第19話 荷物を運ぶのは大丈夫かも知れないのです!
魔界蟲本体さんが気を効かせて荷運び用の魔物を送ってくれたのだが、出て来たのは大人を乗せても平気で走り回りそうな巨大カブトムシだった。
「俺ってこんなに大きなカブトムシを召喚してたのか?」
「……なる程なる程。
パパが呼びだしてから急に大きくなったそうなのです。
……この子の突進は鋼の鎧を着た騎士を弾き飛ばすぐらいの威力があって、剣や槍もほぼ無効化してるから、守備隊としても最適なのです。
……でも好物は果物と甘い物?
ギャップ萌え狙いなのですね」
「そんなギャップ萌えはいらないから!
てか恐すぎだろ、こんなカブトは」
「……名前でも付けてやればどうか?運が良ければ甘えてくるかも、だって…と本体さんが言ってるのです」
巨大カブトムシに甘えられても怖いだけなんだけど。そう伝えてきたアルジェン自身も少し退いているように見えるのは気のせいか?
それにしても、本来なら複眼のはずだけど、このカブトムシの眼はルビーのように赤くて格好いい。
近寄ってよく見ると、ルビーと言うより野いちごっぽかったけど、そうクチに出して言わないのも優しさだよな?
「虫に名前を付けるのはどうかと思うが…カブトムシの名前ねぇ…ヘラクレス、コーカサス、アトラス…」
「…この子のお気に召さないみたいなのです」
心なしか、巨大カブトムシの前脚が拒否するように左右に振られたようにも見える。
「カブトムシにも意思があるのか?」
「魔物ならどんな子でも意思があるし、名前は大事なのです!」
「それ、アルジェンが言っても説得力が…」
そう言われてジト目を向けるアルジェン。それから頬を脹らませ、
「パパには及ばないものの、私のセンスも悪くないはずなのです!」
と両手を腰に当てるのだ。
「そう…無自覚って怖いね」
「それはパパもなのです!」
しみじみと思って出た言葉に予想外の返しが来たのでビックリだ。俺の何処が無自覚系なんだろ?
「って、私のネーミングセンスが悪いと言いたいのです?」
「感性は人それぞれだからね…」
「答えになっていないのです!」
俺の肩に乗ってポカポカ頬を叩かれると、さすがに地味に痛いので手でガード。
「名前を付けられる魔物が希望する名前を探し当てるのもセンスなんだと思うよ」
「それは…確かにパパは魔物たらしの才能があるのです」
「たらしてるつもりは無いんだけど」
牙馬にランプやミスジとか、スライムにオニオンスライムなんて付けるようなアルジェンには、名前を付けさせるのは絶対辞めた方が良い。
エマさんのタコスも大概だけど。ブリトーなら韻的にはセーフかな?
「で、このカブトの名前だけど…ガンバイン、アーバインとか」
「…悪くないけど、まだ少し違うそうなのです」
「じゃあ……奇をてらってベラ…ゲラーナとか」
その名を聞いて、明らかに頭を上下に振って喜んでいる素振りを見せる巨大カブトムシ。
そのツノの動きが怖いとは言えないか。
「商業的に失敗したアニメのメカから名前を取るのは良く無いと思うのです!
でも本人が喜んでるので仕方ないのです」
「バラすなよ…それに失敗とか言っちゃ可哀想だろ」
昆虫のフォルムをメカデザインに取り入れたアニメ作品だったけど、ヒットしなかったのはある意味当然だろうな。
それは置いといて、俺に近寄り頭を擦り付けようとするカブトムシがマジで怖い。
牙馬はクチさえ開けて無ければまだ可愛げがあるのだが、硬い鎧のようなボディを押し付けられてもな。しかもめちゃくちゃな力だし。
カブトムシの大きさってどうやって測るのか知らないけど、胴体が俺のヘソぐらいの高さもあるんだよね。
普通のカブトムシの三十倍ぐらいのデカさかな。
「後で本体さんにゲラーナ用の荷車も出して貰うのです!」
俺に懐いた素振りを見せるゲラーナに満足したのか、アルジェンがパタパタとゲラーナの周囲をグルリと羽ばたく。
荷車よりフォークリフト用のパレット的な物の方がよくないかな?
角に引っ掛けて持ち上げて運ばせるのもありだし。
あ、一つ大事なことを忘れてた。
「ゲラーナって、人の言うことを聞いてくれるの?
俺、ずっとここに居る訳じゃないしさ。かと言って、こんな大きなカブトをダンジョンの外に連れ出す訳にもいかないだろ?」
俺の言葉に『ガーン!』と言う擬音をバックに貼り付けたように落ち込むゲラーナ。
まさかコイツも俺に着いてくるつもりだったのか?
「悪いが俺の家に、お前を飼えるだけのスペースは無い」
イヤイヤをするように頭を左右に振るのは、完全に言葉を理解している証拠だろうか。
「どうもゲラーナは特殊な個体なのであります。
他の昆虫の魔物達は通常サイズのままで、大して知能も持っていないようなのです。
パパは召喚ガチャでURキャラを引き当てたかも、なのです」
アルジェンの言葉にゲラーナが頭を上下に振り、それを肯定しているように見える。
ゲラーナの頭にアルジェンが乗ると、嬉しそうにズリズリと地面を歩き回るのでこれまた怖い。
キャラのチョイスを間違えたかもな。
でも能力的にはゲラーナが一匹居れば何とか荷捌きは可能かな?
念の為にもう一匹ぐらい欲しいんだけど、ワームを呼びたくはない。牙の採取の為に頭を落とし、再生させるような生き物だし。
昆虫系はたまたまゲラーナが当たりくじみたいなもんで、後は普通らしいから荷役には使えない。
そうなると植物系の魔物になるが、力のある魔物なんて居るのか?
そんな俺の心配はよそに、いきなり目の前に現れたのは高さ二メトル半程で直径一メトル超えの異様に太い幹と二本の腕のような幹を持つ樹の魔物だ。
樹の割りには葉っぱが全然生い茂っていないが、だからと言って枯れているような感じはない。
「…ゲラーナのカタパルトなのです」
アルジェンがそう言うよりも先にゲラーナがその樹の魔物によじ登り、天辺に到着するとおもむろに羽根を広げて飛び立ったのだ。
「凄い迫力だな」
高速で羽ばたく後羽根がブーンと音を立て、衝角の付いた空飛ぶゴーカートのようなカブトムシが空を飛ぶ様はまさにスペクタクルだ。
「この子が味方であって良かったのです。敵にこんなのが居たら、オシッコチビって逃げ出すに決まっているです」
一応女の子なんだから、オシッコチビるとか言うなよな。
「それよりカタパルト君の方が先なのです」
「カタパルト扱いは可哀想だろ?」
「でもゲラーナはこの子がいないと飛べないのです」
飛んですっきりしたのか、ゲラーナは羽根を畳んでタイニーハウスの上で寛いでいる。
「あっこからでも飛べると思うし、むしろ安定が良さそうだろ?」
「…何を言ってるか分からないで…って、あっ! 飛ぶのは無しなのです!」
寛いでいたように見えたゲラーナだったが、まるでアピールするように飛び立ったのだ。
しかも平らな天井なので安定も良さそうだった。
「…今は樹の魔物の話をする時なのです」
「カタパルト扱いは無かったことにするの?」
アルジェンが鳴らない口笛を吹いて誤魔化そうとする。勿論誤魔化せないけど、これ以上追及しても意味は無いか。
「ともかくなのです!
エントと言う呼び方は大人の事情で出来ないので、この樹の魔物はトレントと呼ばれるのが一般的なのであります」
「指輪が版権持ってるらしいからな」
「そんなの言っても誰も理解しないので、オンエアではカットされるのです」
「オンエアの予定も無いし…と言うか、アルジェンも随分詳しいよな?」
「パパの記憶データは本体さんとクラウドで共有しているのです」
「プライバシーの侵害も甚だしいけどな」
でも俺と普通に話ができる相手になるので、これはこれで有難いのか。
少々鬱陶しい時もあるが、見た目は俺の好みその物だしな。
「今ならパパとイチャイチャし放題なのです!
でも熟睡しないとママのサイズに戻れないのは悲しいのです!」
起きる度に人間サイズに戻って裸を披露するのはどうにかして欲しい。
恐らく睡眠中に魔力が回復して、一定レベルに達すると人間サイズに変身するのだと思う。
「それよりこの子…はトレント?
それともマジシャンキラー?」
「……なる程、了解なのです!
マジシャンキラーの変異種で、仲間外れにされていたのでこっちに飛ばしてきたそうなのです」
ダンジョン発生の魔物の世界にもそう言うのがあるのかよ…世知辛いな。
「で、この子は他の子には無い特殊能力があるのです!
絶対パパも気に入るので、試してみるのです!」
ワクワクするようなアルジェンの視線に僅かにたじろぐが、
「やるよっ、ユニコっ!
『モックセッター!』」
とアルジェンに指示を出されたマジシャンキラーがドタバタと俺の前まで根っ子を使って走って来ると、二本の幹を腕のように伸ばして俺を掴む。
「ユニコって何っ!
おまえ、勝手に名前を付けたのか?」
「いいから、いいから!
されるがままでお願いなのです!」
そしてマジシャンキラーのユニコ?が自分の頭の上に俺を持ち上げると、俺をゆっくり頭に乗せたのだ。
そこは切り株のように年輪が見えているのかと思えば木の臼のように凹んでいて、しかも魔力的な何かが充満しているようでムズムズするのだ。
「痛いとか適合出来る人が少ないとかの設定は、無いと思っているのです!」
「思ってるじゃ不安しかないだろっ!」
体がムズムズすると思っていたら、体中に棘の付いた蔦が絡まっていた。
そしてその蔦からピリピリと電気のような何かが流れてきて一種クラッと来た。
それも一瞬のことだったと思うが、
「おーっ、成功したのです! ラッキーなのです!
パパ、飛び降りてこっちに来て欲しいのです!」
とアルジェンがとても嬉しそうだ。
てか、さっきラッキーとか言ったよね…?
体に違和感を感じて腕を見てみると茶色っ?
叩いて見ると、軽いコンコンと感じでなく重たい木材を叩いたような重厚な音がした。
大体の想像は付くが…手招きするアルジェンの前に立つと鏡を取り出して俺の姿を見せるのだ。
「…ダサっ!」
そこには想像以上にクオリティの低い、木製のプレートアーマーを纏った姿が立っていた。
「木製だからモッカマンなのです!
渋くウォールナット風に仕上げてみたのです!」
「いやいや、全身木製の鎧ってないだろ?」
「その姿に変身すれば、肉体強化されて宇宙空間でも活動可能かも知れないのです!
問題はおトイレに行きたいときなのです!」
「そうだけど、そうじゃないだろっ!」
「試しにこの鉄の塊を持ち上げてみて欲しいのです!」
「人の話を聞けって!」
アイテムボックスから何処から見ても重量上げに使用するバーベルにしか見えない物を俺の前に出し、早く持ち上げろと催促する。
今の俺の体は普通の人間と変わらないから、百キロもあるようなバーベルが持ち上げられるはずもなく…。
「かるっ!」
とあっさりと片側に二十五キロと書かれた錘が二つ装着してあるバーベルを、易々と頭上に持ち上げることが出来たのだ。
「そうなのです!
武装は原作に乗っ取った槍と鞭と拍車を用意させるのです!」
「そんなのいらないだろ!
普通の剣や槍があれば」
「ノンノン! その力に普通の武器が耐えられる訳はないのであります!
言われてみればそうだな。
試しに片手でやってみてもこのバーベルがラクラク持ち上げられると言うことは、この鎧を纏うとかなりの怪力を発揮するってことだからな。
「あっ!」
「どうした?」
「この設定の原作……打ち切りだったのですっ!」
「そんな情報いらないだろ!」