで突撃噛ましてくるのです!」
「ゲラーナ? えっ? 虫?! ゴキ…?」
カーラがブリと声を出す前にアルジェンがカーラのクチを抑えた。
「一回しか言わないのです!
ゲラーナはカブトムシなのです!
G扱いすると本当に殺されるので、気を付けるのです!」
カーラがコクコクと首を縦に振り、マジックバッグからドライフルーツを取り出してゲラーナに与える。
「分かれば良いのです!
それを食べたら、特攻するのです!」
黒い悪魔と化したゲラーナとアルジェンが赤い鎧の集団を後方から襲撃し、僅か数分で戦闘は終結した。
戦闘終結後、大地がマグマ状になっている場所が三ヶ所ほどあったのだが気にしてはいけない。