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第186話 別れの晩餐会

 執務室を出て、執事に付いて行くと先日メイクをしたあの部屋に案内された。王妃様も付いてくる。


「フィリーはおるか?」

と王妃様が奥に声を掛けると、すぐに凄腕メイクさんのあの人がとんで来た。


「はいっ! 王妃様!」

「そう急がずとも良い。

 急で悪いが、明日からリミエンに視察に行くことになった。

 フィリーも付いて参れ」

「嘘ですよね?…本気ですか…?」


 確かに急だな。身支度だってあるだろうし、王妃様が着る物とかたくさん持って行くんじゃない?


「今回は逃げ出した放蕩娘とそのお付きと言う設定じゃ。身の回りの物は最低限で構わぬ」

「あの…さっきドラゴンが出て…クレストさんが倒して…?

 それで明日リミエンに?

 …えっ! まさか王妃様が輿入れでっ!?」


 おいおい、現役の国王陛下も健在な状況で王妃様が余所に嫁に行く訳ないだろ。どんな勘違いしてるかなぁ…。


「それも一興じゃな。じゃが息子程に歳が離れておるからそうも行かぬ。

 クレストにはシャーリンをやろうと思ったが断られたしの。全く王家の血を何と思っとるのやら」


 そんなの厄介事の種と思っておりますよ!


「食べる物はクレストが用意するじゃろ。

 スオーリーが申すように毎食旨い物が出てくる筈じゃ」

「パパの御飯に間違いは無いのです!」

『それは楽しみだぞ』

「そうやってハードル上げるの、やめて欲しいんだけど。

 それに大食いが増えたからストックが足りるか心配だし」

「我はそんなに喰わぬぞ」

「私も普通です」

「私も普通なのです!」

『多分私も』

『我も普通だぞ』

『・・・!』


 どうやら自覚の無いやつが居るらしい。さて、どうしたものか。

 屋台飯の買い出しに出ようかな。


「食べる物が不足するなら、調理場を使えば良い。

 十人分程度の食材なら、勝手に使ってもそう変わらん」

「普通の家ならかなり変わりますけど、さすが王城ですね。毎日道路が渋滞してる訳だ」


 でも食材を好きに使って良いのなら有難くいただこう。

 旅行中でも保存食で我慢するような食生活は送りたくないからね。


 王妃様の案内で調理場に入り、王城の調理スタッフを何人か借りてをラビオリ、ペペロンチーノ、ピザ、ハンバーグ、コンソメスープなど手分けして作って貰う。


 俺が調理場に居る間、アルジェン達にはアレク坊やと王妃様のご機嫌取りだ。アイツらがいると料理の邪魔するのが目に見えているからな。

 まさか王妃様、アルジェン達と遊びたくて俺を城から出すまいと策略を練ったのでは?


 だが、人手を借りられたので夕食の時間までにかなりの量の料理が出来た。

 揚げ油も使えたので普段食べないピロシキ、鳥の胸肉やアスパラの肉巻きなど、余っていた食材を適当に使って揚げさせて貰う。


 調理スタッフは新しいレシピが手に入ったとホクホク顔だし、こう言う場を持つのもたまには悪くはない。


 結局調理場から解放されたのは夕日が沈む頃で、皆が俺の帰りを待っているだろうと心配になった。


 マジックバッグに料理を詰めてさぁ帰るぞ、と言うタイミングで執事さんに連れて行かれたのは玄関ではなく丸いテーブルの並んだ小ホール。

 テーブルの上には沢山の料理が用意されているようだ。

 それだけでなく、綺麗なドレス姿のマーメイドの四人、ケルンさんとステラさん、オマケのようにアリアさんが壁の花になっていた。


「今晩はこちらで細やかながらパーティーを開くこととなりました」

と執事さん。


 アルジェン達が居ないのは、多分まだアレク坊やと遊んでいるのだろうと思ったら、ホールの反対側のドアが開いて一番にアルジェンがパタパタと飛んで入った後に、ドランさん、アーミンとカオリが続く。


「パパの体が料理の匂いで美味しそうなのです!

 間違って食べたらごめんなさいなのです!」

と抱き付いたアルジェンが恐ろしい事を言う。


 その後に国王一家とドレス姿の戦女神の四人も入って来た。


「聞けばいつもレストランの個室を借りてドンチャン騒ぎをしておったらしいの。

 実に羨ましい。

 ブラックドラゴンの攻撃を防いだ件での正式な褒章式は開かぬが、形ぐらいはせねばなるまいと思ってな。

 立食パーティーを開くことにしたのじゃ」


 そう国王陛下が説明する。


『それとな…我もクレストをマスターにと思うておったが、少々訳あって王都に留まることにしたのだ』


 俺の前に飛んできたアーミンが、申し訳なさそうに頭を下げる。

 エンゲル係数爆上がりの問題もあるし、レア魔物保護令の登録もするのを忘れていたから、王都に残っても問題は無い。

 アーミンがそう決めたのなら、アーミンがしたいようにすれば良い。


 それにしても、随分と急な進路変更だな。

 考えられるとすれば…シャーリン王女の予言か?

 外敵の侵入に対してドラゴンは最強の切り札になる。今まで戦争が起きていなかったが、これからもずっとそうとは限らない。

 それに王都の近くで魔物の氾濫が起きるのかも知れない。

 それとも単純に俺以上に興味を持たせた存在がこの王家の中に居るのかもな。


 まさか王妃様がアーミンをマフラー替わりに使いたくて、なんてアホな理由で説得出来たとは思えない。

 何となくだが、アレク坊やに対してアーミンが親みたいな態度を取っているように見えてきた。


『クレスト、勝手なことを申して済まぬな』

「気にするな。お前の好きにすれば良い。

 けど、王家の皆様や王城で働く人に迷惑はあまり掛けるなよ」


 差し出した右腕に乗ったアーミンの頭を撫でてやる。

 暫く大人しく撫でられていたアーミンがふわりと浮くと、短い前脚でペタペタと俺の頬をタッチして最後にキスをする。


『これで契約は解除された…』

と聞こえた念話は少し寂しそうに聞こえた。

 そして意を決するように国王達の方へと飛んで行った。


「アーミンはこの国を守る聖龍になるのです!

 私のオヤツの分け前が減る心配をしなくて済むのでラッキーなのです!」


 どうやらアルジェンにとって、国とオヤツは同列らしい。

 国のことなんか知ったことかと言ってるようなもので、実に清々しくて羨ましい。


「さぁ、おしゃべりは食べながらにして、料理を楽しもうではないか」

「そうじゃな。今宵は無礼講じゃ!

 我らのことはその辺のおじさんと綺麗なオバサンぐらいに思うて楽しんでくれ」

「はいっ!なのです!」


 一番に料理に飛び付いたのは、やはりアルジェンでドランさんが続く。

 カオリはアーミンから降ろされた後はアヤノさんの肩に乗っていたようで、スタートダッシュに出遅れたようだ。

 それを見てからアーミンもテーブルへと向かう。鳥のローストを手掴みするオコジョ…多分こんなことが出来るのは世界でただ一匹だろう。



 思う存分料理を楽しんだアルジェン、ドランさん、そしてカオリがアーミンとアレク坊やを囲んで踊っている。

 俺に付いてくると思っていたアーミンがここに残ると言いだしたのには正直ビックリしたけど、どんな舞台裏があったのかは知らなくても良いだろう。


 リミエンに最強の魔物が居るとなれば、王都としても面白くない面もある筈だ。

 軍事的パワーバランスの崩壊は疑心暗鬼を生じる結果にもなる。そう言う意味でもアーミンの英断を俺は支持する。


 でもちょっとだけガッカリな気はするけど、俺にはアルジェン、ドランさん、カオリにスライム達が付いているから寂しいって気持ちにはなって無い。


「ところでクレスト、料理が終わったらホテルに戻るつもりだったのだろ?

 今日の騒ぎのせいで、とてもホテルに戻れるような状況ではないらしいぞ」

とエリック皇太子がグラス片手にそう言った。


 このパーティーはホテルに戻れない俺を気遣ってと言う意味もあったのか。

 アヤノさん達とアリアさんはジェリク王子やシャーリン王女と仲良く話せるようになっていたし、ケルンさんは国王陛下と、ステラさんはサリアス王妃にフランソワ王女の二人とお喋りをしている。

 戦女神の四人はアレク坊やのお守りだろう。


「それにしても妖精小火騒ぎに始まって、お前の話題に尽きたことは無いぞ」

「どうも俺は王都に合っていないようですね」

「そうか? 結構好き勝手に動いていたと思うがな。

 女装に男装、発布式での合唱会、コンドームの開発に海運業ギルドの摘発、スライム坊主の所での騒ぎにドラゴン騒ぎだ。

 短期間に良くこれ程の事件を起こせたな」


 そう言われても、俺が自発的に起こしたのは海運業ギルドの件だけだ。

 後は全部もらい事故で俺は被害者だよ。

 そもそも人を投げるような冒険者ギルドがあったのがことの発端、一番悪いだろ。


「このイカのマリネ、美味しいですね」

「話を逸らすな。確かに俺もこのツマミは好きだ。

 イカは海にしか居ないからリミエンでは食えんだろ。食いたいなら王都に引っ越してこい。

 それなら王都の民もお前のやらかしに慣れるだろう」


 うわー、失敬な。言っとくけど、俺は何かやらかそうって思ってる訳じゃないからね。


「海運業ギルドの関係で捜査が中々難航しているからな。暫くベルビアーシュ殿は王都に残ってもらうことになる」


 リミエンに帰る前にベルさんに挨拶しとこうと思ったけど、それじゃ仕方ないか。


「王都ではお前はどこに居ても注目を浴びるから、お前に手を出そうとしていた連中も手を出せなかったようだ。

 狙うのはベルビアーシュや戦女神の居ない時だろう」

「つまりベルさんの護衛が無い状況で帰る明日から、俺は狙われ放題ってこと?

 やだ、恐いっ」


 狙われてるの知ってるなら、早いとこ狙ってる人を捕まえてくれよ。


「…。

 まぁ、実に良いカモに見えるだろう」

「そんなんで王妃様を同行させて大丈夫?」

「心にも無いことを。

 アルジェンとドラン、それにスライムで万全の警戒体制が敷けるらしいではないか」


 やられた! アルジェンにその話を聞き出したのか。

 出来ればアルジェン達の能力は王城側には知られたく無かったんだけど、しっかりアルジェンに口止めしなかった俺のミスだな。


「狙ったカモに牙があるとも知らず、襲ってくる奴らは御苦労なことだな。

 ラクーンは城に回してある。仲間達も今夜は城に宿泊し、明日城を出てそのまま帰路についてもらう。

 母が迷惑を掛けるが、よろしく頼む」

「アルジェン達が居るとは言え、狙われる前提の馬車に王妃様を乗せるの、良く許可出ましたね」

「クルーガーは渋ったがな。

 影の存在を言い当てられて引き下がったよ」


 さすがアルジェン…と言いたいところだが、今回だけは余計な真似をしやがってと思う。

 でもラルムとピエルの三十二時間警戒網とリンク出来るアルジェンが居るから、俺も安心して旅が出来るんだ。

 文句を言うのはおかしいよね。


『話し中にすまぬ。

 クレスト、世話になった礼に我の鱗を持っていけ。

 我の持ち物は鱗しかないからな』


 アーミンが小さな前脚で一枚の鱗をパシッと挟んで持ってきた。

 見た目はオコジョでも中身はドラゴン。やはり力は強いようだ。


『クレストが望む形に変形出来るよう、それにはトランスフォームを掛けておいた』


 それって鱗をオヤツを入れるお皿に変形させたやつだな?


「それって、可変式の武器に使えるか?」

『…チャージした魔力が残っている間なら、出来んことはないかも知れん』


 敵に応じて剣になったりハンマーになったり…みたいな武器が欲しかったんだよ。

 でも変形機能を付けると強度的に弱くなるから諦めてたんだ。

 だけど変形させても質量は変わらないだろうから、鱗の重さから言って打撃武器やソードには向かないだろうな。


 使うなら刀のような武器か、盾の二択か。

 でも刀は使うの恐いから盾だな。KOSには盾が無いから、盾にしよう。


「アーミン、ありがとうな。大事に使わせてもらうよ」

『どうせ捨てるモノだ。乱暴に扱っても構わぬ。また必要になったら取りに来れば良かろう』


 オマエに取ってはそうかも知れないけど、この鱗には白金貨の価値があるんだぞ。

 ほんと、ドラゴンと人間じゃ価値観が違いすぎるよね。


「パパ! 余った料理をシェフがお弁当に詰めてくれるそうなのです!」

「つまみ食いに行ったらダメだぞ」

「先に私の分だけ分けておくのです!」


 コイツもちゃっかりしてるよ。


 ケルンさん、ステラさんもトップセールスが終わって満足げだし、アヤノさん達も最初の緊張感が抜けてリラックス出来てるみたいだし。

 最初は王族とのパーティーなんてどうなるかと思ったけど、なんとか皆が無事に帰れそうだね。


「クレスト殿! 一つだけ頼みを聞いてくれ!」


 さぁ、お開きってところで国王陛下がそう叫ぶ。


「なんでしょうか?」

「お主が所有権を持つマジックバッグ!

 一つ置いて行って欲しいのじゃ!」


 あぁ…ドランさんの能力までバラしちゃったんだ…ガックシ。

 魔物センサーの能力は仕方ないとしても、コッチは本当にバレて欲しくなかったんだ。


「余っておる部屋を一つ、お主とドラン殿専用の部屋にする。

 時々で良いからドラン殿を使いに寄越してくれんか!」

「分かりました。でもマジックバッグはもう余ってないかも」

「特大サイズを持ってこさせるので、しばし待て!」


 ドランさんのマジックバッグ間の移動能力がバレてしまったのなら仕方ない。

 こうなりゃ俺も欲しい物をお強請りしよう。


「エリック皇太子、分かってますよね?」

「父が我が儘を申して済まぬ。出来る限りの便宜は図ることにしよう」

「それならお互い様と言うことで」


 これで王城経由で海産物が手に入る!

 転んでもただで起きるのは損だからねっ!

 まずは王都に出入りする業者が扱う品物のリストを貰って。

 タコ、エビ、イカ、カニ、お魚各種!

 貝に海藻!

 あっ! そうなると絶対醤油とワサビが必要だよ!


「こやつ、大丈夫か?」

「…長考モードに入ったクレストさんは放置するしかないわね」

「そうか…不憫な奴め」

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