第20話 ミハルの鎧と枯れない泉
荷物の運搬は巨大カブトムシのゲラーナと、ユニコの力を借りれば何とかなりそうだ。
ユニコはトレント風の樹の魔物で、魔法攻撃を無効化することからマジシャンキラーと呼ばれる魔物の一体である。
目はあるが、鼻とクチが無くてやたら背の高い『きりか○おばけ』のような姿を連想してもらえれば良いだろうか。
「けど、やっぱりユニコーンみたいでユニコってい名前はしっくり来ないよ」
「ブーッなのです! 原作に対する冒涜なのです!」
「そう言われてもなぁ…おまえがバッタの名前を付けられて納得するか?」
「…かも知れないけど、名前にもよるのです」
「アルジェンって、お前が一番ビビッと来た名前なんだろ?」
「やっぱりパパは狡いのです!」
アルジェンに狡いと言われるのは何度目だろうね?
もう慣れてしまったような気がするよ。
「じゃあ、俺とアルジェンで交互に名前を出して行こう。
気に入ったら手を上げてくれ」
とユニコ(仮)に声を掛けるとコクコクと頷く。やはりコイツも知能が高いみたいだな。
「では、最初に…ハイペリオン」
「ダメみたいです、じゃあ、ビンチョウ!」
アルジェンの案にユニコ(仮)がブンブンと首?を振る。
「おかしいのです! 高級品のはずなのです!」
「イヤイヤ、燃やしたらダメだろ。
次、トゥーレ」
「反応が無いのです。
これなら自信があるのです、イッポンマツ! どうだっ!」
「それは個体名には使わないだろ?
それならまだ地名を取って、ミハル、とかさ。ちょっと可愛すぎたか?」
「…やっぱり狡いのです…」
ユニコ(仮)が両手を上げ、バンザイしているように見えるのは気のせいか?
桜でも無ければ大木でも無いので違和感が半端ないが、本人が納得しているので仕方ない。
これからはこのマジシャンキラーをミハルと呼ぼう。俺が違和感を我慢すれば済むだけだ。
「でさ、この『ミハルの鎧』ってどうやったら解除出来るの?」
「さぁ? パパもアニメを見てないから分かんないのです!
とりあえず三十分待つとか?」
「念の為に聞いておくけど、これ着てる間ってパワーアップの代償に細胞破壊されるとかの副作用は無いんだろうね?」
「…さぁ?」
「…今度からは安全性を確認してからこう言うのやってね。頼むから」
装着時にピリッと来たけど、静電気のバチっ!程痛くは無かったし、多分大丈夫とは思うけど。
「力を得るには何かの代償を払うのは当然なのです!
大抵のアニメはそう言う設定なのです!
でないとハラハラドキドキが無くて盛り上がらないのです!」
「済まん、俺にアニメ化の予定は無いからそんなのいらないの。安全第一で頼む」
「何を言ってるのです! 壮年よ、大志を抱け、ホトトギス、と昔から俳句で言われているのです!
今からでも遅くは」
「そこ、ホトトギスは関係無いし、俳句でも無いから。
鳴いて血を吐く前にこの鎧を解除しないとね。ミハルに頼んでくるわ」
どうやらあの木の鎧はミハルの魔力で構築されたパワードスーツらしく、ミハルが両手を当てるとすぐに解除出来た。
体調の変化も無さそうなので、短時間の運用なら問題は無いだろう。
それよりミハルには、両手で俺を抱いてゴリゴリ幹に押し付けるのは早くやめて貰いたい。
回復スポットはもう無いのだから、アルジェンを頼らないと治療出来ないんだし。
愛情表現で怪我をするって激しすぎだろ?
「パパはとんでもない魔物たらしなのです!
どうやったらそんなに仲良くなれるのです?!」
単に名前を付けたから、とも思えない。
そう言えば、スキルの中にテイマーがあったよな…多分そのせいだろう。
ちょっと怖くてステータスを見るのはやめてたから、テイマーのこと忘れてたよ。
多分、これから自分のステータスを見るつもりは無いけどね。だって絶対イヤな称号が付いてるだろうからさ。
それにステータスも表示内容が全然足りていないから、見る意味も無い。
ひょっとしてステータスなんかに頼らず生きていけって、この世界のシステムを作った神様が考えてたのかもね。
ロイに犯罪履歴が付いていなかったってことが確認出来たんだから、それ以上は必要無いだろう。
でも職に就くのに自分の持つスキルを知っていると有利なのは間違いないんだよね。スキルがある方が修行の期間が短くて済むってことは、それだけ早くに稼げるようになるってこと。
つまりは貧困対策にも繋がるのだから。
そう言うのは政治的判断になるだろうから、リミエン伯爵にでも教えておけば良かったか。今更気が付くとか遅すぎたかも。
「『モックセッター!』」
俺が考え事をしてたからか、アルジェンが木製アーマーを装着するようだ。
「ジャーン! フルアーマーアルジェンなのです!」
羽根以外が木に覆われたアルジェンだが、いつもの飛行速度より遅い気がする。
「ちょっとハルミっ!
これじゃ羽根がブーストされて無いから意味が無いのです!
もっと高速で飛びたいのです!」
…絶対に事故るからやめといてくれよな。
「ハルミじゃなくてミハル。
間違いそうなら埠頭じゃない方だと覚えたら良いから」
「コッチの世界の人にはハルミ埠頭とか言っても分からないのです!」
間違えるのはアルジェンぐらいだろから、分からなくても大丈夫。
そんなヨタヨタと飛ぶアルジェンは置いといて、ゲラーナが屋根で寝そべるタイニーハウスのドアを開ける。
回復スポットから溢れていた不思議な魔力は無くなり、代わりにこんこんと水が湧き出す泉へと姿が変わっていたので一安心。
溢れた水は鹿威しを伝ってカコーンと音を立てながらマジックバッグに随時入れられていた。
「どうですっ!? この何とも言えぬワサビ感はっ!」
「そうだな、随分鼻にツーンと来そう…分かっててボケてる?」
「鼻に?…何か間違っていたのです?」
「…本気ならいいか」
侘び寂びをアルジェンが理解しているとは思えないし、ログハウスの中に泉があること自体が侘び寂び関係に無いからさ。
それに無理矢理に和風を演出しなくても。
それよりちゃんと水道管が壁に向かって設置されているので、外で蛇口の試験をしなきゃね。
「同時に六人に給水可能にしているのです。
魔力源にはノーラクローダの魔石を使用しているので、ちょっとやそっとじゃこの泉は枯れないのです!」
「ノラの?
あ、そう言えば倒した時にノラは魔石を残さなかったな。アレってどう言うこと?」
天井をぶち破って太陽光でノラを倒したのは良いけど、アイツは何も残さなかったから気になってたんだよね。くたびれ損ってやつだからさ。
「…パパの爪は甘いのです。
仮にも自称不死の王が、ノコノコと本体で出てくるわけは無いのです」
「えっ! あんなに強かったのに本体じゃなかったの?」
「…フムフム、そうなのですね。
クレールドリューヌの初仕事が、ノーラクローダの魔石の回収だったそうなのです。
奴は洞窟の中に見窄らしい本体を隠していたそうで、本体さんが居場所を突き止めクレールに急襲させて魔石を吸収したのです」
マジか…もし俺があのままダンジョン管理者を続けていたら、せっかく倒したノラを復活させてたってことだ。
あんなの倒せる奴は居ないだろうから、まさに本体さんのファインプレーだな。
それよりクレールが戦闘したのか?
俺はアイツらには戦闘は無理だと思って過保護にし過ぎてたのかな?
「パパが魔界蟲を餌に与えていたので、それぐらいは出来て当然なのです。
魔界蟲を舐めないで欲しいのです!」
それは何と言うか、不思議な気持ちだな。
俺の中に居着いていたあの魔界蟲の仲間を食べさせたって言うのに、それは本体さん達は何とも思っていないのか?
それを聞いて良いのかどうか悩ましいけど。
「私を含め、倒されたからと言って恨んだりしていないのです。この世は弱肉強食、私が負けたのは弱かったからなのです。
だからパパを襲おうとは考えてはいないのです。
襲うなら寝起きドッキリを狙うのです!」
俺の気持ちが本体さんに伝わったのか?
それともアルジェンが察したと?
「余計な気を使わせて悪かったな」
「パパは気にしすぎなのです。
魔物は結構その辺ドライなのです。
そうで無ければ、今頃人間は魔物に滅ぼされているのです」
なるほどね…その事は忘れないでおくよ。人間の支配地域なんてこの星のほんの一部にしか過ぎない。
人間の到達していない世界の方が圧倒的に多く、そこには人間より遙かに強力な魔物が住んでいるに違いない。
それこそノラにぶつけたドラゴンが本当に居るかも知れないんだし。
「でも…」
「何かあるのか?」
「確かに…この木の鎧はダサいのですっ!
ミハルっ! 今から緊急会議を開くのです!
パパも強制参加なのです!」
「今やることか?」
「当然なのです! 最低でもギャ○やザ○のレベルは必要なのです!」
「そこは元ネタがブレたらダメでしょ?
テッカ…モッカマンのネタで通さないと。
それとパワードスーツが欲しいのであって、モビルなスーツが欲しい訳じゃないから」
「テッカマ○なんてマイナー過ぎて、若い人は誰も知らないから却下なのです」
そう思うのなら最初からそんなネタを出すなよ…ノリでやったんだと思うけど。
「そぉか…俺はセーフティゾーンの確認をしたいから、デザインはアルジェンに任せるよ。
お前にも『描画』スキルはあるんだろ?」
「フフフっ! ウルトラスーパーピーキーなマジックアーマーに仕上げてみせるのです!」
「ピーキーじゃなくて汎用性重視に仕上げてくれよな、頼むよ!」
ミハルがどれぐらい精巧な造型が出来るのかは知らないけど、シンプルな鎧に仕上げてくれると期待しよう。
アルジェンとミハルと別れて別行動を開始すると、すぐにゲラーナが文字通りに飛んできた。
一瞬突進されるのかと身構えたが、隣に着地すると硬い甲羅でスリスリ…甘えに来たのか。
散歩のお供にはデカ過ぎる気もするが、危害を加えるつもりが無いなら好きにさせてやろう。
アルジェンから渡された大きめの水晶板は、プログレスバーが半分近く進んでいた。
ミハルの鎧の性能試験やゲラーナとの綱引きでそれなりに時間をくったのだが、やはり大人数の居住地区の設定には結構な時間が掛かるらしい。
試しに設定済みのセーフティゾーンから脚を踏み出すと、『居住地区の範囲外に侵入しようとしています』と何処からともなく警告が鳴り響く安全装置付きだった。
それを無視して少し進むと、『魔物との遭遇確率が上昇します。非戦闘員は速やかに居住地区へお戻りください』とアナウンスがある。
魔界蟲本体さん、随分と芸が細かいよね。これなら子供がうっかり魔物に襲われるようなことも無いだろう。
ガサガサッ!
草むらか音を立てて出て来たのは、白い鶏のような魔物だ。日本の養鶏場で見るサイズより一回り大きそうだ。
「鶏かっ! 群れで居るならゲットしたいな」
と吞気に構えていると、その直後に綺麗な金色の毛皮を纏った狐が草むらを飛び越えて現れたのだ。
「コケッー!」
俺とゲラーナを見て…いや、俺は関係ないか…硬直する金狐、それを見て俺の後ろに隠れる白い鶏。
さあ、どうしよう?
アルジェンが言ったようにここでは弱肉強食が唯一のルール。この狐に狙われた鶏は餌となって狐の腹に収めるのが一番自然の摂理に適っている。
だけど、コケコケと言いながら体を擦り寄せる鶏に、死んで来いと言うのは少し気が引ける。
アルジェンが居れば、この場を上手く収めてくれたかも知れないが…アイツなら素直に鶏を差し出したかもな。
上手く出来るのか分からないけど、妥協案を示してみるか。
「狐さん、番犬の仕事をするなら飯を食わせてやるけど、どう?」