第172話 ラクーン試乗会
そして日が変わり。
朝一番に王城へとやって来た。
既に輸送業ギルドによって二台のラクーンは王城に運び込まれていて、国王様達はまだ来ていないが既に新型自動車の発表会のような盛況ぶりを見せている。
ステラさんに案内されて何人かお偉いさん方がやって来る。
「初めまして、クレスト殿。
輸送業ギルドのマスターのパッカー・ポリーと申します」
「同じくサブマスターのケンバー・ケオラです」
後の二人は部長級だ。
その四人がラクーンを褒めては俺を煽てるの繰り返しに辟易する前に副団長がやってきた。
「よう、クレスト。思ったより早く来たな。
髪は染めたのか?」
「あ、そんなところかな。
とりあえず、おはようございます。
副団長、王城の馬車の関係者ってこんなに居るの? 三十人近く集まってるけど」
「輸送が係わる部門は軍以外にも色々あるじゃろ。少しは考えてから聞いてみぃ」
「お城で軍以外に馬車ね…税務課とか、建築課とか、出張に使う馬車は総務課…あと何がある?」
どこの部門も必要と思うけど、一度にわらわらと集まってくる必要は無いだろ?
「一番多く馬車を使うのは給仕課じゃな。
城内で働く者の食料も大量に必要じゃからな、一割でも二割でも城に入る馬車を減らせれば渋滞の緩和になって御の字じゃよ」
「渋滞が出来るんだ。一日に何台ぐらい業者さんの馬車が?」
「数えたことは無いが百に近いかのおぉ」
答えを聞いても、それが多いのか少ないのかが分からん!
「クレスト殿、昼食前の一番混雑する時間は、裏門は荷馬車でビッチリ埋まっていますよ」
とパッカーさん。
「複数台で来る業者が一台でも減らせれば、だいぶ違うと思うがのぉ」
「荷下ろしに時間が掛かりますからね。どうしても詰まるんですよ」
「荷下ろしは若手の筋トレにちょうど良いが、何往復かせにゃならんから確かに時間は掛かる」
なるほど、それなら搬入口に物流センターみたいなベルトコンベアとパレタイザ/デパレタイザ、ロボットアームも欲しいところだ。
でもそれは今の技術じゃ無理だろうから、魚市場にあるようなコロの付いたコンベアに乗せてダーッ!と箱ごと滑らす方が良いか。
でもコンベアを設置すると人の動線が分断されるから、コンベアを跨ぐブリッジを渡したりと設備が面倒なんだよね。
「ちなみに一台の荷馬車に積む荷物は一つの業者? それとも乗り合いみたいにぎゅうぎゅう詰め?」
「乗り合いにはせんよ。
各業者が自分の所の荷馬車を出す。まぁ、村で野菜の詰め合わせをするケースはあるがな」
「あのさ、それってスカスカの荷馬車も来てない?」
「当然そう言うのもあるが、どうしようもなかろう?」
フォークリフトやターレがあれば、荷物を一ヶ所に集積してから纏めて荷馬車に積み込むことが出来るのにね。
それが無理なら、渋滞の解消も無理だと思う。
今の馬車をラクーンに替われば何台かは間引きが出来るかも知れないけど、効果は限定的だ。
「何か考えがあるんなら、今のうちに吐け。
儂とオマエの仲じゃろ?」
「何故か恐喝されてる苛められっ子の気分なんだけど」
「気のせい、気のせい。
誰か! 書くものを持ってきてくれっ!」
副団長が輸送業ギルドのお偉いさん方を無視して話を進める。
こうなりゃ俺も副団長に付き合おう。知らないお偉いさん達を相手にするより気がラクだ。
圧縮空気が使えれば、荷下ろしがラクになるエアバランサって装置が作れるんだけど、無いもの強請りは諦めてコンベアとスロープ、物流センターによる一元的管理の遣り方を説明する。
この物流センターは急がない物、腐らない物をストックさせておく機能と、複数の業者さんの荷物を一台の荷馬車に相乗りさせる機能を持たせる。
物流センター内での積み替えは発生するが、王城に入る荷馬車の数を大きく減らせるのだから、検討の余地はあるだろう。
業者さんもわざわざ小高い丘にある城まで行く必要もなくなるし、渋滞に巻き込まれなくなるのだからメリットしかない。
デメリットは物流センターの建設費とランニングコストの発生だな。
荷物を管理する職員を何人か雇わないといけないからね。
あと、大きな倉庫を何処に建設するかって問題もあるのか。
まぁ、物流センターは不採用になっても俺は別に構わない。
どうせ王都に再々来ることも無ければ、その渋滞に巻き込まれることも無いんだからね。
それにもっと良いアイデアがあるかも知れないから、俺の案に固執する必要も無い。いや、寧ろもっと良い案を作るのが役人の仕事だろ?
これがリミエンでも同じことになってて、俺が被害に遭うならもう少し真面目に考えるよ。
リミエンだって兵士が城に詰めてるから、それなりの量の食材が毎日運び込まれてる筈だけど、町の人から荷馬車のせいで困ってるって話は聞いたことがない。
この物流センターに興味を示したのは輸送業ギルドのトップの二人だ。
遠距離輸送の場合、荷物の積み替えで荷馬車の運用台数の削減すれば、貰える輸送費が同じなら荷馬車の運用コストが減った分だけ丸々利益が増える訳。
後はランニングコストとの兼ね合いで、採用するか見送るかをハムスターの回すホイールの如く脳みそフル稼働で考えているのだろう。
そうこうしていると、
「国王陛下のおなりです」
と王城の玄関からそんな声が聞こえ、ラクーンの周りで賑やかにしていたギャラリーが一斉に静まり返る。
それから間もなくして、宰相、国王、王妃様、そして皇太子が…あ、その後ろにズラズラと昨日会った王族のフルメンバーと怖そうな騎士が数人出て来た。
「輸送業ギルドのギルドマスター、ポリー殿、こちらへ」
と宰相がポリーさんを招き寄せる。
そこで今日はありがとう的な挨拶が交わされたが、興味は無いのでスルー。
さっきから刺すような視線を感じるのでその先を見ると、御者台に座るステラさんからだった。
この後で国王様に操作の説明をして実際に乗車体験をしてもらうのだから緊張してるみたい。
文句を言うなら俺ではなく、ステラさんを派遣することに決めたライエルさんにして欲しい。
それとリミエンの輸送業ギルドから他に誰も派遣しなかったギルドのお偉いさんにもね。
挨拶が終わると王族の皆様が一斉にワッとラクーンに飛び付いた。
ヨシヨシ、従来の馬車には無い快適な設備のアレコレに驚くが良い!
その間に俺は渋滞解消案をもう少し考えてみよう、と思ってペンを取る。
だが、残念なことに、
「クレスト殿、こちらへ!」
と宰相に呼び出しを受けてしまった。
どうやらステラさんが俺を売ったらしい。
シャーリン王女が一番に質問してくる。
「その頭、カツラじゃないですよね?」
「アルジェンに頼んで色を変えて貰ったんですよ」
「そのアルジェンちゃんは?」
「今日は連れて来ませんでした。これだけ人が群がっていると何があるか分かりませんからね。ベルさんに預けています」
ベルさんは今日も真面目にお仕事に行っている。昨日逮捕した冒険者の関係で忙しいらしい。
なので今日は城から兵士が迎えに来たのだ。連行されてる気分だったけどね。
「そうなんだ。会いたかったのに残念。
ところでこのベッドはもう少し大きく出来ないの?」
「車体を少しでも軽くするため、小型のベッドを設置しています。
王族の方々用の車両は新素材が出来てからの製作になりますので、まだ暫くお待ち頂くことになりますが、ラクーンの物より快適なベッドを設置致します」
どうやら王女様はキャンピングカーとしての用途に興味津々のご様子で、バタバタとベッドを全部広げ、屋根もポップアップさせて野営モードに。
「いいなー、こんなの欲しかったの!」
とベッドに寝転びゴーロゴロとダメッ子モードに早替わり。
「あんたも隣に寝なさいよ」
「いえ、他の人の目もありますからご勘弁を」
「本人が構わないと言ってるんだから良いのよ」
「ダメです」
「ケチ」
「ケチで結構」
王女様の横に寝てたまるかって!
昨日のこともあるから、これを機に一気に縁談に持ち上げようとするに決まってる。
「空は見えないのね」
と突然話題を変える王女様。ポップアップ式の屋根をやめて、サンルーフを設置することは可能かも。雨漏り対策と鍵は必要だろうけど。
「ご要望であれば、屋根に穴を開けて透明な板を設置致しますよ」
「ホント! お願いね! お星様を見ながら寝られるなんて最高よ!」
本当は天井からの敵の侵入を防止するために、屋根は頑丈にしておきたいのだが。
撃退用に槍でも装備しておくか、それか三角屋根にして人が乗れないようにするか。
それともツルツルの表面処理にして滑らせるのもありかな?
それにやっぱり王族用の馬車って装甲車並の強度が必要なのかな?
アルミが出来ればジュラルミンも出来る筈だから、鋼鉄王の息子のアレニムさんにお願いしよう。
それともドラゴンの革を使うのかな?
レギュレーションを確認しとかなきゃ、後で設計変更になる可能性大だな。
「クレスト君! この馬車はとても面白いよ! まさか馬車にトイレまで付けるとは驚いたよ」
王女様の次はエリック皇太子が俺を捕まえる。
ショートタイプの後部ドアを開けて、そのまま牽引するトイレ車両に歩いて行けるようになっているのがツボに填まったらしい。
後部シートを一人分潰すので乗員が一人減るが、何処を走ってもサービスエリアの無いこの世界だから、トイレ付きと言うのはかなりポイントが高いだろう。
野営時にはトイレ車両は切り離しても良い。屋台を牽くより軽い力で動かせるので、女性でも好きな位置に転がせる。
「この馬車には衝撃吸収装置が付いているから、こんな面白い車両が作れた訳か」
そう、トイレ車両は客室部分より圧倒的に短いホイールベースと軽い車重のせいでかなり揺れるのだ。
その為、サスペンションを前後左右に傾けてはテストし、少しでも揺れを抑えるように苦心したと聞いている。
ちなみに水洗式で水を溜めるタンクが錘となっているのも、トイレ車両が実用化に至った要因の一つである。
「レバーで手綱を操作するのも面白いが、前輪が左右に動かせて小回りを効かせるのが凄いな。操作は難しいのか?」
「慣れは必要ですけどね。
荷を卸せば、馬を切り離しても後ろから人が押せば動かせるので、駐車場が狭くても駐められるようになります。
ロングは二人で押しますけど」
「ふむ、御者が雨風を凌げるのも良い。風邪を引くことが減るだろう。
新素材の開発を後押しせねばならんな」
「それは是非!」
そうそう、王家の人に『この馬車が欲しいから早く作れるように支援してやるぞ!』と言って欲しかったんだよ。
「私の一存では無理だが、国王陛下に上申してみよう」
全身全霊でパパにお強請りしてください!
俺の笑顔に呆れ顔の副団長だが、敢えて何も言ってこないのは皇太子に気を使ってか。
機能説明が一通り終わったらいよいよお待ちかねの乗車体験だ。
ロングタイプに国王陛下、王妃様、皇太子一家の五人が乗る。
ショートタイプにはジェリク王子とシャーリン王女、それと俺。
シートベルトとチャイルドシートを付けるの忘れてたと今気が付いたが、もう遅い。
エアバッグも欲しいが技術的に無理。
あ、エアバッグが出来るならエアベッドも出来るから馬車には最適かも。
想定内の二人の反応に愛想笑いで応えつつ、十年先か二十年先かは分からないが、これからの馬車の進化を楽しみにしながら片道十分程の試乗が無事に終わる。
王家の人の次に実務者レベルの人達も試乗を行い、輸送業ギルドとの交渉がスタートするらしい。
こうなれば俺の出番は無さそうだ。
この後で既存の馬車工房とラクーンのメンテナンス契約を結び、作業員はリミエンで研修を受けることになった。
リミエンに乗っていったラクーンを自分でメンテナンスして乗って帰るのだとか。
無駄な気もするけれど、輸送業のことはギルドとステラさん達に丸投げするので口出しはしない。
その後、ラクーンの開発は既存の馬車工房の廃業に繋がると判断され、国有化されることになる。
やはり現代知識をこの世界に持ち込むとこうなるのかと複雑化な心境になるが、いつも言うように俺は欲しい物を作って貰っただけだ。
完成した製品のその後の扱いは、この世界の人達の良いようにすれば良い。
実はこの国有化、ベンディのように装飾だけでボロ儲けの業者の勢力を縮小させる狙いが隠されていたと俺が知るのは、これから十年以上先のことだ。
「今日はおーみそかなのです!
年越しパスタには海老フライをトッピングするのが、この世界の定番なのです」
「別に海老フライなんて無くても俺は平気だぞ。
ちなみに、この世界の海老は腰が曲がっていないらしい」
「ガーン! 海老がおめでたい食材じゃないのです!」
「蕎麦は歯切れが良いから悪い縁を断ち切るって意味で蕎麦を食うって説があるらしいのに、年越しパスタじゃ悪い縁を断ち切れないぞ」
「悪い縁を切ると悪人が出なくなるから作者が困るのです!
それにパパだと良い縁を断ち切るので蕎麦はお薦め出来ないのです!
そう言うわけで、ここまで読んでくれた読者様との縁が切れませんように!
では来年もよろしく、なのです!」