第181話 燃えるドラゴン
王都に向かってドラゴンが飛んできたらしい。
俺はそのドラゴンに向かって何故か飛んで行ってる…。
『こうやってパパと空を飛ぶのは初めてなのです!
空中デートでランデブーなのです!
市民がパパを見て指差しているのです!』
「出来れば光学迷彩魔法で隠蔽して欲しかったんだけど」
『それはキャパシティオーバーで無理なのです。
墜落の危険性があっても良いなら…即死だと私の魔法でもゲームオーバーになるのです』
それだけ魔法で身を隠すのは難しいってことか。
確かにじっとしているのと飛んで移動しているのとじゃ、難易度は倍半どころの差じゃないんだろう。
それからすぐに俺の目でも黒っぽいターゲットがしっかりと見えて来た。
サイズが分からないので距離感が掴めないが、間もなくニアミスするだろう。
それと透明なので見えにくいが、小さな羽根で飛ぶトカゲにも追い付いた。
『クレストさんも来たんですね』
「来たくて来た訳じゃないよ」
『ドラン一人だと心配だったのです。
王都に被害が出れば、お店が閉店になって四時と今夜のオヤツが食べれなくなってしまうのです』
つまりアルジェンは食い意地の為に王都を守ろうって言う、とんでもなく立派な志を持ってる訳だね。
『パパ、ドランの持ってきた葉っぱから砂糖が取れるのです?』
「シロップなら出来ると思う。
砂糖みたいに白い粉が出来るかどうかは分からないよ。
俺だって現物を初めて見たんだし、普通の人は甘くて苦い葉っぱとしか思わないだろうし」
それから少しステビアの話をしている間に、城壁から三キロくらい離れた草原の広がる演習地に到着、高度もおよそ一キロぐらいに達したと思う。
ここなら万が一でドラゴンブレスが着弾しても、大した被害にならない筈。
王城ではきっとバリスタと呼ばれる大きな半固定式の弩を用意していることだろう。
それがドラゴンの皮膚に有効かどうかは知らないけど、ドラゴンスレイヤーが居るからバリスタの威力が有効かどうかは大体分かっていると思う。
それに宮廷魔法士なんて呼ばれる人や、スオーリー副団長より強い騎士団長が居るんだから、その人達に任せたら意外とドラゴン退治は簡単に終わるんじゃない?
そう思いながら空に浮いたままでドラゴンを待ち受ける。
そして少しずつ大きくハッキリとドラゴンが見えてくるに従い、ピリピリとした恐怖を肌にしっかりと感じるようになる。
目の前の現れたドラゴンを一言で現すなら『恐怖』か『暴力』だろう。
圧倒的な存在感、威圧感、溢れる魔力、どれも森のダンジョンに居たドラゴン達と桁が違う気がする。
ドラゴンだって魔物だから個体差がある。だがダンジョンのとは別の種族じゃないのかと疑いたくなってきた。
俺達の手前何百メトルか先で器用に急制動を掛けたドラゴンが起こした風圧がゴゥッと音を立てながらこちらにぶつかる。
宙では踏ん張りが効かないから、俺とドランさんが風に揉まれて後方へと飛ばされた。
地面に立っていたら、ゴロゴロと転がって首の骨を折っているかも。
俺の体は百メトル程飛ばされただけで済んだが、体重の軽いドランさんは『あーれーっ』と悲鳴をあげて錐揉み回転しながらかなり遠くまで飛ばされて行った。
風圧だけで吹き飛ばしたドラゴンが、俺を追うように羽ばたきながらゆっくりと近寄って来る。
ドラゴンから放たれる威圧感に全ての感覚が麻痺しそうだ。
『人間、それは待ち伏せのつもりか?』
と目の前でホバリングする大きなドラゴンからの念話が届いた。
その言葉に続けて、
『下手なマネをするなら…』
と下を向いたドラゴンがクチを開けると、シュゥゥゥと空気を吸い込むような音を立て、地面に向けてボフッとオレンジ色の焔の塊を吐き出した。
最初は一抱え程だったその焔は進むに連れて広がっていき、やがて焔のリングとなって草原にくっきりとドーナツ状の跡を残した。
着弾と同時に爆発するタイプではなく、ナパーム弾のように燃焼に重きを置いた攻撃のようだ。
上空からでもハッキリと識別出来るドーナツ状の焼け跡は、地上での戦闘になった場合に殴り合う為のリングのつもりか?
『あの様に、外はパリッと中はジューシーに焼き上げて食ってやる。
火加減が難しいから黒焦げになるかも知れんがな。
ガハハハハッ!』
随分と拘りの強そうなドラゴンだな。
それにあれだと中に火が通ってないから鰹のたたき状態だぞ。
しかし体がデカいだけに、ただのホバリングでもブォン!ブォン!と大きな音を立てるので、普通に喋ったら声が届かないかも。
「待ち伏せするなら、コソコソと、隠れるよ」
と大声を出す。
『ほぉ、その程度の知恵はあったか。
して、我に何用だ?』
『ドランが話をしに行くと言ってたので、心配だったのです!』
『ん? 念話で腹話術とは器用な人間だな。
言っとく堂か』
こっちにも腹話術なんてあったのか。そう言うスキル持ちが居るのかもな。
俺がそんな事を考えていると、
『ガーン! 私は居ないことになっているのです!
やはりウルトラビューティな姿を見せないとダメなのです!』
とアルジェンが焦ったような声を出す。
「アルジェン! 無視されたからって出たらダ…ーッ!
墜ちっ! あーっ!」
俺が飛べないことを忘れたアルジェンが、本当にキラキラと輝きながら俺の中から出て行った…命綱無し、万事休すのバンジージャンプ!
「あっ! パパッ! 何をやってるのです!」
「それ俺のセリフっ! 飛べないからーっっ!」
高さ約一キロからの自由落下! これ絶対死ぬやつっ!
どんどん加速して残り半分を切った!
五百メトルは墜ちてるよ!
もう時速二百キロは出てるよねっ!?
空中で落下すると頭が下になるのは頭が重いから!と言うのは半分デマ!
胴体を基準にすると脚の方が重いよね!
それに落下する高さや姿勢でも変わるから!
とにかく姿勢をコントロールして空気抵抗を増やさなきゃ!
くるりと回転して脚から着地できる猫になった気分で!
クッ!無理っ!
『何をやってるのやら…珍パンジージャンプとは』
呆れたようなドラゴンの声が聞こえ、俺の落下にブレーキが掛かりゆっくりとなってきた。
飛行制御の機能は無さそうだから、重力に干渉する魔法なのだろう。
『全く、おかしな人間が居るもんだ…』
「パパは確かに面白いのです!」
パタパタと飛んで近付いて来たアルジェンが俺の中に入ったことで、地面スレスレのところでふわりと焦げて出来てリングの真ん中に着陸を決めることが出来た。
途中、物凄い落下速度に少しチビッたぞ。
『やっぱりパパは私が居ないとダメなのですっ!』
戦犯はお前だぞっ!
そこを忘れて貰っちゃ困るんですけど!
『異議ありっ! 今のは絶対アルジェンが悪いと思う』
『左様。アルジェンの自己主張で事故死ちょー』
「あー…知らない婆ちゃんがお花畑で手ぇ振ってたょ」
そこはかとなくオヤジ臭のするドラゴンがバサバサと羽ばたきながら着地する。
腰を抜かして座り込んでいた俺は、伝わってくるだろう衝撃に身構えていたが、思いのほか軽い衝撃だった。
『着地時にうっかり踏み潰すぐらいなら気にせんが、さすがに今の落下で死なれたら寝覚めが悪い』
「うっかりの時も気にしてよ」
『今の光景は思い出すたびに笑い死にしそうになるぞ。
それで我が死んだら、其方は見事ドラゴンスレイヤーだ』
念話でガハハと笑うなょ。煩いったらありゃしない。
それにしてもデカいドラゴンだ。恐竜のサイズの測り方は歯の先から尻尾の先までだったか。
目の前の黒っぽいドラゴンは、恐らく全長ニ十メトル越え。博物館の骨格標本より一回りは大きいと思う。
けど、一度コイツをオヤジ臭いと思ったら、それ程怖さを感じなくなってくるのは不思議なものだ。
ベタッと腹を地面に付け、上げていた長い首を下ろすとドラゴンの頭が俺のすぐ前に来る。牛鬼祭りで担いでいる牛鬼の三倍ぐらいの大きさかなぁ?
余計なお世話かも知れないが、歯の一本一本が小振りな剣みたいで、間違ってクチの中を噛んだら出血は間違いないだろう。
もう安心だと思ってか、アルジェンも俺の中から出てきた。
それから少ししてドランさんも荒い息をして到着した。全速力で飛んで戻って来たに違いない。
『死ぬかと思いました』
と言って、ドランさんが黒いドラゴンの鼻の辺りをペシペシペシとドラパンチ!
それが擽ったいのか、ハックシュン!と出たクシャミに『またですかーっ!』と飛ばされて行くドランさん…何やってんだょ。
「…まぁ、とりあえず自己紹介しようか。
俺はクレスト。人間の冒険者だ。
さっき飛んでったのは、クリスタルドラゴンのドランさん」
「皆のスーパーアイドル! アルジェンなのです!」
『…人間と水晶龍か。珍しい組み合わせだな』
「ちょっと私っ!
無視しない、イジメはダメなのですっ!」
ドラゴンの顔は表情を判断出来ないが、でも何となく思い出そうとしている感じかな。
『我のデータベースには無い生き物だな。
そのサイズでドラゴン種並の知能…あり得ん』
「それなら魔界蟲は知ってる?」
『勿論知っておる。魔力が詰まっていて中々の珍味だからな。
数も少なく地下に潜むので滅多に食えんぞ』
さすがドラゴン、食う物が人とは違うな。
「アルジェンはその魔界蟲が俺の遺伝子を取り込んで生み出した、妖精カッコ設定カッコ閉じる、だよ」
「そうなのです!
美少女妖精の設定なのです!
嘘をついたらハリセンボンを丸呑みしないといけないので、私は嘘は付かない主義なのです!」
『ほぉ、魔界蟲からそのような者が生まれるのか。実に興味深い』
どうやらドラゴンがアルジェンに興味を持ったらしい。
それは良いとして、指切りげんまんって飲むのはハリセンボンなの? 針千本なの?
「魔界蟲はマイナーと言うか、見た目が牙を持つ芋虫なので、人気も需要も無かったから美少女妖精に変身したと言うのが裏設定なのです!」
「そう言う理由だった?
魔界蟲本体さんのお手伝いするのに、人型の方が都合が良いからじゃなかったっけ?」
「…それは表向きの理由なのです!
人前に出るのに魔界蟲の姿だと攻撃されたかも知れないのです!」
「あぁ、それは確かに言えてるな」
魔界蟲には苦戦させられたからな。反射的に攻撃してたかも知れないょ。
『それで話をしに来たとか言ったな。
何の話だ?』
「あぁ…悪い、その本人がくしゃみで遠くに飛ばされたから…先に俺の話で良い?」
「肝心な時にダメなドランなのです!」
『話ぐらいは聞いてやろう』
「ありがとう。助かるよ」
そこで黒いドラゴンがフッと笑った気がする。
「この先に大きな町があるんだけど、ドラゴンさんはその町に用事があったの?」
『我が向かう先はまだ少し向こうだ。
古い城の近くに牛を飼っている山があってな。
そこに墓参りをしようと思っただけだ』
「古い城ってリミエンの城か?
その近くの山ってラゴン村?」
「パンケーキのお姉さんの村なのです!
ラゴン村って、ドラゴン村のドがなくなっただけなのです?」
「俺もこっちの事は何も知らないからな」
「墓参りって、命日か何かなのです?」
『日にちなど知らぬ。
現場に行って亡骸を吸収するだけだ。
我々はそうやって親や先祖の記憶を受け継ぐのだ。
それに運が良ければ更にパワーアップ出来るかも知れん』
そう言う習慣がドラゴンにはあったのか。
ドランさんはダンジョン産まれだから、そう言うのが無いのかもね。
「それなら、王都…この先の町には攻撃しないんだな?」
『それは人間の対応次第だ。
先に手を出してきたなら反撃して当然であろう』
「他のドラゴンもそうなの?」
『他の奴らの事など知らぬよ。好きな事を好きなようにやるのが我々の生き方である。
中には好戦的な者、人間嫌いな者がおってもおかしくない。
基本、食って寝ることにしか興味は無い。
人間を食い物にしているか、していないかで対応が変わるのではないか?』
あんた、さっき俺を黒焦げにして食うとか言ってたよね? 食う派じゃないの?
それとも脅しか、冗談だったのか?
「あのさ、そんなに大きな体だと人間はドラゴン見てビビる。恐いから攻撃するのよ。
だから、攻撃の届かない高い位置を飛ぶか、王都を迂回してくれると嬉しいんだよ」
『体が大きいと恐いのは知っておる。
だからこそ、大きく見せておるのだ。お陰で誰も手を出してこん』
「じゃあ、本当はもっと小さいの?」
『そうだ。これ程の巨体だと食べる物に困るではないか。』
「本当の大きさになれるの?」
「見てみたいのです!」
『では、元の体になって見せよう。演出効果があるが、気にせんようにな。
リターン!』
掛け声の直後、ドラゴンの体のあちらこちらから火花が散り、煙が立ち始めた。
時折激しくドカッと何かが散ったりと中々激しい。スプラッター物が好きなドラゴンなのかも。
そして最後に全身が焔に包まれて燃え始めたのだ。
聞いてなかったら魔法の攻撃を受けたのかと勘違いするだろう。
全身に纏った焔が消えるまで一分は経っただろう。
変身に時間の掛かる演出の変わり種と言えば、サナギから蝶をモチーフにした青いイナズマの人に変身する特撮ヒーローが居たっけ。
「意外と時間が掛かるのです。
演出魔法に無駄な時間を掛けていて腹が立つのです」
「ドラゴンにはそう言うのが必要なんだよ。
時間の感じ方も俺やアルジェンよりゆっくりしてるのかもよ」
「長命種は基本的にノンビリ屋なのです」
それから更に一分は経ったと思う。ドラゴンさんの周りにも焦げた跡が付き、俺達も危うく焦がされるとこだった。
「なんて迷惑な変身解除なのです!」
「まぁそう言うなよ。貴重な体験なんだし」
『そろそろフィニッシュだ。少し離れておけ』
そうドラゴンさんが言うと、一度天に向かってブレスを一発。
デモで撃ったのと違って、よく見る火炎放射器タイプだった。それを大きく首を動かして約半周。
俺とアルジェンはあまりの熱気に大きく退避。そこにやっとドランさんが追い付いた。
『ブラさんが攻撃を受けていたのでもしやと思ったのですが。
これは一体何をしているので?』
「元のサイズに戻ってもらってるんだ。
で、ブラさんって?」
『名前を聞いてなかったので、黒いドラゴンだからブラ』
「女性用下着じゃないんだから」
さすがにブラさんって呼ぶのは可哀想だろ。
『ブラでもパンツでもクロでも、別に好きに呼んで構わんぞ』
おー、さすがドラゴン。おおらかな心の持ち主だな。
それなら何て呼ぼうかな。
「元の姿を見て呼び方を決めようか」
「それが良いのです。
パパのネーミングセンスだとシュヴァルツとかノワールになるので面白くないのです」
シュヴァルツで良いと思うんだけど、もっと奇をてらった方が良いのかな?
「それより駄目ドランは今までどこに行ってたのです?」
『クシャミでキロ単位で飛ばされるとは思っていませんでした…迂闊です』
確かにクシャミで地面が抉れる程の威力だもんな…。
そして全ての演出が終わり、俺達の前に現れたのは全長五十センチ程のイタチみたいな生き物だ。
イタチにしては顔が丸く、白くフサフサした毛で尻尾の先だけが黒い。
「これ、多分だけど冬毛のオコジョだな」
「季節感が台無しなのです。でもこの地域はあまり温度変化が無いので、季節感もくそも無いのです」
「オコジョなら、素直に『アーミン』にしようか」
『我の呼び名は『アーミン』だな?
良かろう、今後アーミンと呼べ』
偉そうな口振りだが、後ろ脚でお腹をカキカキする姿は、テレビで出て来そうな可愛らしさだ。
『契約は完了した。よしなに頼む』
「契約って!? そんなの聞いてないよ!」




