第171話 便利なお買い物
王都の散策に出たら、ボーイッシュな格闘系の女の子を拾った。
しかも転生者!
金が無いと言うので、今夜からアヤノさん達の借りてる部屋を使わせて貰うつもりだ。
一階のコスプレコーナーでカーラさんだけでなく計八人の女性達を発見し、武器だけでなく衣装もこのお店に置いて貰おうかと密かに思う。
「アヤノさん達、見~付けた!」
と声を掛けると彼女達がこちらに振り向き、そして怪訝な顔をした。
「クレストさん、かしら?」
「顔と声はそうだけど、何か違うよね?」
「色違いって安易にキャラを増やす手法だよ。
ブラウンクレストだからブラスト?」
「クレたんの偽物とは面白いことするわね。
変装するなら黒い髪は必須よね。それに瞳の色は変えられないもの。
正体を明しなさい!チャクレたん!」
四人が手にした武器を俺に向ける。
七支刀、カマキリのカマ、円月輪、それとガントレットだ。ちなみに円月輪はオリビアさんの光輪にそっくりだ。
戦女神の四人はその様子を少し離れて微笑ましそうに眺めている。どうやら俺が本物だと見破ったらしい。
「俺、本物だよ。アルジェンに髪と瞳の色を変えて貰ったんだ」
「ネェ? 何か納得してないみたいだけど、この人達、本当に仲間なの?」
とアリアさんが不審げに問う。
「元は濃紺の髪と瞳だったらからね」
「へえ、染めたんだ」
「まぁ、そんなとこ」
店内には他のお客さんもいるのでアルジェンを見せない方が良いだろう。
戦女神の四人が居るからか、お客さん達は少し離れた場所からこちらを興味深そうに眺めている。
どうしようかと悩んでいると、二階から降りて来た人が俺に声を掛けてきた。
「あっ! 兄貴じゃないっすか!」
「アーヒルさん! 俺って分かりますよね!」
「そりゃ! 一般人より弱々しいその魔力の流れは兄貴しか居ないっしょ!」
ズテッ!
その判断基準、もう少し別の表現にしてもらえないかね?
戦女神の四人も魔力で俺と判断してたのか。
それって簡単に誰にでも出来るのかな?
「イメチェンしたんすね?
黒い髪は妖精連れってことで騒がれやすからね」
「そうそう。そしたら別人扱いされちゃって。
それより、俺の魔力ってそんなに弱々しい?」
「そりゃそうっすよ。飛んできたカナブンにぶつかっただけで大怪我しそうっすよ」
君の言うカナブンのサイズ、一メトル超えてるのかな?
「じゃあ、本物のクレストさん?」
「そうだよ。アヤノさん達の装備の名前でも言おうか?」
「それならラルムとピエルを見せてくれたら」
それもそうか。アルジェンを出すとお客さんの反響が大きすぎるだろうから、言われた通りポケットから二匹のスライムを取り出して見せると、やっと本人認証されましたよ。
「兄貴…そう言う時はギルドカード使えば…」
「あ…忘れてた」
何のために本人認証機能付きのギルドカードを持ってたのやら。普段あまりその機能は使わないから忘れてたよ。
「あら、アーヒルどうしたんだい?
珍しく武器なんか買いに来たのかい?」
「フレイア姐さん、酷いっすよ。俺だってたまには仕事しますよ」
「あれ? アーヒルさんて戦女神と知り合いだった?」
「あのさ、アーヒル達も金貨級だよ。
普段は使いもしない武器で遊んでるけどさ。
金貨級以上の冒険者の情報ぐらいは仕入れておく方が良いと思うけどさ」
てっきり完全なレイヤー集団だと思ってたよ。
このお店は本物の武器も売ってるから、玩具か本物か見た目じゃ分からないよ、紛らわしい!
「クレスト兄貴が妖精連れてたなんてビックリっすよ!
それに綺麗な変装までしてて、ありゃなんなんです?」
「有名になったら色々あるだろ? 察してくれよ」
「今みたいに髪の色を変えるだけでも別人に見えるっしょ。
その茶髪はズラっすか? 良く出来てるっすね。全然違和感が無いっすよ」
自分の毛ですと教える必要もないだろう。
「兄貴! また遊んでくださいよ!
じゃあ失礼しやす!」
アーヒルさんがルンルンと去って行くのを見送った。
まさか本物の冒険者とは…実に紛らわしい!
「で、クレストさんも武器を見に?」
とアヤノさんが何も無かったように振る舞う。
「そうじゃなくて、明明後日までこちらのアリアさんをホテルに泊めてもらえないかな?
リミエンの舞台に立つ役者の卵なんだけど」
これでやっと彼女の話が進められる。
「初めまして。
王都の北にあるブラン伯爵領のナザール村から出て来たアリアと言います。
舞台で働かせてもらおうと出て来たのに、舞台が潰れていて困ってたところをクレストさんに助けてもらいました。
旅費を出すのが精一杯で、泊まるお金も無いんです。良ければお部屋の隅を貸して貰えませんか?」
俺に挨拶した時よりずっとまともに話すじゃないか。
「またお仕事関係の人を拾ったのね?」
「クレストさんは運が良いのか、それとも神様がそう言う采配をしているのかしら?」
「ブラン伯爵領のナザール村なら、一度依頼で通ったことがあるわね。
美味しい山鳥が沢山獲れたから覚えてる」
「クレたん、そのうち人件費で破産するんじゃない?
これで舞台関係、七人目ぐらいじゃない?
まだ施設も出来てないのに。
まぁ、ホテルの部屋は広いし、ベッドも大きいから一人ぐらいは増えても問題ないけど」
眼帯を掛け、普段は持たない思い思いの武器を手にした四人が相部屋を承諾してくれた。
舞台のことを知らない戦女神の四人はキョトンとなっているので、後からアヤノさん達に訊いてもらおう。
「それよりクレたん、このガントレットはどう?」
武器でもないのにガントレットが何故?と思ったら、
「ガオーアームドフェロモンっ!
スキニーハード、セイヤー!」
の掛け声で前腕側部から細い三日月型の刃物がシャキーンと飛びだしてきた…。
舞台の主役、この子に決めようかな…。
カーラさんがアクション出来なくても、変身してスーツアクターと交代すれば何とかなるかも。
ライダーショー的な物なら、それで誤魔化せるだろ。
そう言や魔王セラドンも武器は使わなかったって話だから、敵も幹部クラスは格闘技の使い手にすれば迫力あるシーンが再現出来そう。
そうだ、レイドルさんを悪代官にしてケルンさんを御老公、アリアさんとアイリスさんをスケサン、カクサンに…うん、主役が負ける未来しか見えないや。
無事アリアさんの宿泊先も決まったことだし、店員さんにコスプレ好きの人の為に防具と衣装と小道具を揃えることも提案したし。
俺は今は特に武器や鎧も見たいと思わないけど、商品カタログを一部買って帰ることにした。
舞台の小道具として使える物があるかも知れないからね。
鎖鎌とか面白そうだし。
今日はもう晩御飯を食べに行って、明日に備えよう。明日はラクーンのデモでまたお城に行かなきゃならないし。
その事はステラさんから聴けるだろう。
それから暫くして同行者が全員集まり、食堂の一室を借り切り宴会に突入だ。
話題は勿論、アリアさんのことと明日のラクーンのお披露目のことだ。
村から出て来たばかりでお金の無い人は、読み書きが出来るなら商業ギルドに行った方が仕事はすぐに見つかると聞いてアリアさんがショックを受ける。
まさか村娘が読み書き出来ると思わなかった俺にも落ち度はあるが、転生者特権で言語スキルはデフォルトだったのかと今更にして知った。
「村に居ると、村長の馬鹿息子の嫁にさせられるのよ!
だから村を捨てて出て来たの!」
「それで俳優を目指したの?」
「『トレジャーマウンド』はイジメとパワハラと過重労働が発覚して潰れたのは知ってたので、王都なら『カーブキーザ』があるから間違いないと思ってたんです」
「そっちは最近潰れたから、村の方には情報が届いてなかったのね」
「どっちも不祥事起こしまくり。
長く続く名門故に悪しき慣習が蔓延ってたのか、それとも本人の資質なのか」
「華々しい舞台の裏側はドブみたいに異臭が漂ってたのね」
「クレたんの舞台はそうならないように頼むよ!」
王都での夢が絶たれてヤケ酒を煽るアリアさんを皆が宥めるが、俺はリミエンでミニスカ旋風を巻き起こす為に彼女に活躍してもらえるかもと期待が高まっている。
後は絶対領域を演出する為のニーハイソックスかストッキングが必要か。
あの透け感をシルクで出すには高価過ぎる。
もっと安く作れる素材を使わないと、この世界に絶対領域は単純しないだろう。
商業ギルドの服飾と織物工房を扱う部署に戦女神の人達がコスプレ衣装の相談しに行ったから、明日商業ギルドで聞いてみるか。
「あ、そう言えばコンドーさんの件で商業ギルドに連絡が来てましたね。
研究に使う材料の手配と研究者の増援依頼があったそうです」
とケルンさん。
「あ、それは城の方から指示が来たからだよ。
知り合いに予算回すように頼んできたから」
ベルさんが自慢げに語るが、フレイアさんは微妙そう。実は先に私が話しを付けてあるとか?
「コンドーさんの研究ですか!
そんなのにお城の人を使うとか!
あんた面白過ぎましゅ!」
少し酔いの回ったアリアさんの呂律は上手く回っていない。
「アレは結構重要な問題だからね。
でも、すんなり話が通り過ぎし、誰か先に話をしてたのかも知れないな」
「多分そうよ。城の中にも薄いコンドーさんの欲しい人が多いんでしょうね」
フレイアさんが相槌を打つので多分彼女が先に話を付けたのだろう。
コンドーさんが国費で研究する物か?と疑問に思わないでもないが、兵器の開発じゃないから平和で良い。
他にも役立つ素材は色々あるんだから、ケチらず素材研究所に予算回してやれと思う。主に俺の為にね。
「それでコンドーさんの生みの親のクレたん、明日はまたお城だって?」
「朝一にラクーンのお披露目なんだ。
ステラさんも知ってるよね?」
「勿論よ。設計図の買い取り価格、材料の増産、工房の改築、お城からも人が来て色々と揉めてたわね。
あぁ、それでラクーンの量産が始まったら鉄の値上がりは確実ね」
「鉄の? あれ? エマたんのお父さんのお仕事って鉱山の…。
フムフム、もしやクレたん、それを狙ってラクーンを作ったんじゃ?」
悪いけど鉄鋼製品の値上がりまでは考えてない。
偉い人には市民生活に影響が出ないように計画を立ててもらいたいものだ。
鉱山って増産が簡単に出来るかどうか知らないけど、お父さんに頑張って貰うしかないか。実際に頑張るのは鉱夫の皆さんかも知れないけど、安全第一でお願いします!
だって事故ったら生産がめっちゃ滞るもんね!
「それで明日はステラさんもお城に?」
「はい…クレストさんのお陰でそうなりました。胃に穴が空きそうデス」
「それはご愁傷様で…。
で王都でのラクーンの評判はどう?
結構な数の商談が入ってるらしいけど」
「…何人が過労死するか心配なぐらい、大好評ですよ。王都の購買力を舐めていました」
「そこはちゃんと管理しないとダメでしょ。
材料入手の都合もあるし、月産何台か決めてそれ以上は作らないってことにすれば良いよ。
工場も倉庫もスペースは限られるてるから、大量にストック出来ないし」
部品を作るのは下請けに出す、と言うか全て傘下に収めてコントロールする方が早そうだな。
ラクーンは基本的にフレームにパコンパコンと嵌めて行く感じで組み立てるから、部品さえ揃えれば組み立てにそう時間は要さない。
逆に言えば部品の調達と在庫管理が重要になる訳だ。
部品を作る工房を傘下に収めれば、納入の間に合わない工房に人を回すことも出来るようになる。
革製の座席を作るのは専門のプロに任すにしても組織全体で人の遣り繰りが出来るような体質を作ることがステラさんの宿題かもな。
勿論俺は旗だけ振ってる係ね。
「アレ? ドランさんも来たの?」
突然マジックバッグが動き出したから何ごとかと思ったら、リミエンに居る筈のドランさんが顔を出してきた。
『昨日から皆で森のダンジョンに遊びに来てるんですよ。
今日収穫したアテモヤ、食べます?』
「サンキュー! 残りの全部王妃様にあげちゃったから助かるよ」
「へえ、今度は水晶のトカゲかぃ。面白いもん、飼ってるな」
『あれ? 随分人が増えていませんか?』
「そうそう、皆ドランさんに挨拶してやって。人の言葉が理解出来る子だから」
初めてドランさんを見た人は大抵が興味と驚愕の目でドランさんを見る。
唯一無二のクリスタルドラゴンの幼体だからね。普通なら人の眼に触れることなんてあり得ない。
しかもマジックバッグの中に入ることが出来て、勝つマジックバッグから物を取りだせるチート性能に更に倍率ドンで驚くのだ。
持ち込みになるが、アテモヤを皆で締めのデザートに食べる。
皮はスライム達のオヤツにぴったりだ。
部屋に食べ物を持ち込んでも証拠が残らないのでとっても便利!かと思いきや、甘い果物の匂いでバレてしまったが、そこはお詫びにとアテモヤをオーナーに渡して穏便に済ませて貰う。
「この子が居れば、家に居ながらにして買い物が出来るわね。クレストさんが羨ましいわ」
とフレイアさんが便利アイテム扱いをするが、ドランさん自身がマジックバッグを持ってお買い物に出る必要がある。
それに商品のチョイスはドランさん任せになるが、事前に店主と話を付けておけば『お使いドラゴン』ショッピングは成立するかもな。
そのドランさんは腹いっぱい食べたらマジックバッグ経由で森のダンジョンに戻ってしまった。
俺の使用権限になっているマジックバッグを屋敷とダンジョンに置いてあるので、王都と合わせて三ヶ所を行き来が出来るのだ。
でも、あまり自由に動きすぎると何処に居るのか分からなくなるので、自由過ぎるのは慎んで貰いたいものだ。
「あ、ドランさんにドラ焼き頼めばよかったのに」
「あんな可愛い子を食べるのかい!」
「焼けた自分を運ぶって物理的に無理があるじゃん。
ドラ焼きって言う新しいスイーツ。
ああ! 王都なら生クリームも買えるんだよね?
リミエンに戻ったら、ドランさんに買い出しに来てもらおう!」
かくしてリミエンのアンテナショップに謎のバッグの設置が決まったのだ。