第178話 お買い物からオヤツ作りのコンボです
ジェルボさんのスライム養殖場で分裂した俺と再会した。
それは握手を交わすような再会ではなく、俺の命を絶つ再会であった。
行列を作り元の生け簀に戻っていくスライム達をぼーっと眺めながら、クアッドコア化した俺が何故戦いを挑んできたのかを考える。
「多分…死にたかったんだろうな」
元の自分…つまり骸骨さんは一人だけ。
どうやって俺が俺の姿に戻ったのか、アイツはきっと気が付いたに違いない。
そして自分はもう人間に戻れないと気付き、死を選んだのだろう…。
間違っているかも知れないが、そう思うことに決めた。
俺の半身の魔石はアルジェンにアイテムボックスに格納してもらっている。
いつかアイツが復活して、この俺の魂と再び一つになる日が来るかも知れないからね。
「スライムの被害は百匹ぐらいか。意外と少なく済んだな…あと、クアッドコアだが…。
また『魔熊の森』の探索に出てみるか」
やはりアソコで見付けたのか。
それにしても、どうしてアイツはジェルボさんについて来たんだろう。
ゴブリン程度になら負けないぐらい強くなるって目的で修行の旅に出たのにね。ゴブリンに勝てるようになって、目的を見失ったのか?
アルジェンが会話を試みても一切チャンネルを開かなかったらしいから、心が病んでいたのは間違いないだろう。
もし俺が骸骨さんと出会わなかったら、アイツと同じ未来を辿っていたのかも。
「何を黄昏れてんだぃ?
養殖場は直った、スライムも元の生け簀に戻った。問題無いんだぞ」
「折角ジェルボさんが見付けたレアスライムを殺すしかなかったから」
「動物だって人を襲う。魔物だってな。
人を中心にした社会で生きるなら、人に危害を加える動物も魔物も駆除しなきゃならないんだ。
でなきゃ人は死んでいく。
レアスライムだからと言って同情や特別扱いしちゃ駄目なんだよ。
…そこにはラルムやピエルも入るってことになるが…まぁ、クレストなら大丈夫さ。
根拠は無いが自信はある」
フレイアさんがそう言うと俺の頭をワシャワシャと撫でた後、ジェルボさんの方を向いてキリッとした顔になる。
「ジェルボ殿、スライム養殖場には問題ないがレアスライムの取扱いにはもう少し慎重になった方が良いと思われる。
生活の役に立つ研究の為にと言うのは理解出来るが、相手は弱いと言ってもやはり魔物だからな」
「アルジェンのようにスライムとコミュニケーションの取れる仲間を持たないとイケないと実感しましたょ。
あの子を雇いたいぐらいです」
ハハハとジェルボさんが乾いた笑いを立てると、
「それならリミエンに引っ越すと良いのです。
近くに居れば、私が様子を見に行くことも出来るのです」
とアルジェンが移住を勧めるのだ。
ドランさんなら距離の問題は無いが、アルジェンはマジックバッグを使ったテレポートが出来ないのだからそれが良いと俺も思う。
「そうですよね。その方向で話を進めましょう。
安全確保が最優先ですからね」
とジェルボさんも納得してくれた。
俺の兄弟喧嘩に巻き込んだような形だが、今後スライムが突然変異や進化をしないとも限らない。
それにいつでもスライム液を入手出来る体制が整えられるなら、製紙工場の運営にもプラスになるだろう。
「アタシの方からリミエン伯爵に紹介文を送っておく。
スライム養殖場は城の外の拡張地域の何処かに用意するように書いておこう」
森のダンジョンが片道一時間程度の距離ならアソコが一番良いと思うが、自動車が無いから無理だよな。
ドランさんが早く飛べるように成長してくれたらありがたいけど、あと何千年掛かることか。
ゲームならそろそろ飛べる仲間か飛行機が手に入るイベントが起きるのにね。
「私が人間サイズになればマッハで飛べる気がするのです!
でも…マッハが何か知らないのです」
「全裸のことよね? 勇者語録の…」
「アルジェンちゃん! 裸で飛んだら駄目よ!」
今度から召喚する勇者は厳選するようにお願いします…。
◇
大きなトラブルは起きたが、とりあえずスライム液を貰ってジェルボさんの家を出る。
次は魔道具ギルドに行くつもりだったが、気分的に疲れたのでやめようと思う。
「こう言う時は美味しい物を食べて元気を出すのが一番だよ」
「そうですよね! クレストさん、甘い物食べましょう!」
フレイアさんが俺に気を使ったのか明るい声で励ますように言ったあとに、アヤノさんがスイーツのお強請り。
『大賛成なのです!
美味しい物レーダーを発動するのです!』
俺にしか聞こえない会話をするにはこれが一番だと、アルジェンが俺の中に入ってきている。
ただし俺は声に出さないとイケないので、独り言を言う危ない人に変身するけど。
「王都で美味しいスイーツって何かあるのかな?」
「ここには一番砂糖と牛乳が集まってくるから、リミエンじゃ食えないスイーツもある筈さ。
プリンは貴族相手の店にしか置いて無いが、入ってみるかい?」
「貴族しか食べれない、か。それは敷居が高いな。
王都でもやっぱり卵も牛乳も砂糖も高いんだね」
「おや、プリンのレシピ、知ってるのかぃ?」
「いや…スイーツって基本的にその三点セットを小麦粉に混ぜて焼くんでしょ?
分量が違うぐらいじゃないの?
詳しくは知らないけど」
アブねぇ! 貴族しか食えないスイーツのレシピを俺が知ってるなんて有り得ないだろ。
「アタシは料理なんて作らないからレシピは知らないけどさ」
ホットケーキの素があれば、意外と簡単にスイーツ作りは出来るんだけどね。でも薪のオーブンだと使うのは難しいのかも。
転生者のお陰か、この世界では小麦粉は薄力粉と中力粉と強力粉に別れているし、ベーキングパウダーもある。それに酵母の使い方も知られているし。
だからミレットさんやクッシュさんがパンケーキやドラ焼きを作れた訳だ。
味噌、醤油が無いのは適した麹がなかったからか、それとも作り方を知った人が来ていないからか。
麹はカビだから、失敗したら青カビだらけで全滅だからなぁ。
顕微鏡でもあれば、まだ何とかやれそうな気はするが、無いものは仕方がない。
東方の大陸はココとは違う文化らしいから、次はそちらからお取り寄せしようかな。
そして結論の出ないまま市場へとやって来た。ここで何か美味しい食材を…と考えているのか、それとも俺に何か作らせようとしているのか。
農業大国だけに色々な品物があるだろうから、とりあえず見て回ろうか。
と軽い気持ちで入ってみたが、さっぱり分からない物だらけ。
「これ、木の根っこ?」
「湿地に生える花の根じゃ。これから山の芋みたいな粘り気のある液が取れる。
ハチミツと混ぜて喉の薬にするらしいから、薬剤師がよく買ってくぞ。
調理しだいで食えんこともない…と思うわぃ」
食えないのか?
でも面白いから買ってみようかな。山の芋って、山芋だよな?
「名前は?」
「儂の名前はエイブラハ…」
「爺さんの名前じゃねぇよ。その根っこの方だょ」
「お約束じゃろうに…マッシュ・マーロゥじゃ」
「よし! 全部買う!」
「お前さん…馬鹿か?」
掘り出し物みっけ!
ゼラチン使う方法に変わってるけど、昔のマシュマロは植物の根っ子を原料に使ってたそうだし。
そう言えば、葛餅の葛も根っこだし、ワラビ餅も山に生えてる山菜のワラビの根っこが本来の原料だ。
他にもお茶になる根っこもあるし、根っこはスゲぇな。
「お次は赤芋…当たりハズレがるのよね」
赤芋…これ、うん、見た感じサツマイモだな。
確か栽培、保管方法でも味が大きく変わる筈。
良く分からないので、ここからここまで全部と言って纏め買い。
ハズレのサツマイモでも、蜂蜜を使えば砂糖不使用のサツマイモの甘煮が作れる。
最後に塩を一つまみ入れて、甘さを引き立てるのがポイントだょ。
「黒糖っ! なんであるの?」
「王都なら黒糖は珍しいもんじゃないぞ。
砂糖を作る技術の無い産地から黒糖を買ってきてるそうだな。
黒糖から白い砂糖が作れるのかどうかは知らん。
まぁ、独特の風味があって黒糖は全然人気が無くて売れてないがな」
「なら全部くれ!」
ついでに乾燥大豆と砂糖を購入。
市場の中にあった休憩所で、きな粉と黒蜜の作り方を羊皮紙に書き書き。葛粉はジャガイモの澱粉で代用だ。
それと赤芋の焼き方も。
澱粉が糖に変わる温度を長時間キープするのがおいしい焼き芋のコツなのだが…温度計が無い…ガックリ。
代わりにスイートポテトの作り方を書いておこう。
「おーぃ、暇してる料理人を呼んで来たぞ」
と男前のフレイアさん。
多分忙しいのに、ドラゴンスレイヤーに呼ばれては忙しいと言ってられなかったに違いない。
「市場の端の大衆食堂で働いていた人だ。
腕は良いが味付けで揉めて喧嘩して辞めたらしい」
如何にも料理人のやりそうなことだ。
お店で出すには味付けだけじゃなくてコストや提供時間なんかも勘案しなきゃイケないんだろうけど。
「そのレシピ、本当に公開して良いんだな?」
「美味しいものを独り占めしたらバチが当たりますよ」
「あのな、旨い料理のレシピは交渉のカードに使うものだ。
ほいほいと人に見せるもんじゃない」
そうなのか?
確かにレシピ本も販売されるんだから、レシピに価値はあると思うけど。
でもチャンチャカチャカチャカチャンチャンチャーン♪な国営放送局の料理番組もあるように、レシピは無料公開しても良いと思うけど。
「このレシピで美味しく作れた場合、この料理人さんを王城で雇ってくださいょ」
「まーたまた勝手なことを。
だがしかし! その提案、乗ってやる!」
ドラゴンには勝てても、旨い物が食いたいって欲求には勝てない人なんだな。それで良いのか、ドラゴンスレイヤーって?
「よし、それなら場所を移すか!
キッチンへご案内!」
ゾロゾロとついて行った先は恐らく商業ギルドの建物だ。リミエンでも別館でゼリーを作ったしな。
「よし、許可は勝ち取った!
材料も好きなだけ使って良いそうだ」
聞こえたのはフレイアさんの横暴と対応していた職員さんの嘆き声だけだったけど。
後で消費した食材費と燃料費の請求書がフレイアさんのお宅に回されるに違いないが、本人が気にすることは多分無いだろう。
この人、基本ツケ払いなんだよね。有名人だから出来るんだろうけど。
レンタルキッチンで作ったのは、マシュマロ擬き、サツマイモの甘煮、スイートポテト、焼き芋、きな粉、澱粉と牛乳で作ったミルク餅。
女性四人がアシスタントに付いて逆に苦労が増えた気がするが、きっとその苦労の分だけ美味しくなった筈。
マシュマロ擬きは…フンワリ食感と言うよりネットリ食感。甘い山かけだな。
作り方を知らないので適当にやったら、それなりにしか出来なかった。
サツマイモの甘煮は良い感じ。やはりこの世界でもサツマイモは大人気になる予感。
スイートポテトは初めて作ったにしては良いんじゃない? でもお金出しては買わないかってとこ。
焼き芋は温度管理が難しく、思う程甘くはなかった。いや、見通しが甘かったか。
最後のミルク餅は…ぷるぷるで美味しいんだけど、きな粉を吸い込むと喉に貼り付く場合があるので要注意って結論に。
「今回のレシピは一勝四敗か」
「いや、一勝四分けだな。
赤芋が調理次第でオヤツの主役になるのは間違いないし、マシュマロも食感の出し方次第だ。
ミルク餅は大豆粉じゃ無い別の物をまぶせばイケるだろ」
「そうですね。
初めて使った食材でもこれだけ纏まった物が出来ましたので、もう少し試行錯誤のお時間を頂ければモノに出来そうですよ」
と拉致されてきた料理人さんも自信を覗かせる。
「赤芋スイーツでお腹いっぱい…」
「私もよ。晩ご飯、時間ずらそうかな」
「アヤノもセリカもだらしないのです!
私はまだまだイケるのです!」
二人はサツマイモスイーツの試食に忙しかったからね。
「大豆粉もシロップと混ぜると喉に貼り付か無いのです!
黒蜜で食べても美味しいのです!
マシュマロに黒蜜と大豆粉とを混ぜてミルク餅の中に入れたら美味しそうなのです!」
「それ、妖精プリンって名前で売らないか?
マッシュ・マーロゥは群生していて採り放題。黒糖は砂糖の半値以下。澱粉も高くないし、牛乳も」
アルジェンの案にフレイアさんが商品化を持ち掛けてくる。
「それは王都だからですよ。
リミエンじゃ牛乳は高いし、黒糖もマッシュ・マーロゥも売られてるか分からないし。
王都土産になるかも知れないけど…牛乳使ってるから要冷蔵だろうし、賞味期限がなぁ…貴族向けにしかならないよなぁ。
マッシュ・マーロゥの粘り気を無くせれば売り物になるかも知れないけど」
ビニール包装も脱酸素剤も真空パックも無いからお菓子の賞味期限は短く、スイーツは基本的に地産地消だ。
観光地のお土産としてのスイーツは発達していない。
勿論マジックバッグ持ちなら話は別だが。
だがその日を境に、このキッチンで夜な夜なマシュマロ作りに励む職人の姿が目撃されるようになることを、クレスト達は想像もしていなかっただろう。




