第22話 銀色の魔動騎士
セーフティゾーンから少し離れた場所で白い鶏をゲットしたけど、金狐には逃げられた。
鶏が居れば毎朝卵が食べられる…けど、一羽じゃ足りない。
どうやって増やそうかと考えつつ、ゲラーナと道を歩いていたらアルジェンが暴走し…その結果とても強そうな甲冑の魔物が敵として現れたのだ。
全くもって、何のことやらだよ。
アルジェンを放置した俺が悪いって?
いやいや、まさかあの水晶板でバタバタしただけで新しい魔物が召喚されるとか、そっちの方がおかしいでしょ?
「ゲラーナが頑張ってくれてる今の内にやるのです!」
「やるって何っ?」
「パパっ! 痛いのは最初だけなのです!」
「答えになってないし!」
アルジェンって自分の世界に入ると人の言うことが聞けない人?
人ではないけど、今は置いておくとして、
「それ無理だろっ、俺には魔力が無いから戦えないぞ!」
「問答無用なのですっ!」
「おまえなっ! 人の話を聞けって!」
そう言った時には既にミニミニ魔界蟲さんに体を縛られ、二匹のスライムが俺を左右から閉じ込める。
透明な筈のスライムなのに、光が遮られて視界が真っ暗になったのは何故だろう?
まるで立ったままでミイラになった気分だよ。
ミハルの頭の上でミハルの鎧を着たときとは全然違う演出だ…この短い時間で二つの演出とは、無駄に芸が細かい奴だよ。
「パパの中に入るのです!
えーと…ゲートイン!…じゃなくて…フェードイーンっ!」
「そう言うセリフは先に決めとけよ!」
姿は見えないがアルジェンの声がスライムの外から聞こえると、キラキラと輝く銀色の光が真っ暗な視界に差し込む。
するとそのすぐ後に、光に包まれたアルジェンが両手を広げて俺の顔に飛んでくる。
そしてべたっと顔にくっ付く…と思ったが、物理的な接触は全く感じないのに、アルジェンの姿が何処かに消えていく。
…額の辺りから何かがゆっくりと体の中を通って行く感覚…。
これは恐らく、死ぬ前まではいつも感じていた魔力の流れだろう。
アルジェンが自分を魔力に分解して、俺の中を移動しているのか?
やがてその魔力は俺の心臓へと到達すると、鼓動に揉まれてゆっくりと体全体へと流れ始める。
血の気を無くしていた体が血流を取り戻したかのような違和感。
だが力強く脈打つ心臓から次々と魔力が送り出されるに従い、無くしていた力を取り戻していくのを体の方が理解する。
無意識に叫びたくなる。
いや、もう既に何かを叫んでいた。
俺の体を縛っていた魔界蟲は既にそこには居ない。アルジェンと共に俺の体の一部となっているからだ。
銀色に輝く左右の拳をぶつけ合うとガシャンと心地良い音が響き、否が応でも戦意が上がる。
視線を足下に向ければ銀色の甲冑が目に入る。
アルジェンがデザインしたなら、あのミハルの鎧と違ってさぞ格好良いだろう。
これなら行けるっ!
ビアレフの斧を受けて負傷したゲラーナに近寄り、
「『エクストラヒール!』」
と治癒魔法を使ってみた。
ずっと魔力を無くして魔法が使えなかった俺だが、アルジェンを中に取り込んだことで違和感無く魔法を発動することが出来たことに安心する。
その魔法一つで手早くゲラーナの傷を癒すと、後はやることは一つだけだ。
「よし、脱出するぞっ!」
『逃げるのは無しなのですっ!』
心の中で誰かが反対した気がするが、無視で構わないだろう。
俺はこれからの人生、安全第一で生きると決めたのだから、こんな危ない奴と戦う必要は無い。
とにかく五分間、逃げまくって本体さんにビアレフとやらを転移させて貰えばそれでセーフなのだ。
後でベルさんやラビィに退治してもらえばノープロブレム!
ゲラーナに飛び立つように指示を出した後で、ゲラーナの離陸用に土を固めた柱を作ってやる。
これで本能的に勝手に上って、天辺まで来たら勝手に飛び立ってくれる筈。
俺はそれまでの時間を稼ぎ、ゲラーナが離脱した後はアルジェンの羽根で宙に逃げればあんなゴッツイ甲冑を着ただけのオーガとオサラバできる筈。
ゲラーナは俺の意図を汲んで柱を上り始める。
『大地変形』は俺の十八番だっただけに、ゲラーナに完璧な足場を与えたようだ。
硬い前羽根をカパッと開き、透明な後ろ羽根をシュピンと広げて足場から落下しながら飛び立つことに成功したのでまずは一安心だ。
襲い来るビアレフの斧を軽快に躱し、
「『光球』六連射!」
ノラ戦でも目眩ましとして役に立った光の魔法でビアレフの視界を奪う。
『パパ、ごめん! それ、効かないの!』
「なんで?!」
『ビアレフはパパにも勝てるように設計したのです!
だから以前の戦闘データを解析して対抗処置を施しているのであります!』
「…てことは…やっぱり勝てないだろっ!」
『光球』を顔面に喰らってもお構いなしに斧を振り続けるビアレフ。その刃筋は乱れることなく俺を的確に捕らえていることから、光の魔法が効いていないのは明確で迷惑だ。
「それならやっぱり飛んで逃げるぞ」
『…それはお勧めしないのです。
戦うしかないのです』
「勝てない相手に戦えるかよ!
『フライト』、『空蹴』!
これで…」
高くジャンプしたついでに空気の壁を蹴って高度を上げ、ビアレフから脱出を試みた。
「えっ? 嘘って言って!」
だが、甲冑の背中から二対の薄い黄色の透明な羽根を伸ばしたビアレフは無情にも俺の後を追って空を飛び始めたのだ。
『当然、『フライト』、『空蹴』の対策もしてあるのです!』
「おいっ、アイツやたら飛ぶのが早くないか?」
『それもパパのデータを上回るように設計したので当然なのであります!
私の計算が間違っていなくて良かったのですっ!』
「何でそこで計算ミスしなかったんだよっ!
うわっ! 掠っただけで装甲にダメージ入ってるぞ!」
『ナイト・オブ・シルバー、略してKOSには自己修復機能が備わっているので、魔力切れにならない限りはその程度のキズなら多分大丈夫なのです!』
「多分ってなんだよ?」
『魔力消費率の悪い機体なので、時間切れになる前に倒さないとジ・エンドになるのです!』
…総合的に俺の方がスペック低いってことだよね?
『このまま飛行を続けていると…後三分しか活動出来ないのです』
「…とりあえず着地。
で、飛ばなければ?」
『約四分。本体さんの転送まで三十秒程のタイムラグがあるので、その間は殴られ放題になるのです!』
「それって俺また死ぬよね?
もう復活は無理だろっ!」
『恐らくあの爺神も動かないと思われるのです。
もし動いたとしても…また寿命の半分を…今度はそれ以上要求するかも知れないのです』
中の人となったアルジェンと会話しながら、必死でビアレフの攻撃を躱し続けるのだが、両腕は既にボロボロだ。
「この機体にシールドは無かったのか?」
『元ネタのゴールドも盾は持たない完全駆逐型なのです!
ほら、パパのホクドウを左右に提げればそっくりなのです!』
「バスター的な兵器は無いのか?」
『一発ぶっ放すとオーバーヒートするやつなら用意出来るのです!
でも出来ればビアレフを無傷で捕獲して欲しいのです』
「そんなの出来るかよ!
で、捕獲する理由は?」
『…一から作り直すのが面倒なのですっ!』
「それって無駄に高性能にしたからだろっ!
ってっ! 腕がっっ!」
『止血と痛み止めなら任せるのですっ!
腕ぐらいなら後で拾ってくっ付ければ治るのです!』
「!!! ハァハァ…俺はプラモじゃないんだぞ。
…傷の処置は有難いけど、やられた後の処置じゃなくて、もう少し前向きな対処は出来ないのか?」
『…それにしても、ビアレフの攻撃力は想像以上なのです…まさかKOSの装甲をこうも易々と切り裂くとは…計算ミスなのです』
「なんでそっちの計算はミスするのっ!
てか、わざと俺の話を無視してるだろ!」
『ブーッ!
…クチ動かさないで、チャキチャキ体を動かすのです。
でないと仲良くマジあの世行きなのです!』
ホクドウに魔力を纏わせるが、ビアレフの斧を二度受けるのが精一杯のようだ。
あっさりと半分の長さになったホクドウを投げ捨てようとして思い留まる。
「オリビアさんにやらせようと思ってたんだけど…ホクドウって光の剣にならない?」
せっかく魔界蟲本体さんがセーフティゾーンに設定してくれた土地で『火山噴火』のような災害級魔法を撃つ訳にはいかない。
これが普通のダンジョンの設定のままであれば穴が開こうと自動的に修復されるのだが、居住地に設定したエリアにその修復機能は無い。
畑を耕しても、修復されて耕す前の元の状態に戻っては意味が無いからね。
『この期に及んで更なるチューニィングの発症なのです!
もう末期を通り越して…』
「俺の心は永遠の少年のままで良いんだよ!
じゃなくて、五つ星の物語の設定にも、実剣と光剣の二種類あるだろ!」
そう会話をしている間にもドンドン銀色の装甲に傷が増えていく。
「『大地変形・ピット!』」
激しく動きながらではビアレフの脚の動きに合わせて落とし穴を開けるの至難の業だったが、しつこく入れていたローキックのダメージの累積がようやくビアレフの膝の破壊に成功し、大きくバランスを崩した瞬間を捕らえたのだ。
斧を手放し、両手を付くビアレフの頭に飛び膝蹴り。
さすがに頭への衝撃は緩和が難しかったようで、中のオーガが意識を飛ばしたように見える。
『今ならバスターなランチャーも撃てるのですっ!』
「それ、撃ったら居住地に被害が出るだろ!
ちなみに想定する威力はどれぐらい?」
『パパの『火山噴火』推定で三発分なのです!
正義を貫くには、多少の犠牲はやむを得ないのです!』
「そんなの撃てるか!
ビアレフの捕獲どころじゃないよね?
言ってること滅茶苦茶じゃない?」
『ビアレフは接近戦に特化した疑似ノーラクローダと思って構わないのです!
再生能力も保有するのです、多分大丈夫なのです!』
「それ! ベルさんやラビィでも勝てない敵じゃない?」
『その時は尊い犠牲だったと報告するのです』
「後ろ向き過ぎだよ!
転送させて逃がすと、後でヤバイことになるから、今ここで倒さないと!」
『だから最初にそう言ったのです!』
兜、肩、胸の装甲は半壊し、邪魔にしかならないのでベリッと剥がしてポイと投げ捨てる。
かなり身軽になったところで、
『ほぉー、パパはやる気だね。
若いと言うのは羨ましいものだ!なのです!』
とアルジェンが感心したように言う。
「古いマニア向けコミックからセリフをパクらないっ!
アルジェン! ホクドウに魔力集中させて!」
『しまったっ!なのです!』
「どうした?」
『さっきのセリフを言った黒騎士…負けたのであります!
縁起が悪いのですっ!』
「俺は元ネタ、知ってるけど!
この世界の人はそれって知らないから!
それよりビアレフを倒すよっ!
ホクドウに魔力を!」
アルジェンが舌打ちをしつつも、ホクドウに魔力を集めると、銀色に輝く光の刀身が姿を現したのだ。
『修理するの面倒なので、なるべく壊さないようにお願いするであります!』
「何か言った?」
ビアレフの左腕を切り落とし、返す光剣で続けて右腕を切り落とす。
『そんなに壊さないで欲しいのです!
留めは装甲の薄い脇の下から突き刺して欲しいのです!
それが一番修理しやすい壊し方なのです!』
この子、ちょっと自由過ぎませかね?
でも銀色の光の剣で両腕を落とせたのは幸いだった。
横に回り込み、狙い澄ました突きはアルジェンの要望通り左の脇から胸の奥へと突き刺さり、とどめを刺した…かに見えた。
『浅いのですっ! 根性入れてもっと深く!』
だが、突然俺の体が動かなくなり、光の剣も銀色の姿を消したのだ。
「このタイミングで時間切れっ!?」
俺の中から出て来たアルジェンがパタパタと飛びながら顔を青くさせてあたふたとする。
腕を無くし脇を突かれた痛みに暴れ回るビアレフの脚が俺に激突して、大きく弾き飛ばされた。
「パパっ! よくもパパを!
許せないのです! 頭に来たのです!
『我が右腕に潜みし銀色の龍よ!
今こそ真の力を解き放てっ!』」
「居るのは龍じゃなくてミニミニ魔界蟲さんだろ!」
「聞こえないのです!
と・に・か・くっ!
やっておしまいっ! 怨殺銀龍波っ!」
アルジェンの右腕から放たれたミニミニ魔界蟲さんがグルグルとビアレフの周りで回転を始め、いつの間にか本家の魔界蟲さん程の大きさに成長する。
そして大きくクチを開けると、真上からビアレフを丸呑みにしたのだ。
「ふうっ、強敵だったのです」
ミニミニ魔界蟲さんはその後に元のサイズに戻り、ゲップをするとアルジェンの右腕へと吸収されるように帰っていった。
「なぁ…俺が戦う必要あったの?」
「えーとぉ…様式美って素適な言葉だと思うのですっ!」
「そぉだね…はぁ…」