第176話 スライムパニック
スライム坊主の研究は触手だけでなく、意外にまともなものだった。
液状ガラスの用途は今のところ不明だが、素材研究所に渡せば何か新しい物が出来るかもねと勝手に期待する。
「スライム小屋の見学をしないか?」
とジェルボさんが聞いてきたので、
「行きますよ」
と俺は答えたが女性陣は首を横に振った。
「アルジェンはどうする?」
「まだここで遊んでいるのです!」
「スライムに悪さするなよ」
「スライムはお友達なのです!」
「うん、それは良い心掛けだよ」
スライムとも意思疎通の出来るアルジェンらしい答えに、テーブルの上に居たラルムとピエルも満足したように見える。
知らないスライムばかりだと不安だろうから、二匹にはアヤノさん達の相手を任せよう。何とも気の利く、紅白自動お手玉スライムなのである。
ジェルボさんに案内されたのは、庭にあった小屋ではなく家の中の地下室だ。
「庭の小屋は?」
「あっちは採取した普通のスライム達を住民の目眩ましの為に置いてあるんだ。
普通の人にはあっちを見せて安心してもらおうと思ってね」
俺も普通の人の筈なんだけど、秘密を教えてくれたのだから敢えてクチには出すまい。
スライムを飼ってる人は皆兄弟だと思っているに違いない。
地下室のドアを開けると、そこにはスライム達を大量に飼育しているスペースが広がっていた。
綺麗な直方体にくり抜かれた壁と天井は、灰色のセメントのような物で固められている。
天井に設置された魔道照明が、井桁状に組まれた足場とスライムがびっしりのプールを照らす。
波も磯臭さも無いが、養魚場にある生け簀のようだ。
入ったところに積まれているのが、スライム達の餌なのだろう。一人で与えるのは重労働だろうと感心するよ。
「そっちの列は端からガラススライムの一年物、二年物、三年物、こっちの列はフェルムスライム。
あっちが出荷前のトイレスライム、一番奥は育成前の生スライムと保護申請したレアスライムだよ」
どう見てもジェルボさんも養殖魚扱いしてるよね。
「生スライムって、稚魚…じゃなくて稚スライムだよね?」
「呼びにくいだろ」
「食用じゃないんだし、生スライムって呼ぶのはどうかと思うけど」
さすがジェルボさん、触手を食べようとしていただけのことはある。
「ところで、レアスライムってどんな子?」
「そうだね、かなり特殊だと言っておこう」
随分と期待を持たせるなぁ。金色か銀色のスライムなら生活に困らなそう。
養殖場の一番奥の壁にあるドアをジェルボさんが鍵を使って開ける。
魔道照明器具のスイッチを入れると、四畳半程の小部屋の床に直径五十センチ程の水晶玉のようなスライムが一匹鎮座していた。
スライムとしては少し大きく、特徴的なのはスライム液の中に浮かぶ複数の魔石だ。
それが時折赤く不気味に光を放っている。
「見ての通り、魔石を四つも持つスライム…クアッドコアスライムと名付けたよ」
「マジか…」
俺もスライム時代に思い付き、二つの魔石を同調させるまでは成功した。
四つ、八つと増やしていく前にゴブリラと遭遇するイベントが発生したが、コイツは四つの魔石を持つことに成功していたんだ。
こんなことが出来るなんて、このスライムは俺がスライムになって一番最初に別れた俺の分身だろう。
不規則だった四つの魔石の点滅がいつの間にか同調し、一定間隔でピカン、ピカンと点滅する。
そして触手を出すと、ニュルニュルと伸ばして行き俺に触れる。
「どうやらクレストさんに興味を持ったらしい。
王城に登録手続きに連れて行った時も、こんな反応は見せなかった」
俺の半身が俺に興味を持つのは当然だ。
ズボンの上から触手をクルリと一周しようとするが、俺はおかしな趣味は持ち合わせていないので手で払う。
「この子、普段からこうやって触手を出してくるんです?」
「最初に見付けた時だけだな。
体中ベタベタ触ってきたが、特に危害を受けることも無かった。
四つも魔石を持っていて珍しいから、連れて帰って研究をしようと思っていたところなんだが」
ジェルボさんがそう返事をしている間も触手を伸ばしてきては、しつこく迫ってくる。
俺のことが分かって懐かしいと言う気持ちになっているのか?
それとも俺がスライムの姿ではないことを不思議に思っているのか?
最初は優しい触手使いだったが、次第に力強くなってきて、今は叩かれると痣が出来そうなぐらい暴力的になっている。
「あまり歓迎されて無さそうだ。
悪いが部屋を出ようか」
何となくだが、クアッドコア化した俺の半身から妬みや怒りのような物が吹き出しているように感じてきた。
俺がスライムだった頃も人間と同じように感情を持っていたので、目の前のスライムが感情を持っていて当然だ。
それが片やスライムのままで、片や骸骨さんと魔力融合して人間となっているのだ。
そうなると…このクアッドコア化した俺の半身は、俺でありながら永遠にスライムであり続けるしかないと言うことだ。
『・・・・・!』
何かを絶叫するような仕草を見せたクアッドコアが突然俺に向かって突撃をかましてきた。
ジャンプの予備動作に気が付いたのは、ラルムとピエルがお手玉遊びをしているのを見ていたからだろう。
ヒラリと突撃を躱したのは良いが、その勢いのままに養殖場に飛びだしたクアッドコアは養殖場の生け簀の中にベチャッと突っ込んでスライム達を弾き出す。
「何てことを!
どれが三年物か分からなくなったじゃないか!」
「そんな呑気なこといってる場合かよ!」
四畳半の小部屋を出ると、クアッドコアが何本かの触手を無茶苦茶に振り回し始めたが、怒りでコントロールを失ったのか俺には当たらず触手同士が邪魔をしあい、スライムの生け簀に被害を出し始める。
「ここまで育てたのに…なんて日だっ!」
「封印されたギャグを言う暇あるなら、早く脱出するぞ!」
暴走を始めたクアッドコアの触手と飛び散るスライムを掻い潜り、地下室から脱出するために細い通路を入り口目指して全速力で突き進む。
だが悪い具合に触手がジェルボさんの目の前の通路を破壊し、ジェルボさんを返す触手で強かに打ち付けた。
「ウグッ!」
と悲鳴を上げ、胸を押さえるジェルボさんに再度触手が遅い掛かろうとした瞬間、バシッと音を立てて飛んできた矢が触手の進路を僅かに逸らした。
「リンさんっ、ありがとう!」
「援護するからジェルボさんをこっちに早くっ!」
何度もバンバンッと通路を叩く触手を躱し、ジェルボさんを背負って出口へと急ぐ。
強化系スキルの無い俺には六十キロを越えるオッサンを担いで素早く走れる能力は無い。
「パパ! 助けは欲しいのです!?
それなら今夜は」
「アルジェンっ! 良いから早く来いっ!」
「強引なパパもカッコ良いのです!」
途中までパタパタと飛んできたアルジェンが金色の粒子に姿を変えて俺の中に入って来た直後、筋力強化が発動する。
軽々とジェルボさんを担いで入り口まで走りきり、ドアの外にドスンと下ろす。
「ジェルボさん、レアスライムだが…アレはもうダメだ」
「…人を襲う魔物は処分する…それは当然…」
そう言葉にはしたものの、それではジェルボさんの本心ではないだろう。
アイツは…あの姿はスライムでも俺の半身…だ。
魔物と言い切ることに抵抗感を覚えたが、口論の余地は無いだろう。
「俺が留めを刺す!
皆は手を出さないで!」
「何を言ってるのよ!
アンタ戦えない…で…えっ?」
入り口にクアッドコアスライムを近付けまいと牽制の矢を放つリンさんが俺の変化に気付いたようだ。
アルジェンが俺の中に居れば、俺は短時間なら戦える!
「アルジェン、やってくれ!」
『了解なのです!
久し振りなので忘れてる人も居る筈なのですっ!
ナイト・オブ・シルバーッ!
略して、KOS!に変身するのですっ!』
アルジェンの演出なのか、俺の全身からピカッと目が眩む程の金色の光を放出し、全身に銀色の甲冑を纏った騎士の姿を披露する。
「何て魔力…放ってんだよ」
とフレイアさんが呆れた声を出す。
「これは戦えなくなった俺にアルジェンが用意してくれた、短期決戦用の最終兵器です!」
面頬のせいで声はくぐもっているだろうが、聞き取れない程ではないだろう。
「このことは絶対に内緒で頼みます!
行くぞ、アルジェン!
『空蹴』、『フライト』」
アルジェンの制御する空中機動能力で地面から少し浮き上がって足場の不利を回避する。
そしてアイテムボックスからホクドウを取り出し、両手に構えて光剣へと姿を変えると、その直後に襲って来た触手を切り落とす。
いとも簡単に切り落とされた触手に呆然とした様子を見せるクアッドコアだが、それならばと立て続けに三本の触手で攻撃を仕掛けてくる。
「無駄だっ!」
時間差で飛んできた触手を、瞬時に追加した左手の光剣も使って切り落とす。
だが相手も諦めることなく次々と新たな触手を生み出しては、ブンブン振り回すので本体に一向に近寄れない。
攻撃魔法を使えば一撃で片が付くだろうが、この養殖場は壊滅するだろう。それに周囲の住民から何を言われることやら。
しかしKOSの使用時間には制限がある。
チマチマと出てくる触手の対応をしているようでは時間切れの未来しかない。
『パパ! ココは大技を決める時なのです!』
「ダメだ、遠距離攻撃は被害がデカいぞ!」
『フッ! 私を甘く見ないで欲しいのです!
次の触手を切らずにしっかりキャッチして欲しいのです、出来れば二本!
一撃で決めてみせるのです!』
「何か知らないけど分かった! 任せたぞ!」
キャッチするには光剣は邪魔なのでアイテムボックスに収納する。
収納しても多分ホクドウに戻らず魔力を纏った光剣のままだろう。
防御は甲冑に任せ、触手にバチンバチンと鞭打たれても無視して触手を捕まえることに集中する。
四発程鞭の攻撃を受け、やっと左右両の手で触手を掴むと、
『準備は出来たのですっ!
行っくよーっ、圧倒的ザワザワ感っ!』
と何時になくノリノリなアルジェンだ。
そして両手がバチバチっと帯電を始め、俺自身に電気が流れるのを感じ始めた時だ。
『ガオーアームドフェロモンっ!
ブレイク・ブラックビリビリサンダーッ!』
アルジェンの叫び声と共に銀色の両手から大電流が放出を始めると、プスプスと触手が音を立てて焦げた匂いが漂いだした。
『蛋白質の焼けた匂いとは違うのです』
「そりゃスライムだから当然だな」
『でも、この六万ボルトの高圧電流でクアッドコアスライムは機能停止した筈なのです!』
掴んでいた触手をポイッと離すと、ズトンと地に落ちポンと跳ねる。
どうやら今の放電攻撃でクアッドコアは逝ったらしい。
「完全にパクリだけどな」
『マン喫も無いから、誰も分からないのです!
それに誰もやってないアイデアなんて、もう無いと思うべきなのですっ!
いかに新しい物に見せ掛けるかが、漫画家の腕の見せどころ…』
開き直ってパクリを正当化し始めた漫画家のようなセリフを吐くアルジェンが、その言葉を途中で止めた。
『嘘って言って欲しいのですっ!
しつこいスライムは嫌われるのです!』
なんとクアッドコアの魔石が再び赤く点滅を開始したのだ。
そして俺が掴んでいた二本の触手を自ら切り離し、新たな触手を伸ばしてきた。
「地面に放電したのか…触手をアースに使いやがった?」
『失敗したのです!
先に水を撒いておくべきだったのです!
でも中ボス程度にやられるパパではないのです!』
怒り狂ったクアッドコアの猛攻が始まるが、アルジェンは意外と冷静だ。
『ガオーアームドフェロモンっ!
スキニーハード、セイヤー!
パパ! 今のうちに接近戦で本体に一撃入れてやるのです!』
前腕側部にシャキンと飛び出した三日月型の刃が金色の粒子を纏う。
『セイヤーで触手を落としつつ、光剣で本体にダメージを!』
「セイヤーじゃなくてセイバーだよ」
『シェイバーではないのです?』
「その間違いするのはセキネさん一人で良いからっ!」
『あの人元気にしてるのか心配なのです』
「時間が無いんだし、今はクアッドコアのことを考えてよっ!」
無駄話をしている間にも無数の触手が襲い掛かってきたが、全てを金色の三日月で切り落としながら本体へと接近して行く。
敵に遠距離攻撃手段が無くて助かったよ。
だが突然アルジェンが体の制御を奪って接近を止めたのだ。
『パパ! あの触手! おかしいです!』
アルジェンの見付けた触手は他の触手より太くて短い。そしてじっとこちらを狙う銃口のように構えているかのようだ。
ホバークラフトクラフトのように少し浮いているので、銃口の狙いを逸らす為に生け簀の上をジグザグに移動する。
焦れたクアッドコアが音も無くその触手から発射したのは、白い液体の弾丸だった。
それが命中した壁にはドロリとした白い粘液がゆっくりと垂れていく。
『あれはお約束のエロいやつなのです!』
「違うぞ!
よく見ろ、あれ、壁を溶かしてるぞ!」
『ぬぅ! あれが世に聞く、酸弾銃なのです!』
「知っているのか、アルジェン!」
あっ…イッチマッタ…
『呑気に言ってる場合じゃないと思うのです!』
「先に変なことを言ったの、そっちだよ!」
俺は悪く無い! エロコミックと男達の集まる塾のノリを持ち込むアルジェンが悪いのだ!
『ちょっとしたお茶目なのです!』
「そうか、そりゃ悪かったな…で、KOSの装甲は酸は防げるのか?」
『パパの蛋白質由来成分百%なのです!
環境に配慮した優しさを察して欲しいのです!』
「じゃあ、溶かされ放題な訳だ。
アイツ、こっちが手出しできないと分かって酸弾の発射口を増やし始めやがった。
どうにかして接近しないと本体を斬れないが」
光剣を投げても良いが、そうすると魔法攻撃を放ったのと同じだけの被害が発生する。
「高火力の武器しかないのも考えものだな」
『火力不足で負けるよりマシなのです!
勝てば官軍! つまらぬ物を斬ってしまったと背中で語れば全て許されるのです!』
養殖場に被害を出すのはまだ許されるとしても、この場でドンパチあったなんて知られるとスライムの安全性を疑われるので非常にマズイ。
アルジェンの言うとおり、斬って倒すべきだが、どうやって接近すれば良い?




